第八話
「おう!よく来たなぁ!教会の方に引き込もってばっかで死んじまったかと思ったぜ!」
「喧しい。……見ろ、うちの子が怯えるだろうが」
ギルドに入った途端、ラリアットばりの勢いで誰かに引っ捕まり神父様と別々にされた
知らぬ匂いに、知らぬ場所。知らぬ声や足音にびっくりする間も無く、なんか、こう……めちゃくちゃマッチョで……一言で言えば暑苦しい人達に捲し立てられるように質問攻めにされ……本能的に逃げようとしても、がっつり腕を捕まれてるから逃げられなくて、久し振りに本気で泣いた
精神は大人だろうって?身体に引きずられてるから充分子供の自覚はあるし、変に大人ぶったりはしない主義なので
あと体験してみれば分かる。知らない人から腕をがっしり捕まれてたらそれだけで怖すぎる。子供ならなおのこと
それに獣人は耳がいいから、近くで大声を出されるとキーンとする。……まだキーンとしてるもん、なんだったんだあの人達は…
本格的に泣き出したものの数秒で、神父様が駆け込んできて……此方から抱きついた。ドアがご臨終した気がするけどしらないもん。今もソファに座らず神父様の膝の上だ。ここじゃなきゃ安心できそうにない
「可哀想に。初めて町へ来たのに……刺激が強かったな。今日の夕食はお前さんが好きなオムライスにしような」
「……ぷりんも。ぷりんもつけて」
「ああ、生クリームを使ったやつにしよう」
ぴるぴると情けなく震え続け、神父様の腕の中に収まり続けていると……じぃ、と見詰めてくる真正面の人。人っていうか巨人に見えてくる。小さい子の視点なんてそんなものだしそんなに見つめられたら身体が強ばってしまう。きゅ、と神父様の服を握ると両腕に少し力が籠った
「いやはや…何処ぞの娘を育てているとは噂に聞いてはいたが………お前、子煩悩になるタイプだったんだな。意外だ」
「戯け。これぐらい普通だ、ディグラート」
彼こそ、この国のギルドを治める拠点長
狩りを統べる虎の獣人、ディグラート
………同じ獣人なのに声が大きくて耳が痛くなるな。この人はこっそり苦手リストに入れておくとしよう
神父様の知り合いなんだろう。神父様の声が幾分と柔らかいから危ない人ではないんだろうけど…むきむきだし大きいしでなんかこう、ぱくっと食べられそうな恐怖を感じてしまう。全然いい人なんだけどね、ココア淹れてくれたし……
ギルドのトップだし、呼び方はギルド長でいいだろうか
ギルド長と神父様がお話をしている間、「少し大事な話があるから向こうのソファで休んでなさい」と言われココアをのんびり飲んでたら何故か見知らぬおじ様方に再度囲まれてしまった。冷や汗が止まらない
世間話にギルドの方針、訓練所での話など沢山話すことはあるんだろうな、とは思うけど、だからって五歳児の傍から離れないで欲しい。神父様は意地悪だ。明日の寝起きの珈琲はうんと苦くしてやるんだから
「小っせぇなぁ、子供ってこんなもんだったけか?」
「そりゃお前、俺達と種族違うからこんなもんだろ」
「そうそう、猫科の獣人なんてこんなもんだぞ?大猿の獣人が大きすぎるんだって」
頭上を飛び交う言葉たちに一層縮こまって距離を取った。…大猿って言うけど、ようはゴリラってことでしょう?力強そう
囲む彼らも獣人が多い。やはり国の特色がギルドにも濃く反映されているのかもしれない……普通の人間の人も居るけど遠くから眺めてるだけで助けてくれそうにない。なんなら大猿の獣人達の勢いに笑っている。薄情者め…!!
