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彩雲 1

「操縦員及び雷撃手、羽嘴龍也(りゅうや)、十八。爆撃手及び航法士、冷泉範季(のりすえ)、十八。後部要員、大平田江介(たえすけ)、十八。若いな」

「連邦航空本部はこれが限界だそうです。他の戦区はどこも手いっぱいだそうですからね。練習生のなかではピカイチ、という鳴り物入りですよ」

 暗い部屋だった。デスクスタンドのおかげでそこに重厚な机と、二人の男が立っていることがわかる。椅子に座り、見ていた先の三人の履歴書を机の上に置いた方の顔は見えない。大東亜皇国軍の海軍を示す桜に錨が書かれた正式な軍帽を目深にかぶっているからだ。服は第二種軍装、つまり夏季服となっており長袖ではあるが薄地となっている。そして、金モールに階級は中将。そして―机にあるネームスタンドには大東亜皇国海軍、南方航空本部司令、大神鵬怜(おおがみほうれん)と書かれていた。

 立っている男の階級は大佐だった。ややあご髭のある精悍な顔つきに、人当たりの良さそうな目を持っている。服装は対照的に七分袖を着用し、しかもそれをさらにまくって肘やや上で止めている。小脇に書類の束を挟んで報告しつつ錨だけが書かれた略帽で顔を仰いでいるあたり、軍隊の礼儀をそれほど守るタイプの人間ではないようである。

「まあ、いい」

中将は、白い手袋をした手を組んで続ける。それは恐ろしいほどに響いた。

「あの機体は、これまでの設計思想とは違う。重たいからな。むしろ経験が無い人間が乗ったほうがいいかも知れん」

「実戦訓練のせんせい役も手配済みです。まあ、ペアが上手くいくかどうかはわかりませんが……幼年学校からの縁の様ですし、問題ないでしょう」

「ふむ。管轄は簀河原(すがわら)大佐、君に一任している。任せたぞ。彼らが今回の作戦の中核を担うのだからな。して、甲と乙はどうなった」

大佐は脇に抱えた書類を出して、「三件ほど」と告げた。

「甲部隊は現在、大ヶ縄諸島沖を通過、七日後にシュスペ島に入港できます。先遣部隊である第七十二水雷戦隊は予定通り、同島に昨日到着。明日より敵潜哨戒に入ります」

大佐はそこで一旦切り、中将は無言で先を促す。

「乙部隊は明日、大波知鎮守府を出港。二週間後、作戦海域に到着する予定です。参加する二空母の内、旗艦[寶祥]は航行しつつ修理するとのことです。先の海戦では大破寸前でしたからね。甲板と魚雷命中痕は塞いだそうですが、電気系統の調整がまだまだだそうです」

「想定内だ。三つ目は」

「はあ」歯切れ悪く続ける。

「両艦隊ともに、戦力は要求の八割です。乙部隊は空母二、重巡二、軽巡三、駆逐六の予定でしたが重巡・軽巡ともに一隻ずつです。代わりに〝防空〟海防艦が使われるそうです。〝防空〟の、だそうです」

「ほう、防空の、な」皮肉でもいうような言い方のあと、「甲は」と促す。

「甲部隊の〝輸送船〟以外の艦艇は予定通りそろうそうです。航空機は、五機要求に足りませんが、許容範囲内かと」

「〝輸送船〟は何隻になる」

「三隻だそうです」

 中将は残念そうに高価そうな椅子にもたれた。だがすぐに、

「艦政本部と航空本部の老人たちからここまで引っ張ってこれたのは、上出来だな。友人達に感謝しないといけない。こんな私を、信用してくれたのだからな」

「ラロル沖は、誰の所為でも、ありません。ガルドラ沖海戦を受けてのガルドラ島からシャークテア諸島までの撤退は戦略上、的確な判断だと思います」

「上の評価は〝逃げの大神〟だよ。ま、たび重なる防空戦で戦力も限界だ。潜水艦を用いてのゲリラ戦で半年間もちこたえてきたが、これ以上は、な」

「乾坤一擲、ですね」

 中将は立ちあがり、光が後ろにも差す。ぼわりと浮かび上がった世界地図を二人は眺める。

 様々な形の島々は赤と青と白。白に人は、少なくとも、この調査の段階では無い。圧倒的な青の中にポツポツと残る、赤。中将は手袋を外した手で島々を、〈海の路〉をなぞっていく。すると、ボーンと突然時報のような音が鳴った。見えないが、どこかに時計があるのだろう。中将は腕時計を確認すると、

