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(短編)転生TS無口勇者のダンジョンソロRTA~魔都のおひとりさま異聞  作者: 相川原 洵


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(1)


(全部で15,000字程度、『転移酒場のおひとりさま』の前日譚になります)




 岩と針葉樹と遠くの獣の匂いが、街の埃と人の群れの匂いに変わった。

 やっと、ここまでたどり着いた。ひとつの達成感と、また別種の緊張感を胸に満たし、薄っすらとヒゲが生えた顔をなで上げる。


 その青年、リュメイという名の男は、この街――〝魔都〟と呼ばれる、2つのダンジョンと1つの魔塔、大聖堂と仮宮殿を擁する山上の聖地を訪ねて、辺境の町から全てを(なげう)ってやって来たのだ。

 特に目を引く外見の男ではない。この国の人間の平均よりは少し背が高いが、体つきは鍛えられながらも細身。目は細く、顔つきは貴族的に整っているともいえるが旅塵にまみれて薄汚い。それ以前に、冒険者の顔がキレイでも誰も得しない、そういう業界だ。


 とにかく、彼はこの〝魔都〟のダンジョンに潜るべく訪れた。で、ある以上、今からいかにすべきか、いくつかの選択肢はあるが…まず向かう先は決まっている。ダンジョンだ。





 薄暗い石壁の通路が続いている。外は初秋の熱気と喧騒に満ちた明るく華やかな街並みが続いていたが、ダンジョンの中に踏み入ると、地下らしい寒気を感じるほどの涼気と湿気、そして静寂が押し寄せてくるようだ。


 魔導灯の不健康な白い光が頼りなく照らす、薄暗い石壁の通路をなおも進む。


 コツコツと鳴る自分の足音が不思議な残響を残して後方へ流されていく。目的地と定めた、この第二ダンジョンは魔都の迷宮では比較的不人気スポットだったが、それにしても人の気配がない。自分の判断への自信が少し揺らぐ。

 しかし、いまさら引き返しても仕方がない。一瞬湧いた気弱さを振り払うように、咳払いをひとつ。


 コホン。自分の足音の他には風の音さえない薄闇に向かって異質な音が響いて、消える。

 ピクリと、他者の気配が揺らぐのを感じる。ごく近くだ。慎重に、闇に目を凝らしてもう一歩を踏み込む。

 ぐにゃり。

 なにか柔らかくて芯のあるものを踏みつけた。人間だ。それも、ゴツい冒険者の類ではない、子供かもしれない。




 はるばるとやって来たダンジョンでの初エンカウントが、行き倒れ。

 幸先(さいさき)が悪いこと、この上ない。だが、これを放って先に進むのも、輪をかけて印象が悪い。仕方がないので、片手拝みに聖印をきって軽く(とむら)いの聖句を唱える。

 名も知らぬこの魂と、彼を知るものの記憶が祝福でありますように。


「…死んでないから。…私を踏んだお詫びになにか食べ物をください。水も…。あと、彼、じゃなくて彼女。……」


 急に、足下の行き倒れが(かす)れた声を放った。陰気なダンジョンにふさわしからぬ、子供どころか女の子だ。それを踏みつけたのは申し訳ないが、死体を踏んでしまったよりも謝れるだけ気持ちが軽い状況だ。


「ぁっ…あ、済まない。」

 とりあえず歩みを止めて、背負った荷物から保存食の鬼硬いパンとチーズを取り出して差し出す。

 水に関しては、生水で腹を下させては、それこそ命とりになる。湯でも沸かしてやりたいところだが、今ここでそこまで備蓄を差し出すわけにもいかない。こういう時には、役立つ飲料がある。



エール()! 親切な貴方の施しに現世の報いがありますように。」


「むむ、む、報いを現世に求めるのは、異端思想だ。」


「あら、真面目。ひょっとしてお坊さん? あ、いや、ありがとう。あなたは命の恩人です。私は、ヨランタ。食べ終わったら恩返しはしますんで、ちょっと待っててね。」


「べ、別に、れ、礼を期待したわけじゃない。」


 

