第三十話
「それで?話を聞こうかの」
「えっと……なんか色々あって北の国の第一王子の婚約者を預かることになった?」
「説明になっておらんが…?」
ディグラートからの連絡でレンが何かやらかしたのは分かったが、当の本人は叱られると分かっているからか説明をめんどくさがっている
ディグラートの少し前にアルトゥールから話を多少は聞いているが…急いでいたので詳細が分からん
レンも何となくそれを察しているのか、分かってるでしょう?と言わんばかりの顔である
「あ、あの……その、私のせいなんです。ごめんなさい、面倒事に巻き込んでしまって…!」
「シアレス、シアレスは気にすることない。私の意思でやったこと。………まぁ、ちょっと王様に発破掛けられた気もするけど…どっちにしてもガルシアも現状も気に食わなかったから気にすることない」
きゅ、と眉を顰め不快感を表に出すレンは珍しい。しかも特定の人物ときた。…ガルシア、というと北の国の第一王子のことか
しかし陛下に発破を掛けられるとは……恐らくナオ殿下絡みの事を言われたのだろう。でなければ陛下の言葉であっても易々と言うことを聞くなんてない
それにしても、どうにも目の前に居る第一王子の婚約者と噂で聞く婚約者とでは印象が違く、一致しない。…レンが庇うというか、懐いているので警戒もないが……ふむ、やはり確りと話を聞かねば分からぬな
「レン、怒らぬから一から話せ。長くなっても構わん」
「……分かった…」
嫌々に話し出したレン。……話したがらなかった理由が、婚約者…シアレスに売られた喧嘩を買い、言い負かし、更には第一王子にまでも頭を下げさせるという破天荒ぶりを自覚してたからだったようだ
レンに非がない訳ではないが、まぁレンが怒らぬのも分からない訳ではないので額を抑える。王族に対する口調などはこの際目を瞑ろう。……座学の時間は増やすが
レンにしてみれば似た境遇だからこそ、高い地位を約束された彼女が虐げられるのを見過ごせなかったのだろう。彼女自身が欲した訳でも無く、そもそも妃教育も恐らくまともに行われていない。…それに加え基本的にレンは女子供には優しい。…前世のモットーだったらしいが、根本が優しいからだろう。この子は誰かのために泣ける子だからな
それにしても…運が良いやら悪いやら。意図せず貴族社会に関わらせることになるとは……陛下も人が悪い。これで私が教育してなかったらどうするつもりだったのか。…いや、してるのを確信して発破を掛けたのか
「…それで?お前さんはどうしたい?」
「第二王子の鼻っ柱を折れたらいいなって」
「……ナオ殿下に関わると物騒になるな…」
「………えへ」
「可愛らしくしても誤魔化されんぞ。……だがまぁ、シアレス嬢の教育には賛成だ。国交にも繋がるのであれば一つ貸しになろう…シアレス嬢も、それでよろしいかな?うちの娘が突っ走ったようで申し訳ないが…いずれ貴女の為になろう」
「は、はい…!寧ろ私の方が礼を言わねばなりません、えと…お世話になります…?それからどうぞシアレスと」
「うむ、今はそれで良かろう。夜会にまではみっちり礼節を身に付けてもらうがな」
貴族は易々と頭を下げてはいけない。それすら教育されていなかったのだろう。侍女の質は主人の評価にも直結するので是非とも侍女も鍛え直したいものだが…そもそも、主人の会話に割り込む時点で底が知れる
そちらの方は陛下やアルトゥールに任せるしかないか
「夜会に必要な知識はレン共々教えるとして……具体的にシアレスに何をさせる気だ、レン」
「とりあえず魔石のアクセサリーを作れるようになって貰うのと、あと出来るなら魔術の基礎かな?結界と治癒、そこまで得意じゃないんだけどちょっと実験…じゃなくてぇ、強度確認とかしたい」
「貴女今実験って言わなかった?」
「気のせい。大丈夫、怪我は残さないから」
しれっと実験と言い切ったもののすぐに誤魔化した。そしてなにより…シアレスとレンとの距離感に僅かに目を見開いた
思い返してみれば、レンにとって初めての女友達といえよう。ヴェセルとも知り合ったものの話をしたのはほんの僅かだし、ノエルに至っては本人が分かってないという事態。…リムネル?彼奴は無論除く。…シアレスも状況が似ている分警戒心を薄めてるのだろう。隣り合って座る二人は微笑ましい。まるで姉妹のようだ
「兎も角、まずはシアレスの身なりを整えて、魔術にも慣れて貰って…合間にマナー講座がいいかな?」
「マナーをメインではないの?私、夜会後は国に帰るし…優先的にはそっちじゃないの?」
「マナーなんて帰ってからでも学べるし。それよりもシアレスの価値は結界と治癒だからね。そこを強化しておきたい。シアレスが軽んじられることがないように。……あとマナー講座でずっと座ってるより運動後とかの間の時間にやった方が覚えるよ」
「そこら辺は追々調節して行けばよい。まずは何にせよ、生活に慣れることからだ。…侍女が居ない分、自身でやることは多いが……」
