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領主さまの使者

 翌朝。

 日付が変わったからといって、私への対応は何も変わらなかった。

 マリナウスに戻りたいと言ったときなんか、そんな町は聞いたことがないと一蹴された。

 きっとそれが、マリナウスへの侮辱ように感じられたのね。

 さすがの私も限界が来て、気づけば部屋にあったフード付きのケープを羽織り、建物からこっそり逃亡してた。


 昨日の夜も外には出たけど、日の光に照らし出された町を見て、ここは知らない場所なんだなと痛感せずにはいられなかった。

 建物自体は似てるといえばそうだし、人がたくさんいて賑やかなのも似てるけど、町の作りが全く違う。

 それこそ、『私こそが道である』と言わんばかりに、水路が至る所に張り巡らされているし、それ以上に驚いたのは、ここも海辺の町であったこと。

 にも関わらず、海辺には柵がなく、それどころか海の近くまで砂地が続いてて、海は波打ち、砂地を行ったり来たりし、海の近くで、海に入って、遊んでいるらしき人がいっぱいいた。 



 (海に近づくなんてどうかしてる)



 でも、楽しそうに海辺で遊んでいる人に釣られ、恐る恐る砂地に一歩踏み出すと、足下から伝わってくるそのふかふかした感覚は昨日感じたそれに近かった。

 手で砂を触ってみてそれは確信に変わった。

 私はここに流れ着き、助けられたのだと。


 それを知ったからか、途端に海との心の距離感が近くなった気がした。

 その心持ちで海を見つめ直してみれば、砂地を行ったり来たりしている海の動きと音が心地よくなってきた。

 昨晩からイライラしていた心が、波のようにサーッと引いて消えていくようだった。


 それからしばらく、波打ち際の砂地に座ってぼんやりと海を眺めてた。

 だって、ここの海は初めてずくしで飽きなかったんだもの。

 海が波打ってるのもそうだけど、海辺にある砂地なんて見たことがないし、

 砂地で、海で遊んでる人もいるし、

 海の中へと伸びる橋もあるし、

 橋からは生きてる人の乗った船が出航し、ちゃんと戻って来てもいたし、

 海から吹く風は、昨日の夜感じた独特な匂いが、生き物を思わせるような匂いがしたし、

 どこを切り取っても、この海からは不思議と(せい)を感じたの。



 (こんな町が、海辺にあるなんて知らなかった)



 いいえ、違う。

 この町はどこにもなかった。

 だって、海の捉え方も、その性質も全く違うし、そもそも魔法が使える人達がいたなら噂にならないわけがないもの。



 (なら、ここは天国なのかな?)



 いいえ、これも違う。

 こうして肉体があるわけだし、昨日は空腹に耐えかねて食べに食べちゃったし、どう考えても私はここで生きているもの。


 ということで、これらからさっくりと導かれる結論。

 それは、ここが元の世界とは別の世界であるということ。

 私は生きたまま異世界へ飛ばされたということ。


 それでも、

 元の世界で海に落ち、こちらの世界の海に辿り着いたこと、

 文字も、言葉も、わかることからしても、

 元の世界との繋がりを何かしら感じずにはいられないけど、

 なんにせよ、

 元の世界とは何もかもが異なる世界、ということは確実ね。


 ところで、異世界に飛ばされたのが私でよかったわね、ここにいる皆さん。

 聖リベリー教の熱心な信者だったら、水を操る力を見た時点で、皆さんを闇の者認定して襲いかかっていたか、発狂していたかもしれないもの。



 (でも、なんで私の瞳の色が変わったんだろう)



 私の話は全然聞いてくれないけど、話をしていて気がついたのは、両方とも白銀だったはずの瞳が、今では右側だけ黄金色に輝いているということ。

 鏡を貸してもらい、それは嘘ではないと自分の目でも確認できた。

 といっても、瞳の色が変わったところで何の問題もないし、別にいいといえばいいんだけど……。



 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!



