白き光
【残酷な描写】怪我の描写があります。
翌朝目覚めると、リビウスは昨晩の宣言通り、扉の前に座り、まだ廊下を警戒してくれていた。
「おはよう、リビウス」
私が起きると、リビウスはやっと仕事が終わったというように、部屋にあるソファに腰掛け、天井を仰ぎ、あくびを一つした。
「おはようございます、救世主さま」
しばらくして、扉がノックされ、使者が入ってきた。
「ただいまより、謁見の間へとご案内いたします」
使者にそう言われて付いていくしかなかったけど、まだ朝ごはんは食べてないし、服なんて魚車に乗った時から着替えてないのに、いきなり謁見なの?
この城は何ともヘンテコなことばかりだけど、案内されたのは、これぞお城という大きな扉で、私達が近づくと勝手に開き出した。
でも、中は思ったよりは狭かった。
片側だけにある窓からは日が差し込み、
扉から部屋の奥へと続く赤い絨毯、
その周りには人がズラーっと並んでいるかと思いきや、使者と一緒に町に来た護衛の六人しかいない。
扉を開けたのだってその護衛のうちの二人で、
彼らは私達が歩み出ると、扉も閉めずに私達の後ろにピタリついてきて、
さらに進み、部屋の中央まで行くと、別の護衛二人が私の前に立ちはだかった。
「あなたが、もう一人の救世主殿であられるか。私はフォルティアである」
部屋の奥、少し高くなった場所にある椅子に男性が座っている。
思ったよりも若くて、白髪の一つも生えてない彼が、ここの領主さまみたい。
「いいえ、私は救世主なんかではありません」
「というと?」
「私は魔法も使えない、ただの少女ですので」
「だが、別の世界から来たと聞いた。他にも、あのペンダントを身に着けているとも」
「それはその通りですが……」
と言いながら、ペンダントを掲げて見せる。
フォルティア卿はそれを見るなり、隣に従えている使者に耳打ちし、使者は私達の後ろにいる護衛に目配せし、それで沈黙。
私は沈黙にでも取り憑かれてるのか、私の言動が悪かったのか、フォルティア卿は口を閉ざし、足を組んで私を見下ろしてくる。
その冷たい目つきがどうしても耐えられなくて、視線をずらすようにあたりを見回したところで気づいたの。
私のすぐ近くにいる二人を除いた、他四人の護衛の姿が見当たらない。
使者が目配せしてたみたいだし、何かを取りにでも行ってるのかな?
そう思いながら護衛の帰りを待っていると、突然リビウスが声を上げた。
「これはどういうことだ!」
私の背中にぶつかりながら大声を出したリビウス。
どうしたの?と振り返れば、そこには異常な光景が広がっていた。
リビウスは私を守るように片手を広げ、それでいて戦闘体制になっていることは一目瞭然だった。
リビウスが睨みつける先には、途中で部屋から消えた護衛四人がいた。
しかも、その護衛たち一人一人は、それぞれあるものを引き連れてた。
人のような形をしてるけど、死んだように青ざめ、暴れ回ってる何か。
その何かには首輪がつけられ、それから伸びる長い棒を護衛が一本ずつ握り、その何かの動きを封じていた。
「これは半死人、アンデッドだな」
さも当たり前のように言ったのはフォルティア卿。
その間も、護衛達はアンデッドを遠ざけながら、その足から伸びている鎖を壁にある輪に繋いでいた。
「以前、もう一人の救世主とやらに儀式を行ったら、術者達がこんな姿になってしまったんだよ」
「なんだと! 彼女に何かしたのか!」
リビウスが怒りを爆発させながら振り返ったときには、私は手枷足枷をはめられ、近くにいた護衛二人に剣を向けられていた。
「水刃!」
リビウスが魔法を唱えたのと同時に、
「おっと、それ以上動くと、この女の首が飛ぶぞ」