「そろそろ、到着する頃だね」

大佐も合わせて確認する。そして「ああ、そうですね」と同意した。

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 パラパラと、上から埃が落ちる。直後に割れた音で、

「敵機来襲!対空戦闘ようい!」

スピーカーが叫んでいた。

「簀河原」

「はっ」

二人は、各々の行動に移る。

    ※

ガンガンガンガンガンガンガン

 パラパラと、上からアルミ合金が落ちる。

「くっそ」

羽嘴は毒づき、冷泉は黙ってうつむく、大平は泣きながら。三者三様の表情でも行動は同じ、みんな伏せていた。

「早く落とせ!」

副操縦士の檄の声に、三人は自分たちが乗ってきた入口から積み荷を落としていく。パラシュートが付いているらしく機体の下には白い花がいくつも舞っていた。すでに着水しているものもあった。窓には彼らの行き先とおぼしき島がかなり大きく見えている。

 だが右エンジンからは黒煙を噴き上げ、この一分前に援護の戦闘機二機が彼らを喜ばしたが襲撃を防ぐにはいたっていない。撃墜は時間の問題だった。

「よし、これで最後だ。あとはお前たちだ。落下傘の使い方は分かるな」

いま高度は三千メートル。もちろん使い方は分かるが、下でぷかぷか浮いている豆より小さくなった荷物を見ると、新兵同然である彼らは足がすくむ。もたもたしている間に再び尾翼から銃撃の嵐が迫る。

ガガガガガガガガガガガガガガガン

「があっ」ビシャッ

「いって……あ」

千切れた腕が羽嘴の頭にとんでいた。見れば副操縦士の左腕は無く、左目の部分はえぐられていた。

しかし「いけえ!こうなりたいかっ!」と叫んだ。

「ひっ……皇帝陛下ばんざあああああああああああああああああああああああああい」

「ちっ……」

大平と冷泉は飛び降りた。だが、羽嘴は飛び降りない。

「あ、あんたは」副操縦士が気になるようだった。

「いい、いいから行け。死ぬぞ」副操縦士はやさしくいった。

「見過ごせるかよ!」羽嘴は抱えようとする。そのとき、機体がぐらりと左にかたむいた。羽嘴はバランスを崩して、入口によりに倒れる。副操縦士は残る右手で羽嘴の手をふりほどき、突き落とした。

「あっ」

そのまま自由落下する。体が回転するその刹那に見えたのは、主翼が燃え急速に高度を失う輸送機と、そのなかで自分たちに敬礼する副操縦士の姿だった。

 バシャアアアン

「大丈夫かうはし!」

「大丈夫?」

冷泉と大平が聞いてくる。いつのまにか自分は落下傘をひらく紐を引っ張っていたらしい。

茫然とする意識の中で、とりあえず浮いている積み荷をつかんだ。上では、爆音と射撃音が絶えない。相当にうるさいはずなのに、耳が慣れたか状況を脳が上手く処理できてないのか、静かに感じた。だが、それもすぐに終わった。

「あ、敵戦だ!」

シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ

敵の戦闘機が機銃掃射を加えてきた。すぐ近くを銃弾の雨が通る。

 何も考えられない。銃弾が通るたび浮かぶのは、あの副操縦士のこと。俺もああなるのだろうか。死ぬのか。死ぬ死ぬ死ぬしぬシヌ……。

バコオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンンン

「「「!?」」」

「こっちだ!こおい!」

漁船を一回り大きくした大きさで、対空射撃用の大砲である高角砲と単装の機関砲が付いた船がこっちに向かって来ていた。見れば横から上陸時に使う網をこちらに投げている。俺は、何かに突き動かされるようにそれに向かって泳いだ。冷泉も、泳ぎが下手くそなはずの大平も俺と並んで泳いでいる。

「すまんな。待たせた」

俺たち三人を引き上げた人は異口同音にそう言って船内に入れた。びしゃびしゃの体に厚手の大きい毛布が渡された。

「敵機、さらに二機きまあす!」

「戦闘機はやられたか?機関全速、島に回頭しろ。対空班は撃ちまくれ!」

連れてこられたところは指示をだすところ、つまり艦橋なのだと気がついた。機銃弾があたっているのか、時折なにかがはねる音がした。

 俺達三人は渡された毛布にくるまり武骨な鋼鉄の壁にもたれた。

 まだ、生きている。手も足もはずれていない。血も、出ては無いようだ。

「はは……」

喜びは笑い声となって外に出た。同じように冷泉も大平も、嬉しそうな笑い声が漏れる。

 いつの間にか機関の振動音と人がバタバタ歩く音以外は聞こえなくなっていた。


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