表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海を渡る風  作者: 風羽洸海
二章 オラーフェン皇国
8/24

災いを招く魔法使い



 翌日、アトゥリナがいつもの場所で久しぶりに歌っていると、どこで聞きつけたのかハルタシュがやって来た。アトゥリナと目が合うと、彼はちょっと手を挙げて挨拶したものの、邪魔はせずに後ろで壁にもたれて聞き入った。

 お客はいつもの子供達が主だが、本筋はもう一通り語り終えているので、皆揃ってはいない。特にまた聴きたい部分がある子だけがねだりに来るので、アトゥリナはそれに応えているところだった。出された要望を消化すると、アトゥリナは早めに切り上げて子供達を帰らせ、五弦琴を置いて立ち上がった。

「こんにちは」

「よお」

 アトゥリナが微笑みかけると、気さくな返事と共にハルタシュが近寄ってくる。彼は子供達が去っていった方を漠然と手で示し、にやっと笑った。

「人気あるじゃないか。故郷に帰るとか言わずに、ここに居着いちまったらどうだ?」

「最後の手段としては、それも良いでしょうね。皆さんに色々良くして頂いて、居心地も悪くはありませんし。ですがやはり、帰る方法があるのに諦めたくはありません」

「うーん、だけど、半島まではさすがになぁ……隊商でもないのにむちゃすぎだろ。カウロンから直接、おまえの国に向かう船はないのか? いや、普通の航路がないのは知ってるぞ、そのぐらいは俺だってわかる。けど、これだけいろんな船が集まるんだから、一隻ぐらい、やってやろうってのがいそうだけどな」

 言われて、アトゥリナは複雑な顔になった。彼は海の旅がどれほど危険か、アトゥリナ以上に知らないのではなかろうか。陸であっても街道や集落のない場所を行くのは冒険なのに、海ではどんなことになるか。

「この一月の間に船乗りの方々から話を聞きましたが、カウロンから真西に向かうのは無理だそうですよ。海流や風の具合で、南北どちらかに流されることが多くて、しかも補給や修繕を行える港がないんです。嵐を避けて停泊できるような場所も、誰も知らないという話でした。ですから、遠回りでも香料半島まで下るのが一番、見込みがあるんです」

「そうなのか。まあ、俺としちゃ、おまえが帰っちまうまでにあの話を全部聞けたら、それでいいんだけどさ」

 ハルタシュは曖昧な顔で、干草のような短い髪に手を突っ込み、ぽりぽり掻いた。アトゥリナは思わず笑みをこぼす。

「随分、建国叙事詩がお気に召したんですね」

「お気に召したとか言うなよ、痒い奴だな! 普通にしゃべれないのか?」

「私は普通のつもりですが」

「あーっ! その『私』ってのもむかつく、痒い! おまえ、似たような歳だろ? やめてくれよ本当にもう」

「痒い、って……」

 今まで色々と、遠回しの皮肉や聞こえよがしの陰口を耳にしてきたが、痒いと言われたのは初めてだ。悪口としての程度と種類がいまいち判らず、アトゥリナは困惑顔になる。途方に暮れている彼に向かって、ハルタシュは苛立ったように舌打ちした。そして、いきなりビードに人差し指をつきつける。

「こいつと話す時も、そんなんなのか?」

 途端にアトゥリナはむっとなり、不躾な指を軽くはたき落とした。

「彼女はビードという名前があります。『こいつ』呼ばわれされる謂れはありません」

「訊いてんだろ、答えろよ」

 ハルタシュも眉を寄せ、口をひん曲げてアトゥリナを睨む。アトゥリナはため息をついた。

「彼女は私の護衛で、幼い頃からの大事な友人でもあります。あなたに対するのと態度が違うのは、当然でしょう。大体、昨日からあなたはやたらと絡んできますが、初対面の相手にはもっと……」

