救世主さま?
町の集会場らしき石造の立派な建物。
入り口の両開き扉を抜けた先には広々とした空間が広がり、ランタンに照らされた大きな一枚板のテーブルがポツンとひとつ置かれている。
テーブルには数々の豪華な魚料理が並び、その周りは見渡す限りの人で埋め尽くされている。
どの人も、種々様々な青色をした髪と瞳を持ち、ひとり椅子に座っている私をどういうわけかじっと見つめてくる。
なんとも居心地が悪い。
逃げるように視線を落とした先で、彼ら彼女らの服を観察してみる。
服はリネンやウールや動物の皮だろうか。
そこだけ切り取れば、元いた町の人達とあまり変わったところはないようで、少し安心する。
そんな中に、どう見ても高そうなローブを纏っている男性がいた。
こういう集会の場で、ひとり違う服装をしている=この町の長に違いない。
かくいう私の父も、元いた町では長をしていた。
いいや、しているかな。
父は今頃どうしているんだろう……。
私がいなくなって、心労で倒れていないかな……。
ちゃんと食べて、元気にしているかな……。
ふとそんなことを考えながら、長らしき男性へ視線を飛ばしていると、彼はそれを何かの合図と受け取ったのか急に手を掲げた。
何が始まるの?
と思っていたのは私だけのようで、部屋に集まっていた人達はヒソヒソ話をやめ、声以外のざわざわした音たちも一瞬で消え去った。
その長らしき男性は、静粛の中でこう唱えた。
「水球」
聞いたこともない言葉を発した途端に、掲げている彼の手から水が生まれ、みるみるうちに球状へと形を変えていった。
しかも、水の球は手の平の近くで宙に浮いている。
彼はそのまま水の球をグラスの上まで持ってくると、毛糸玉からスルスルと糸を引き出すように水をついだ。
「どうぞ、お飲みください」
これは、奇跡?
いいえ、魔法?!
魔法はおとぎ話じゃなかったの?!
初めて見た魔法に驚きと興奮を覚えつつも、
魔法で生み出された水を飲んでもいいのかな?
と理性の私が囁いてくる。
とはいえ、この状況下では選択肢は一つしかなく、勧められるままにグラスを受け取り、おそるおそる口をつけてみる。
……………。
……………………。
……………………………おいしい!
こんなにおいしい水は飲んだことがなかった。
これはまさに水。
混ざり物は何もなく、体にスッと入り広がっていく。
水を飲んだだけなのに、体に力がみなぎっていく気さえする。
(もっと飲みたい!)
あっという間に水を飲み干してしまい、あまりのおいしさに子供っぽくおかわりを要求しそうになったが、テーブルを囲う人達の視線の圧に加え、この部屋の静けさがそうはさせてくれそうになかった。
ここは我慢……。
大人っぽく振る舞っておこうっと……。
水を味わっているフリをしながら、はしゃぐ心を静め、空になったグラスをゆっくりとテーブルに戻す。
「ありがとうございます! 救世主さま!」
「我々を解放へとお導きください!」
グラスをテーブルに置いた瞬間、部屋中から拍手と歓声が沸き起こった。
水を飲んだだけなのに何を喜んでいるんだろう?
そもそも救世主ってなんだろう?
解放へ導くって?
誰が?私が?
大きなテーブルに対して一つしか置かれていない椅子。
見るからに仰々しい椅子にすっぽりと収まり、おどおどしながらペンダントを握っている人物。
年齢は15歳、
スラッと細く、
小柄な体型、
肩に少しかかる銀髪、
くるり大きな目に、
白銀に輝く瞳と、
黄金色に輝く瞳を持つ少女。
彼女の名前は、
『ルナリア』
そして何より、私の名前。
救世主さまと歓声が上がる中、口を真一文字に結んでいる人物がただ一人いた。
建物の入り口付近で柱にもたれかかり、腕を組んで立っている青年。
服の上からも体を鍛えていることがわかるほどに、剣士といった風格を漂わせつつも、長身だからかスリムにさえ見える彼は、ちらり私を横目で見ると、何かをつぶやいて姿を消してしまった。
見知らぬ人達に、
見知らぬ町に、
見知らぬ世界。
【魔法のある世界】
感覚的には数時間前、多く見積もっても1日くらい前まで、私は魔法なんてない普通の世界で、普通に暮らしていたはずなのに……。
そうだ……。
そのはずだったのに……。
どうして私はここにいるの?
この世界で目覚める前。
覚えているのはあの日のこと。
私の15歳の誕生日であり、年に一度の【死者を弔う日】でもあった、あの日のこと………。
あけましておめでとうございます。
そして、初投稿を読んでいただきありがとうございます。
がんばって投稿していきますので、よろしくお願いいたします。