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08.救世主は霧の中 2/2


 ダグラス公とヴィリッグが乗ってきた幌馬車は、少し歩いた先に停めてあった。

 二頭立ての幌馬車に、魔物に襲われた形跡はない。


 ということは、ヴィリッグはこの距離であの場にいた悪魔の存在を感じていたというの?

 それは、普通のことなの……?


「教会都市へ向かうのであれば、目的地は同じですな。乗り心地は大目に見てくださいよ」


 宰相様が教会都市へ?

 何の用――まさか私……いいえ、そんなはずはない。

 だってダグラス公は私の唯一の味方なのだから。


 今、この段階で『生贄』に過ぎない私を知っているはずがないのだから……!




 全員で幌馬車へ乗り込み、椅子に腰掛ける。

 木箱をひっくり返し、適当な布をかけて作られた簡易的な椅子。

 ほどなく動き出した馬車内で改めて、私たちは挨拶を交わすことになった。


「私はこちらのベアトリス・カース様宅のゼネラルメイド、リリィ・ハーティスと申します」


 ゼネラルメイドというと……中流階級の人間が貴族を真似て雇った使用人のこと?

 何十人も雇う余裕はないから、全部1人でやってね状態になっているという、あの……。


 私は中流階級のお嬢様という設定なのね。

 それにしても()()()()()? どこから出てきたのかしら??


「私は商人のダミアンと申します。よろしくお願いします」

 ()()()()……? 本当に別人なの? こんなにもそっくりなのに。


 姿形だけじゃない。

 ただの商人とは思えないような立ち居振る舞いや、佇まいから漂う気品まで同じなのに…………。


「どうかされましたかな?」

 彼が不思議そうな様子で私を見てくる。彼を見すぎてしまった。

「いえ、すみません……知り合いに、似ていたもので……」

「そうですか」

 特に不審がる様子もなく、彼は朗らかに穏やかに笑みを浮かべる。

 心を落ち着かせてくれる見慣れた笑みを……。



 ◇◆◇


「城塞都市でも魔獣増えてるんでしょうか? 王都はまだそんなに影響なかったんで、準備していなかったんです」

 馭者が低く小さい声でダグラス公――ではなく、Mr.ダミアンへ問いかけるのが聞こえ、目が覚めた。

 心地よい揺れと疲れから、私は眠りについていたらしい。

 少し体を動かすと、リリィが横から肩に薄い上着をかけてくれた。

 目線で軽く感謝を伝え、馭者とダミアンの話に耳を傾けることにした。


「教会都市は大丈夫ですよ。あそこは女神様のお膝元ですからね。教会と反目している王が治める王都に被害がない方が驚きですね」

「はは……今はもう違うかもしれませんがね……。俺にも分かるくらいに女神様とのつながりって言うんですかね、なんかなくなってる気がするんです」

「なるほど……それは困りましたね。教会との関係がこれほどまでに悪化していなければ、神器のひとつやふたつ用立てることは造作もないでしょうに」

「……迷惑を被るのはいつも民ですよ……」


 ずっと屋敷に閉じこもっていたから知らなかった。

 王都がそんなことになっていたなんて。


 ――待って、過去の王城でそんな話はなかったはず……いえ、もしかしたらあったかもしれない。

 私の罪状の一つに、数えられていたかもしれない。


 ロベルト殿下に振り向いてもらうことしか考えていなかった。

 くだらないことに時間を割くのではなく、もっとしっかりとしていたら……知っていることは今よりもっと、多かっただろうに……!



「ああ、そうだ、教会都市へ入る前に一つご忠告が」

 ダミアンが思い出したように口を開く。

「忠告ですか?」

 思わず聞き返してしまったけれど、今の言葉は馭者へ向けられたもの。

 馭者は私が目を覚ましていたことに、気づいていなかったらしい。驚かせてしまった。

「ええ、教会都市ではあまり王都での話はされない方がよいかと」


 ――『逝去した聖女の代わりを求めて国王陛下が攻め込んだというのが、本当のところだろう』

 兄の声が脳裏によみがえる。


「今は特に不穏な噂が流れていましてね、反王国の機運が高まっている時期でもありますから」

「……そう、なのですね。お気遣いありがとうございます」


 王国にも城塞都市にも、もしかしたらどこにも……私の居場所はないのかもしれない。

 いいえ、結論づけるのはまだ、早い。

 まだ、私は何もしていない。



「お嬢様、城壁跡が見えて参りました」

 リリィの言葉にダミアンが幌を少し上げてくれたので、軽く感謝を述べ、外を見る。


 どこまでも続く草原地帯が広がり、心地よい風が頬を撫で、少しの高揚感を覚える。

 遠くに見える天を貫くような岩壁が城壁なのだろう。日が落ちる前に到着できそうで一安心だ。


 期待しているのかしら……これから先の生活を……。


 期待する心を押さえつけるため、視線を彷徨わせていると、ふと、ヴィリッグに目がいった。

 座席の揺れなどものともせず、手元の小さい手帳に熱心に何かを書き込んでいる。


 羽ペンじゃない……見慣れない筆記用具だわ。何かしら?


