第十七話
「む……」
どれ程の時間書類に没頭していたのか顔を上げると時計の針は真上を少し過ぎ、傾いたくらいになっていた
私以外にも部屋に居た筈だが…はて、書類に集中出来るほどに全く物音がしない
手を止めてソファに視線をやるとどうやら既に昼寝に入ってるレンの姿が。…抱えてる本は来たときに掴んだものと一緒なのでどうやらソファに寝転んで程無くして眠ったらしい。……公爵令嬢としての振る舞いも必要になるだろうと叩き込んだはずだが…まぁ、休みの日くらい良かろう
それにこの子はわりと寂しがりやだ。殿下が居ればいい、1番だと口にはするが…そんなわけが無い。でなければアヴィリオが風邪で寝込んだ時に傍を離れようとしないわけが無い
人と接するのが好き、といっても過言ではないが…好いてる人限定というのがつく
例えば常連といっていいほど、頻繁に祈りに来るものならばレンは自ら近寄る。…歳を重ねた者が多いのもあって心配なのもあるだろうが、意外と彼女は褒められに行ってる節がある
逆に初見や片手ほどしか来たことがないものには近寄ることも無ければ自ら行動することはない。基本的に私に丸投げしてくる。……元々私の仕事ではあったがレンに会いに来てるものも居るので面倒な場合がある。いや、変な虫がつく前に駆除できて喜ばしい限りだが
そんな寂しがり屋なこの子は、自室に籠るのが苦手らしい
作業があるなら別だが、一人で居るのが嫌なのだろう。話し相手を求めて私の部屋やアヴィリオの部屋等を好きに出入りしている
いや、一人ではないか。常にフロウが居る
「……お前さんも、飼い主によく似たものだ」
レンの傍らから離れない金色に声を掛ければ伏せられていた耳が片方上がり、それもすぐに興味がないとばかりに伏せられた。…ずっと起きていたのだろう。レンに掛かったブランケットは誰が掛けたのか想像がすぐに着いた
刷り込みの影響だけではないだろう。契約したてのペイルウィング達ですらすぐにレンに馴染んだし…特にデューは分かりやすい。デュー以外にも契約されたソニードを見たことあるが、確かに術者との絆は強固であったが、ベッタリしてるところなど見たことはない
今は傍に居ないようだが…昨日のを見るにそのうちフロウと同じようにくっつくのだろう。レンも吝かではないようだったしな
愛情と信頼。言葉を交わせずともよき関係が出来てるのは誇らしく思える
きっと、これから先契約していく者ともレンはそういった関係を築いていくのだろう。事務的ではなく、互いに寄り添い歩み寄ろうとするそんな関係が
さて、昼食にはいい時間だが、朝も遅かったしもう少し伸ばしても大丈夫か。…あの子とて、空腹になったら自然と起きてくるだろうし…その間はもう少し書類を進めるとしよう
期限日順に並べられた書類を手に取り、再びペンを動かす
減ってるようで減らぬ書類は全て貴族専門のギルドに関わるもの。…レンが訓練所に入ると同時期、私も城での仕事に復帰するよう言われている。レンが寮に入るのもあって手が空くだろうと声をかけられた。…まぁ、城で仕事するといっても、裏方。王太子を支えるのが仕事だ
…日中、この教会も空けなくてはいけなくなるのが不安だが…この教会に施された結界は国一といっていいほど強固だ。それに私の代わりの人材も教会を守ってくれる
先日、アルトゥールに能力の追加付与をお願いしたので結界の守りは硬くなったので心配することはなにもない
ディグラートの奴も戻ってくるらしい。…王太子の周りを徹底的に鍛え上げるつもりなのだろう。…それに焦っているのがかつて元老院だった者達
組織は解体されたと言えど、虎視眈々と王座を狙っている。…今は正確にはナオの嫁の席か
イクス殿下は王宮内でやることがあるからと婚約者は未だ候補止まり、王太子は己が異世界の者だし、そちらの世界の常識があるのと王として未熟だからと拒否。……まぁ、実際はただレンを待ってるだけなのだろうが
唯一、王女たるユア様だけが北の国に嫁ぐことが決まっている
国内だけで王家の血を濃くするわけにはいかないし、外交面の理由もある。…救いとしてはお互いが役目を理解してて、それでいて惹かれあってることだろう。北の国の公爵家に降嫁することになるが、その家は北の国にしては考えがまともというか、北の国の権力争いに飽々してるというか……そも、本来ユア様の婚約者は北の国の王子の一人だった筈だった
それが何故公爵家になったのかは流石に王宮に戻らねば分からない
止まってしまったペンを再び進め仕上げた書類を束ねる
貴族の子が来るだけあって無駄に安全面に力を入れてある訓練所。各寮のデザインはあまりにも豪華すぎて却下したのは記憶に新しい。何をするための訓練所なのか理解してるのか?
