第五十一話
深く、深く、息を吐いて体の緊張を解す
やっぱり実戦は慣れてないから勝手に体が固まっちゃうなぁ。…アルトゥール達に組み手や模擬戦をやるのとは感覚が違う
「ん?どうしたのかね?」
「いえ。………さて、皆さんには昏倒して貰います」
「……は?」
呆けた一瞬。クォーツとクーアの風の魔術の風圧で視界を奪い、まずは魔石を砕く
イメージは簡単。魔石のど真ん中へ向けて空気のハンマーを振るうだけ。…風の魔術はほんの少しだけ魔力を帯びて、空に溶けるような淡い緑色が見えるから、実は風の魔術ってイメージがしやすい
一瞬だけだけれどね。だから風の魔術って防ぎ辛いのだけど…強いて言えば、水や炎よりも空気はよく魔力が馴染むから感知しやすいって欠点もある。まぁ、相手に魔術師や感知できる魔石、スキルを持ってなければ全く問題ないけど…そんな人の方が珍しい。一般人くらいだろう
騎士やギルドの人らなんかは支給されるし、必須装備の一つ。…だから、兵士さんらは反応して私に向けて剣を構えている
ただまぁ、後ろの貴族は洩れなくパニック。ついでとばかりに今のを合図にウーノが窓から派手に突撃してくれたので兵士さんらにも動揺が生まれ、構えた剣の軸がぶれた
まずは、一人
「ふっ!!!」
「っ…く、ぅ……!!」
「む、……思ったより硬かった……」
片方を壁にめり込ませる勢いで蹴った。勿論自身の足は強化していたのだけれど…あの鎧、防御の付加でも掛かってるのかな。思ったよりも硬い
意識を奪うつもりだったのに呻いて膝をつく程度に終わってしまった。……こういうことがあるから実戦の大切さを分かる。手加減しなくちゃいけないのだけれど、その加減が難しい
アルトゥール達の凄さがよく分かった。あの人、ギリギリを責めてくるのが異様に上手い。…いや、それは今はいい
「きっ、貴様っ!私はノルディー侯爵だぞ?!」
「誰。興味ない」
「うぐっ…!貴様ぁ…!!只で済むと思うなよ!!」
声を上げた禿げ面。軽く手を振ればクォーツの氷が禿げ面の足元へ突き刺さる
禿げ面の後ろで隠れながら睨み付けてくる二人にはクーアが風の刃で服の一部を切り裂いた
「ひぃぃいいいい!!お、おい!お前!早くその娘を捉えろ!!」
「っ……!り、了解致しました!」
一人が吹っ飛ばされたのを見て、怖じ気付いてたもう一人。…吹っ飛ばされた人は痛みでずっと呻いてるし、もう一人は構えた剣は怯えを現すように定まらないし…もしや、経験が浅いのかもしれない
…いや、絶対そうだな。目が戦う意志を放棄してるんだもん
護衛として来てるだけかもしれないし、降伏を促してもいいけど……少なくとも、彼らはガルシアを陥れようとしたことに加担している。お咎めなしは流石に腹立たしい
ので、とりあえずもう一人もブッ飛ばす。加担してたり貶める発言をしたら追加でお仕置き。うん、我ながら頭いいと思う。クォーツ達も勇ましげにしているしね
「剣、震えてるけど。それに私だけが敵じゃないよ」
「は…?」
「はい、皆さんあちらをご覧ください」
左手を上げて示せば、みるみる顔色が悪くなっていく四人
何せ暴れ足りないウーノ達がまだかまだかと羽ばたいて主張し、ウーノに至っては無意識だろうけど羽ばたく拍子に魔力を帯びさせているもんだから壁や家具はボロボロである。…ウーノは暴れたがり。覚えておこう
私の従魔以外は部屋の隅で固まる魔物達を守るためか、傍に居て威嚇はしている。…ウーノの迫力にビビって引っ込んだわけではないことを祈ろう
「抵抗すれば全力で私はお相手しますが……いかがします?」
「ひ、怯むな!たかが鳥だ!!」
「そうだ!お前なら出来る!」
「お、俺…おれ、は…!!」
兵士に縋り付き、狼狽える姿は無様というほかないが、可哀想に。縋り付かれた兵士は恐怖と重圧とでまともに動けなくなっている。…もう一人?もう一人は気絶したフリを決め込んでいる。時折ちらっと視線をぶつけてくるの気付いてるからね
このまま戦闘になったらまとめて蹴り飛ばそう。小屋が壊れたら…まぁ、仕方ない。そもそも誰の小屋か知らないし
……そんな時、背後に気配を感じた
「………あ、フロウお帰り。早かったね」
「フォン!」
扉が開くと共に姿を見せたのは元の大きさに戻ったフロウ。………仕留めに行った二人を咥えて引き摺って来たようでフロウには怪我などないが、引き摺られた方は意識を飛ばした上で擦り傷やら木にでもぶつかったのか打撲。服はだいぶ痛んでるようだ
そして私が声を掛けたからか、部屋の中に二人を投げ捨てた。…この子、慈悲の心とか持ち合わせてないのかもしれない…まぁ、敵なのでいっか
「…………あ」
ご機嫌に纏わりつくフロウを撫でてから視線を戻したら、皆倒れていた……根性ないな。特に兵士さん
捕縛する前に少し訊問したかったけど……仕方ない。とりあえず魔物達の安全を優先しよう。…保護したら奴隷商の人達が口を開いてくれるかもしれないし……いやでも、弱いなぁ…王族を騙ったとか、罪を着せようとした、とかいくらでも言い逃れが出来るんだよなぁ…………いや、とりあえず神父様と考えよう。言われたのは捕縛だし、これで全員………かな?