 そこまで言って、不意に得心する。ああなんだ、とアトゥリナは手を打った。そして。

「私と友達になりたいんですね?」

「ばっ」

 瞬間、ハルタシュの顔が湯気を噴いた。

「馬鹿かおまえは! わけわからんこと言ってんじゃねえっ、痒いの通り越して鳥肌が立つわ、見ろこの腕!」

「嫌ですね、そんなに照れなくても」

「気色悪いからやめろっつってんだ、なんだその自信満々の顔は! てめえ、道案内の途中で荒地に放り出すぞ!」

 ハルタシュは喚きながら地団太を踏む。通行人が振り返るのも、ビードが冷ややかなまなざしを注いでいるのも、お構いなしだ。アトゥリナは笑いを堪えて首を竦めた。

「それは困ります。わかりました、少しは雑な物言いにできるように努力しましょう。いきなりビードと同じ扱いは無理ですけどね。手始めに、ハルと呼ばせてもらっても構いませんか?」

「だからッ! いちいちそう馬鹿丁寧に、お伺いを立てんじゃねえ!」

「じゃあ、ハル。うるさいよ」

 にこっ。笑顔でぶすりと言葉の針を突き刺され、ハルタシュはのけぞった。ビードがうっかり失笑し、咳払いでごまかす。

 ハルタシュはどっと疲れた様子で肩を落とし、やれやれと頭を振った。

「……おまえ、本っ当に、いい性格してんな……。王子ってのは皆、そうなのか」

「身分がどうかは知りませんけど」

 アトゥリナは答えながら、座り直して琴を抱えた。ハルタシュの一人騒ぎで通行人が近くに溜まり気味になっており、客寄せをする手間が省けそうだ。

「私の暮らしていた毎日の中では、言葉だけは丁寧なやりとりが当たり前でしたからね。さてと、少し歌わせてもらってもいいですか」

「だったら、あれ。簡単にしたやつで、最初から」

 すかさずハルタシュが要求する。アトゥリナは気乗りしない顔を見せたが、相手は意を汲んでくれるどころか、期待に目を輝かせて既に聞く態勢だ。どうしようもない。アトゥリナは通行人の気を引けるか危ぶみながらも、指に馴染んだ旋律を弾きだした。

 風変わりな和音に、一人、二人と聴衆が寄ってくる。アトゥリナは改めて「むかし、むかし……」から語り始めた。

 やがて建国の英雄が、青き魔術師ラウシールと出会い、魔物退治に向かう頃には、ハルタシュだけでなく結構な数の聴衆が集まり、面白そうに耳を傾けていた。

 ――が、そこへ。

「どけ、邪魔だ!」

 荒々しい声が割り込んだかと思うや、一人の男が客を押しのけ、飛び出してきた。

「おまえかッ! でたらめの嘘八百を吹き込みやがって、よくも!」

 真っ赤になって怒鳴り散らし、男はいきなりアトゥリナに殴りかかる。だがその拳は、素早く動いたビードの手で止められた。

 続く一呼吸で、ビードは男の腕を背中にねじ上げ、ひかがみを蹴ってひざまずかせた。男が暴れるので、彼女はさらにその背を突き倒し、路面に押さえつける。その間、まったくの無言で。一方の男は喚き続けていた。

「くそ、くそっ、くそぉっ! このペテン師が、舌引っこ抜いてやる! 離せ!」

 舌を引っこ抜く、などと言われて自由にしてやるわけがない。ビードはより強く男を押さえつけたまま、アトゥリナを見上げた。

「警備兵を呼びましょう」

「ああ呼んで来い、呼んで来いよ! 訴えてやる!」

 同意したのは男の方だった。アトゥリナは眉を寄せ、大事な五弦琴を背後に避難させてから、用心深く一歩男に近寄った。

「あなたは誰です? なぜ、私を訴えるなどと」

「このクソ餓鬼! てめえがいかれたこと言いやがったせいで、娘が、娘が……っ」

 首を捻って強引にアトゥリナを睨みつけた男の目には、涙が浮かんでいた。アトゥリナは愕然とし、息を飲んで今さらながら周囲を見回す。そういえば、今日はいつもの顔ぶれの中に、あの少女がいなかった。最初にアトゥリナに声をかけてきた少女が。