まぁ、それも既に会議に決着が付き、訓練所は完成している。来月の頭にはレンも入学と言っていいのか定かではないが…入学は決まっている
のほほんとしてるが着々とあの子が巣立つ準備が整ってきたのが……少々寂しく思える。最後にあの子にしてやれることは制服やその他の準備だろう。入学試験という名の実力テストには私ではなくアルトゥールが付き添うことになってるしな
因みに訓練所の最高責任者もアルトゥールなのだが……レンが疎まれないか心配だ。そして訓練所で毎日会えるのだから実力テストは私に譲ってくれても良かったと思うが……まぁ、よかろう
手を一旦止め、休息に珈琲を淹れてそんな事を考えていれば連絡用の水晶が輝いた
レンには随分前にこれが魔導具なのだと教えたな
「ディグラートか。何用だ」
『ようヴォルカーノ!いや、うちのとこの若いのと面倒なのが嬢ちゃんに世話になったそうじゃねぇか!その礼と定期連絡だ!』
「そんなに声を張らんでも聞こえておるわ…定期報告にはアヴィリオとリムネルが既にそちらに着いてる筈だが?」
『報告は受けてるが、そうじゃねぇ。訓練所に入る前に俺も流石にギルドの長として連絡しとけってアンがな』
なるほど。アンにせっつかれたか
確かディグラートのところの…昨日会ったアウリルの妹も片親の血筋が貴族なのとディグラートの推薦で訓練所に上がることになっている
「そうだとしても声を落とせ。レンが起きる」
『あ?……あぁ、魔力切れつってたな。大丈夫なのか?元々少ないわけじゃないんだろう?魔力保有量が多いやつが魔力切れを起こすと、そりゃ回復に時間かかるし…本人の負担もでかいだろ』
「問題ない。この地は治癒にも特化してるからな…二日ほど安静にしてればすぐ元気になるだろう
怠い怠いと言ってはいるが、動けないほどでもないし、何よりレンの傍にはフロウが居るからな。危険もあるまい」
『ならいいか。報告ではソニードとペイルウィング…あとクリスタルペイルウィングも従えたんだってな?その歳で随分やるこった』
映像を出して話せば、喉を鳴らして笑うディグラートは上機嫌に林檎を齧る。…遠くでアンの叱責が聞こえたが、同室に居るのだろう
素直に林檎の汁を拭い、林檎を下ろしたところを見るに相変わらずアンが手綱を握ってるようで安心だ
思い立ったようにディグラートが手招きすればアンが顔を出した。ほんの数年しか経ってないが、着実に強くなっているのは見て分かる。私の目も能力も衰えてないようだ。
…レンは神に仕えるものは皆、神の加護持ちを区別できると思ってるようだが実際は違う
一定期間神に仕え、なおかつ日々精進し、偽りなく過ごした者に与えられる特殊な力がある
《神の啓示》と呼ばれるその力は、直接目にした者ならば個々が持つ強さに加え、神に愛されてるかそれとも拒まれてるかが分かるという鑑定系統から派生した力
愛されてるのならば日々の精進を勧め、拒まれてるのならばその原因を突き止められる。…まぁ、レンのおかげで加護持ちかさえ分かるのに気付いたが
感覚ででしか捉えられないといえど、この力を獲得してるだけで称賛に値するらしい。神職者の中でも稀有な力ではあろうが…敬虔な信徒でもあるまいに、何故私が得られたかは分かってはいない
『お久しぶりです、ヴォルカーノ神父。お変わりないようで。…いえ、逞しくなられました?』
「ふむ、レンの修行に付き合ってるせいだろう…お主も以前よりも力が増したように見える。努力は実になり、自信となる。自信を抱くものは立ち姿にも芯が現れる…よき日々を過ごしてるようで何よりだ」
擽ったそうにはにかむアン
素直でない部分もあるが、アンはアンでディグラートと共に在るために日々精進して居るのをアヴィリオ伝てではあるが聞いている…受付で在りながら実力はギルド内のトップクラスに入るほどだろう
