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第二十二話




「アルトゥール様っ!」




聞き慣れない女の声。…ただアルトゥールの奴は聞き覚えがあるようで一瞬だけえらい嫌そうな顔をした後、走り寄ってきた女へと顔を向けた


俺とレンは来訪者を察知できたが…レンが膝を退く判断は正しかった。暖かい温室の筈なのに寒気がするのは気のせいだろうか




「これはこれは……シアレス様」



「嫌ですわ、そんな他人行儀…シアと呼んで下さいまし


そちらのおじ様とお話されてたんですのね…(わたくし)、シアレスと言います。どうぞシアとお呼びくださいませ

ご存知かもしれませんが…聖女、なんて呼ばれておりますの」




さらっと省かれたレンの眉がヴェール越しに動いたのが見えた。レンが見えてないってことは無いだろうが…あからさまな反応と猫撫で声に寒気が強まった

レンは口を挟む気は無いのかカップを手に取り、一口。…ただこちらからも悪寒とは違った冷気が漂ってくる気がするんだが……それも気のせいか?


ただ勿論レンは未だ子供だ。子供の獣人は…尾や耳に感情が現れる。次第にコントロール出来るようになるが…しなやかな尻尾は不機嫌さを露にしている


シアレスと名乗った聖女。その後ろには勿論護衛と…世話役か?侍女が数人いる




「アルトゥール様ったら温室だなんて物騒な場所に居らず、良ければ私の部屋でお茶でも致しませんか?勿論おじ様も」



「失礼。私は陛下の命でこのお二方と話がありますし…そも、婚約者がいらっしゃるのにそんな事をしては真偽はどうあれ噂が立ちますよ」



「私は貴方と噂になるのは嫌ではありませんし…噂だなんて世間話のようなもの。誰も気に致しませんわ」




物腰柔らかく、けれど明確に拒否したのだが聞く耳持たず、アルトゥールの腕に絡み付いてしつこく甘えて見せる。というかこっちが迷惑被るんだっつーの、他所の国の王子の婚約者と逢い引き?……新手の自殺方法かよ、しかもアルトゥールがわざわざ王命だって言ってるのに…随分と俺の王様を軽く見てるようだ


思わず低く喉がなりそうになったがひゅんっ、と勢いよく風を裂く音が聞こえ、視線を下げれば……レンの尾だった。ヴェールで隠された表情はあまりよく伺えないが、パッと見はただ優雅に茶を飲んでるようにしか見えない




「そういうわけには……それに貴女は部屋から出ぬよう第一王子殿から厳命されてる筈では?」



「そうなの!ずっと部屋のなかに居ろだなんて…意地悪してくるのよ!あの人!

だから侍女達にこっそり連れ出してきて貰っちゃった、貴方に会いたくて!」




……職務怠慢過ぎて笑っちまうぜ


シアレスが喜んでるからか、御付きもほっとしたような顔をしてるが…コイツら、他国に来てるって本当に分かってるのか?

もし此処に来るまでに何かあったら誰が責任を取るというのか。なぜ護衛の騎士が居るのか考えたことはあるのだろうか


教育をされてないからか、あるいはされていて尚、奔放に振る舞っているのか。……どちらにしても、悪い印象しか抱かない




「部屋に行かないから……此処でもいいわ。よく見たら可愛い作りだし。……ちょっと、そこの貴女。退いてくださる?」




お互い無視を決め込んで居たのが…とうとう向こうがレンに突っ掛かってきた。席は確かに三つ分しかないが…それにしたってあまりにもな態度


口を挟もうとした瞬間、……空気が凍てついた


魔術的な意味とかではない。…ただ、話を振られたレンがカップを置いた途端、背筋を走る悪寒がしただけなのだが…どうやらそれは俺だけでなく、アルトゥールも腕を擦っている




「……北の国の王子の婚約者は、礼儀知らずかつ盛りの獣並みに節操のない女でもなれるものなのね?」



「なっ…!!!」



「あら、そうでしょう?間違ってる?」




退く気は一切無いらしい。自らお代わりを注いで再び一口。「すっかり冷めちゃった」なんて溢すくらい余裕らしい。しかも温めてから飲むくらいには肝が据わってる

で、言われた本人は顔を真っ赤に染め、控える侍女達も嫌悪感を露にしている。…直接的な言葉だったしな。こっそりアルトゥールが頷いてたのは見なかったことにしてやるか




「ちょっと!貴女無礼にも程があるわ!この方は第一王子の婚約者様なのよ!」



「黙りなさい。侍女ごときが会話に割って入るなど……侍女は主人に問い掛けられた場合のみ応えるものよ。それを割って入るなど言語道断。…そんな基礎も教育されてないのかしら」



