配属 3
「遅いぞぉ!なぁにをやっとるかァ!」
「「「申し訳ありませんであります!」」」
丸刈りでガタイの良い、ゴリラのような強面の男が三人を叱責した。似合っていない純白の海軍正装を着た彼の階級は大佐である。またその隣に立っている、遅れてきた三人を一瞥しただけの男がいた。こちらは対照的によく似合っていた。痩せて皺だらけの顔に白くなった口髭が冷静沈着な雰囲気と、厳粛な印象を与える。彼の胸には指揮官を指す金モールが、腰には軍刀が、肩章と首元の襟章は少将を指している。つまりこの飛行隊のトップとナンバー2が立っていた。
すでに彼らの近くには輸送機がエンジンをふかせて待機している。そこからもたらされる爆風は階級の差などないかのように彼らの服をはためかせ、羽嘴のげっぷを隠した。
「きたねえな」隣に立つ冷泉が小声でこずき、
「うるせえな」羽嘴がやや大声で返した。
「うるさいぞ羽嘴!まったく……では片山司令、お願いします」
またもや一瞥すると、口を開いた。
「このたびの決定は尋常な事態ではない。だが、諸君の能力を精査しての結果である。そのことを胸において任務にあたってほしい。ここで宣言しよう、諸君らは教習生に非ず!」
老将にして剛毅。それを思わせる爆音に負けない声質と、ヒコーキ乗りの卵ならだれでも言われたい言葉。最後に武運の長久を祈ると述べて、搭乗はじめの掛け声がかかった。
「意外と早く終わったな」
「ん……ああ」
今度は小声な羽嘴だったが、冷泉の反応はおかしかった。羽嘴はにやりとわらい、
「あれ、ひょっとして泣いてんの?」
「な……、ち、ちげえし」
「うあー、そういや幼年学校の卒業式もないてたよな」
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん」
冷泉がからからわれている脇で、恥も外聞もなく大声で泣いたのは大平であった。まさに寝た赤子を起こしたようなふうである。
「うるっせえんだよ」
「だってえーんえーん」
だからいじめられるんだ、と羽嘴は頭に一撃かまし、また締め上げながらもつれて機内に入る階段を上っていく。その様を滑走路脇で自分の仕事を終えた整備士たちはいぶかしげに、司令と大佐はどこか悲しそうな目で見ていた。そうして階段を兼ねた扉が跳ねあがってしまり、エンジンの回転数がさらに上がる。
「チョーク(車輪止め)はずせえ!」司令は叫ぶ
整備士が三角形の鉄についている紐を引っぱり除く。
「帽振れ!」
司令の言葉に合わせ、その場にいた全員が帽子をとり、振った。
輸送機は方向舵を動かして調整しつつ速度を上げてゆき、爆音を響かせて、ふわりと緩やかに浮かび、そして急速に雲間へと消えていった。
機内では後ろへ後ろへと追いやられていくかつての学び舎を全員が窓から見ていたが、やがて冷泉が止め、未だ泣いている大平が止めた。
とりあえず、冷泉はまだ何も食べていないので購買所で買った乾パンを食べ、同じ状況にある大平にも渡してやった。彼は食堂にいくか荷物まとめに宿舎にいくか迷った挙句、ほとんど羽嘴と同時に宿舎に入ってきてしまったのである。大平はその乾パンを涙と鼻水で―本人に自覚は無いが―で味付けして食べていた。冷泉はやや引き、「お前も食うか?」と羽嘴に渡した。いつもならここで満腹でも飛びかかってくるのだが……、
「いい」
これだった。
「?」
不可思議なこともあるものだ、と冷泉は握った乾パンを口に入れて、ふと―
「ひょっとして、泣いてる?」
いまだ外をむいたままの羽嘴は、なぜか体が跳ね、
「ちちちげうぇ―」
「羽嘴も悲しかったんだねー!」
言い終わらないうちに大平が羽嘴に飛びついていた、丸顔に涙と鼻水をたっぷりつけた抱擁は十人が十人遠慮したい現象だった。みるまに羽嘴の航空服と顔に二種の体液が付着していく。
「よるなあああああああああああああああああああああああああああ」
ぎゃあぎゃあと叫び殴る二人を冷泉は離れた座席で観戦し、いつもなら注意するはずの輸送機の二人のパイロットはちらりと一瞥して、二人とも言葉を飲み込んだ。
すでに彼らはこの三人の赴任地を知っていたからである。