災いを招く魔法使い
翌日、アトゥリナがいつもの場所で久しぶりに歌っていると、どこで聞きつけたのかハルタシュがやって来た。アトゥリナと目が合うと、彼はちょっと手を挙げて挨拶したものの、邪魔はせずに後ろで壁にもたれて聞き入った。
お客はいつもの子供達が主だが、本筋はもう一通り語り終えているので、皆揃ってはいない。特にまた聴きたい部分がある子だけがねだりに来るので、アトゥリナはそれに応えているところだった。出された要望を消化すると、アトゥリナは早めに切り上げて子供達を帰らせ、五弦琴を置いて立ち上がった。
「こんにちは」
「よお」
アトゥリナが微笑みかけると、気さくな返事と共にハルタシュが近寄ってくる。彼は子供達が去っていった方を漠然と手で示し、にやっと笑った。
「人気あるじゃないか。故郷に帰るとか言わずに、ここに居着いちまったらどうだ?」
「最後の手段としては、それも良いでしょうね。皆さんに色々良くして頂いて、居心地も悪くはありませんし。ですがやはり、帰る方法があるのに諦めたくはありません」
「うーん、だけど、半島まではさすがになぁ……隊商でもないのにむちゃすぎだろ。カウロンから直接、おまえの国に向かう船はないのか? いや、普通の航路がないのは知ってるぞ、そのぐらいは俺だってわかる。けど、これだけいろんな船が集まるんだから、一隻ぐらい、やってやろうってのがいそうだけどな」
言われて、アトゥリナは複雑な顔になった。彼は海の旅がどれほど危険か、アトゥリナ以上に知らないのではなかろうか。陸であっても街道や集落のない場所を行くのは冒険なのに、海ではどんなことになるか。
「この一月の間に船乗りの方々から話を聞きましたが、カウロンから真西に向かうのは無理だそうですよ。海流や風の具合で、南北どちらかに流されることが多くて、しかも補給や修繕を行える港がないんです。嵐を避けて停泊できるような場所も、誰も知らないという話でした。ですから、遠回りでも香料半島まで下るのが一番、見込みがあるんです」
「そうなのか。まあ、俺としちゃ、おまえが帰っちまうまでにあの話を全部聞けたら、それでいいんだけどさ」
ハルタシュは曖昧な顔で、干草のような短い髪に手を突っ込み、ぽりぽり掻いた。アトゥリナは思わず笑みをこぼす。
「随分、建国叙事詩がお気に召したんですね」
「お気に召したとか言うなよ、痒い奴だな! 普通にしゃべれないのか?」
「私は普通のつもりですが」
「あーっ! その『私』ってのもむかつく、痒い! おまえ、似たような歳だろ? やめてくれよ本当にもう」
「痒い、って……」
今まで色々と、遠回しの皮肉や聞こえよがしの陰口を耳にしてきたが、痒いと言われたのは初めてだ。悪口としての程度と種類がいまいち判らず、アトゥリナは困惑顔になる。途方に暮れている彼に向かって、ハルタシュは苛立ったように舌打ちした。そして、いきなりビードに人差し指をつきつける。
「こいつと話す時も、そんなんなのか?」
途端にアトゥリナはむっとなり、不躾な指を軽くはたき落とした。
「彼女はビードという名前があります。『こいつ』呼ばわれされる謂れはありません」
「訊いてんだろ、答えろよ」
ハルタシュも眉を寄せ、口をひん曲げてアトゥリナを睨む。アトゥリナはため息をついた。
「彼女は私の護衛で、幼い頃からの大事な友人でもあります。あなたに対するのと態度が違うのは、当然でしょう。大体、昨日からあなたはやたらと絡んできますが、初対面の相手にはもっと……」
そこまで言って、不意に得心する。ああなんだ、とアトゥリナは手を打った。そして。
「私と友達になりたいんですね?」
「ばっ」
