敵は中心にあり4
「圭さん、支援します! ……時は加速する。かの者に時間の加護を与えたまえ!」
クロノアが魔法を使って圭を支援する。
「これは……」
圭は不思議な感覚に包まれた。
薫の支援は受けると体が強化されたようになって万能感も覚える。
能力が強くなった感じがあるのだが、クロノアから受けた支援はまた感覚が違っていた。
言うなれば世界の動きが遅くなった。
全てのものが遅くなって、その中で圭だけが普通通りに動けているような奇妙な感覚だった。
「これでもまだ……!」
クロノアの支援を受けて圭はディムバーラガンと戦う。
わずかにディムバーラガンの動きが遅くなったようにも感じられるが、それでもまだ圭よりも強かった。
化け物かよ、と思わざるを得ない。
「時は減速する。かの者に時の試練を与えたまえ」
今度はアノアが魔法を発動させる。
対象はディムバーラガン。
「くっ……!」
圭の目にも明らかにディムバーラガンの速度が落ちた。
力の方に影響はないのか相変わらず厳しさはあるものの戦いはだいぶ対等に近くなった。
クロノアが圭の能力を加速させる魔法を使い、アノアは逆にディムバーラガンの能力を遅くする魔法を使ったのである。
「その人智を超えた力! やはり止めねばならぬ!」
ディムバーラガンが魔力を斬撃として飛ばす。
強い斬撃の威力を殺しきれずに圭が吹き飛ばされ、その間にディムバーラガンはアノアに迫る。
「時を理解できぬことは仕方ない。だがどうであれ時はそこにあるもので、不変に、そして一様に流れるものなのだ」
アノアがディムバーラガンの剣を受け止めてつば迫り合いになる。
「はああああっ!」
アノアが押され始めたところで圭がディムバーラガンの後ろから切り掛かる。
「貴様はなぜこいつらの味方をする!」
「ぐっ!」
素早く振り返ったディムバーラガンは圭の剣を弾き返すと空いた手で首を掴んだ。
「あんたこそ……なぜ彼らを目の敵にするんだ……うっ!」
「……時は残酷だ。時が進まねば……我が娘が死ぬことはない」
ディムバーラガンは圭を乱雑に地面に叩きつける。
「時が止まってしまえば全ての苦痛などなくなるのだ! 娘の病気も進行しない……それこそが俺の目的だ!」
「それは違う」
「なんだと?」
「時は止まらない……だが時を止めてどうなる」
「そうなれば……」
「そうなればお前の娘は永遠の苦痛に囚われることになるだろうな」
「永遠の苦痛……だと?」
アノアの言葉にディムバーラガンが眉をひそめた。
ほんの少しディムバーラガンの事情が見えてきた。
「時は流れるから変化が訪れる。確かに時が流れなければ変化はしないのかもしれないが……時が流れないことで永遠に今に囚われるなることだろう」
「……貴様に何が分かる!」
「お前こそ分かっているのか! 時が進まぬ残酷さが!」
アノアは険しい顔をしてディムバーラガンに言葉をぶつける。
「お前の娘の状況は詳しく知らぬ。だが流れゆく時が完全に止まることなどないのだ。人の時が止まるならそれは死んだ時だろう。世界の時が止まるならそれは世界が滅ぶ時だ! お前は今己の娘を己の手で殺そうとしている!」
「……そんなわけがない! 陛下はおっしゃった! この世界の時を止めると。もはや誰も死なず、苦しまない永遠を約束すると!」
「そのような世迷言に心を惑わされたのか、ディムバーラガン!」
「世迷言……だと?」
「誰にも時は止められない。そのような永遠はただの仮初に過ぎないだろう」
ある意味で王様の言う通りにはなっているのかもしれないと圭は二人の会話を聞きながら感じた。
十一階では世界がループしている。
捉え方によっては世界の時間が止まっているとも解釈はできるのではないか。
だがディムバーラガンの娘が病気だとしたら永遠に十五日間の苦しい時を繰り返している。
そして最後にはモンスターに襲われるのだ。
死ねば終わる。
だが時が進まないために苦しみを繰り返す。
何だか難しい話であると圭は思った。
「娘が病気を乗り越えることも、成長して幸せになることもない。あるいは死んで苦しみから解放されることだってないのだ。お前はそれを望んでいるのか?」
「それは……」
ディムバーラガンは答えに詰まった。
「時が止まれば娘が救われるかもしれない。その言葉はお前にとっての救いかもしれないがよく考えてみろ」
「だが……」
「自分の頭で考えろ! 周りの甘言ではなく今、お前が、やろうとしていることの先に何があるのか!」
「…………アノア……俺は……」
ディムバーラガンの手からするりと剣が落ちた。
「このまま終わりそうだな……」
圭は掴まれた首をさすりながら立ち上がった。
一度完全に体が浮き上がるほどの力で掴まれた首は赤いあざができている。
薫に治してもらわなきゃいけない。
ディムバーラガンを制圧しなきゃならないと思っていたけれど、アノアが会話で説得してくれている。
任せておけば戦いが終わるのではないかという期待ができた。
「目を覚ましたか、ディムバーラガン」
「……時を止めねばならぬ……いつしかそのことばかり考えていた」
ディムバーラガンは空を見上げた。
霧がかっていた頭の中が晴れていくような思いがしていた。




