悪の道を極めた大盗賊が正義の味方になる物語
昔々、ある王国に盗賊団がいました。その盗賊団の頭は、自らを「悪の道を極めた大盗賊」と言って、いつも自慢していました。
「お頭、今日も大成功でしたね!」
「ガッハッハ、当たり前だ! 俺は悪の道を極めた大盗賊。失敗はせん。さあ、今日はたらふく食うぞ!」
盗賊団の隠れ家近くの酒場で、盗賊団の頭は仲間と一緒に宴会を始めました。
宴会が始まってしばらくすると、盗賊になったばかりの若者が、遠慮がちに盗賊団の頭に話しかけました。
「そういえば、お頭、今日盗みに入った屋敷には、まだまだ財宝がありましたよ。どうして根こそぎ盗まないんですか?」
「それはなあ、俺が悪の道を極めた大盗賊だからだ!」
大きなコップのお酒を豪快に飲み干すと、盗賊団の頭が若者に大声で話し始めました。
「単なる悪党は、誰彼構わず奪えるだけ奪う。だがな、そんなことしてたら、いずれ奪うものがなくなるし、そもそもすぐに捕まっちまう」
盗賊団のお頭は、テーブルに並べられたご馳走の中から大きな骨付き肉を手に取ると、話を続けました。
「俺はそんなバカな悪党じゃねえ。悪の道を極めた大盗賊だ! 本物の悪人は決して捕まらん。ずっとこの仕事を続けるためにも、相手を選んで、しかも財宝の半分しか取らねえんだよ。分かったか?」
「さすが、お頭。悪知恵が働きますね!」
「やっぱり、お頭は普通の悪党とは違いますね!」
盗賊達が、口々に盗賊団の頭を大声で褒め称えました。盗賊団のお頭は自慢げな顔で肉にかぶりつきました。
盗賊達がお腹いっぱいになった頃、盗賊団の頭が酒場の店主を呼びました。
「今日も旨かったぞ!」
そう言うと、盗賊団の頭は、袋いっぱいの大金をテーブルの上にドンッと置きました。
「いつもこんなにありがとうございます!」
店主が嬉しそうにお礼を言うと、盗賊団の頭が豪快に笑いました。
「ガッハッハ、気にすることはねえ。俺は大盗賊だ。他の悪党のようなヘマはせん。これは口止め料だ。いつものように、この村の皆にも口止めをよろしくな」
「もちろんです。このお金で村の皆に美味しい料理をたっぷり振る舞います。ケガや病気で困っている人にはお見舞い金を渡しておきます」
深々と頭を下げる店主に見送られながら、盗賊団の頭は満足そうに仲間と隠れ家へ帰って行きました。
† † †
盗賊団の頭は、仲間とともにあちらこちらの街へ行きました。
街に入った盗賊団の頭は、色々な噂話を調べました。意地悪な貴族や、人を騙してお金を稼いだ商人などの噂を聞くと、盗賊団の仲間と一緒にその屋敷へ忍び込み、財宝の半分を盗みました。
「なぜ、意地悪な貴族や人を騙した商人を狙うんですか?」
盗賊の若者が不思議そうに聞くと、盗賊団の頭がいつものように豪快に笑いながら答えました。
「ガッハッハ、皆から恨まれている奴が財宝を盗まれても、皆は『いい気味だ』と思うから、犯人捜しに力が入らん。俺は悪の道を極めた大盗賊! 決して捕まらんように、あえてそうしているんだ」
盗賊団の頭は、盗みを終えると、決まって隠れ家近くの酒場で仲間と宴会を開き、酒場の店主に大金を払いました。隠れ家近くだけでなく、行く先々の街の酒場で宴会を開き、口止め料として、酒場の店主や街の人々に大金を配っていました。
いつの間にか、盗賊団は、悪い貴族や悪徳商人から財宝を盗み、貧しい人々にお金を配る「正義の味方」だと噂されるようになりました。
「お頭は、本当は正義の味方だったんですね」
盗賊の若者が嬉しそうに言いました。
「バカ野郎! 何を言っている。おれは悪の道を極めた大盗賊だ! 正義の味方なんて反吐が出る。捕まりたくないから、こうしているだけだ!」
盗賊団の頭は、顔を真っ赤にして怒りました。それを聞いた盗賊達は、ニコニコ笑顔で笑い合いました。
† † †
ある年、王国を干ばつが襲いました。作物が育たず、多くの人々が飢えに苦しみました。
盗賊団の頭は、いつものようにあちらこちらの街へ行くと、噂を調べました。街の人々は「皆が飢饉で苦しんでいるのに、王様は助けてくれず、それどころか税を増やそうとしている」などと口々に王様の悪口を言っていました。
そして、「盗賊団、いや、正義の味方に、王様から財宝を盗んで来て欲しい、食べ物を盗んで来て欲しい」と口々に言われるようになりました。
そういった声は日に日に大きくなっていきました。盗賊団の隠れ家には、多くの人々が集まって来るようになりました。
盗賊団の隠れ家に顔を出せば、口止め料としてお金や食べ物を貰えたからです。盗賊団の隠れ家の場所は、貧しい人々の間で公然の秘密となっていました。