瞬間、ハルタシュの顔が湯気を噴いた。
「馬鹿かおまえは! わけわからんこと言ってんじゃねえっ、痒いの通り越して鳥肌が立つわ、見ろこの腕!」
「嫌ですね、そんなに照れなくても」
「気色悪いからやめろっつってんだ、なんだその自信満々の顔は! てめえ、道案内の途中で荒地に放り出すぞ!」
ハルタシュは喚きながら地団太を踏む。通行人が振り返るのも、ビードが冷ややかなまなざしを注いでいるのも、お構いなしだ。アトゥリナは笑いを堪えて首を竦めた。
「それは困ります。わかりました、少しは雑な物言いにできるように努力しましょう。いきなりビードと同じ扱いは無理ですけどね。手始めに、ハルと呼ばせてもらっても構いませんか?」
「だからッ! いちいちそう馬鹿丁寧に、お伺いを立てんじゃねえ!」
「じゃあ、ハル。うるさいよ」
にこっ。笑顔でぶすりと言葉の針を突き刺され、ハルタシュはのけぞった。ビードがうっかり失笑し、咳払いでごまかす。
ハルタシュはどっと疲れた様子で肩を落とし、やれやれと頭を振った。
「……おまえ、本っ当に、いい性格してんな……。王子ってのは皆、そうなのか」
「身分がどうかは知りませんけど」
アトゥリナは答えながら、座り直して琴を抱えた。ハルタシュの一人騒ぎで通行人が近くに溜まり気味になっており、客寄せをする手間が省けそうだ。
「私の暮らしていた毎日の中では、言葉だけは丁寧なやりとりが当たり前でしたからね。さてと、少し歌わせてもらってもいいですか」
「だったら、あれ。簡単にしたやつで、最初から」
すかさずハルタシュが要求する。アトゥリナは気乗りしない顔を見せたが、相手は意を汲んでくれるどころか、期待に目を輝かせて既に聞く態勢だ。どうしようもない。アトゥリナは通行人の気を引けるか危ぶみながらも、指に馴染んだ旋律を弾きだした。
風変わりな和音に、一人、二人と聴衆が寄ってくる。アトゥリナは改めて「むかし、むかし……」から語り始めた。
やがて建国の英雄が、青き魔術師ラウシールと出会い、魔物退治に向かう頃には、ハルタシュだけでなく結構な数の聴衆が集まり、面白そうに耳を傾けていた。
――が、そこへ。
「どけ、邪魔だ!」
荒々しい声が割り込んだかと思うや、一人の男が客を押しのけ、飛び出してきた。
「おまえかッ! でたらめの嘘八百を吹き込みやがって、よくも!」
真っ赤になって怒鳴り散らし、男はいきなりアトゥリナに殴りかかる。だがその拳は、素早く動いたビードの手で止められた。
続く一呼吸で、ビードは男の腕を背中にねじ上げ、ひかがみを蹴ってひざまずかせた。男が暴れるので、彼女はさらにその背を突き倒し、路面に押さえつける。その間、まったくの無言で。一方の男は喚き続けていた。
「くそ、くそっ、くそぉっ! このペテン師が、舌引っこ抜いてやる! 離せ!」
舌を引っこ抜く、などと言われて自由にしてやるわけがない。ビードはより強く男を押さえつけたまま、アトゥリナを見上げた。
「警備兵を呼びましょう」
「ああ呼んで来い、呼んで来いよ! 訴えてやる!」
同意したのは男の方だった。アトゥリナは眉を寄せ、大事な五弦琴を背後に避難させてから、用心深く一歩男に近寄った。
「あなたは誰です? なぜ、私を訴えるなどと」
「このクソ餓鬼! てめえがいかれたこと言いやがったせいで、娘が、娘が……っ」
首を捻って強引にアトゥリナを睨みつけた男の目には、涙が浮かんでいた。アトゥリナは愕然とし、息を飲んで今さらながら周囲を見回す。そういえば、今日はいつもの顔ぶれの中に、あの少女がいなかった。最初にアトゥリナに声をかけてきた少女が。
