救世主の使命
「ルナリア殿は別の世界から来たと聞いた。それと、ペンダントのことも」
はい来た、ペンダント。
それで何を言いたいのかすぐにわかった。
「救世主、のことでしょうか?」
「そうだ。君に合わせて【こちらの世界】というが、こちらの世界ではある伝承が古くから伝わっている。それは『いつの日か、外からやってくる者が、分断された国々を解放してくれる』というものだ」
そこから聞いたことは、まさにおとぎ話のような内容だった。
まず、この国以外にも、陛下でさえ見たことのない国々があるという。
水、風、火、地、金の魔法五属性で分かれた国々は、元来輪状に繋がっていたらしいのだけど、遥か昔に何かがあって、透明な壁ができ、分断されてしまったそうだ。
今ではその壁ができて数百年以上が経ったとされ、壁の向こうに別の国があるのかさえも、曖昧になってしまったらしい。
それでも、古くから語り継がれている伝承というのが、その壁を壊し、分断されていた国々を繋ぐ者が、いつの日か、外から現れるという救世主物語。
この外が、何を指しているのかは不明だけど、どう見ても外から来た私は、まさに伝承通りだったというわけで、なるほど、私を救世主と崇める一応の根拠はあったみたい。
「陛下はその伝承を信じておられるのですか?」
「以前は信じていなかったが、ある時、一人の少女と出会い、信じるようになったんだよ。それで、その少女が付けていたペンダントというのが……」
「私の付けているペンダントと同じだったと」
数年前、突如現れた彼女は、透明な壁を越えてきたと言ったらしい。
陛下はもちろん信じなかったそうだが、目の前で五属性の魔法を、少なくとも見たことのない魔法を彼女は使ってみせたという。
それだけでなく、彼女の旅の目的というのが、国々を回り、透明な壁を壊す方法を探すことだったらしく、その彼女をきっかけに、陛下も伝承を信じ始めたそうだ。
「壁を越えるのと、壊すのとは違うんですか?」
「彼女自身は特殊な方法で壁を越えられるといっていたが、それはただ通り抜けるに近いらしい。しかも、彼女限定だそうだ」
「その彼女はどこから来たんでしょう?」
「それは私も聞いたのだが、答えてはくれなかったな」
「もう、その答えを知ることはないだろうよ。なんたって、そこにいる奴に、彼女は殺されたんだからな」
急にリビウスが茶々を入れた。
「フォルティアから話は聞いた。私は彼女とは数年前に会ったきりだったが、数ヶ月前に再び現れ、それをフォルティアが聞きつけ、呼び寄せ、何かしらの儀式を行ったと報告を受けている」
「そんな奴は、早く殺した方がいいんじゃないでしょうか?」
陛下への進言だから、リビウスは言葉を選んでたけど、そこにある負の感情はダダ漏れだ。
リビウスはもう一人の救世主に会ったことがあるのかな。
いいえ、きっとそれ以上ね。
だって、あの城でのことを思い返せば、もう一人の救世主、つまり、ここでいう彼女のことだけど、彼女の話が出た時、リビウスは怒りを爆発させてたんだもの。
「怒るのはもっともだが、今は抑えてくれ。なんの儀式だったのか、どこでその儀式を知ったのか、フォルティアが重要な情報源であることには違いないのだよ」
リビウスは、フォルティアを視界に入れていると怒りが湧いてくるのか、そっぽを向いてしまった。
私もその気持ちは分からなくもないけど、今の本題は別のこと。
「それで、えっと……私への頼みというのが……」
「先ほど話した、国々を分断している透明な壁を壊してもらいたい」
「その……もう一人の救世主さん?は魔法が素晴らしく得意だったようですけど、私なんて、何もできないただの少女ですので……」
「一瞬で傷を癒やし、アンデッドを人間に戻し、正気を失っていた者達を元に戻した力がありながらか?」
そんなこと言われたって、私だって使おうと思って使ったんじゃない。
そもそも、本当に私だったのかと自分では自分を疑ってる状態。
一回切りの、そうよ、本当に奇跡が起こっただけかもしれないのに、それに頼られてもね……。
「ルナリア殿は、元の世界に戻りたいそうだな」
「まあ……それは、もちろんですが……」
「伝承はこれだけでなく、続きがある。『いつの日か、外からやってくる者が、分断された国々を解放し、引き裂かれた二つの世界を、あるべき一つの姿に戻す』と」
あれ?
