第四十六話
眉間に深く皺を刻んだ娘は、それを良くないと分かってるのか指先で解すように抑えて深い溜め息を溢した
出会いは我ながら最悪だったと思うが…国に居ないタイプのこの娘……レンに居心地の良さを覚えた。何せ頷くだけの人形ではない。無論最愛はシアレスなのだが
俺は…シアレスを勘違いしていた。誰彼構わず男漁りをしている、という侍女達の言葉だけを鵜呑みにし、何故俺ではないのだと腹を立てて……この国に連れてきたのだって、俺なりに配慮をしたのだと、実際彼女と顔を合わせてすら居ないのに伝わると信じきっていた
他国へ来れば落ち着くだろうと思ったが、アルトゥールというエルフに熱を上げ出す始末。やむを得ず部屋に閉じ込めるよう言ったのに侍女達ですら俺の言葉を聞きやしない
苛立ちは募るばかりでベスティード王の手前、普段以上にキツく当たった結果…噛み付いてきたのがこの娘、レンだ
睨めば他の貴族のように下がってくだろうと思っていた。何せ他国であろうと俺は王族。ただの貴族など出る幕はない。…はずなのだが。…ヴェールの隙間からほんの一瞬ばかり見えたあの瞳。実際は下がるどころか睨み返された。一歩も退く気はないと、一目で分かる程に力強い瞳だった
無論ヴェール越しではあったから、あの娘はそれを指摘したところでさらりと逃げることだろう。俺が気付けたのは俺自身そこそこ魔力が高く、洩れ出る僅かなレンの魔力に気付いたからだ
俺とて王族。襲撃されたことは両の手で数えきれないほどある。…ゆえに、なんの意思をもって放出されたかを何となく読めるようになった
ただ動揺から洩れたのか、或いは明確な意思…例えば、殺意などを含んで洩れたのか。そういうことはなんとなく分かる
つまりあの小娘は、王族たる俺に怯えるでもなく、殺意を飛ばしてきたのである
初対面で、だ
流石の俺も動揺を隠せなかったし、今となっては少々納得出来る事ではあった
──────あの娘、感情が極端すぎる
先祖返りの弊害のようなものだろうが、神父に聞いたのも含めると……幼少からその兆候はあったのだろう。詳しくは言葉を濁されてしまったが……地雷を踏めば、即座に敵認定されるだろう。俺はギリギリで回避できたからこそ殺意と小言程度で済んだのだろうか
いや、確かに本気で殺そうと思った訳ではあの娘とてないだろう。だがあの娘は魔力が非常に高い。我が国でも滅多にお目に掛かれないほど稀有な魔力量
だから些細な感情の波は魔力を帯びて殺意にまで至った………のだと、思いたい。シアレスの事含めあの娘とは険悪になりたくはない。……王族として、そして個人として
だから手を貸してやろうと考えるのも、当然の事だ
「……何を悩んでいる」
「伝え方」
「俺に言うように伝えるのでは駄目なのか?」
「ダメに決まってるでしょ。お姫様だよ?バカなの?」
「おい」
何を言ってるんだ、とばかりの顔である。腹が立つ。手を少しでも貸してやろうと思った俺がバカだったのかもしれない。お前の目の前に居るのも王族の第一継承権を持った王子だか???
「───それに、ガルシアと私がこうして仲良くしてるのはガルシアにもメリットがあるでしょ。だから許してるくせに。…シアレスを預けるほど仲良しっていう裏付けになる。私のこと勝手に利用しようとしたんだから目を瞑るべき」
「それは……確かにそうだが…だからと言って馬鹿は許容できんぞ」
驚いた。気付いていたとは
じっと此方を観察していた双眸は興味を失ったのか、ふい、と視線は再び逸らされた。そしてそれはユア殿に向かっている
俺とて、居心地の良さを感じる程度で王族にため口を許すなど有り得ない。俺の友人だと公にしてるならまだしも、そうではないし…王家を軽んじているのを黙認しているということになりかねない。……しかも俺は他国の人間だ。俺以外の誰かがあの娘に対し抗議してしまうかもしれない。"一国の王族に対しての不敬"……いや、不敬なんだがな、こいつ。あとはあり得るとしたら…"王族と仲がいいなら側室に"とかか。恐らくだがこんな事を言ったやつは…彼女自ら報復に出向きかねないからな。その時はなだめてやるか
だが、危険ではあるが、それを逆手に取ればそこまで親しい間柄ならばシアレスを預けることに違和感がない事に繋がる
シアレスの間違った評判は城の中では酷く広まり、彼女を引き摺り落として俺の婚約者になりたいという女が、それはもううんざりするほどに居る
シアレスが婚約者だというのは、俺個人の決定ではなく、国の決定だというのを分かっていない愚か者
その中でも俺の婚約者候補として一番可能性が高かった令嬢が今回弟に引っ付いて来ていた筈。…無論、俺としても国としても、愚かな国母など要らない。だからこそレンの働き次第で本当にシアレスの立場が決まると言っても過言ではない
シアレスが救われるなら、俺は協力を惜しまない。それにこの娘も自分に利点があるから咎めないのだろう。個人的に俺と彼女は仲が良いというアピールになれば後ろ楯になれる。さらに俺がこの娘の味方をすれば自動的に弟妹達は彼女の味方をするだろう。だから許している。……よく気付いたものだと素直に感心した。…馬鹿発言は認めないが
