15歳の誕生日
「お誕生日おめでとう、ルナリア」
「ありがとう。お父さん、お母さん」
目覚めて一階に下りると、待ち伏せしていた両親から誕生日を祝われる。
年に一度の、いつもの、でも幸せな瞬間。
今日は私の誕生日、
でもあり、死者を弔う日でもある。
死者を弔う日、といっても暗いものじゃなくて明るいもの。
文字通りにね。
年に一度の死者を弔う日には、川に死者は流さない。
代わりに、火を灯した簡易的なランタンを、夜になったら生活用の川に流す。
こうして、流れていった死者達に思いを馳せるのが死者を弔う日。
私の誕生日ということもあるけど、この日の夜景が私は大好きなの。
そんな日は、朝から自然とウキウキ気分。
日が昇ったら町総出で準備が始まって、扉には花のリースをかけ、通りには屋台をたて、お偉いさんの像が立つ中央広場にはステージを作り、夜に向けて至るところにランタンを設置する。
みんなが楽しげに動き回っているその姿を見てるだけでも、たまらなく気分が上がってくるでしょ?
そうやって準備しているうちに、あっという間に日は落ち、生活用の川へ続く道に明かりが灯されると、各々木で作った簡易的なランタンを持って川へと向かう。
大勢が一気に川沿いまで押しかけると危ないから、きちんと列を作って順番を待ち、順番が来たらロウソクに火を灯し、それぞれの想いをのせてランタンをそっと川に流す。
これ自体はしんみりとした空気が漂ってるけど、全員が流し終わり、両親と私が中央広場に現れると、お祭り本番開始の合図。
「みなの衆。本日は、遠い国で生きている死者へと思いを馳せる日だ。まずは彼らに祈りを捧げよう」
リースベルの言葉で、みな胸の前で手を組み、目を閉じ、片膝をつく。
子供だって、この時ばかりは大人しくしているの。
きっと、大人しくしていれば好きなものを買ってあげますよ、だったり、大人しくできなかったら教会からの施しをあげませんよ、とか言われているのかもね。
もしかしたら大人達だって、祈りを捧げるふりをして、頭の中は食べ物のことで一杯なのかも。
こうして死者へ祈りを捧げたら、続けて食前の祈りも捧げる。
その後、やっと私の誕生日に話が移るけど、食前の祈りはこの後でもいいのでは?と思ったり、思わなかったり。
「そして、なんといっても、わが娘ルナリアの15歳の誕生日でもある」
父の言葉を皮切りに、町中からおめでとうの言葉を浴びせられる。
年々、恥ずかしさは増していくけど、みんなに祝われるのが嬉しいことには変わりない。
「それでは、皆でこの日を楽しもうではないか!」
お祭り開始の合図とともに皆が飛びつくのは、教会の施しものである飲み物と食べ物。
施し自体は月に一回あって、普段は食べ物が腐らない限りチミチミいただくけど、今日だけは特別。
大人達は上質なワイン片手に、私みたいな子供達は果実水片手に、
白い上質なパンと塩漬け加減がちょうどいい豚肉、
それらにチーズをたっぷりとかけて頬張るの。
なんとも贅沢でしょ?
それから各自、施しものを満喫したあたりで、ようやく陽気な音楽が町の至るところで奏でられ始める。
音楽家もまずは、胃袋を満たしてから、ということね。
そんな陽気な音楽を背景に、行商から買い付けたアクセサリーを見に行ったり、この町の食材を使った料理をさらに食べたりする。
もちろんそれ以外にも、木のボールを転がす的当てや、本格的な物だと弓矢を使ったちょっとしたお遊び場もあって、全部回り切るのが大変なくらい。
でも、私は一応町長の娘だし、15歳にもなったし、もう子供みたいに屋台を全部回るぞ!って遊べないのはちょっと残念。
その分、両親の隣でたくさん美味しいものを食べて飲まないと、
と言いたいところだけど、二人に挨拶にくる人が多い手前、私にも祝福の言葉をかけてくれる手前、食べることだけに集中してもいられない。
それから何人に「ありがとう」と言っただろう。
だんだんと感謝の気持ちが薄れていって、事務的な挨拶に変わっていき、
やっとのことで、両親へ挨拶に来る人もまばらになってきた。
「本当に今日はいい日だな」
「そうね。あなた」
周りから人がはけて家族だけになると、両親が急に語り出した。
「ルナリア。私達のもとに来てくれて本当にありがとう」
「あなたがいてくれて、毎日が幸せよ」
「二人ともどうしたの? お酒でも飲み過ぎたの?」
面と向かってこんなことを言われると、家族だからこそ小っ恥ずかしくって、本当は嬉しいのに言葉にできず、はぐらかしてしまう。
「いいや。こういう日だからこそ、色々と思い返すこともあるんだよ」
「思い返すって?」
「お前がそう……生まれた日のこととかな……」
「どんな日だったの?」
私がそう訊ねると、二人は何かを確認するように見つめ合い、微笑みあった。