「あなたは……あの子の、父親ですか。あの子に何があったんです」
震え声で問いかけたが、答えは得られなかった。返って来たのは怒声と罵詈雑言だけ。
「何が『善い魔法使い』だ! ふざけやがって、あの婆ァには近寄るなって、俺が口酸っぱくして言ってたのに、水の泡にしやがって! よくも、……っぎゃあぁ!!」
まだ言い募ろうとした男は、ビードに肩を痛めつけられて悲鳴を上げた。ビードは容赦なく男を押さえつけたまま、冷ややかに言った。
「何があったにせよ、それは殿下の責任ではない。アトゥリナ様はきちんと説明された。叙事詩に歌われる魔術師は、この国の魔法使いとは違う、大人が近寄るなと言うのならそうした方がいい、と、説いて聞かせていらした。家に帰った後のことは、親たる者の監督責任だ。他人に罪を負わせて自らの遺漏をごまかそうなどと、責任逃れも甚だしい。殿下の舌を抜くなどと言う前に、大事な時に役立たぬ己が目を抉るがいい」
「うっ……う、うぐっ、うぅぅ」
痛みのゆえか、怒りと悔しさのゆえか、男は歯を食いしばって嗚咽を漏らす。涙が石畳を濡らした。アトゥリナは見ていられず、傍に寄って膝をついた。
「何があったんですか。まさか……」
「知るもんか! 腕から血を流して、泣きながら帰って来たんだ、畜生ッ! その日は飯も食えずに泣いてばかりで、仲間にされた、とか言って……昨日から熱を出して寝込んじまった! この上、娘が……っ、娘がどうにかなったら、ぶっ殺してやるからな!!」
アトゥリナは言葉もなく、ただ小さく首を振った。殺されたわけではなかったことに、わずかに安堵はしたものの、死ななければ良いというものではない。何をされたにせよ、少女の心には一生消えない傷がついただろう。心だけではない、人生にもだ。社会の爪弾き者と、被害者という形で関わってしまった――それによって、少女自身までが穢れたものとみなされてしまうかもしれない。彼女は何も悪くないのに。
「……会わせて、もらえませんか」
拒絶を予想しながら、それでも一縷の望みをかけて、アトゥリナは頼んだ。無駄な言葉であっても、言わずにはおれなかった。
「あの子に、せめて謝らせて下さ……」
「ふざけんな! てめえの面なんざ見せたら余計に具合が悪くならァ、娘を殺す気か!」
喚いた直後、再びビードに痛めつけられ、男は獣じみた叫びを上げた。
居合わせた人々は皆、そそくさと逃げ出すか、遠巻きにして眉をひそめ、どちらの味方をするでもなく、成り行きをただ見ている。じきに誰かが、警備兵を呼んでくるだろう。
アトゥリナは束の間、瞑目した。そして、ゆっくり立ち上がって静かに一言。
「もういいよ、ビード。離して」
「ですが」
「いいから」
厳しい声に主の決意を悟り、ビードは渋々ながら、慎重に手を緩める。途端に男は彼女を乱暴に振り払った。直後、そのままの勢いでアトゥリナに殴りかかる。
だが、振りかぶられた拳は、再び届かなかった。誰に阻まれたわけでもない。男自身が止めたのだ。自分が殴りつけようとしている相手が、ぎゅっと奥歯を噛みしめて痛みを受け止めようとしている、華奢な少年だと今さらに気付いて。
男はぶるぶる震えながらアトゥリナを睨みつけ、最後に大声で罵ってから、身を翻して走り去った。突き飛ばされた群衆がざわめき、動きだす。あるいはばつが悪そうに、あるいは心配そうにアトゥリナを見ながら、それでも、誰も留まろうとはしなかった。関り合いになりたくないのは明らかだ。
見物人が去ってしまうまで、アトゥリナはじっと立ち尽くしていた。
しばらくしてすっかり人がいなくなると、彼はふうっと深いため息をついた。ビードが傍らにやってきて、そっと腕に触れる。
