幼馴染だったもの
幼馴染アルス視点で数話進みます
薬草の入った袋片手に、冒険者ギルドの扉をくぐる。
腰には長剣と短剣が一本ずつ。
でも、長剣はほぼお飾りだ。
短剣の方が、料理にも、薬草の採取にも使えて何かと便利だし、そもそもの話、長剣を扱えるほどの技術も肉体も持ち合わせていないのだから。
「アルス様。薬草採取の依頼、お疲れ様でした」
冒険者ギルドで依頼完了の報告を済ませ、もらえたのは1000ルメン。
食事一回分ほどのお金だ。
冒険者には夢がある。
高ランクになり、迷宮を攻略して宝を手に入れたり、神出鬼没の大物闇物を倒せば一攫千金も夢じゃない。
といっても、これは高ランクになれたらの話だ。
ランクは上からS・A・B・C・D・E。
一個上のランクまでなら依頼を受けられ、そのランクの依頼を規定回数こなせれば、晴れてランクアップとなる。
僕はというと、冒険者になって半年経つのに、未だに底辺のEランカー。
ルナリアに会いたくて、修行をよく抜け出してたのが悪い、といえばその通りなんだけど……。
このランクでは、冒険者とは名ばかりで、ほぼ便利屋というにふさわしいのが現実だ。
落とし物を捜したり、犬を捜したり、雑草を刈ったり、道の掃除をしたり、今みたいに薬草を採取してきたり。
もちろん報酬だって少ない。
今回の依頼のように、食事一回分ほどのものばかり。
だからこそ、月一回の教会からの施しものは本当にありがたい。
僕みたいな浮浪者にも、分け隔てなく与えてくれるのだから。
「何か情報はありましたか?」
「いいえ、何もありませんね」
実は僕も依頼を掲載してもらってる。
その依頼とは、『この女性を捜しています』というもの。
小柄な体型、銀色の髪に、白銀の瞳、名前はルナリア。
加えて、重要な情報であるペンダントについては、手先の器用さを生かして木彫りのレプリカを作り、依頼の木版と共に掲載してもらっている。
でも、結果は芳しくない。
偽の情報で、お金を騙し取ろうとする輩の方が釣れる始末だ。
いや、当たり前と言えばそうか。
たっぷりと報酬を出せるようなお金はないし、人捜しとなれば簡単に見つかるものではないのだから。
それでも、ないよりはマシだからと、依頼は掲載してもらいつつ、実際は足で情報を集めている。
こうして、自然と出来上がってきたルナリアの捜索方針はこうだ。
新たな町に移動したら、すぐさま冒険者ギルドの依頼をこなし始める。
野宿とワイルドな食事とで、宿代と食費を浮かせつつ、その間に、酒場などに顔を出しては聞き込みをする。
お金が貯まり次第、人捜しの依頼を掲載してもらう。
その後、特段の成果がなくとも、僕が人捜しをしていることが町に広まり、乗合馬車に乗れるだけのお金が貯まったら、次の場所を目指して旅立つ。
これを繰り返しているうちに、あっという間に半年が過ぎ、今に至るわけだ。
(今日は疲れた。どこか安い宿に泊まろう)
冒険者ギルドのある通りから離れ、町外れ近くになれば、宿のグレードはぐっと下がってくる。
「1泊、500ルメンだよ。部屋は空いてるところに好きに入りな」
ここは宿というよりも、野宿ではない、と言った方がいいレベルの宿だ。
それでも、雨風をしのげる屋根と壁があり、一応のベッドもある。
クローゼットと見間違えるほど小さな部屋だろうと構わない。
だって、ただ寝るだけの場所なんだから。
一応の宿を確保したら、近くの酒場に入る。
ただの料理屋ではなく、酒場にしているのには理由がある。
それは、冒険者は酒好きな輩が多いと相場が決まっているからだ。
そんな冒険者は僕と同様、各地を転々としている者も多く、他の町の情報までをも聞き出せる可能性が彼らには秘められている。
だから、彼らが集まる酒場で聞き込みするのが、情報収集には一番効率がいいというわけだ。
といっても、これは自分勝手な想像なんだけど……。
今日の夕食は、スカスカのパンに豆のスープ。
さっと腹を満たしたら、ペンダントの木彫りのレプリカを持って、他のテーブルに聞き込みに行く。
「これと似たペンダントをつけた、銀髪の少女を知りませんか? 名前はルナリアと言います」
そう聞くと、無視されるか罵倒されることがほとんどだけど、ペンダントを見てくれる者もいる。
でも、今のところ、返答はいつも同じだ。
「すまんが、見たことはないな」
もしくは、
「あんたが捜し回ってる、ということだけは知ってるよ!」
と笑われるか。
結局、その日も収穫はゼロ。
お金は貯まったことだし、ペンダントの少女を捜していることも広まってきたようだし、ここいらが潮時か。
明日は、乗合馬車があったらそれに乗って、次の場所を目指すことにしよう。
翌日、ちょうど乗合馬車が出るとのことで、運よく乗ることができた。
ただ、今回は護衛の冒険者がつくらしく、その分、値が張ったが仕方がない。