「え、えっと……私、何か悪かったのかしら…?」
「言葉を選ばなくていいなら、全てかと」
「全て?!」
「具体的に言うならば……身分で我が儘を押し通したことと、己がなぜ守られなくてはならないのか分かっていない事、ですかね?城での近衛の勤務態度も勝手に作戦を伝えてしまったのとかも気になるし、細かいところはいっぱいあるけどその辺りは詳しくないから……合ってます?」
視線はユア殿……ではなく、彼女の傍に控えていたダンテリアに向いている
酷く困惑してるユア殿をおいて、ダンテリアは深く頷くと…一つ、重いため息を溢した
「えぇ。……ユア様、これがレン様と貴女様との違いです
サポートに徹しろ、というイクス様や陛下の御言葉は貴女様が貴女様の立場を理解して居ないからこそ、言われたのですぞ。けれどそれを無視し、我が儘で動くなど…未熟でしかない
このダンテリア、何度も口酸っぱくお教えした筈です。身分に伴う礼儀と知識を持てと
貴女様はご兄弟に能力が劣る。……それは伸びしろがあるということでございます。ですが貴女は卑屈になり焦るばかり。…確かに、他国では王女は政略結婚の駒。政に関わらず、ただ血を残すことを考えれば良いでしょう
ですが!此処は獣国。…王族として強き者であるのは必須事項!それは何も戦うことだけではありません。外交であったり、社交界であったり、少なくとも、未だ貴女様がデビュタント以降の夜会に出られないのは陛下の判断なのです!…貴女様の耳にも届いているでしょう、『ユア王女は他二人と比べて弱い』などと恥知らずな貴族の声が」
「っ………!」
声を荒げている訳ではないのに思わず此方の背筋が伸びるような物言い。他国の人間の前で自国の王族を諭すのも本来ならば有り得ないが……これはユア殿にとって、教育の場なのだろう
昨夜に居なかったイクス殿もどうやらこの一件に携わってるようだ。…ユア殿は他国から見れば勿論王女として有能な方だと思う。ナオやイクス殿が飛び抜けてるだけであって、彼女の評価は決して低くないが……
ただ、この国の特色上、彼女を軽視する者が少なくないのだとか
実力主義のこの国には、お飾りの王女は要らない。血を残すだけが王女の仕事ではないのだとナオから聞いた。降嫁する以上、今後彼女は女主人として領地を守り、栄えさせ、夫の方には我が国とこの国との外交官としての仕事を与えることが決まっている
それにユア殿が治める領地は、我が国でも1.2を争うほど広く、交易の場として有名だ。求められる手腕は高かろう
「ユア様は、自分の発言がどれくらい影響及ぼすかご存知ですか?」
「え、えぇ……分かってる、筈。…………でも、ごめんなさい。きっと貴女やダンテからしたら、まだまだ自覚が足りてないのよね」
「うん。…じゃない、はい。でもユア様は学ぼうとする意欲があるからちゃんと分かってくれると思います。…だから、ゆっくりでもいいから理解して欲しいです」
「国が貴女を見限り、飼い殺しにしないのは貴女様のその素直さと勤勉さからなのです。イクス様やナオ様からすれば遊びたい盛りの妹姫。陛下や王妃様もお二方と比べ素直に甘えてくる娘が可愛いのでしょう
世間一般に言えば反抗期。私としても成長は喜ばしいことでありますが……良いですか。王家とは国の象徴。例え表に立つことがなくとも貴女様の振る舞い一つ一つが国の評価に繋がるのです」
取り付けたような敬語を使うレン。それから諭すよう、優しく語り掛けるダンテ
………正直、羨ましいと思った。
ユア殿は愛されてるのだろう。親だけでなく、兄弟、そして従者にも。……不敬覚悟で主人を諭す従者など、我が国には存在しない……昔は居たはずなのだ。父が最盛期の頃には
従者は主人に従い、意見することなどあり得ない。…従者が会話に割り込むなどどこの国も有り得ないが、それ以上に主人の決定に口を挟むなどクビ、もしくは処罰される…何時からそう決まったかはもう定かではないが……今の我が国はそれが常。侍女に必要な能力は命令を聞ける従順さとなってしまった
特にそれが顕著なのが…アレフだろう
昔はアレフの行動を叱る者も居た。…だが、良くてクビ、最悪処刑された。アレフの後ろ楯に正妃が居る以上陛下が動くしかなかったが…陛下は忙しい御方だった。そして結果病に伏してしまう程……国のために尽力して下さった
幼少から俺達は別々に教育されていた。だが……もし、俺達兄弟がせめてアレフを構い、正妃から離れさせていれば……ユア殿の様になれたのだろうか
後悔しても、とうに遅い
にぃ様、ねぇ様、と舌足らずに愛らしく甘えてきた弟は……とっくの昔に居ないのだ。正妃の傀儡になったとしても……それは弟の責任なのだから
国の自浄はせねばならん。…例え、首を落とすことになろうとも、これ以上国の汚点を晒すわけにはいかないのだ