「アトゥリナ様には、何の罪もありません」
「……そうだね。でも、責任はあるよ」
力なくアトゥリナがつぶやくと、
「だから黙って殴られるつもりだったのか?」
ハルタシュの呆れ声が飛んできた。アトゥリナは顔を上げ、まだいたのか、と言いたげな目を向けた。ハルタシュは頓着せず、肩を竦めて両手を広げる。
「おまえって本当にむちゃな奴だな。半島まで行くってのもむちゃなら、あんな奴にまともに殴られてやろうとか、実は馬鹿なんじゃないか? 怒り狂ったおっさんにぶん殴られて、おまえみたいに細っこいのが無事でいられるわけないだろ。下手したら今頃、おまえの脳みそとか目ん玉が、その辺に飛び散ってるところだぞ」
「心配してくれているのなら、妙に具体的な表現はやめて欲しいんだけど」
アトゥリナは疲れた声音でぼそりと唸る。ハルタシュはにんまり笑った。
「お、やっと普通にしゃべったな。ともかく、場所を変えようぜ。先に誰かが警備兵を呼んでたら、面倒臭いことになっちまう」
「……うん」
しんなりと萎れたまま、アトゥリナは大人しく五弦琴や敷物を片付け、どこへ行くともなく、とぼとぼ歩きだした。ハルタシュがその腕を取り、こっちこっち、と案内する。アトゥリナは行き先も訊かず、ただ引かれるままになっていた。
気が付くと、彼は人気のない街の外れにまで連れ出されていた。外れ、と言っても完全に市街地から離れたわけではない。中心部ほど賑わっておらず、商店よりもつましい住居が肩を寄せ合う地域だ。間にぽつぽつと、借り手のないまま半壊した古家だとか、更地にしたものの売れずにそのまま、といった感じの空き地がある。
そんな場所のひとつで、ハルタシュは都合の良い木陰を見つけて腰を下ろした。アトゥリナとビードも、それにならって一休みする。
しばらく三人とも黙っていたが、まずハルタシュが耐えられなくなって、隣に座るアトゥリナを肘で小突いた。
「元気出せよ。おまえのせいじゃないって。どこにでもおかしな奴はいるんだし、おまえの歌とは関係ないよ」
「ありがとう。でも、あの子に今までと違う考えを植えつけたのは、確かに私だから。ラウシール様に……魔術師に、悪い印象を持って欲しくなくて、せっせと賛美したのは否めないしね」
アトゥリナは暗い声で応じ、弦を小さく弾いた。そして、ぽつりと告白する。
「私も、少しだけれど、魔術を使えるから」
「――え?」
ハルタシュが驚きに声を詰まらせる。アトゥリナはため息をついた。
「本当にほんの少しだけどね。いっそ本職の魔術師だったなら、……ラウシール様のような魔術師だったなら、あの子のところへ飛んで行って、何をされたにせよ、すっかり癒してあげられたのに」
何もできない。自分は悪くないと言い訳し、父親に拒まれたからと手を引いて、おろおろしながら見ているだけ。それが悔しくて、アトゥリナは唇を噛んだ。
だがハルタシュの意見は違っていた。
「いや、それはないだろ。おまえが本当に本物の魔法使いだったら、今頃あのおっさんに殴り殺されてるよ。おっさんだけじゃない、他の連中もおまえに石を投げてくるぜ。だからそれは黙ってろよ、少なくともカウロンから離れるまでは絶対に秘密だ」
「……君は平気なのかい? 私が魔術師だとしても」
「うーん、まあ、俺達の方だと、魔法使いってのもそんなに悪いもんじゃないからな。俺らは『まじない師』って言うけど、昔はどこの部族にも必ず一人二人はいたし、今でもいろんなことを相談する相手だよ。天候のこととか、結婚や商売の相手のこととか占ってもらったり。確かにあんまり、仲良くしたい感じじゃないけど……だからってオラーフェンの連中みたいに、村から追い出したり石を投げたりはしないな」
