故郷マリナウス
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この世界が生まれた時、
それは光の者と闇の者が誕生した瞬間でもありました。
光の者は世界に命を吹き込み、自然を生み出し、
一方、闇の者は世界から命を刈り取り、自然を操る魔法を得ていきます。
そしてついには、光の者の命までをも刈り取ろうと企んだのです。
闇の者は水を操り洪水を起こし、
風を操り竜巻を起こし、
火を操り木々を燃やし、
地を操り壁で囲い、
鉄を操り囲いに蓋をし、
光の者を闇の中に閉じ込めました。
しかし、光の者はそんな闇の者をも赦し、慈しみ、愛で包んだのです。
この愛こそが最初の奇跡。
奇跡は闇とその魔法とを打ち払い、この世界に平和と安寧をもたらしました。
こうして光の者だけとなった世界。
我々はそこに産み落とされた、聖なる子供達なのです。
『聖リベリー教聖典 創造記第1章』
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「僕はヒカリをやるから、お前はヤミね」
「そんなのずるいじゃない! わたしだってセイナルコドモなんだから、ヒカリをやりたいの!」
「はいはい、喧嘩しないで。ルナリアお姉ちゃんが闇の役をやってあげるから」
この話を読み聞かせると、子供達は正義のヒーローごっこをしたがるみたい。
もちろんみんなは光の者になりたがるから、いつも私は闇の者。
でも、別に気にしてない。
どうせこれはおとぎ話だろうし、もし本当のことだったとしても、魔法だってあったらあったできっと便利だし、実は欲しいとさえ思っていたりもする。
(こんなことは決して口に出さないけど)
今、読んでいたのは、質のいい紙がふんだんに使われた聖リベリー教の聖典。
この聖典は聖リベリー教の信者になれば一家に一つはもらえるもの。
貴重な紙がたっぷりな本なのに、みんなが持ってる。
矛盾してるけどそれが事実。
なんにせよ、身近にある本といえばこの聖典だから、国語の教材はこの聖典一択となって、子供達は文字と読みとを学びながら、聖リベリー教の教えに染まっていくことになる。
それを狙っているとしたら、なかなかやり手の教皇さまだこと。
と言っている私も、その一役を担うことになってしまったんだけど。
父リースベルは、ここマリナウスの町長をしていて、子育ての環境を用意するのは町長として当然のことだと、仕事などで子供の面倒を見られない親のために、子供を預かる施設を家の隣に作った。
その娘である私は、きっと幼い頃の学習方針がよかったのね、
子供ながらにして大人レベルに読み書きができる。
となれば、「時間があるときには、読み書きを教えてやってはくれないか?」と頼まれるのは、わかりきったことだった。
「闇の者よ、もう逃げることはできないぞ!」
「いいえ、まだよ。私には魔法があることを忘れたの? ウィンド・カッター!」
と私は叫びながら、腕を振り回して人工の風を起こす。
「なんという力だ……」
「大丈夫! 私達で力を合わせれば、奇跡だって起こせるんですから!」
そういうと、子供達は一所に集まってこういうの。
「奇跡よ! 私達をお救いください!」
奇跡と言われたら、別に何が起こるわけでもないけど、やられたフリをするだけでみんな大盛り上がり。
あとは各々考え出した「ほにゃららの奇跡」を唱えながら、部屋中を駆け回って、疲れ果てたら寝てしまう。
(私も昔はこうやって、奇跡を唱えながら走り回っていたのかな?)
首から下げているペンダントをなんとはなしに触りながら、覚えていない子供時代に思いを馳せていると、お母さんが小声で部屋に入ってきた。
「お疲れさま」
「お母さん、どうしたの?」
「ちょっと、お使いごとを頼まれてくれるかしら?」
お母さんが手に持っていたのはパンとチーズが入ったバスケット。
聞いてみると、川の管理所まで差し入れを持って行って欲しいとのことだった。
バスケット片手に外に出て、すぐに見えるのは海。
ここマリナウスは海と森とに挟まれた町。
森に近づくにつれて建物は減っていき、海に近づくにつれてやはり減っていく。
真ん中が人気、ということだけど、私が住んでいる町長の家は海沿いにある。
海という危険なものから皆を守る、という象徴的な意味合いが、この立地に込められているんだと思う。
「こら! 子供が海に近づいちゃ危ねえだろ!」
海沿いの通りを歩いていると、近所に住んでいるイーノがおやじさんに怒られているところに出くわした。
「おはようございます」
「おう! おはよう、ルナリア!」
「イーノが何かしましたか?」
「こいつぁ、柵に飛び乗って遊ぼうとしてたんだよ。だから叱ってるのさ。ここから落ちたら、あの世まで一直線だってな」
海沿いに隙間なく続いている柵。
この柵を越えたらすぐ下には海。
この海というものは、風が吹こうとも波一つたたず、陸を打ちつけることもなく、いつもシーンと静まり返り、増えることも減ることもなく、死者を沖へと運ぶもの。
一度、葉っぱを落としてみたことがあるけれど、少しも戻ることなく、真っ直ぐ沖へと流されていった。
『海は死者のもの。生者が一歩でも足を踏み入れたら、二度と陸には戻れない』
これが海辺の町に住む者の常識であり生命線。
だから、町は海から数段上がった場所に作られ、海沿いには柵が並んでいる。
でも、子供というのは、何が危なくて何が安全なのか、まだわからないことが多いもの。
柵には近づかないように、ってイーノにも言い聞かせてたけど、まだまだ足りなかったみたい。
「イーノ。海に落ちたらどうなるか知ってるでしょ? 柵に乗ろうなんて絶対に思わないこと。わかった?」
コクリと頷くイーノの頭をなでる。
「イーノがいなくなったら、ママもパパも、もちろん私だって悲しいもの」
「ごめんなさい……お姉ちゃん。もうしないって、約束するよ」
「一生の約束だからね」
叱られて、見るからに落ち込んでいたイーノに笑顔が戻った。
それはよかったけど、こちらに手を振りながら、前を見ずに走っていたことについては、また今度、お叱りの時間を設けなくちゃいけないみたい。
「さすが、教師ルナリアさまは違うな。子供との接し方をその歳で熟知しているとは、恐れ入ったよ」
「お世辞を言っても何も出てきませんよ」
「その返し方も子供じゃねえな!」
そう言っておじさんは豪快に笑った。
「それはそうと、柵の修繕はどこまで終わったんですか?」
「おや、さすが町長の娘さんだな。町の管理までされているとは」
「おどけてないで教えてくださいよ」
「悪い悪い。明日に向けて、年1回の修繕はもうすっかり終わっているよ」
「さすが。お仕事がお早くて」
「まあ、俺もそうだが、張り切っていた奴がいたおかげかな?」
おやじさんはそういうと、私の背後を指差した。
「ルナリア! バスケット、持ってあげるよ!」