「どうします、お頭? 人がどんどん集まっています。口々に、助けて欲しい、王様から財宝や食べ物を盗んで来て欲しいと言っています。ですが、さすがに王様のお城へ盗みに入るのは難しいでしょうし……」
盗賊の若者が心配そうに聞きました。それを聞いた盗賊団の頭は、怒りながら言いました。
「くそっ、俺は大盗賊だぞ、正義の味方じゃない! とはいえ、このままじゃ騒ぎに気づいた兵隊に捕まっちまう。王様の城へ盗みに行くしかないか……」
「人々のために王様から財宝や食べ物を盗み取るんですね。やはりお頭は正義の味方ですね」
盗賊の若者が嬉しそうに聞くと、盗賊団の頭は顔を真っ赤にして怒りました。
「俺は悪の道を極めた大盗賊だ! 正義の味方じゃない。単に捕まりたくないだけだ。これだけの人がいれば、こいつらを囮にして逃げられるしな」
盗賊団の頭が苦虫を噛み潰したような顔で言いました。それを聞いた盗賊達が口々に声を上げました。
「さすがお頭。民衆を囮に使うなんて、やはり悪知恵が働きますね!」
「王様の財宝を盗むなんて、大盗賊中の大盗賊ですよ!」
盗賊達の褒め称える声を聞いた盗賊団の頭は、少し自慢げな顔になると、隠れ家の周りに集まった人々の前に顔を出しました。そして、人々に向かって大声で話し始めました。
「これから皆で王様のお城へ向かうぞ! 王様から財宝や食べ物の半分を奪い取る! 皆の仲間をどんどん集めてくれ。皆で王様のお城へ押し入るぞ!!」
隠れ家に集まった人々の大歓声の中、盗賊団は隠れ家を出発しました。
† † †
盗賊団の頭とその仲間は、集まった人々を引き連れて王様のお城へ向かいました。
集まった人々は、道中で次々と仲間を呼びました。その呼んだ仲間が更に仲間を呼びました。盗賊団と人々の集団は、どんどんと膨らんでいきました。王国の民衆の全員が集まったのではないかという大集団になりました。
大集団は、ついに王様のお城へ辿り着きました。
盗賊団の頭は、お城の前で待ち構えていた兵士達に向かって、大声で叫びました。
「兵士ども、この人の数をよく見ろ! いくらお前達兵士が強くても、この人数を全員倒すことは出来んぞ! お前達が1人で10人倒したとしても、11人目がその1人を必ず倒す。お前達に勝ち目はない。道を開けろ!」
兵士達は、人々のあまりの多さに戦うことを諦め、城門を開けました。盗賊団の頭は、城を取り囲む民衆に見守られながら、仲間の盗賊達とともに王様の部屋へ向かいました。
王様は、震えながら盗賊団の頭に言いました。
「望みは何だ? 何でも望みを叶えてやる、だから命は助けてくれ!」
「財宝や食べ物の半分を渡せ。そうすれば助けてやる」
盗賊団の頭がそう言うと、王様は盗賊団の頭を宝物庫へ連れて行きました。
宝物庫には、金銀財宝と貴重な食料が山積みになっていました。
「お頭、どうやって持って帰ります? ここで皆に配ります?」
宝物庫の中を覗き込みながら盗賊の若者が聞くと、盗賊団の頭は腕組みをして言いました。
「すごい量だが、この半分を集まった全員に配るには足りんな。俺は悪の道を極めた大盗賊。不公平なことは出来ん。そんなことをすれば、いらぬ恨みを買って今後の仕事がしづらくなるからな」
盗賊団の頭は、少し考えてから王様に言いました。
「財宝を貰うのはやめておく。そのかわり、今年の税をゼロにして、来年から税を半分にしろ」
王様は渋々応じました。人々は「盗賊団は、税を半分にすることで、王様から財産の半分を盗み、皆に分け与えてくれた。やはり盗賊団は正義の味方だ」と喜び合いました。
「やっぱりお頭は正義の味方でしたね」
盗賊の若者が笑顔で言いました。盗賊団のお頭は、顔を真っ赤にして怒りました。
「だから、俺は悪の道を極めた大盗賊だと言ってるだろ! 税が減れば、皆の手持ちの財宝が増える。そうすれば、俺達の盗む物が増える。俺達が今後も仕事をしやすくするためだ!」
「さすがお頭、考えることが違う!」
「お頭の素晴らしい働きぶりには、正義の味方も真っ青ですぜ!」
仲間の盗賊達が口々に盗賊の頭を褒め称えました。それを聞いた盗賊団の頭が顔をしかめて言いました。
「お前達、それは褒めてるのか? 何だかバカにされてるような気がするぞ?」
盗賊の若者が笑顔で盗賊団の頭に言いました。
「そんなことありませんよ、お頭。お頭は、悪の道を極めた正義の大盗賊ですよ!」
「だから、正義じゃないって言ってるだろ!!」
盗賊団の頭が大声で叫びました。仲間の盗賊達が嬉しそうに笑いました。
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