「ん? 何かあったか?」


 馭者席に座っていたヴィリッグに声をかけられて、彼をじっと見ていたことに気づいた。


「えっ?! あ、いえ、あの――」

「お嬢様、危ないです」

 幌が半分開いている荷台の中でバランスを崩せば、洒落にならない事態に陥る。

 リリィが体を優しく支えてくれて事なきを得たけれど……。

「ごめんなさい……」

「謝罪は不要です。お嬢様は自由にお過ごしいただいて構いません」

「いや、ダメだろ」

 リリィの返答にヴィリッグは苦笑する。


「ご、ごめんなさい! あの、その――」

「ああ、このメモ気になるか? さっきのモンスターについて、一応ギルドに報告しなきゃいけねぇからな。整理しとこうと思ってよ」

「ギルド……ですか」

「俺は教会都市のギルドを拠点にしてるんだ。なんかあったら指名してくれ」

「え? 指名??」

 意味が分からない私に変わり、リリィが「ええ、その時はまたよろしくお願いします」と返事をしていた。


 ――そう……なの。城塞都市を拠点にしているのね……。


「ああ、任せとけ!」

 そう言って明るく笑う彼につられ、つい口元が緩んでしまう。

「……はい。その時は是非」




 ◇◆◇


 城塞都市の城門は、この街唯一の出入り口であると同時に防壁の要でもある。

 鍵をかけ忘れたがために滅んだ国もあった……というのはリリィの談だけれど、冗談……よね?


 近距離で改めてみると、門外漢の私にも分かるほどに堅牢な城門だ。

 門の前に立つ武装した二人の兵士が扉の一部に手を触れると、触れた場所から青白い光が幾何学模様に走る。

 なんの魔術が施されているのか考える間もなく、岩作りの大きな扉が大きな音を立てて動いた。


 呪文も魔法陣もなしに発動する魔術?