 異世界に飛ばされた事実を噛み締めていると、町に鐘のような音が響き渡った。

 初めて聞く私でも、祝福の音ではなく、危険を知らせる音だとわかるような緊迫した音の連続。

 その音が鳴るなり、海にいた人達も、町にいた人達も一目散に建物に入っていった。


 一方私は、見知らぬ町でポツンとひとり残され、完全に迷子状態。

 こういう時はまず大通りに出てみようと、海岸線に対して垂直に進んでみれば、思った通り大通りには出られたけど、やはりここにも誰もいない。

 だけど、遠くの方からは、動物のような声が聞こえるような……

 と耳をすましていると、今度は近くで、背後で音がした。


 ドンッという重い音。

 唸るような声。


 振り向くと、そこにいたのは大きな犬?じゃない。

 口から牙が飛び出ている。

 オオカミ?でもない。

 ツノが生えている。

 黒く光る目でギョロギョロと私をにらみながら、半分開いた口からは牙をのぞかせ、よだれを垂らしている何か。



 (ハヤク! ニゲナイト!)



 元の世界でも実際に見たことはなかったけど、これは闇物だと直感した。

 だけど、恐怖で体が動かない。

 私がパニックに陥る一方、闇物は獲物が逃げないと悟ったのか、落ち着いて一歩一歩近づいてくる。



 「水刃(アクア・ラミナ)!」



 声が聞こえたのと同時に、男性が脇道から飛び出てきた。

 彼は空中に飛んだ体勢のまま、手の平の上で回転している円盤状の何かを、体をひねるようにして闇物に投げつけた。

 その円盤は闇物に逃げる(ひま)を与えず、直撃し、闇物を真っ二つに切り裂いたかと思えば、建物に当たる前にバシャンと音をたてて水に変わり、地面のシミになっていた。


 何もかもが急すぎた。

 私はただ立ちすくむしかなかった。


 そんな私に近づいてきたその男性。

 どう見ても怒っている彼は、昨晩の集会時、入り口付近で腕を組み、救世主さまと声をあげることなく、その場から立ち去った青年だった。


 その彼の口から初めて私にかけられた言葉。

 それは、無事の確認や優しい気遣いの言葉とは真逆の代物だった。



「何もできないやつは、さっさと隠れてろ!」



 彼は乱暴な言葉とともに私の腕を掴み、近くにあった頑丈な建物に私を放り込むと、どこかへ急ぎ走り去っていった。







 それから数日、私はずっと部屋にこもってる。

 元の世界では闇物が来ることなんてほとんどなかったけど、この町では一日に一回は危険を知らせる音が響く。

 そんな時に、何もわからない私がひょろひょろと外に出ていて、町を守る人達の手を(わずら)わせるわけにはいかないもの。

 何もできない私を救世主さまと信じてやまない人達が、私を守るために命を落としたら、悔やんでも悔やみきれないもの……。


 そんなある日、何やら部屋の外が騒がしくなった。

 ドタドタと階段を上ってくる音がし、部屋の扉がノックされて入ってきたのは、集会の場で魔法の水を生み出したこの町の長だった。



「救世主さま。領主さまの使者がいらっしゃいましたので、ご同行いただきたく存じます」

「ですが、私は外に出たくはありません」

「申し訳ございませんが、それでは領主さまの命に背くこととなり、私どもが罰せられてしまいますゆえ、どうか」



 罰せられる、などと言われてしまい、私は仕方なく外に出た。



「こちらがもう一人の救世主さまで?」

「はい、そうでございます」



 私の代わりに町長が受け答えしている相手は、(きら)びやかな衣装を身にまとった男性。

 さすが使者というだけあり、護衛らしき人達を六人引き連れている。



「連絡申し上げました通り、この方は別の世界からおいでになられ、あのペンダントも着けておられます」

「わかった。それでは早速だが、我が主人(あるじ)の城へとご同行願えるだろうか?」



 使者にそう聞かれた時には護衛に囲まれ、断る余地などありはしなかった。



「ちょっと待て!」



 そこで、人混みから出てきたのは、あの乱暴な言葉遣いの青年だった。



「女の子一人、見ず知らずの場所へ行かせるわけにはいかないだろ? だから、俺も一緒に行く」

「私どもは問題ございませんが……」



 と使者に目配せされたので、



「付いて来て欲しいです!」



 と私は即答した。



「あいつは強いし、一緒に行ってくれれば安心だな」

「ああ、そうだな」



 人混みから聞こえてくる評判からして、彼はこの町でも一二を争うくらい強い人なのかもしれない。


 そんなこんなで、私は領主さまとやらに会うために、乱暴青年と一緒にこの町を去ることになった。

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