さっきの話だと、五属性の国があって、つまり五つの国があって、それを透明な壁が分断してるって話だったよね。
なのに、伝承の続きでは、引き裂かれた二つの世界をあるべき一つに、となってる。
「ここでいう『世界』というのは?」
「私もわからなかったが、あなたが現れて理解した。念の為、今一度確認するが、あなたは別の世界から来たのだよな?」
「はい。【魔法のない世界】から」
「こちらは、国々が分断されてはいるものの、まとめていえば【魔法のある世界】なわけだ。これらは、引き裂かれた二つの世界、と呼ぶにふさわしいものだとは思わないかね」
「つまり……透明な壁を壊して国々を繋げていった先に、この魔法のある世界と、私が元いた世界、その二つの世界が一つに繋がる未来が待っていると?」
「そういうことではないだろうか」
その後、数百年存在していると言われている壁を、いきなり壊せるとは思っていないと強く前置きされ、ルナリア殿が元の世界に戻るためにも、ぜひ我々に協力してもらいたいとしつこく言われた。
どうやら、この国も広いとはいえ、ここ数年、魔物が活発になっていることもあり、透明な壁の先にある未知なる場所へ向かおう、という気運が高まっているという。
加えて、もう一人の救世主の存在は、今や全国民の知るところとなり、それも拍車をかけているらしい。
そんな折、伝承の通り別世界から現れた私。
私は無茶振りされるのに最も適したアイコンだったということみたい。
「少し、考えさせてもらっても……」
謁見の間を後にし、部屋のベランダでリビウスと二人、眼下の街を眺めてた。
「ねえ、ちょっと、聞いていい?」
「なんだ?」
「もう一人の救世主のこと、リビウスは何か知ってるんでしょ?」
「ああ……そのことか……」
ぽつりぽつりと彼が語り出したのは、彼の昔の話だった。
今では、海辺の町で一番強くなった彼だけど、数年前までは弱かったそうだ。
話を聞く限り、強さの基準がはるかに高い気もするけど、思い浮かんだのはアルスの姿。
リビウスも修行嫌いでよく遊んでいたという。
そんな彼の転機となったのが、もう一人の救世主との出会い。
彼女はその頃14歳くらいで、リビウスも同い年くらいだったらしいけど、大人びた彼女の姿に、彼女の強さに刺激を受け、そこから必死になって修行し、今のようになったらしい。
だけど、数ヶ月前、彼女が再び現れた時は遠征に行っていたらしく、ちょうど会えなかったそうだ。
「ちょっと待って。もしかして、城に着くなりあたりをキョロキョロ見てたのって……」
「彼女を探してたんだ」
「じゃあ、私に付いて来たのも彼女のため?」
「最初は、正直言ってそうだったな」
「なんか、ちょっと失望……」
「それに関しては謝るが、君を心配してたのも本当だからな」
と私を元気づけるように、笑顔で、慌てて否定してくれた。
だけどやっぱりここ最近、リビウスの表情はずっと曇ってる気がする。
「でもな……彼女は死んだんだ……」
リビウスはがっくりと首を落とし、
おじいさんみたいに背中を曲げた。
「あのね、そのことで話しておきたいことがあって」
「……なんだ?」
「私、彼女は生きてると思うの」
あの儀式の最中、私が感じたことを彼に話した。
ペンダントを介して、誰かとの繋がりを感じたこと。
女性のシルエットが見えたこと。
真っ白い光が出るまでの、私の中での出来事を伝えた。
「つまり、ペンダントを介して、彼女の存在を感じたと……」
「話を聞く限り、とっても強いんでしょ、その彼女。しかも、現にこうして、別世界からやって来た生き証人が目の前にいて、彼女の遺体はないんだもの。きっと、彼女も私みたいにどこかに飛ばされて、そこで生きてるのよ」
リビウスはしばらく黙ってた。
死に傾いてた天秤が、私の一言で少しずつ生に傾いてるのかも。
彼の心までは見えないけど、首を落とし、腰を曲げていた彼が、いつもの強い立ち姿に戻っていくことだけは見えていた。
「そう、だな……そうだよな。彼女があんなことで死ぬわけがないよな」
「私だって死んでもらっちゃ困るもの。ペンダントのことを聞いてみたいし、頼れる味方になってくれそうだしね」
「だが、どうやって探せばいいんだ?」
「それは、簡単よ」
「カンタン?」
「透明な壁を壊して、この世界を自由に行き来できるようにする。そうすれば彼女だって、どこかで見つかるはずでしょ」
「それってつまり……」
「私に何ができるかわからないけど、陛下のお願いを受けるつもりってこと」
「なら、俺もどこまでも付いていく」
「彼女のために? だって、彼女のことが、大好きなんだもんね」
リビウスは頬を赤くした。
なんともわかりやすい男子だ。
「好き、じゃない。憧れ、と言ってくれ」
「つまり、好きってことでしょ?」
「くどいやつだな。協力するのは、ルナリアが命の恩人だからだ。その君の願いを叶えるのが、元の世界に戻る手助けをするのが、恩返しってもんだろ」
それから、好きということを何度もいじりながら聞き出した、もう一人の救世主のこと。
身長は私より高くて、
髪は背中に届くほど長くて、
その髪は金色で、
瞳は私の片目みたいに黄金色に輝く少女。
彼女の名前は、
『エテルナ』
私と同じく、ルナのついた名前だった。