まぁ、一人二人洩れてても問題ない。あとで吐かせればいい
リュックに入れてた縄では足りず、結局フロウに二人引き摺られる事になるけど、それも些事。起きたところで逃がさないし
「………この子達どうしよ………君達、着いてくる?君らの世話してた?というか連れ歩いてた三人が居るところに案内するよ」
流石に放置すれば散り散りになってしまうだろう。…ここらの生態系が崩れるのは不本意なので引き取ってもらうのが一番
怯えていた子達は、ずっと私を見てた子馬が近付いてきたからか、そろそろと隅から出てきてくれた
先頭を子馬が行く形で、いろんな子が固まって着いてくる。……うん、ちょっと優越感。前世、小さい頃とか憧れてたしなぁ、動物の女王とか。かっこいい。…まぁ、懐いてる訳ではないので一定の間隔空いてるけど。警戒心が強いのは悪いことじゃない
…もしくは五人引き摺ってる私にドン引いてるか
身体強化してるのであと三人くらいいける
「イタタタタタ!!!!」
「は、放せッ!!!もしくは歩かせろ!!!」
「うるさいなぁ……じゃあ、余計な動きしたら次は足を折って引き摺るから。引っ張られないようにしても同様。いいね?」
小屋から出て、整備もされてない道を引き摺ればまぁ、痛いのなんの。恐怖で意識を飛ばしてただけの禿げ面達は痛みで意識を取り戻し、喧しいので立たせた。兵士さん二人も声は上げなかったものの、痛かったのだろう。歩き方がぎこちなかった。……もしかしたら一人は寝たフリを決め込んでたのが腹立たしくて、更に一発入れたのが効いてるのかもしれないけど
フロウが連れてきた二人はうんともすんとも言わない。殺したのかと確認したけど、呼吸は正常。…というか寝息じゃない?
だいぶ痛め付けたのか、睡眠系の魔術でも使ったのか……いや、待てよ?確かこの辺りって………
「………フロウ、これ使った?」
「フォ」
「君ねぇ………ま、いいか。聞き出す人数は足りてるし」
森の中間。この辺りには冒険者や薬師が採取しにくるような傷薬にも使える薬草や、高値で取引される貴重な薬草。特殊な効能を持った植物なんかが咲いている
私がフロウに示した花なんかがそう
人の顔を覆えそうな赤い花。…その花粉を吸い込むと強い眠気に襲われる。…少量なら問題はない。少し眠いかなってくらいだし、市販の睡眠薬なんかにも使われる
ただし。風に飛ばない、黄色の花粉。これをダイレクトに吸い込むと………二、三日は起きないと言われている
観賞用としても採取されることがあるらしいが、立派な毒草なので注意。…フロウのことだ、二人の顔面を花にでも押し付けて無理矢理吸い込ませたんだろう。一人で行かすの、心配だったんだけど……過剰だったかもしれない…クォーツ達と入れ替えれば良かった……
…と、とりあえず反省と戦力の見直しは後にして、捕縛した人らを引き摺る
やれ足が痛いだの、私は貴族だどうのこうと喧しかったので私の問い掛け以外話したら全力で殴る、と脅しておいた
吹き飛ばされた兵士さんなんかは必死に頷いていて、禿げ面達もようやく静かになった
時折、魔物達が着いてこれてるか確認しつつ森の中を抜ける。…何時もよりも遅く進んでるからか、私も少し眠くなってきた。さっき少し花粉吸い込んだかな
まぁ、だからといって寝るわけには行かないし、フロウが乗る?とふわふわの尻尾で誘惑してくるのを我慢した。いざって時に動いて貰わなくてはならない
クォーツ達は二隊に分けて、クォーツとクーアは引き続き私と行動。ウーノ達は残党がいないか索敵。ウーノ達に関してはもう一つの群れも指揮して貰って、私の子達が先導する形で三隊。空から探してもらってる
勿論適当に切り上げてくるよう伝えている。残党が居たとしても吐かせればいいのである。単純明快
すでに何人かは息を上げて、着いていくのもやっと、という感じだが……ここで甘やかすわけには行かないし、走らせないだけマシだと思う
体感で数十分、ようやく木々の隙間から湖の煌めきが覗いた。一先ずここであの奴隷商を回収して、そこから教会へ向かう。…連れ歩くの面倒だなって思ったけど、神父様からのお仕事なので我慢。………いや、本当に面倒だな…