「っ……!!」




ピシャッと言葉を封じたレンは先程の下手な貴族の真似よりも立派に貴族らしく見える


言葉遣いがお上品になったからだろうか


それに…ヴォルカーノの教育だろうな。公爵令嬢としての礼儀も叩き込まれてるらしいし…そうなれば侍女の扱いも知っていて可笑しくない

例えどんな身分の出であっても、侍女である以上は主人の会話に割って入ることは許されない。そもそも対等じゃないのだから当然だ


しゃしゃり出てきた侍女の一人が黙らされれば、今度はその主人が口を開く




「ぶ、無礼なのはそちらでしょう?!地味な服しか着れぬくせに…!私は第一王子の…」



「何度も言わずとも分かります、シアレス嬢。…えぇ、第一王子殿の婚約者で在られるとか


では、()()()()()?勿論、既に婚約していれば妃殿下でしょうが…そうでなければご実家の階級を名乗るのが常。勿論王子殿下の婚約者に限らず貴族で在れば皆そうですけど


ところで、そもそも実家がない貴女は扱いとしては平民では?結婚したら相応の態度を求められるのは当然ですが…今は未婚。しかも此方に居られるは公爵家のディグラート様とアルトゥール様。挨拶も無ければ入室の許可も得てない筈ですし、私はもてなされている側です……さて。誰が無礼ですか?」




するすると滑らかに回る舌なこった


獲物を狩るときの雰囲気を何処か纏わせながら怒鳴るでもなく、喚くでもなく、ただゆっくり…それでいて鋭く責め立てる様は見事という他ない


言ってることは当然のことばかりなのに、その当然すら守られてない状態だったしな。…侍女が口を必要外で挟むとか、下手したらそいつの首が跳ぶこともある




「あと、地味な服と言った時に笑ったそこの貴女達。えぇ、後ろの彼らもです

この服はエルフが編んだ魔力付加がされた一品。下手な刃は通しませんが。そしてこのヴェールは高貴な貴族ならば誰しも持っている云わば必需品…それを知らぬということは階級が低いのかしら。そうでしょう?アルトゥール」



「ヴェールは高位貴族の必需品でしょうね。お忍びに使用するに限らず、持っているだけでそれを買えるだけの財があることの証明になりますから


それに故郷で産まれたものを地味といわれるのは悲しいことですね…」




アルトゥールまで参戦し出せばどちらに軍配が上がるかなんて明白。反論の言葉も見付からないからか悔しそうに唇を噛み、レンを睨んでいる。我が儘姫もここまで正論かまされちゃぁな




「っ……あ、貴女こそ!顔も見せず、名乗りも上げず…アルトゥール様を呼び捨てにするなんて…!!」



「このヴェールは身分と顔を隠すためのものですから、名乗ったら意味がないでしょう?それにアルトゥールとは付き合いも長く、名を呼ぶことを許されてるので。…まだ何か?」



「っ、……!わ、私は第一王子に嫁ぐ身!身分なんてすぐ変わりますし、将来妃殿下になる私に無礼ではなくて?!」



「それは未来のことでしょう。それに婚約破棄も昨今珍しくもありません。話題を反らさないで下さい

今、身分を弁えず、礼儀も通してないのは貴女達だと言ってるのです」




……レンも一応まだ身分的には平民なんだが…まぁ、レンの言う通り、シアレスも身分は平民になるから言い合ってても勿論問題はない。せめて国で保護したときに何処かの義娘とかにして後ろ楯を作ってやれば良かったのに……目先の利益に釣られたな


そうすれば、とりあえず今この場でレンに言い負かされることは無かっただろう。…まぁ、あいつのことだから、そしたら別方面から口撃するだろうし…やっぱり負けるだろうな


騒ぎ立てることもないレンの尾は、終始不機嫌そうだった。アルトゥールに絡み付いた時なんかは……そりゃもう、酷かった。隣に座ってるだけなのに威圧感に俺も冷や汗が出たくらいだし…やっぱり女にゃ、何時だって勝てねぇな


何かを言い掛けては閉ざし、を繰り返すシアレス……そんな中、また扉が開く音と…明らかに急いでる足音が複数聞こえた




「そこまでだ。……シアレス、此処で何をしている?」



「ガルシア様…!」



「お前らも、そのままでいい。顔を上げてくれ」




第三者の登場


そこには見慣れた陛下の顔もあったので、すぐ俺らは席を立って最上級の礼をする。…シアレス達はこちらを見て慌てて、という感じだった。それだけ当たり前のことすら出来ていないのだとよくわかった


陛下の隣にいる、灰色の髪の男は…シアレスから呟かれた名前を察するに、北の国の第一王子


透き通ったような、濁ったような鼠色の瞳でシアレスを射抜く姿は獅子の王に負けず劣らず、迫力があった。…彼女を睨むように見ては今度はレンへと視線が移った



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