第四十三話
「姫様。陛下と殿下方に何度も言われたでしょう。国の顔。王家として王女たる落ち着きを持て、と
そもそも、馬車から飛び出し、体格の小さな女の子を押し倒すなど淑女としても言語道断!咄嗟にガルシア様の魔術が間に合ったから良かったものの、怪我を負ったのはあの子なのですぞ?
それに受け止めて貰った礼はしましたかな?貴女様を庇ったのですから、人として礼を言うのは当然の筈。………それだというのに貴女は一人暴走するだけに留まらずシアレス様まで困らせるとは…!!!」
「あー!!もう!!!!分かってるわ!!ちょっと気分が上がっちゃっただけじゃないの!!」
「分かって居られないから私が申し上げてるのですよ!それからそのむやみやたらに吼え立てる癖も直すよう陛下から言われてる筈では?」
立ち話も何なので、教会へ案内したのだが……お茶を用意してる間に何故かユア王女VSお付きの人の言い合いがヒートアップしていて吃驚した
淡々と責めるお付きの人。ユア王女の咆哮をものともせず、寧ろ煽るようにちくちくと言葉を紡いでいく
尻尾の毛が逆立ってる、ということはわりと本気で言い合ってるのだろう。正面に座ってるシアレスなんかは完全に萎縮してしまってる……あのお付きの人、凄いな。主人…か、どうかは分からないけど、しっかり諌めようとしてるし何より怯んでないのが凄い。獅子の子は威圧感がどの獣人よりも富んでるというのに
「あの風、ガルシアのだったんだ。ありがとう。お陰で後頭部強打は避けられた」
「あの程度ならば造作はない…が、結構ギリギリだったな」
「まぁそりゃ、私だって事前に心構えがあるのとないのとじゃだいぶ違うもん」
「そうか。……ん…これはお前が?」
「そう」
「…………やはりうちの専属侍女として…」
「嫌だったら」
「……残念だ」
使ってるのは勿論一番高い茶葉なので王家の口にもそれは合うだろう。勿論蜂蜜もお好みで渡して置いたので二人には好評。すっかり虜になってるシアレスの眼はそれはもう、キラキラしてる
「ガルシア殿下の口に合って何より。この森で採れた果実も使用していますが……問題はなさそうですな」
「ヴォルカーノ神父。…突然の来訪、失礼した。本来であれば先触れを出すものだが事が事なだけにこうしてユア殿と共に伺った次第だ
………それに貴方の娘にも、大変迷惑を掛けて申し訳ない。必要なものは全て此方で用意させて頂こう」
「いえ、それには及びません。…寧ろ色々やらかしたのは此方も同義。礼儀は徹底的に仕込んで居る筈なのですが…」
「ガルシアに敬語とか嫌。公の場でしかしたくない」
「…………とのことなので、どうか我が義娘の無礼にご容赦を」
気安く頭を下げなかったガルシアの好感度を僅かに上げながら、それでも嫌なものは嫌なので顔を反らしておく。普通なら罰せられるのだろうが、シアレスの事をそもそもお願いしてきてるのはあっちだし、なんか色々巻き込まれた側なので目を瞑って貰いたいものだ。…本来であれば交渉の席に着くなどない、というか対等な立場とかじゃないけど国王陛下の後押しがある状態なので許されてるだけなのはまぁ…分かってる。だから神父様もちくちくは言うけど本気のお叱りが無いわけだし。…本気のお叱りを最後に受けたのはいつだったかな……揚げ物してるのに気付かなくて抱きついちゃった時かな…ちょっと火傷したから余計怒られたよね
まぁ、私が本人を相手にしても態度を変えなかったからか、少し頬が引き攣っていたけど……ガルシアも許容してたので問題なし
夜にお小言がありそうな気がするけど、見なかったことにしよう
「…ま、自己紹介は置いといて………そんなに美味しい?シアレス。ほっぺパンパンだけど」
「はっ…!!……ち、違うのですガルシア様!これは私が食欲旺盛とかではなく!このクッキーがあまりにも美味で…!!!」
「気にするな。小動物の様で愛らしい…それに多少肉が付いた所で君は君だ。俺の愛する者に変わりない」