「大丈夫です。村にいた頃は母の手伝いをしてましたから。炊事洗濯編み物は出来るようにと村の年頃の娘は仕込まれてますので。……ま、まぁ、その、……得意不得意はありますが……」
「うむ。出来ることからやって行けばよろしい」
中々に賢い子なのだろう。…やはり噂は所詮噂でしかないか
普通であれば己の価値等と言われたら腹を立てても可笑しくないが…許容しているということは身の丈をよく分かってるのだろう。レン曰く、生きるのに必死であったというが…それでも、誇りを失ってない者の顔付きだ
ならばレンはよき理解者に慣れるだろう。シアレスもレンも、行くのは茨の道なのだから。……生粋の貴族ですら王妃となる過酷さは他者よりも多く…それが王族に求められているのならなおのこと。求められて当然だと、他者を納得させられるような価値を身に付けなくてはならない
「それじゃあ今日は…皆に顔合わせして、ご飯作るの手伝って貰おうかな。私の従魔とも仲良くしてほしい。…魚とか苦手じゃない?」
「貴女、従魔術師だったの?私の村でも二人居たから大丈夫よ、魚じゃなくて虫だったけど」
「んへ……虫苦手なんだよね…どんな感じだったの?」
「………大きな、ムカデ。それからカマキリ……分かる?」
「分かる分かる。……どっちもキツくない?」
「えぇ、長の息子達だったんだけど…そのせいで婚期逃してたわよ。…従魔が可愛いのはなんとなく分かるんだけど…カマキリとキスしてる男はちょっと…」
「うん……ファンシーな可愛い虫なら許容できるけど…キスはちょっと…」
異なる世界出身とはいえ馴染みある事もあるらしい。二人してヒソヒソと顔を見合わせてるのは何というか…心が温まる
元々前世は末の娘だったレンにとって、姉に近しい地位へ落ち着いたのだろう
…あと私も流石に虫に口付けする男は可愛がってるにしてもどうかとは思う。
「うむ、仲が良いのは宜しい。私はもう少し仕事があるから…案内して上げなさい」
「はぁい」
「失礼します。ヴォルカーノ神父様」
一つ頭を下げて出ていったのを見送り、ソファに身を預ける
…これから、あの子は自覚のないまま苦労する道を行くのだろう。目立ちたくないとは言っていたが、結果としてどうにも目立ってしまう
ただの街娘、ただの冒険者で居られた方がずっとずっと楽な道のりを…
「…いや、殿下の隣へ行くのならばどちらにしても歩む道か。…遅いか早いかしか変わらん」
誰に言うまでもなく溢れた言葉。…親心としては危険な道を歩ませたくはなく、陛下に仕える人間としては有能な人材を遊ばせてるのは勿体無く…割り切れぬからこそ、私もアルトゥールも過剰な程にレンを鍛え上げてしまう
…アヴィリオは初弟子ゆえに加減が出来てなく、リムネルに関しては……多分二人に合わせて居るのだろう
勿論アルトゥールのやつは訓練所の総監督でもあるので、癖がつかぬよう二人で教えるのは基礎属性と上位属性二つに留めるよう言ってある。…空間魔術に興味を示していたが、それは訓練所で学んだ方がいい。友を作る機会にもなろう
従魔術師としても、魔術師としても既に初心者は脱し、実戦こそ少ないが冒険者ギルドの中堅くらいには今のレンでも対抗できる。…騎士団に所属する者の若手にすら対等に戦えるだろう
ただ……あの子は孤立するだろう。一種の才能と言って良いほど、あの子は魔術との相性が恐ろしくいい。力有るものは妬まれるのが宿命というべきか
ノーチェ様の加護のおかげか、魔力保有量は王妃様に近しく、発想が豊かなので魔術の改良に余念がない
空に水で作った魚や葉を泳がせてるのには驚いた。しかも魔力制御の練習にもなっていたし…本人は遊んでると言っていたが、遊びで完結できる程簡単なものではない。しかもそれを武具の訓練にも取り入れてるのだから思考の柔軟性は随一だ
水と風、両方の性質を操り、留め…自在に操るのにどれ程の魔力制御の力が必要なのか
アルトゥールでさえレンの魔術は扱えない。理解しようとすればするほど、難しいのだという。逆にアヴィリオは出来るものもあり……それが余計アルトゥールに火を付けたのだろう。魔術師とはある種、プライドの塊だからな
因みにレン本人は「なんか出来た」とのこと。……天才肌なのかはたまた前世の恩恵か…いや、両方併せ持ってこそなのだろう
過去の文献を漁っていると恐らくレンと同じ世界と思われる異世界人の存在を確認した。あの子が好いているコメを開発した者もそうだろう。同じ世界でなくとも、驚くべき才能を持ち合わせた偉人は少なくない。私が思ってる以上にこの世界の文明は様々な世界の知識や文化が入り交じって出来上がってるのかもしれない
私の立場としては、本来であればレンを国に仕える者として囲うべきなのだろう
これが本当の血縁だったならば、私とて割り切れる。……割り切れるというのに…本来であれば政となんら関わりない友人の子だからか、あるいはあの子に貴族の澱みを見せたくないからか、それが出来ない
私にとって重いのはどっちの理由なのか。……その答えは未だ出せずに居る