 またはそれに類する技術……どの道、王国は相当遅れた技術しか有していないことになる。


 王都が世界の中心だった私からして見たら、あまり信じたくない現実だ。

 そんなところが世界の中心で、私は命を落としたということになるのだから。


「物珍し気に見過ぎだ。古代遺物を見るのは初めてなのか?」

「……っ!」

 突然耳打ちされた低い声に一瞬驚いてしまうが、すぐに平静を装う。

 この人はなぜかちょっと心臓に悪い。

 彼が声を潜める理由は分かってる。城門を抜けて都市内へ入った今、荷台の中とはいえ油断は禁物だ。

「古代……遺物?」

「? 聞いたこともないのか?」

「ない……ですね。文献でも目にした記憶はないです……」

 私自身が不勉強であるだけの話かもしれないけれど……。


 ヴィリッグの説明によると――古代遺物というのは、製造年も製造者も製造法も不明な装置の総称らしい。

 大抵は古い遺跡に埋もれていたのを、掘り出して管理収集しているそうだ。

 前述の方法で古代遺物を手にした教徒へ強制的に献上させたり、冒険者から買い上げたりが主な収集方法。


 教徒の中に、当然ながら我らが王は入っていない。




 そんな知識を仕入れながら、城塞都市の中心部へと馬車は進み、やがてヴィリッグ、ダミアンとの別れの時がやってきた。

 ここで馬車から降りる必要があるのは私とリリィ、そして御者だけだけれど、次いでヴィリッグとダミアンも降りてきた。


 別れの挨拶をするためだけに、わざわざ……。


「古代遺物について更に詳しく知りたいってんなら、神学院を尋ねると良い。何も知らない市民は目立つが、探究心がある学生なら多少は目くらましにもなる」

「ええ、色々とありがとう――」

「そんなに不安そうな顔すんなって。面倒なことになったらギルドを訪ねてくれ。格安で何でも屋をやってやる」


 そんなに不安そうな顔をしていただろうか。

 人の機微に疎そうで敏そうな雰囲気を漂わせるヴィリッグ。

 間違いない。彼は人を惹きつけるタイプだ。


「私はこれから行商の手続きがありますので、ここでお別れとなりますが……しばらくは宿屋に降りますので、何かありましたら遠慮なくお声だけください」


 礼儀正しく頭を下げるダミアン。

 商人ダミアン――私はまだ彼がダグラス公なのではないかと、思わずにはいられない。

 しつこいとは分かっているけれど……。


「またな」

 ヴィリッグ・フェガロはそう言って笑う。

 ――そうね……また、会えたら……。

 彼の笑顔を見て、私も自然と口角が上がったのを感じた。


 幌馬車に乗り込むヴィリッグとダミアンを見送りながら、ふと考える。


 ついさっき出会ったばかりの人々だというのに、故郷の人々よりも、誰よりも温かい。

 それが、とても悲しかった。




「お嬢様、ではまず神学院へ向かいましょう」

「ええ、そうね。兄さんもそう言っていたし――」


 去っていく馬車を見送りながら、ふと吸い込んだ空気がとても澄んでいることに気づいた。

 空気が澄んでいるだけじゃない。この街はとても、息がしやすい。

 ……なぜかしら?






 一呼吸ついて、ふいに大通りの先を見やれば、白い大きな大聖堂が見えた。

 神学院はあの中にある――とリリィから聞いた。

 ……馭者は神学院へついていけないとも。


「えっ?! なぜ?!」

「神学院は全寮制の教育機関です。保護者分の予算が割当てられていない為、他所様の迷惑になります」

「そ、そうなのね……」


 予算……世知辛い……当たり前か。


 私が静かに混乱している間に、馭者は動力車の修繕や整備のための資金を準備するため、長期滞在用の安宿場街へと旅立っていた。

 しっかりしなければ。


 それにしても、リリィはなぜこうも私より知識がある?

 兄様から聞いていた?

 基礎を学んでいないであろうリリィよりも、物覚えの悪い貴族の私。

 ……親が疎んじるのも当然のこと。




 掃除夫は見当たらないけれど、ゴミ一つ落ちていない絵画のように清潔感に溢れ、美しくカラフルな街並みの城塞都市。

 どれだけ必死に隠していても、スラム街の匂いを隠しきれていなかった王都とは違う。

 スラム街が存在しない都市なんて存在しないことくらいは分かってる。放置されているか否かの違いだろう。


 二人分の荷物をリリィがまとめて持ってくれようとしたけれど、自分の荷物は自分で預かる。

「大丈夫ですか? 転ばれても困るのですが」

 珍しくリリィが不敬なことを言い出した……。




 ◇◆◇


 絵画の一部のようなパステルカラーの大通りを歩き、大聖堂へついた。

 防犯上は意味をなさないような、装飾に特化したタイプの門の向こうにはいくつかの建物が見える。

 この中のどれが神学院なのか――


「お嬢様、ついてきてください」

「え、ええ、分かったわ……」


 迷いなく進むリリィの後ろをついて歩く。

 正面に見える大聖堂を視界の端へ追いやりながら。


 ()()を祀る大聖堂。

 教会と反目しつつ、()()()()を崇拝し、私を殺した王家。

 まったく、ひどい矛盾だ。



 芸術性の高い建物が並ぶ中、ひとつだけ飾り気のない木造の大きな建物が目についた。

 堅牢なのが唯一の取り柄のような建物には、大聖堂と同じ女神像が刻まれ、扉の上には『聖リヴェル学院』の文字が見える。


「あれがそう?」

「ええ、あの建物が神学院です」


 神学院――外観から察するに、かなり古い建物だ。

 歴史ある建造物、と言えなくもないけれど、経年劣化で傷んだという方が正しいだろう。

 リリィは慣れた様子で、正面の門に立っている守衛へ声をかけ、中へと私を誘導する。

 手続き自体はリリィが行うようで、その間、私は少し離れた場所にあるソファに腰掛け、手続きが終わるのを待っていた。

 行き交う人は少ない。これはいつものことなのかしら?



「お嬢様、手続きは終わりました。寮の鍵は学院の責任者が所持しているそうなので、受け取りに参ります。お嬢様は――」

「私も行くわ」

「畏まりました」


 使用人として完璧なお辞儀を見せてくれるリリィだけれど、ここでそれはまずいのでは?