「あなたは……あの子の、父親ですか。あの子に何があったんです」

 震え声で問いかけたが、答えは得られなかった。返って来たのは怒声と罵詈雑言だけ。

「何が『善い魔法使い』だ! ふざけやがって、あの婆ァには近寄るなって、俺が口酸っぱくして言ってたのに、水の泡にしやがって! よくも、……っぎゃあぁ!!」

 まだ言い募ろうとした男は、ビードに肩を痛めつけられて悲鳴を上げた。ビードは容赦なく男を押さえつけたまま、冷ややかに言った。

「何があったにせよ、それは殿下の責任ではない。アトゥリナ様はきちんと説明された。叙事詩に歌われる魔術師は、この国の魔法使いとは違う、大人が近寄るなと言うのならそうした方がいい、と、説いて聞かせていらした。家に帰った後のことは、親たる者の監督責任だ。他人に罪を負わせて自らの遺漏をごまかそうなどと、責任逃れも甚だしい。殿下の舌を抜くなどと言う前に、大事な時に役立たぬ己が目を抉るがいい」

「うっ……う、うぐっ、うぅぅ」

 痛みのゆえか、怒りと悔しさのゆえか、男は歯を食いしばって嗚咽を漏らす。涙が石畳を濡らした。アトゥリナは見ていられず、傍に寄って膝をついた。

「何があったんですか。まさか……」

「知るもんか! 腕から血を流して、泣きながら帰って来たんだ、畜生ッ! その日は飯も食えずに泣いてばかりで、仲間にされた、とか言って……昨日から熱を出して寝込んじまった! この上、娘が……っ、娘がどうにかなったら、ぶっ殺してやるからな!!」

 アトゥリナは言葉もなく、ただ小さく首を振った。殺されたわけではなかったことに、わずかに安堵はしたものの、死ななければ良いというものではない。何をされたにせよ、少女の心には一生消えない傷がついただろう。心だけではない、人生にもだ。社会の爪弾き者と、被害者という形で関わってしまった――それによって、少女自身までが穢れたものとみなされてしまうかもしれない。彼女は何も悪くないのに。

「……会わせて、もらえませんか」

 拒絶を予想しながら、それでも一縷の望みをかけて、アトゥリナは頼んだ。無駄な言葉であっても、言わずにはおれなかった。

「あの子に、せめて謝らせて下さ……」

「ふざけんな! てめえの面なんざ見せたら余計に具合が悪くならァ、娘を殺す気か!」

 喚いた直後、再びビードに痛めつけられ、男は獣じみた叫びを上げた。

 居合わせた人々は皆、そそくさと逃げ出すか、遠巻きにして眉をひそめ、どちらの味方をするでもなく、成り行きをただ見ている。じきに誰かが、警備兵を呼んでくるだろう。

 アトゥリナは束の間、瞑目した。そして、ゆっくり立ち上がって静かに一言。

「もういいよ、ビード。離して」

「ですが」

「いいから」

 厳しい声に主の決意を悟り、ビードは渋々ながら、慎重に手を緩める。途端に男は彼女を乱暴に振り払った。直後、そのままの勢いでアトゥリナに殴りかかる。

 だが、振りかぶられた拳は、再び届かなかった。誰に阻まれたわけでもない。男自身が止めたのだ。自分が殴りつけようとしている相手が、ぎゅっと奥歯を噛みしめて痛みを受け止めようとしている、華奢な少年だと今さらに気付いて。

 男はぶるぶる震えながらアトゥリナを睨みつけ、最後に大声で罵ってから、身を翻して走り去った。突き飛ばされた群衆がざわめき、動きだす。あるいはばつが悪そうに、あるいは心配そうにアトゥリナを見ながら、それでも、誰も留まろうとはしなかった。関り合いになりたくないのは明らかだ。

