弱き冒険者との戯れ
私は広がる草原を瞬きしながら、眺める。
草原の雑草は揺れているが吹いているであろう風の音が聞こえない。
聞こえない、のではなく正確には洞窟や建物内で物音がこもっている感じだ。
視覚は異常なしである。
まずは、この身体に慣れ、動かし方を修得せねばなるまいて。
……とはいうものの、どうしたものか……?
以前の私は、人間族の身体構造が似ておっただけに、困惑するわい。液状の身体を現状の形態で、ある程度保てなくては話にならん。
意識が緩むと忽ち、その場に液体になり広がる。
ふぅ〜むぅっ、どうにか自由自在に身体を使いこなせるようにならねばっ!
以前の身体をイメージしながら、腕に力を入れるトレーニングを開始した。
鏡などといった物は草原にあるはずないので、現実には分からないが触手のような腕を生やすイメージを怠ることなく続け、小石を握り、放すといった動きをしてみる。
どれくらい経ったか分からないが、触手を創造し維持出来るようになり、小さな物体であれば持て、触手から放すことが出来るようになった。
その次は……魔物や人間族に攻撃された際の回避を会得せねば、短い生で終えてしまう。
自身に脚が生えているイメージを固め、その場から跳ねてみる。
空気が満たされた身軽な球状の物体になったように。
太陽が真上に落ち着いた頃に、跳ねられるようになり、ひと息つこうとした所に、くすんだ金髪をハリネズミのように逆立てた闘い慣れていないように見える少年が現れた。
少年が履いていた革靴があまり汚れておらず、装備も無いような軽装で、そう感じた。
「やぁぁああぁぁあああぁぁ!!!」
少年が一瞬だが躊躇を見せ、魔物が喰い千切ったような太めの枝を両手で握り、構え、突進するように私へと雄叫びをあげるように大口を開きながら掛けてきた。
当然、少年が発している声が、言葉がどういったものかは私には分からない。
ふぅ〜むぅ、スライムが物理攻撃で死ぬことがないことは理解している。ここは、少年の攻撃を受けてみるとしようぞ。
眼前の少年は、混濁し薄れる記憶にみる勇者じゃない。弱き冒険者でしかない、少年の攻撃……痛くも痒くもないだろう。
私は回避することもなく、少年による打撃を受けてみた。
視界がぐにゃりと歪み、打撃を受けた箇所が凹んだ。
事実は、それだけだった。
痛みは感じなかった、想像通り……
少年は跳ね返った衝撃に身体のバランスを崩し、後方へと倒れ、尻を打ち痛みに顔を歪めた。
この少年の生命を奪ってもなぁと思い、威嚇として、外さないように口を窄め、唾をびゅびゅっと、少年に対し飛ばした。
〈【唾酸弾】んんーっっ!〉
少年の肌が露出していない着ていた衣類に数弾、外れることもなく被弾した。
唾が被弾した箇所から灰色の煙が上がって穴が空き、肌が見えた。
少年は慌てた様子で、小さく見える遠い灰色の壁へと逃げ出した。
人間族や魔物が現れないうちに、さっさと生き延びれるように身体の動かし方を修得せねばなるまい。
さぁ、やろう!
太陽が沈むまで精度を高めていく私だった。