第六話
「冒険者ギルドに…?!どこでそれを…!!」
神父様が驚いたように問う
私だって、馬鹿じゃないし…ナオが見付けてくれるまでなにもせず居た訳じゃない
冒険者ギルドで成果を上げると、貴族名を貰えることがある
勿論基準は各国の王族が決めるので具体例をと言われると状況によって様々だけど…
男爵と同等の“バロナーシュ”
子爵と同等の“ヴィスティーヌ”
伯爵と同等の“グラフトラス”
侯爵と同等の“マルキュイネ”
公爵と同等の“エトレーゼ”
冒険者とて、力を認められれば貴族になれる。そして生まれが貴き血筋じゃなかろうとも、この国では他の貴族と同様に扱われる……すなわち、平民上がりでも王族と結婚する、ということは不可能では無い。…理論上はね。まぁ、妃に相応しいかどうかの資質とかも見られるからなれるよってだけなんだけど
ちなみに、レーヴェディアは単独でドラゴンを複数討伐したとかで、数少ないエトレーゼの名を貰っている……こっそり聞いておいて良かった
「一人で侯爵まで行くのは難しいのは分かってます。私は他の子に比べて……身体能力、特に体力が劣ると言われましたし………だから、パーティを組んで、時間を掛けてでも、ナオの隣に立つために……冒険者になります」
何も貴族名を……成果を単独で取りに行く必要はない
勿論、単独の方が評価されるので取りやすいのは分かっているが……私にも、ナオにも時間がある。だから危険性を抑えて確実性を取りたいところ。気が合う人が居なかったら一人でも別に構わないし
折れるつもりはないと大人四人を見れば……全員に撫でられた。子供扱いされてる
「冒険者ギルドに登録するにはね、まず訓練所に行かなくてはいけませんよ。何せ他国でも活動することはありますから、最低限の知識が必要です。立ち入り禁止の場所もあるの」
「……え」
「やはりな。レンの事だから殿下の隣に立つ事に夢中で……そも、どうやって登録するかも知らぬだろう?」
神父様に言われ、そういえばと気付く。ゲームとか本だと、ギルドに行って即登録って感じだし、そうだと思い込んでいた
そもそも冒険者ギルドがどこにあるのかも知らないし、年齢制限とかもあるのかもしれない
各国にあるというのは調べたが、そもそもこの国は広いし、場所について調べた記憶はない。背中に嫌な汗が伝う。……というか女性は冒険者になれるのだろうか?国の規定によっては禁止とかあったりするのかもしれない
不安げにナオの袖を引けばプルプルと肩を震わせ……吹き出した
「ふ、ふふ……相変わらずドジなんだから。君の事だから調べてないと思った」
「ど、ドジじゃない!」
「じゃあ抜けてる?それを世間一般ではドジっていうんだよ。……まだ何もない道でつまづいたりするでしょ。」
「んぐっ…!」
体を揺らして笑うナオの袖をぐいぐいと引っ張って揺らす。何も両陛下の前でドジとか言わないでほしいし、ドジじゃないやい
「ヴォルカーノ、この子を町に出すいい機会ですし……本人たっての希望ですもの。見送ってあげたら?」
「……そうなんだが………レン、以前自分のステータスの出し方は教えたな?皆に見せてみなさい」
「はい、神父様」
ステータスはゲームでお馴染みのアレだ。身体能力や持っているスキルを魔力で空間に表示する
ステータス表は五歳を迎えた子供が教会で初めて視認し……基本的には、自分以外には見えない。ただそれでは困るときもあるし、ステータス表は身分証明にもなるので人に見せる方法が幾つかある
いくつかのうち石板に投影し、保存するのが一番簡単だが、状況に応じては石板がないときもあるのでそれしか使えないのは困る
なので、少し多めに魔力を放出し、空間に投影する方法が主流だ。一番簡単なのと主流が違うって珍しいとは思ったが、確かにそこそこの大きさかつ綺麗な石版なんて外で見つける方が難しいから当然と言えば当然だった
やり方はそんなに難しくない
血液のように身体を巡る己の魔力を感じ、掌からそれを放出して、頭の中で出したいものをイメージする。魔法であれば魔方の具体的なイメージを、ステータス表であるならば光の紙のようなイメージを。魔力単体は白い画用紙のようなものだと思えばいい、その上に完成した絵をトレースする…みたいな?この辺りは感覚としか言いようがない
そしてイメージ出来たものを放出し、留める。落ち着いてやればそう難しいものではなく…なれた人ならば息をつく間もなく出せるくらいだ。何せ生活で魔力を使うこともあるのだから、自然と出来るようになる。中には全く魔力を持たないという人も居るが…それも珍しくは無い。枯渇して死ぬ、というのは人間ではありえないし