 見物人が去ってしまうまで、アトゥリナはじっと立ち尽くしていた。

 しばらくしてすっかり人がいなくなると、彼はふうっと深いため息をついた。ビードが傍らにやってきて、そっと腕に触れる。

「アトゥリナ様には、何の罪もありません」

「……そうだね。でも、責任はあるよ」

 力なくアトゥリナがつぶやくと、

「だから黙って殴られるつもりだったのか?」

 ハルタシュの呆れ声が飛んできた。アトゥリナは顔を上げ、まだいたのか、と言いたげな目を向けた。ハルタシュは頓着せず、肩を竦めて両手を広げる。

「おまえって本当にむちゃな奴だな。半島まで行くってのもむちゃなら、あんな奴にまともに殴られてやろうとか、実は馬鹿なんじゃないか? 怒り狂ったおっさんにぶん殴られて、おまえみたいに細っこいのが無事でいられるわけないだろ。下手したら今頃、おまえの脳みそとか目ん玉が、その辺に飛び散ってるところだぞ」

「心配してくれているのなら、妙に具体的な表現はやめて欲しいんだけど」

 アトゥリナは疲れた声音でぼそりと唸る。ハルタシュはにんまり笑った。

「お、やっと普通にしゃべったな。ともかく、場所を変えようぜ。先に誰かが警備兵を呼んでたら、面倒臭いことになっちまう」

「……うん」

 しんなりと萎れたまま、アトゥリナは大人しく五弦琴や敷物を片付け、どこへ行くともなく、とぼとぼ歩きだした。ハルタシュがその腕を取り、こっちこっち、と案内する。アトゥリナは行き先も訊かず、ただ引かれるままになっていた。

 気が付くと、彼は人気のない街の外れにまで連れ出されていた。外れ、と言っても完全に市街地から離れたわけではない。中心部ほど賑わっておらず、商店よりもつましい住居が肩を寄せ合う地域だ。間にぽつぽつと、借り手のないまま半壊した古家だとか、更地にしたものの売れずにそのまま、といった感じの空き地がある。

 そんな場所のひとつで、ハルタシュは都合の良い木陰を見つけて腰を下ろした。アトゥリナとビードも、それにならって一休みする。

 しばらく三人とも黙っていたが、まずハルタシュが耐えられなくなって、隣に座るアトゥリナを肘で小突いた。

「元気出せよ。おまえのせいじゃないって。どこにでもおかしな奴はいるんだし、おまえの歌とは関係ないよ」

「ありがとう。でも、あの子に今までと違う考えを植えつけたのは、確かに私だから。ラウシール様に……魔術師に、悪い印象を持って欲しくなくて、せっせと賛美したのは否めないしね」

 アトゥリナは暗い声で応じ、弦を小さく弾いた。そして、ぽつりと告白する。

「私も、少しだけれど、魔術を使えるから」

「――え?」

 ハルタシュが驚きに声を詰まらせる。アトゥリナはため息をついた。

「本当にほんの少しだけどね。いっそ本職の魔術師だったなら、……ラウシール様のような魔術師だったなら、あの子のところへ飛んで行って、何をされたにせよ、すっかり癒してあげられたのに」

 何もできない。自分は悪くないと言い訳し、父親に拒まれたからと手を引いて、おろおろしながら見ているだけ。それが悔しくて、アトゥリナは唇を噛んだ。

 だがハルタシュの意見は違っていた。

「いや、それはないだろ。おまえが本当に本物の魔法使いだったら、今頃あのおっさんに殴り殺されてるよ。おっさんだけじゃない、他の連中もおまえに石を投げてくるぜ。だからそれは黙ってろよ、少なくともカウロンから離れるまでは絶対に秘密だ」

「……君は平気なのかい? 私が魔術師だとしても」

「うーん、まあ、俺達の方だと、魔法使いってのもそんなに悪いもんじゃないからな。俺らは『まじない師』って言うけど、昔はどこの部族にも必ず一人二人はいたし、今でもいろんなことを相談する相手だよ。天候のこととか、結婚や商売の相手のこととか占ってもらったり。確かにあんまり、仲良くしたい感じじゃないけど……だからってオラーフェンの連中みたいに、村から追い出したり石を投げたりはしないな」