「低カロリーだから安心して。どうせ食べるんだろうなって思ってたし」
「っ………だ、だって貴女が作るお菓子!全部美味しいのが悪いんです!!」
ぷりぷりと愛らしく怒り出すシアレスに癒されたところで、本題に移ろうかと未だ言い合いを続けてる二人に視線をずらした
ガルシアも少し呆れた顔をしているが……だいぶ表情の変化が出るようになった気がする。それだけ心が軽くなったのだろう
「……誰から声掛ける?私やだ」
「…俺も可能なら遠慮願いたいが…案件が我が国なだけにな。俺が行こう」
「いえ、私が行きましょう。…三人とも、部屋を移して貰っても?」
「………ん。分かった。私の部屋に行こう。寝てる人も居るから廊下は静かにね」
額に若干青筋が浮かんでる神父様を見て、これは説教確定コースだと一瞬で理解した。…あまり男を部屋に通すものではないが、シアレスも居るし、何より緊急事態だ
ガルシアも悟ってくれたようで頷いてくれたのは有り難い。…シアレスだけはきょとん、としてるのでそっと耳打ち
「他国の王家相手にさ、自国の王家がお説教されるのを見せるわけにはいかないでしょ?王家の沽券に関わるし、なにより嘗められる事態になっちゃうから」
「そういうこと……あれ?でも今もお説教してるような…」
「うん、まぁ、完全にユア様が悪いからね……あと二人がベスティード王家に信頼されてるってこと。言い触らしたりしないでしょ?」
「それは勿論!私達の恩人ですもの!」
「うん、だから王家も特にシアレスが畏縮しないよう気を使ってるんだと思うよ。……さて、神父様のながぁいお説教始まる前に退散しよっか。ガルシア、お部屋に私の従魔居るけど吃驚しないでね」
「あぁ、了解した」
そんなわけで、二人を連れて部屋へと。リムネル達の部屋の前を通るときはなるべく足音を立てず、素早く通過して…問題なく自室にたどり着いた
クォーツ達がのんびりしていたが、来訪者に気付いて少しざわついたのを手で制す
「大丈夫。危害を加えるような人じゃないから。…のんびりしてていいよ」
「………驚いた。こんなにも魔物を従えてるのか?その歳で?」
「うん。もう一人居るけどね。この子達は最近契約した子。多分相性が良かったんだと思う」
「そうか………ますます手に入れたい。…が、其れほど優秀な従魔術師をこの国が手放す筈もない…か………パイプが出来ただけよしとしよう」
「うん、今回が特例なだけだと思う。神父様、私が国のことで動くの少し嫌そうだから」
従魔術師としてはリムネルの方が未だ全然格上だが、魔術の盛んな国の王家に褒められるのは悪い気がしない
でも今回が特例なのは事実だろう。…何せ私は一応一般人。普通そんな人物に他国の王族を預けなんてしない。普通に国交問題になってヤバイことになるだろう。何なら賠償金がどうの、とかには確実になる
「…大丈夫かしら、ユア様……」
「大丈夫、大丈夫。神父様暴力に訴えるような人じゃないから」
「そうだけど………んむっ!ん~~~!!!」
不安そうなシアレスの口にクッキーを押し込み、気を逸らす事に成功
幸福感を撒き散らす様子に満足そうなガルシアもそろそろ見慣れてきた。まぁ、殆ど無表情に近いし淡々と話すから掴みにくくはあるけど
それでも、シアレスを見詰める眼差しは暖かい。それだけは分かる
「……すまなかった。彼女の事だけでなく我が国の…ジュエライトの事で迷惑を掛けて」
「問題ない。…というかジュエライトに関してはたまたまだしね。寧ろ今後が大変でしょ。…この国は奴隷も人身売買も禁止。魔物も勿論それに該当する。国王陛下は事情を察してくれるだろうけど、他国の人が好き勝手するのを許すはずがない貴族からちくちくやられるんじゃない?」
「あぁ。……当然と言えば当然だろう。事が落ち着き次第勿論賠償はさせて貰うが…何よりもまず、奴隷商を捕まえるのが優先だ