「前より、上手く出せました?」
「うむ、相変わらず呑み込みが早い。いいこだ」
しわくちゃ、って程でもないけど、シワシワの神父様の手が撫でてくれた。それがなんだかとてもホッとする
ナオにもまだ見せたことはなくて、四人が顔を近付けて見ているのを緊張して見守った
これで適正なしとか嫌だし、逆にめちゃくちゃハイスペックでも困る。ほどほどくらいであってほしい。……加護持ちな時点で多少の補正は掛かってるそうだが
「あら、珍しい……貴女も加護持ちなのね。ナオもなのよ」
「これはまた…まるで運命みたいだな。君を加護する女神様と、ナオを加護する神様は夜の夫婦神なんだよ。……魔力量が凄いな。流石黒猫族」
夫婦神なんて初めて聞いた。……神父様を見上げれば、知っていたみたいで優しく微笑まれた。…神父様だもんね、スキルで誰が誰の庇護や加護を持ってるか分かるもんね…
「神託スキルに………鑑定スキル…は、まだ低いな。…猫の千里眼って知らないぞ、…中々変なスキル持ってるな?加護の恩恵か?」
「多分」
レーヴェディアが興味深そうに頷いている……つまり、これは…
「………冒険者、なれそう?」
それが不安で問えば、ナオも、両陛下も、レーヴェディアも、頷いてくれた。それが何よりもうれしくてついつい口元が緩んでしまう
ホッと肩の力を抜けば、「ただし、」と国王陛下が言葉を紡いだ
「ステータスはあまり見せない方がいいな……必要なところだけ出せるようにしておいた方がいいかもしれない
加護持ちの者はよくない輩に狙われやすい。…ヴォルカーノが近くに居るなら大丈夫だが…町中でも、用心しなさい。夜の神の加護があるから、魔力量があるとはいえ幾ら賢くともまだ五歳なんだ。………この国にそんな不貞を働く輩が居ないとは信じたいが……用心に越したことはない」
「分かりました、国王陛下」
こくん、と頷いて、心配そうに見ていた国王陛下に応える。漫画とかゲームでもあったよね、異能を持つ子供は高く売れるだのなんだの
そんな将来は御免被りたいので必要なところだけ出せるように、あとで神父様に教えてもらおう
二つ目の午後を報せる鐘が響き……両陛下が立ち上がった。ナオもレーヴェディアも名残惜しそうに立ち上がったのを見て……帰らなくてはならないのだと察した
「暫く忙しくなるんだ。隣国の夜会やら、兄の祝いやら……次はいつ会えるかな。君が訓練所に行く前に会えるといいな……ううん、父上と母上が止めようとも必ず行く」
「困らせちゃダメだよ。…君の隣に立つために、学びに行くだけだから………でも、何時だって会いたくなるね」
幾ら両陛下と親しくなろうとも。ナオは王族で、頻繁に会いに来られる訳ではないし、レーヴェディアもそうだ。性格はあれだけどお偉いさんだし
何週間後になるのか、何月後になるのか、はたまた何年後になるのか。……この日くらいに会いに来ると言われなきゃ、やっぱり不安になる。けれどわがままを言ってはいけない。だって王族だよ?王族。命の危険があるのに会いに来てくれてるんだから
すりすりと額を擦り付けあって、離れるのを惜しんでいると……なにかを思い出した様に国王陛下が声を上げた
「そういえば、夜会でお前が壁の花を決め込む理由も分かったし、この辺りは魔術や剣術の訓練に打ってつけだから、正式な理由を付けて暫く寝泊まり出来るようにしようと思う。そろそろお前も訓練を初めていい時期だしな」
「あら、それはいいわ。私もこの場所なら存分に教えられるもの」
寂しさで泣きそうだった瞳を何度も瞬かせ、両陛下を見た
二人は嬉しそうにするだけで、…神父様は頭が痛いとばかりに眼を片手で覆っている。……ナオと、もっと居られる。まだ一緒に居られる
「っ……なお…!」
「ふふ、やった。……予想外だったけど…本当にいいの?父上。元老院が何か言ってくるんじゃ…」
「ジジイ共にはどこかバカンスにでも行ってきて貰うさ。政治を動かさなければそこまで煩くしてこないだろう。……それに」
一度言葉を区切り、獅子の王様はそれはそれは楽しげに笑った
「子を産めるのは雌だけ。雄ならば己の番が寂しがってたらなにがなんでも傍に居るもんだ」
それはそれは豪快で、朗らかで………でもちょっと、雌とか雄とか、番とか……元人間には生々しくて、恥ずかしかった。別の意味で潤んだ瞳を隠すようにナオの背中におでこを擦り付けた