 ハルタシュは頭を掻いて、小さく肩を竦めた。ああそうか、とアトゥリナは改めて思い出した。

「君はレクスデイルの人だったね。タハラハさんも?」

 見知らぬ異国に流れ着いて、自分とビード以外の他国人に区別をつけて考える余裕がなかったが、そもそもこの町にいるのはひとつの民族だけではないのだ。

「ああ、そうだよ」ハルタシュはうなずいた。「おまえが泊まってる宿も、親類がやってる。元々俺達は一つ所にずっと留まる性質じゃないけど、カウロンは昔っから物を売り買いする町だからさ、何人かはこっちに根を下ろしてるんだ。身内を通せば取引で騙されることもないし、宿代をぼったくられることもないし」

「へえ」

 アトゥリナはいつの間にか異国事情に興味津々となっていた。

「君達は、ちょっと昔のティリス人に似ているのかな。私のご先祖も、ヤギ飼いだとか言われていたらしいから」

「ご先祖って、あの王様がか?」

「うん。叙事詩ではそこまで詳しくわからないけど、大昔のティリスはデニス帝国の中でも貧しい地方で、遊牧生活を営む民が多かったらしいんだ。それで、エンリル帝も敵からは、卑しいヤギ飼いだとか罵られた」

「ははは、なんだか親近感がわいてきた。俺達も昔は――っていうか、今も陰では、オラーフェン人から同じように言われてるよ。ま、気にしないけどな。先祖代々の暮らしを守って何が悪いってんだ」

「そうだね。……行ってみたいな、君の国に」

「来いよ」

 ハルタシュはあっさり言った。アトゥリナが目をぱちくりさせると、彼は真顔で、力を込めてもう一度、来いよ、と繰り返した。

「あんなことがあったんだし、この街じゃもう、稼ぎにくいだろ。ぐずぐず居残ってて警備兵にしょっ引かれちまったら、南に向かうどころじゃなくなっちまうぞ。テペシュじゃ客はそんなに入らないだろうけど、皆きっとおまえを歓迎するよ」

「……そうだね。もう……潮時、かな」

 口では同意しながらも、アトゥリナは動こうとしなかった。潮時、確かにそうかもしれない。だがこのまま何もせずに逃げ出すのは、あまりに不甲斐ないではないか。傷ついた少女とその親を放り出して、謝罪さえもしないまま旅立てば、いったい何度、後ろを振り返ることになるだろうか。

 次第にアトゥリナの瞳に力が戻ってくる。彼はゆっくりひとつ深呼吸すると、すっくと立ち上がった。

「お、行くのか」

 ハルタシュも立ち上がり、尻についた砂を払う。だがアトゥリナの返事は、彼の予想とは違っていた。

「行くよ。あの子に謝りに行く」

「――は?」

「受け入れられなくても、今度こそ殴られても、構わない。南へ発つのはその後だ。でないと私はきっと、振り返ってばかりで前へ進めなくなるから」

「おい、本気か? 捜すったって、名前も知らないんだろ。大体、あのおっさんも言ってたじゃないか。おまえが顔を見せたら、かえって悪いことになるんじゃないか?」

「だったら、姿は見せないよ。とにかく、何とかする。……仮にも偉大なエンリル帝の血を引く皇族の一員が、いとけない子供を一人傷つけた償いすらできないなんて、恥ずかしくてご先祖様に合わせる顔がないじゃないか」

 アトゥリナは己に対して顔をしかめ、首を振った。ハルタシュが目を丸くしているが、気にしている暇はない。アトゥリナは荷物を取り、ビードにうなずきかけた。

「さっきの場所に戻ろう。誰かまだ、騒ぎを見ていた人がいるかもしれない。あの男の人の知り合いが見つかればいいんだけど」

「畏まりました」

 素早くビードも立ち上がる。おい、とハルタシュが引きとめようとしたが、二人は聞かず、既に走りだしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