ハルタシュは頭を掻いて、小さく肩を竦めた。ああそうか、とアトゥリナは改めて思い出した。
「君はレクスデイルの人だったね。タハラハさんも?」
見知らぬ異国に流れ着いて、自分とビード以外の他国人に区別をつけて考える余裕がなかったが、そもそもこの町にいるのはひとつの民族だけではないのだ。
「ああ、そうだよ」ハルタシュはうなずいた。「おまえが泊まってる宿も、親類がやってる。元々俺達は一つ所にずっと留まる性質じゃないけど、カウロンは昔っから物を売り買いする町だからさ、何人かはこっちに根を下ろしてるんだ。身内を通せば取引で騙されることもないし、宿代をぼったくられることもないし」
「へえ」
アトゥリナはいつの間にか異国事情に興味津々となっていた。
「君達は、ちょっと昔のティリス人に似ているのかな。私のご先祖も、ヤギ飼いだとか言われていたらしいから」
「ご先祖って、あの王様がか?」
「うん。叙事詩ではそこまで詳しくわからないけど、大昔のティリスはデニス帝国の中でも貧しい地方で、遊牧生活を営む民が多かったらしいんだ。それで、エンリル帝も敵からは、卑しいヤギ飼いだとか罵られた」
「ははは、なんだか親近感がわいてきた。俺達も昔は――っていうか、今も陰では、オラーフェン人から同じように言われてるよ。ま、気にしないけどな。先祖代々の暮らしを守って何が悪いってんだ」
「そうだね。……行ってみたいな、君の国に」
「来いよ」
ハルタシュはあっさり言った。アトゥリナが目をぱちくりさせると、彼は真顔で、力を込めてもう一度、来いよ、と繰り返した。
「あんなことがあったんだし、この街じゃもう、稼ぎにくいだろ。ぐずぐず居残ってて警備兵にしょっ引かれちまったら、南に向かうどころじゃなくなっちまうぞ。テペシュじゃ客はそんなに入らないだろうけど、皆きっとおまえを歓迎するよ」
「……そうだね。もう……潮時、かな」
口では同意しながらも、アトゥリナは動こうとしなかった。潮時、確かにそうかもしれない。だがこのまま何もせずに逃げ出すのは、あまりに不甲斐ないではないか。傷ついた少女とその親を放り出して、謝罪さえもしないまま旅立てば、いったい何度、後ろを振り返ることになるだろうか。
次第にアトゥリナの瞳に力が戻ってくる。彼はゆっくりひとつ深呼吸すると、すっくと立ち上がった。
「お、行くのか」
ハルタシュも立ち上がり、尻についた砂を払う。だがアトゥリナの返事は、彼の予想とは違っていた。
「行くよ。あの子に謝りに行く」
「――は?」
「受け入れられなくても、今度こそ殴られても、構わない。南へ発つのはその後だ。でないと私はきっと、振り返ってばかりで前へ進めなくなるから」
「おい、本気か? 捜すったって、名前も知らないんだろ。大体、あのおっさんも言ってたじゃないか。おまえが顔を見せたら、かえって悪いことになるんじゃないか?」
「だったら、姿は見せないよ。とにかく、何とかする。……仮にも偉大なエンリル帝の血を引く皇族の一員が、いとけない子供を一人傷つけた償いすらできないなんて、恥ずかしくてご先祖様に合わせる顔がないじゃないか」
アトゥリナは己に対して顔をしかめ、首を振った。ハルタシュが目を丸くしているが、気にしている暇はない。アトゥリナは荷物を取り、ビードにうなずきかけた。
「さっきの場所に戻ろう。誰かまだ、騒ぎを見ていた人がいるかもしれない。あの男の人の知り合いが見つかればいいんだけど」
「畏まりました」
素早くビードも立ち上がる。おい、とハルタシュが引きとめようとしたが、二人は聞かず、既に走りだしていた。