 少ないとは言え、人の目というものがある。


「リリィ、その言葉遣いだけれど――」

「承知いたしました」


 ……言葉遣いに大きな変化は見られないけれど、お辞儀の角度や小さな所作に少しの乱れがうかがえるようになってきた。

 これなら裕福な商会の使用人で通用しそうだ。



 責任者がいる場所へ向かうには、別のエントランスから建物内へ入り直す必要があるらしい。

 リリィに案内されるまま外に出た先には、色とりどりの花が先乱される美しい庭が広がっていた。

 その中央には大きな美しい噴水。


 ――……噴水、か。噴水は…………嫌い。



「お嬢様?」

「なんでもないわ。行きましょう」

 リリィに先導され足を進めていたら――



「きゃあっ!」


 噴水の向こうから少女の悲鳴が聞こえてきた。

 反射的に振り返り、嫌な既視感を覚えつつも、水しぶきの向こうに複数の少女たちの姿を捉える。

 綺麗なワンピースを着ている可愛らしい少女たちが、小柄な少女を取り囲んでいる。


 小柄な少女は派手に転んだらしく、近くには少女の荷物と思しき小さな鞄が中身を撒き散らして置いてある。

 友人たちとの遊びに夢中だったのだろうか。

 すぐに取り囲んでいた少女たちの誰かが手を貸すのかと思っていたけれど……しない。


 試練の時なのかと見守っていると、不意に一人の少女が笑いながら倒れた少女の傍に立った。

 ようやく手を貸す気になっ――


「何してるのよ! どんくさいわね!」

 予想外に、散らばった少女の荷物を踏みつけ始めた。

「早く起きなさいよ! 邪魔じゃないの!」

「やだやだ、恥ずかしいったらないわ!」

 そう言いながらわざとらしくスカートを踏みしめ、倒れ込んだままの女の子の背中に足で土をかける。

 見覚えのある光景だ。


 ――()()()()を思い出させる。



「何をしているの?」


 私はそう言いながら、ゆっくりと近づいた。

 突然現れた第三者に驚いたのか、少女たちが一斉に振り返る。

 しかしすぐに、集団の中でもひときわ目立つ真紅の髪の少女が、嘲笑を浮かべながら臨戦態勢に入ろうとしてきた。


「あなたたちその荷物……編入生?」

「ええ」

「そう……大変ねぇ?」

「何がかしら?」

「わたし達はその手のことは全部使用人がやってくれるものだから、自分たちで持って歩くなんてことなかったもの! 貧乏って嫌よね! ああ、ごめんなさい? あなたの場合は生まれた時からだものね? お可哀想。同情するわ!」


 いっきにそう捲し立てられて面食らった。

 貴賎を問わず、貧乏人呼ばわりされるのは初めての経験だ。

 いつも、()()()()()側だったから。


「フローラってば酷いわよ、いきなり」

「ふふっ、そうかしら? 悪いわね……フフッ」


 真紅の髪の少女はフローラと言うらしい。

 他の少女たちの言動を見るに、彼女はこの集団のリーダーといった所か。……よく言えば、だが。

 彼女はまだはしごを外される恐怖を知らない。


「大丈夫?」


 近寄ってみれば小柄な少女は明らかに年下ではないか。


 一つや二つ下どころの話じゃない。

 十になるか、ならないかの小さな子供にあの行いを……正気?


 服が泥だらけなのは、転倒だけが原因ではないだろう。

 膝の流血に目がいったけれど、怪我はそこだけではなさそう。

「は……はい……!」

 瞳に涙を溜めながらも、その子は私を睨むように見て、そして自力で立ち上がり――またすぐに座り込む。

 やはり痛いのかと思ったけれど、彼女は地面に落ちた荷物を拾うために屈んでいた。


 ……脳裏に浮かぶ、忌ま忌ましい()()()を消すべく、眼の前の幼子へ手を貸すことにした。


「やだ何やってるのぉ?! まるで使用人みたいだわ!」


 フローラと呼ばれた少女の甲高い声に反応するように、周りにいた他の少女が囃したてる。

 私はその態度と言葉を無視して黙々と拾い集め、さっさと持ち主へ渡してやる。

「……ありがとう、ございます」

 戸惑いを見せながら、お礼の言葉を絞り出す幼子。

 彼女の顔色は真っ青で、目元には泣き跡もあった。


 ――ああ、いやだわ。この純粋な瞳はまるで――……



「リリィ、医者はどこにいるか分かるかしら?」

「はい。そちらの――」

 リリィが説明しようとすると、「必要ないわよ」という冷たい返答が横から返ってきた。

 フローラとはまた別の少女だ。

「その子は医者へ行ける様な身分じゃないもの」

「そうよそうよ!」

「……どういう意味かしら?」

 医者へかかるのに高貴な身分が必要だとでも?