「お前の髪のように、月が銀色に輝いている夜だったよ」
「あの瞬間は今でも目に焼き付いているわ」
「あれほど綺麗な月は、あの日以来見たことがないからな」
「それからこうして15歳の誕生日を迎えられたのね」
「なんだかあっという間だったよ。気がついたら、小さかった女の子がこんなに大きく成長して」
「しかも、健康に賢くね」
夜が深まると、ここからは大人の時間。
中央広場ではお酒を出す屋台だけが店をあけ、集まってきた音楽家はムードのある音楽を奏で始め、大人達は音楽に合わせて踊り、酒を飲み、踊りを繰り返す。
「じゃあね。先に帰ってるから」
「気をつけて帰るんだぞ」
「私たちも、もう少ししたら帰るけど、先に寝てていいからね」
両親はまだ残るからと、ひとり中央広場を後にし向かったのは海沿いの通り。
普段ならメイン通りを抜けていくけど、この日は毎年ここを通って帰ってる。
海沿いの通りに着くと、柵に手をついて海を眺める。
いつもは真っ暗で、ただただ死者をあの世へ運んでいく海が、今日ばかりは国中から流れ着いたランタンの灯りで埋め尽くされ、煌めき、まるで夜空から星々が降ってきたような光景が広がっている。
この夜景が私は大好きで、毎年楽しみにしているの。
そうやって、いつもなら見向きもしない海をぼうっと眺めるこの日だからこそ、ふと思うことがある。
(海の先には何があるんだろう?)
死者を流すのは当たり前だけど、流れていった先でどうなるかは誰も知らない。
昔、確かめてくると言って舟に乗った人がいたらしいけど、結局帰ってこなかったみたい。
きっと、海の先には死者の国があって、亡くなった後も、そこで楽しく暮らしているんだと思う。
そんな風に考えていたこともあったけど、現実的にはきっと、舟とともに海に沈んで消えていくんでしょうね。
(そういえば、今日はアルスが来なかったけど、きっと昨日ことで、お父さんと顔を合わせるのが気まずかったのね)
などと思いつつ、海の果てから陸へと視線を移せば、そこにも一つ、いつもはない光が、半円状の月と肩を並べながらクルクル回っている。
その光の正体は灯台。
だけど本来、灯台は湖で漁をしている船が使うものだから、その沿岸にあるのが普通なの。
でもこうしてマリナウスには灯台があるわけで、なんとも不思議に思った私は、どうして海辺に灯台があるの?ってお父さんに訊ねてみたことがあった。
「この灯台は、生者のためのものじゃないんだよ」
「どういうこと?」
「これはな、海へ流れていった死者が安全に海を渡り切れるように、そして、いつの日かまた、この光を頼りに、こちらの世界へ戻ってこられるように、との願いが込められたものなんだよ」
理由として2つ挙げてたけど、おそらく後者の方が主な理由なんだと思う。
だって、灯台に明かりが灯されるのは、今日という死者を弔う日だけですから。
「今日は楽しかった! ねぇ、ママ!」
「そうねえ。楽しかったわね」
海と灯台を眺めていると、近所に住んでるイーノとその母親が、海沿いの通りを歩いてきた。
「明日もお祭りだったらいいのに」
「そう思うのもわかるけど、たまにあるからこそ、楽しいものなのよ」
「え〜、毎日あっても僕は楽しいけどなあ」
イーノはまだまだお祭りを楽しみたいと言わんばかりに元気よく走り出した。
「こらこら、走らないの。危ないでしょ」
そう言っている母親もお酒が入っているのか、どこか足取りがふわふわしている。
「大丈夫だって!」
イーノはそう言って、母親に手を振りながら、前を見ずに走っていたけれど、誰かが酒でもこぼしていたのか、濡れていた地面に足を掬われバランスを崩した。
しかも、柵の方へと。
柵があるといっても、小さな子供では隙間から海へと落ちかねない。
「あっ!」
母親がその一言を発する前に私は走り出していた。
母親より私の方がイーノに近かった。
「助けないと!」と考えるより前に体が無意識に動き、気づけばイーノを押し飛ばして柵から遠ざけ、私は転んでうつ伏せになっていた。
それから遅れてやってきた
(助けないと!)
という想い。
その想いを静めるように、ペンダントの無事を確かめるように、胸に手を当てながら立ち上がる。
「イーノ! 前を見ずに走っちゃ危ないでしょ!」
そうやってイーノを叱りつつも、その無事を喜んでいる。
そのはずだった。
でも、違った。
体は何かに引き寄せられるように宙に浮き、
バキバキと音が鳴り、
正面を向いているはずなのに、視界いっぱいに星空が広がっていた。
そして、背中に冷たいものが触れた。
その刹那、視界の端で捉えたのは、
壊れている柵、
それに、
何かを叫びながら、こちらを見下ろしているイーノの姿だった。