とフォルティア卿は高笑いし、私は首元に剣を突きつけられた。
「彼女に何をする気だ!」
「前の救世主に対して行った儀式を、再度試すだけのことだ。とまあ、そのときは、あの女は消え、代わりにアンデッドだけが残ったわけだが、きっと今回は成功するだろう」
「なんのための儀式だ! 彼女はただの少女だぞ!」
「たしかに……何の力もないというし、ただの少女に対して儀式を行っても意味がない、というのも一理あるな……」
リビウスは水の刃を手にしたまま、私は剣を突きつけられたまま動けないというこの膠着状態の中、フォルティア卿がくすりと笑った。
「ならば、こうしようではないか」
「何だ!」
「お前がアンデッドの餌食になってくれたら、この女は見逃してやってもいいぞ。どうだ?」
リビウスはフォルティア卿の提案を聞くと、私とまっすぐ目を合わせた。
私の頬を一筋の涙が流れていく最中、彼はそれに合わせるように、頷くように、ゆっくりとまばたきを一回した。
そして、視線を落とし、水の刃の魔法を解いてしまった。
「物分かりがいい奴は好きだぞ!」
フォルティア卿がまた高笑いする中、リビウスは私を見ながら、私の後ろにいるフォルティア卿を睨みつけて立っている。
そんな彼を護衛の一人がアンデッドの近くまで連れていき、壁の輪と鎖で結ばれた足枷を彼にはめると、アンデッドを封じていた護衛達が一斉に手を離した。
アンデッド達は一目散に一番近くにいたリビウスに襲いかかり、その隙に、護衛達はゆうゆうと私の周りに集まってくる。
リビウスは殴られようと、爪で引っ掻かれようとも声をあげずに耐えていた。
でも、限界が来たのか、倒れてしまった。
それでもアンデッド達は他の人には目もくれず、弱っているリビウスに襲いかかり、リビウスは血だらけになっていく。
なのに、私はただ見ているだけで……助けられる力なんて何一つ持っていなくて……。
「愉快だな!」
フォルティア卿がその言葉をいうと、護衛四人が私を取り囲むように立ち、何やら唱え始めた。
その四人の足下にはそれぞれ円陣が描かれており、いつの間にか、私はその中央にある大きな円陣の上に立たされていた。
「話が違うだろ!」
私の危機を感じ取ったのか、アンデッドに襲われても声一つあげなかったリビウスが叫んだ。
「見逃してやってもいい、と言っただけで、見逃す、とは言っていないからな」
床にある円陣が光だし、手枷足枷の有無に関係なく、もう逃げ出せなかった。
内側から何かが引き剥がされるような感覚に襲われた。
苦しかった。
痛かった。
座り込み、ただ喘ぐだけでも精一杯だった。
けど、どうにか顔を上げると、こちらへ這いずってでも来ようとしているリビウスの姿が見えた。
でも、もう力が出ないのか、魔法を使っている様子はない。
「ハハ! 愉快! 愉快!」
このままでは私もリビウスも死んでしまう。
無意識にペンダントを握り、祈ってた。
それしかできなかった。
奇跡でもなんでもいいから……お願い……助けて。
何に対して祈ったわけでもなかった。
だけど、不思議と誰かが近くにいる気がした。
知らないけど知っているような誰か。
祈りは嫌になるほど捧げてきたけど、こんなことは初めてで、その誰かは次第に輪郭がはっきりとしてきて、人のようなシルエットとなって、頭の中に現れてきた。
性別も顔も、何もかもがわからないその誰かだけど、どうしてだろう、祈りを聞き届けてくれる気がするのは。
だから、その誰かにすべての想いをぶつけるように祈った。
(お願いだから! 彼だけでも助けて!)
儀式が始まってからこの祈りを捧げるまでに、実際どのくらいの時間が流れていたのかはわからない。
けど、この祈りを捧げた瞬間、光が部屋を包み、すべてが真っ白になっていた。