ジュエライトに関しては国に残った弟達に生息地の調査を頼んである。ジュエライトの住む山に入れる人間は限られる…手引きした者………いや。それは目星が立っている。手引された者の把握と連れ去られた個体数を明日までに調べあげろと言ってあるから時期に知らせが届くだろう」
「……人使い荒すぎじゃない?」
「それほど国と国の問題ということだ。交易は断絶。下手をすれば戦争に発展しても可笑しくはない。獣王が賢いお方でこちらとしては命拾いしたくらいだ…
…お前も貴族の娘になるというのだからそれで揺さぶられるかと思ったぞ」
「私まだ一般人ですぅ。……それにさ、あの子をこれ以上利用するのは許さない。強いて言うなら罪人を殴るくらいは目を瞑って欲しい」
「…毒牙の娘の矛がその程度で収まるのなら、了承しよう」
クッキーに夢中なシアレスを放って、硬い握手を交わす。言質は取ったので多少痛め付けてもいいだろう。…最悪ガルシアに責任擦り付けられるし
案外ちょろい……というか、神父様の名前が強すぎるのだろう。私も今後は“毒牙の娘”なんて素敵な二つ名で呼ばれることが増えるだろうし……うん。神父様に負けないくらい猛毒を振り撒かなくちゃ。勿論相手はちゃんと決めてね
「んっ……あら?何故二人は握手を…?」
「利害が一致したから。……シアレスの今後はどうしよっか。とりあえず明日からマナー講座は確定として…何から学びたい?自分を守る術は必須でしょう?それから交渉術…は、神父様の方が得意かなあ」
「レンが決めてくれるのではないの?」
「何事も受け身は良くないよ。シアレス自身がガルシアの隣に居るために必要な事をちゃんと理解してなきゃ
勿論、二人で決めてくれても構わない。折角居るなら建設的な話をしよう」
「………マナーだけではダメなのか?」
「そこ、甘やかさない!…あのねぇ。これがただ市民に嫁ぐだけならそれでもいいけどさ、王家だよ?国の顔だよ?シアレスが後ろ指さされても良いならそれでもいいけど
……私は、そんなの嫌だ。好きな人の隣に居るだけなのに笑われるのも好きな人が自分が理由で馬鹿にされるのも許せない。何度だって簡単な道は選べたけど、それじゃ駄目。私が私を許せなくなる」
ナオならば。…ナオならば、私が本気で泣き言を言ったら直ぐ様娶る方向にシフトするだろう。私が逆の立場ならそうする
皆、なんてどうでもいい。私が好きだから。好きな人が苦しんでるから、そうする。逸そ駆け落ちでもいいと思えてしまう
でも、それじゃ私もナオも、自分自身がいずれ嫌になる。守られるだけの存在になるつもりなんて初めからないのだから
「……そう…ね………私も、私の事でガルシア様に迷惑を掛けるのは…もう嫌
貴方のお役に立てるなら、どんな事でも頑張りたいのです!」
ハッとした顔をしたシアレスは暫し悩み、結論が出たのか真っ直ぐガルシアを見詰めた
ガルシアはガルシアで受け止めた様で重く頷き……ふわりと、表情を緩ませた。雪解けの花の様に優しく、慈愛に満ちた微笑み
「俺も君を守ろう。君が俺の隣に居てくれるならどんなことにも耐えられる」
「ガルシア様っ…!」
「はい、人の部屋でイチャイチャしない。……それで?結局何を学びたいの?」
口付けでもせんばかりの距離感。立ち上がって隙間に手を振り下ろして冷めた目で二人を見た。そういうことは見えない所でやりなさい
「えっと……治癒と結界…あと貴女が教えてくれた宝石に魔術を込めるのもかしら?」
「余裕があるなら護身程度の攻撃魔術も頼みたい。本格的な護身術くらい国に帰ってもやれるからな」
「魔術が使えない場合も考えられるから、詰め込めるなら体術もいきたいよね。基礎筋力つけて……シアレスの場合は柔技の方でいこうか。それから…」
紙を広げ、三人で机に顔を突き合わす。初めシアレスはもにょもにょと落ち着かなかったが徐々に話し合いがヒートアップ。お茶も何もを退かして紙いっぱいに今後について書き記したのだった