『いえ、未だギルド長には及びません。……彼女の事でお礼と謝罪が遅れました。ヴェセルから報告は受けてますが…うちの新入りをふるいに掛けるのに彼女の力を借りたので、それが影響してないとも限りませんので深く謝罪を
それと、正式な依頼でありましたのでギルドメンバーではないのですが彼女にも報酬を渡したいんですが…』
「構わん。そも、レンがお主らに会えて良かったと言っておる。それで報酬は事足りる。…だがどうしても気になるようであれば翌週、レンは成人を迎える
それの祝いに来てやってはくれまいか?…この子の世界は未だあまりに狭い。だからこそお主らに祝われるのは嬉しかろう」
15歳という節目
訓練所の規定にも達するその歳はこの国で成人を意味する。…成人の儀は、本来親から子へ、身を守るものを一つ授けるのが習わしだ。…勿論私とて用意している
それはそれとして、祝い事、楽しいことは幾つあっても良かろう
レンの元居た世界では、15はまだまだ子供…20に達しても尚、庇護下にあることの方が多いと言っていた。ならばレンもそうなのかと問うと…困ったように笑われたのも懐かしい
曰く、レンは必要ではなかった子らしい
あまり語りたがらないからもしやと思っていたが…その言葉を聞いた日はずっと皆でレンを褒め、甘やかしたものだ
必要ではない命などこの世に一つも在りはしない
例え穢れていようと、罪人だろうと、存在を神が許しているのだから。…だが、それはそれとして罪は裁かねばならぬ
神が許した命を神の元へ返すのだ。…まぁ、その思想を抱いてるものは少ないだろうがな
『お?いいのか?俺たちが行っても。嬢ちゃん、ビビるんじゃねぇか?』
「レンも他人に慣れて行かなければならん。寮に住まうならなおのことな」
『まぁ、それもそうでしょう。…どっかの誰かが職務怠慢で確認しないので勝手にリストを確認させて貰いましたが、正直、あの子の敵となりえる者の方が多いでしょう
彼女と同い年から一回り離れたものまで。人間と獣人で殆どが構成されてるとはいえ……えぇ、貴方の名を名乗る以上、やっかむ者が多いかと』
冷静なアンの判断。何故確認してないのだとディグラートに視線をやれば不自然に顔を背けている。……元々仕事を嫌がる節はあったが、有能な配下を着けるのも考えものだな。余計サボり癖が着く
「……アン、暫くの間うちで仕事をするか?普段の業務は書類が主なのだろう?デカイ猫の子守りではなく」
『それもいいですね。有給、溜まってるんでちょっとそっちに泊まりに…』
『まてまてまて!!俺が悪かった!アンが居ないと他の奴等の仕事が止まる!』
『知りませんよ。アウリルも居るし、一応手綱は取れるでしょう?一度そっちに行ってみたかったんですよね、アヴィがあまりにも居心地が良いっていうから』
おや、揶揄うだけのつもりが本当に休みを取るようだ
…いや、日頃彼奴は本当に仕事のし過ぎたとアヴィリオ達も案じていたか。…ディグラートの顔が愉快なことになってるが、「受け入れの準備はしておこう」とだけ伝えた
……まぁ、アンの事だ。引き継ぎは済ませ、仕事を幾つか抱えて泊まりに来るのだろう。それが何時になるかは知らんが
そんな下らない話をしていたら、水晶が紅く明滅した
ディグラートも手元を驚いたように見ているので彼奴のところにも来たのだろう
紅く明滅する、即ち緊急の連絡。…しかも私の方で登録してあるのはギルドの他に……王城だけである
それも緊急だなんてただ事ではない。直ぐ様切り替え、城へ繋ぐ。光が二つに分かれ、片方にはディグラートが映し出され…もう片方には余裕のない顔したアルトゥールが映っている
『どうした、アルトゥール』
「緊急の連絡とはまた珍しいものだな」
『ご歓談中でしたら申し訳ありませんでした……ですが事は急を要します!訓練所の事で問題が発生しました。実は────』
……切羽詰まったアルトゥールからもたらされた情報に私もディグラートも、のんびりと会話などしてられなくなった