今すぐナオの所にいって腕の中に隠れたい。何なら毛布の中でもいい
そんな現実逃避をして、関わりたくないとそっぽ向いていても現実は無慈悲で……無視しようが縮こまろうが質問が止まない。声が総じて大きすぎて耳が痛くなる。構いたくなるのも分からなくはないが矢継ぎ早に質問したり勝手に大騒ぎしないで欲しい
ギルド内は賑やかだからこの騒音にもそのうち慣れてくるのかもしれないけど……普段から物静かな教会に居た私にとっては地獄でしかない。騒音が頭に響いて大変痛い。割れそうな気がする。偏頭痛が酷すぎた日の感覚に近い
せめてもと耳を塞いでも、さっきよりも大きな笑い声が響くだけで…何を言ってるまでは聞き取れなかったけど怯えてると揶揄われてるのかもしれない。ただこっちは全然それどころじゃないし気にしてる余裕もない。頭にガンガン来て辛すぎる
「お前達、少しは口を閉じるかボリュームを下げろ。お嬢さんが痛がってる」
不意に低くて聞きやすい声がして、それから暖かい何かに包まれて……ぽう、と淡い光を灯した掌が額に触れた
じんわりと温かさが痛みを抑え込んでそのまま眠りたくなるような、微睡む様な心地に陥る。…これ、癒術だ。俗に言う回復魔法。…一度だけナオにされたことあるが…この優しい気分になる感覚は好きだ
でも聞いたことのない声だった。誰だろうと思って、痛みからぼんやりとしていた思考をなんとか頭を振るって覚醒させて、幾ばくか静かになった部屋を見回す
………見回すこともなくすぐ近くに綺麗な人が居て、尻尾がぼわってなった。既に掛けられてた毛布とはまた別の毛布で包んでくれてる途中だったのだろう。膨らんだ尾を頬にぶつけてしまったのが申し訳ない…
「ご、ごめんなさ……!」
「っと、…此方こそ、申し訳ない。うちの馬鹿共は煩かっただろう?特に幼い獣人は感性も感覚も過敏だと聞く……初歩的な癒術しか使えないが気分はよくなったかい?」
落ち着いた低い声。目線を合わせるためにわざわざソファの前に膝を着いてくれた優しい人。……状況が状況だったからものすごく安心した。こくこくと何度も頷いて目の前の麗人に応える
短く、所々跳ねる透き通るような金の御髪。それに空を灯したような碧眼ときた。正しく少女が描くような王子様の理想像。……なのに、なんか…違和感を感じた
こう、キラキラしてかっこいい、とは思うんだけど……うーん。なんと言ったらいいか…
「どうかした?まだどこか痛む?」
「あ、…大丈夫、…です……その、…」
「ん?……ああ。私はアウリル。まだまだ半人前の剣士だよ、可愛いお嬢さん」
腰に付けた細く長い鞘をコツンと叩いて示した麗人。アックスとか振り回す人じゃなくてよかった……いや、それはそれでギャップがあって全然好きだけどね。…じゃなくて
「アウリル、さん。……おね、……おにい…?……んん…ごめんなさい、どっちでしょうか」
「アウリルでいいよ。因みにお姉さんだ。よく間違えられるんだ、気にしないでくれ」
違和感が解消した。めちゃくちゃスッキリした
あとその違和感が間違ってなかったことにホッとした……いや、確かにかっこよくてキラキラしてたんだけど……何故か可愛いも同時に出てきて、喉仏もないし、もしやと思ったんだ。これでただの美少年だったらそれはそれでありだと思う。それに聞くのは本当は失礼だけど間違える方が失礼だろうし…怒らないでくれたし、なんならフォローもしてくれる優しい人でよかった
「ずりーぞ、アウリル!」
「喧しい。可愛がりたいのは分かるが、お前達は煩いんだから声を抑えろ……それに、依頼の報告は済んだのか?さっきアンがものすごく怖い笑みを浮かべてたぞ」
「あ、やっべ!」
眉を吊り上げたアウリルさんの言葉に顔を青くして一人、また一人と慌てて去っていった
漸く静かになった部屋のなか…話すことに熱中してる二人は全然気付いてないけど
ソファの端ぎりぎりまで離れ、強張っていた体がやっと緊張から解放され……深く息をつくと離れて座ったアウリルさんが笑った
「すまない、皆悪気があった訳じゃないんだ。彼らは皆独身でね、ギルドに小さい子が居るなんて珍しくて…しかも君は泣き喚くタイプでもないから、余計に構いたくて仕方なかったんだろう……獣人の大人でも子供の泣き声は耐性ある者でもものすごく響くらしい。…だから、子供を持たない者らは君と話したかっただけなんだ、許してやってくれると嬉しいな」
悪気があってされてたら、それこそ神父様に泣き付いていたところだが…そういって笑うアウリルさんが暖かくて、流石に怒ることなんてできなかった