終末にトンカツはあるか
「どうやら監視されているようです」
「監視だと?」
とある雑居ビルの一室、しゃがれ声の男がソファーに座って黒い石を磨く男に声をかけた。
「大方警察か覚醒者協会でしょう」
「これまでうちには目をつけていなかったのに。……先日の件で顔見られたか」
石を磨く男は浦安省吾。
圭が公園で見た終末教の男だった。
「あのあたりには覚醒者はいないと聞いていたんだがな。まさか無償でパトロールする物好きがいたなんてな」
「あの結界だってD級の松本が張ったやつなんだぜ。それを破って入ってくるなんて」
「予想外だったな。せめて女ども変え終わっていりゃ言い訳もできたのに」
しゃがれ声の男は軽く舌打ちするとブラインドを閉めて外から中が見えないようにする。
ビルの5階の部屋であって中なんか見えないと思うけれど今の時代高い階層の部屋でも中を見られないとは言い切れない。
「どうする?」
「どうするってなんだ?」
浦安の前にあるソファーにドサリとしゃがれ声の男が座る。
「お前の顔見たやつだよ。探し出して殺すか?」
「殺してどうする。もうサツや協会動いてるなら殺すと逆効果だ。俺たちが疑われる」
目撃者を殺すのは殺して意味がある時だけ。
もう監視もつけられているのなら目撃者がいようといまいと関係ない。
むしろこのタイミングで目撃者を殺せば犯人として捜査の手が伸びてきてしまう。
警察や覚醒者協会に調べる理由を与えるだけになるのなら何もしないほうがマシである。
「しかしどうする? 監視なんてされてたらやりにくくてしょうがない」
「今は大人しくしてるこった。計画を実行すれば俺らに構ってる暇なんかなくなるはずだ」
「だがその計画のために必要なもんが足りてねぇだろ」
「それはそうだな。どこかで監視の目を逃れてやるしかないな」
浦安は深いため息をついた。
厄介なことになったと考えを巡らせる。
覚醒者協会の監視があることをしゃがれ声の男の能力で事前に察知できてよかったと思う。
知らずに活動していたら危ないところだった。
「中山の方に監視がついてないか調べろ。俺の方にだけついてるならお前が中山を連れて仕事しろ」
「俺は大人しくしてるさ。わざとらしくどっか出かけたりしてみればあいつらも尻尾振ってついてくるだろうさ」
「チッ、お前だけ楽しやがって」
「おいおい、見張られてて何が楽なもんか。エロ本も買えやしねぇ」
「見張られてるからってそんなもん買えなくなるようなタマじゃねえだろ」
しゃがれ声の男は浦安の発言を鼻で笑う。
「はーあー、俺は繊細なんだよ」
「はん、言ってろ! それで狙いはどこにするんだ?」
「人が大勢いるところ。駅前か……ショッピングモールのようなところかな。学校は最近部外者に厳しいからなしだ」
浦安は立ち上がって棚に置いてあった地図を持ってくるとテーブルに広げた。
いくつかの場所に赤い丸がしてある。
「ちょっと遠いところにしてくれよ。近いと俺が不便だ」
「お前の家で起こしてもいいんだぞ」
「やったら怒られんのはお前だろ」
「そうだな。ボロアパートなんざ潰したって誰も喜びやしないか」
じゃがれ声の男も地図を覗き込む。
「ここなんていいんじゃないか? 人も多いしここから絶妙に離れてるが遠すぎない。まあ買い物行くこともあったが無くなっても生活はできる」
「俺はここに入ってるトンカツ屋好きだったんだけどな」
「トンカツ優先するか?」
「いや、ここにしよう。必要な準備ができたらすぐに実行するぞ」
「これで本当に終末の世界から助けてもらえんのかね?」
「少なくとも力はくれたからそうした能力もあるかもしれない」
「あーあ、終末の後の世界にトンカツはあるかね?」
「さあな、とりあえずしばらくは行けなさそうだから食っとくかな」