 さっきまで死にかけていたくせに、堅パンをエールに浸しながら食べて急速に調子の良さを回復させて話しだした行き倒れの少女。名をヨランタと名乗った。





 こんな所でどうして行き倒れていたんだ。問う前に本人からペラペラと語りだす。


「いやぁ、有名なこの街ならお尋ね者ヒーラーも無難に仕事できるかなって思ったんだけどね。街なかじゃ聖堂の監視が厳しいねぇ。とりあえずダンジョンの中まで逃げ込んできたんだけど。

 知ってる? いま、塔の方で新しい発見があったって、稼ぎどきだッ、て皆あっちに行っちゃってるんだよ。こっちダンジョンもいつもは普通に人がいるのに、だーれもいなくなっちゃって商売上がったりだよ。

 …で、あなたは? お名前からどうぞ。」


 高いような低いような、不思議な声。澄んだようなハスキーなような、こういう声質の持ち主は〝精霊憑き〟と若者の地元では呼ばれていて、決して珍しくはないが大人になるまで育った例は見たことがない。

 かわいそうに、とは思うが、してやれることは何もない。今のパンが精一杯だ。と、思ったことが表情に出ていたのかもしれない。少女は小首を傾げて、


「背はあなたより低いけど、これでも20歳。もうすぐ21。子供じゃないよ。」


などと見透かしたようなことを言う。痩せて背も低く、目ばかり大きくギョロリと光らせているのでまさか成人とは思わなかったのだ。

 そのせいで、魔法使いらしく護符のような模様を鎖で編んだ襟飾りや蛇が自らの尾を呑む意匠の腰帯などのおどろしい装備もどこかママゴトめいていて、なかなか彼女の術に命を預けようという大人もいないだろうと思われる。


「なにか失礼なことを考えているね?」


 何やら不機嫌っぽい様子でヨランタは(にら)みつけてくるが、これ以上長々とかまっていても仕方がない。先を急ぐことにする。




「オレ、お、俺は、リュメイ。だ。じゃあな。危ないからもう帰れ。カエ、レ。」


「待った。命の恩の礼くらいさせてほしい。あなたが怪我人か病人だったら回復してあげるんだけど。見たところ、あなた吃音があるでしょ。…それを治す魔法は知らないけど。ごめんね。あ、知り合いに病人とか怪我人はいない? 治してあげるよ!」


「どど、どうでもいい、帰れ。」


「そうはいかない。こうなったら、こっそりついて行って、あなたが怪我したら癒やしてあげよう。うん、そういうことにしよう。都合よく吃音を治す魔法を思いつくかもしれないし。」


「……。」


「言いたいことがあったら言いなよ。無言は同意と看做(みな)すよ。」


「や、っかましい。ども、どもったら笑うだろう。」


「笑う? …別に面白くもないのに? 他人の笑いのツボは知らないけど。あなたは私の命の恩人だから、何でも話して聞かせてくれたら嬉しい。最終的に伝わればいいから。

 あ、私でも少しはダンジョンのガイドができるかも。評価次第でハムをひと切れもらえたらうれしいです。」


「……ば、化け物からま、守れるほど俺は強くないぞ。いいい、なら勝手にしろ。」


「ん。戦闘では逃げるから大丈夫。あ、その先から罠とかあるから気をつけて。ザコい素人冒険者を帰らせるためにワザと残してあって、定期的にギルドが設置し直してるんだ。」


「迷惑だな。」


「まぁ、迷惑だよね。」





 彼、リュメイは22歳。地味な身なりだが、実はレックポーレ国の辺境・イグナリナ城主イトゥコネン家の出身だった。が、家名も、聖堂騎士の立場も何もかも棄てて魔都へやって来た。もちろん、理由も目的もある。

 冒険心・功名心といったシンプルな感情は、もちろん拭い難く抱いていた。だがそれだけではない。彼が隠し持っている秘密。その謎を思うとき、どうしても神か魔か、どちらかとの関わりを感じざるを得ないのだ。そうして聖堂で必死に学び、結果、聖堂を出奔してでもこの地に立つことを選んだのだ。


 リュメイには不思議な記憶がある。この世に生まれてからの記憶ではない。

 整然とした町並み、色鮮やかな風景。降る雪、雪にかすむ光、光、光。目を下に向けると、短いキルトからのびた少女の脚。それが積もった雪を踏みしめている。隣を歩く、友人らしい少女たちから呼びかけられる「ユメ」「イチノヘ」というのが自分の名、都市は「ハチ」であるらしい。