「その子はね、フローラのお家の使用人なのよ!」

 今度は違う少女が返してきた。

「あたしちがう!」

「あんたの親が働いてるんだから、同じよぉ」


 ……なるほど、それで荷物を持たせているわけね。

 私もリリィに同じようなことを……いえ、転んでいるところに追い打ちかけるようなことはしていない……はず。


「城塞都市には階級制度はないと聞いたけれど?」

 私は確認の意味を込めてそう尋ねる。

 兄様からか、リリィからか、聞いた覚えがあるのだけれど……?


「詭弁ね。わたしの遠縁は公爵様の血を引いているのよ」

 フローラが勝ち誇っている。

 すると周りの少女も口々に喋りだす。

「そうよ、フローラは偉いのよ!」

「そうよ、そうよ!」

「フローラの家はね、とっても裕福なのよ」

「王都にも顔が利くウェラ商会会長の一人娘なんだから!」


 ウェラ商会というのは聞いたことがある。

 平民にとても人気なリーズナブルな品々を扱う商会のうちの一つ、だったはず。

 何が原因だったのか、悪友たちからは嘲笑の的だったけれど。

 まさかこんな調子で貴族に喧嘩を売っていたわけでも……ないわよね?


 相手にするんじゃなかった。

 怪我人を抱え上げて踵を返そうとしたその時――、



「――仮にも聖職者を目指そうともあろう者が、そんなくだらないこと、本気で言ってはいないわよね?」


 頭上から凛とした声が降り注ぎ、少女たちは一斉にそちらを見上げる。

 驚いた声を上げるフローラたちを尻目に、ふわりと中庭へ降り立ったのは長いエメラルド色の髪を靡かせた少女。


 まるで妖精を想起させる可憐な美貌を持ち合わせながら、威嚇するように鋭い眼差しで集団を見据える。


 その一瞬でフローラたちは静まり返ってしまう。

 両手を腰に当てて立つその姿は威風堂々。

 しかし、その表情にはどこか幼さも見え、他人をひどく惹きつける、そんな少女だった。


 彼女は私と目が合うと、一瞬だけ微笑んだように見えた。


「マルティーヌ……さん」

 フローラが憎々しげにその名を呟く。顔には「まずいところを見られた」と浮かんでいる。

 彼女の取り巻きの少女も同じだ。

 ふてぶてしい態度を崩そうともしていなかった彼女たちを、ここまで動揺させる彼女は一体……?


「またいじわるをしているのね。……あなた方の()()は、もう治らないのかしら?」


 綺麗で儚い声質なのに、鋭く冷たく重く響く言葉。

 未だに敵愾心を抱いているフローラとは異なり、彼女のご友人たちは繊維を喪失して真っ青になっている。


「マルティーヌおねえちゃん……」

 私の腕の中にいた怪我人の顔に、笑顔が戻っていく。

 よかった。それにしても……姉?


「あの……」

 姉ならば知っているかもしれないと思い、声を掛けたけれど。

「あなたたちは……旅行者? 編入生? どっちかしら?」

「編入生です」

 彼女の質問に答えたのはリリィだ。

 受け答えに窮しているように見えたのかしら?


 私の前に出て彼女と対峙するような形で立っている。


 彼女は私とリリィの格好を興味深そうに見て、

「私はマルティーヌ・オズクル、神学院――聖リヴェル学院の生徒会長をしているわ。よろしくね?」

 と、微笑んだ。


 ――……セイトカイチョウ、って何かしら? 後でリリィに聞いておかないと。


「私はベアトリス・カースで、彼女は……えっと……」

「使用人のリリィ・ガーデンです。どうも」


 言い淀む私に、リリィが適度に崩した礼ですかさずフォローを入れてくれた。

 ありがたいな、と思っているとマルティーヌが怪我人をこちらに引き渡すようにと仕草を見せてきた。

 確かに腕が少々痺れてきたので変わってもらえるのは助かる。


「そう。ひとまずこの子を医務室へ連れて行ってもいいかしら? その後で学院長室へ案内するわ。その様子だとまだお会いしてないわよね?」

「助かります」

 リリィは小さく頭を下げた。私も倣って頭を下げる。


「――あなた達は後で反省文よ?」


 最後にフローラたちへ釘を刺すことも忘れない。

 見た目は力なく可憐な美少女なのに、妙な迫力を持ったその言葉に、フローラたちも異を唱えない。


 私が抗議した時とは異なり、不服そうではあるけれど一応の了承を示している。

 私たちに対しては、ものすごい殺意を送って来ているけれど。

 フローラたちは相当な問題児のようだ。


 言い切るとマルティーヌは満足したようだ。

 怪我人を抱え直し、医務室へと歩き始めたので、私とリリィも慌ててその後を追いかけた。







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