僕もそんな冒険者になれれば、お金をもらいながら移動できるけど、僕にその腕はない。
冒険者に守られる冒険者。
所詮、僕はそんな存在さ。
今回乗った馬車には、僕の他に四人が同乗していた。
何やら荷物の多い年配の男性は行商だろうか。
なんだか、懐かしいな。
僕の手先の器用さを生かせば、行商の道もあるのでは?とよぎったこともあったっけ。
だけど、準備期間はなかったし、商売も何一つわからなかったし、各地を回りつつ、身一つで金を稼ぐには、こんな僕でも冒険者が一番手っ取り早かった。
その他には、女性一人に男性二人。
彼らは、一時の旅の道連れになるわけだけど、馬車の中で会話が弾むことはほとんどない。
初めの頃は頑張って話しかけていたけど、最近では、ペンダントを見せて聞き込みをし、情報がなければそれ以上話さないでいる。
結果、小さく揺れる馬車の中でじっとしていることになり、護衛がついているとなれば安心感はなおさらで、気づけば眠りに落ちていることもしばしばで……。
あの日、イーノとその母親が顔を真っ青にして中央広場に現れた。
「た、た、大変です! リースベルさま!」
「お姉ちゃんが! お姉ちゃんが!」
慌てふためく母親の姿に、お姉ちゃんと泣きじゃくるイーノの姿。
その場にいた全員が、ルナリアに何かがあったことを瞬時に理解した。
大人達は、ついさっきまで酔って踊っていたとは思えない俊敏さで、ランタンと松明を持って海沿いへと走った。
乏しい光を頼りにルナリアを必死に捜した。
それでも見つからない。
翌日も朝から捜索が開始され、その次の日も、次の日も捜し続けた。
海に落ちたことは捜し始めたときから明白だった。
この町の者であれば、その意味するところはわかっていただろうに、誰しも捜さずにはいられなかった。
それでも、時間とともに諦めムードが漂い始め、それと比例するように冷静さを取り戻し始め、あの晩何があったのか、その点に頭が回るようになっていく。
イーノとその母親に話を聞いたところ、落ちたきっかけはイーノを助けたことらしかった。
いいや、イーノを助けたときはまだ無事だった。
その後、何があったのかは、二人とも必死だったせいか、夜だったせいか、曖昧にしかわからなかった。
何はともあれ、現場の状況とあわせ、ルナリアが転落した原因はこう結論づけられた。
「柵が壊れたせいだ」
確かに、柵が壊れていた。
祭りの日に向けて修繕したはずの柵が。
僕が修繕を担当した柵の一部が……。
一ヶ月後、ルナリアの捜索は尻つぼみとなり、最後まで残ったのはリースベルと僕の二人だけ。
ルナリアの母親はショックのあまり寝込んでしまい、リースベルはというと、何かに取り憑かれたようにルナリアを捜し続けていた。
僕だってそうだ。
だが、リースベルも日に日にやつれていき、とうとう、捜索も、町長としての仕事もせずに、一日中酒を飲むようになってしまった。
それからさらに二ヶ月後、つまりはルナリアが消えてから三ヶ月後。
僕だけはまだ捜し続けていた。
捜さずにはいられなかった。
ルナリアが生きていると信じるほかなかった。
だって、僕のせいでルナリアは……。
全てを放り出してルナリアを捜し続ける僕に、町の人達はだんだんと愛想をつかしていき、誰も口を聞いてくれなくなった。
だから、僕も町に愛想をつかせ、町を飛び出した。
いいや、町には居場所がなくて、そこにいたら思い出すものが多すぎて、ただただ、町から逃げ出したかったのかもしれない。
それでもその前に、リースベルにだけは会いに行った。
謝罪の言葉はうまく言えなかった。
町を出ていくこと、ルナリアを捜し続けることだけはしっかりと伝えた。
その間も、リースベルはこちらに背を向けたまま、ずっと酒を飲んでいた。
「お世話になりました。また、いつか、お会いできたら……」
「ちょっと待て……」
出て行こうとすると、リースベルは一言だけ発し、壁に立てかけてあった長剣と短剣を指差した。
それだけだったけど、餞別にこれを持っていけ、ということだと察した。
それとも、ルナリアのことを託す、という意味だったのかもしれない……。
その長剣と短剣を持って町を飛び出したとき、これからどうするかなんて一ミリも考えていなかった。
それでも、その日を生きるための金を稼ぎ、各地を回り、ルナリアを捜し続けなければならない。
こうして、自然と足が向いた先は冒険者ギルドだった。
そして、それから半年。
なんの手がかりもなく……。
「お客さん、お客さん! 到着しましたよ!」
気づけば、他の乗客はいなくなっていた。
悪夢に加え、叩き起こされたせいで寝覚めが悪いけど、新たな町に来たんだ。
今回こそ、ルナリアに繋がる有益な情報があるはずさ。
そんな前向きな気持ちを抱ける心は、とうに消え去っていた。