 その記憶は、自分?が発する「あっ」という高い声と、友人の驚きの表情で途絶える。


 この地に生まれて22年、レックポーレの男として生きてきたが常にあの光景が慕わしく思い出される。魔都のダンジョンには、きっとその手がかりがある。証拠はない。勘やひらめきとしか言いようのないものだが、えてして神の啓示というのはこういうものなのかもしれない。

 父が〝リュメイ〟という珍しい名を自分に付けたときも、(ゆえ)あってのことではなく「啓示としか言いようがないひらめき」によるものだという。リュメイ、ユメ。偶然にしては出来すぎている。


 「自分には不思議な世界で女の子だった記憶がある」などと、親にも友にも言えるはずがない。呪わしい吃音を抱えていてはなおさらだ。

 結局、誰にも何も言えないまま飛び出してきたが、いま、ダンジョンの空気を浴びて自分の勘が確信に変わった。

 この先には、きっとあそこに繋がる何かがある。




 と、いうようなことをリュメイはヨランタに話している。しっかりした関係性がある相手には言えないことも、行きずりの他人になら言い捨てることが無理でないこともある。

 ただ、どこまで通じたか、ヨランタがどう信じたかはリュメイにはわからないし、その点はどうでもいいと割り切ってもいる。その間も足は止まっていないし、小規模な雑魚モンスターの相手も無難にこなしている。



 小鬼(ゴブリン)。背丈はヨランタと同程度の140cm前後の人間型に近い魔物。体格は貧弱だが武器を使う程度の知能があり、屋外で出くわすと100匹単位の飢えた群れに襲われる危険があり、馬鹿にはできない。ただ、狭いダンジョンの通路では脅威度が低い。


 石犬。ひと抱えほどの石に四足が生えた魔物。石なので剣で叩きたくない敵だが、性格は犬なのでこちらが強いと思わせれば襲われることもない。襲われても、腰が無い身体なので動きは単純。冷静に足に斬りつければ対処可能。


 豚鬼(オーク)。小鬼を使役する170~200cmほどの大きめの鬼。体毛が少なく白っぽいため猪ではなく豚っぽい。手足は短いが強靭な肉体であり、訓練されていない人間が対抗することは難しい。ただ、剣術を修めるまでの知能はないため熟練の戦士なら作業的に倒せる。


 食屍鬼(グール)。手足がある一応の(ヒト)型をしていること以外、姿は個体差が大きい。群れるか単独かも、まちまち。犠牲者の遺体を持ち去る習性がある。ぬらぬらしていて動きは素早く、跳ねるように手足を振るって人を襲う。武器は持たないが人の骨も砕くほどの力があり、読みにくい動きのため脅威度は高い。剣で斬れば案外あっさりと死ぬ。



「ぶ、、……。」


「はい、ヨランタちゃんは無事ですよ。ヒトの顔見て省略しないで最後まで話そうよ。

 に、しても、さすが1人で踏み込もうとするだけのことはあるね、強いじゃん。食屍鬼3匹の奇襲を難なく(さば)いたのはなかなかの技だったよ。」


「お、おまえ(が狙われて襲われていたのに(かわ)せたのはたいしたものだ)。おまえ(も、なかなかやるじゃないか)。」



「ゴメンそれは何言いたいのかわからない。…ところで、今回はソロプレイでどこまでのご予定で?」


「どこ、どどこまでも何、も、最後まで。(時間をかけている)余裕も、ひ、暇もない。」


 実際、潤沢な予算と綿密な計画をもって出奔して、腰を据えてじっくり十年もかけてダンジョン攻略にあたるようなつもりは最初からない。

 謎の記憶と神の神秘に関わりがあって啓示に呼ばれたのだとしたら、きっと何かが起こる。全てが見当違いで、何も起こらず死ぬのだとすればそれはそれで、惜しい命でもない。



「…それって、ダイナミックな自殺って言わない?」

「おま(えが)、い、嫌なら帰れ。すぐ。今。」


「豪快ねぇ。まあ、恩を返すか、無理になるまではお供しましょ。」

「(いつでも好きなときに帰れば)いいぞ。」







全4回の毎日更新です。☆よろしくです


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