第十二話
拮抗してた力が、大幅に向こうに傾いた気がする。……いや、気がするっていうか確実に傾いた
連射速度が半端ない。でたらめに撃ってるからっていうのもあるけど、威力が高い分迂闊に近付けない。……しかもリュエールの方は逃したし、奇襲は失敗だな
退避も考えたけど……彼処まで殺意を向けてて簡単に逃がして貰えるとは思ってない。…というか、フロウに乗って本気ではないとはいえ走ってるのに追い付いてくるって強いし速いな。あの個体のレベルが高いのだろう
足場を生成しつつフロウに乗って湖を走っている。陸の方に戻りたいんだけど…四方八方に攻撃されてるので、森の魔物を寄せ付け兼ねない。退路を塞がれるのだけは避けないと
魔力切れを狙う方に切り替え…たいけど、何せ水属性の魔物は水場にいると魔力消費が少ない。属性の恩恵は種族問わず与えられるからこそ厄介でもある……私が水の魔術を使っても魔力消費が軽減されるとはいえ、向こうが使ってくる水刃に相殺されるのがオチだ
更に言うならば
「フロウ、まだ大丈夫そう?」
背を撫でながら問えば視線で訴えられた。……長くは無理だね、やっぱり諦めて撤退しよう
逃げる方向にシフトし、まずは撹乱を狙う。水の刃に火の玉をぶつけ、水蒸気で視界を覆う
傍に寄るのは危険だから大きく迂回して……っと、あぶな。この視界の中でも確実に当てに来てた。…フロウも察知して避けてたけど、もしかして上位種の感知範囲ってそうとう広いのかもしれない。そうなると本格的にまずい。湖に入ったのは判断ミスだった
初歩的な魔術だから押し負けるんじゃないかって?残念、とっくに中級に切り換えてる。風の魔術は最初に教わっただけあって中級も無詠唱でいけるとも。……まぁ、火力負けしてるけど
確実に一匹仕留めたせいで逃がれられなくなった。……せめて、的が自分以外になるか詠唱の隙が欲しいんだけど…
思わず洩れた舌打ち。身体強化に回す魔力も惜しく、フロウから降りられない悪循環
先に魔力切れを起こした方がやられる。けれど水場での不利が影響して一方的に防戦上体
確実に詰みである。せめて、ヴェセルに援護を頼めば良かった……、なんて思ったその時
水の刃を切り裂く一閃。鈍色のそれに固まったのは私だけでなく、漂う上位種も攻撃の手を止め様子を伺っている
短い金の髪が水を纏う。鬱陶しげに払ったその人は海のような瞳を此方へ向けると柔らかく笑って見せた。……少女漫画なら即落ちの展開だが、残念ながらヒロイン枠ではないのでフロウと共に警戒を向ければ…なぜか金色の人は困ったような顔をした
「あー…そっか。君とちゃんと顔を会わせたのはずっと昔だものね……とりあえず、積もる話は後にしてまずはこの場をなんとかしよう。ヴェセルから援護を頼まれた」
「ヴェセルから…?……分かった。フロウ、足場をサポートして上げて。アナタは詠唱の隙を作ってくれればそれでいい。…殺しはなるべくしないで。契約するから」
「おや、撤退じゃなくていいのかい?一応撤退の支援をって言われたんだけど…」
「詠唱出来る隙があるなら行ける。私に相手の魔術が当たらないようにして」
「了解!」
「フロウ、あの人の足場とタゲ分散の支援して上げて。……そんな嫌そうな顔しない。後でいっぱいマッサージするからね」
ヴェセルから宛がわれた人材なら信用しても大丈夫そうだろう
フロウから降りると物凄く嫌そうな顔をされたけど、支援する気はあるようで上位種へ毛を逆立てて戦闘体勢へ入った。……向こうもあの人を敵と認識したらしく、上手い具合に的が私から外れた
まずは様子見。あの人がどれくらい動けるか分からないし……足手まといになるようなら本格的に撤退しないとまずい
上位種が金髪の人へ水刃を放つ。先程よりも早いけど…けれど跳ね上がり携えた剣で慌てることなく切り裂く。…あの人、身体強化上手いな。飛び上がりの瞬間と着地の瞬間だけ足へ魔力を動かして、それ以外は全身と腕へ4:6くらいの割合で流してる。魔力の分散だけでもそれなりに難しいのに移動がスムーズだ
あとあの剣。属性付与されてる。…属性が付いた装飾品は物凄く高いし扱いにくいと聞いたことあるけど…
あれこれ疑問は湧くがとりあえず呑み込み、魔術へと専念する。あの人の体力がどの程度あるかは知らないけどフロウに無理はさせられない。残ってる足場をうまく使ってくれてるとはいえ、逸れた刃に当たらないように私の防壁なり足場をずっと作ってくれてるから…本当にフロウが居てくれて助かった
上位種へ向け、手をかざす。向こうも魔力の流れを感じ取ったのか標的を私へと移したが瞬時にあの人が間に入ってくれ…悉く鈍色の一閃に魔術は払われ、届かない。あの人、ヴェセルが頼むだけあって強い人だ
これなら安心して魔術に集中出来る
「収束、形成。我を阻みし敵を葬らん」
翳した手に魔力が集う。土の魔術よりも私は風が得意だ…即ち、上級魔術の一歩手前の魔術まで実は使えちゃったりする。……いやまぁ、中級以上は詠唱必須だし、上級の中でも弱い部類のだし、集中しないといけないとだしで難しいんだけど……それでも、詠唱の隙があって、高速移動もしなければ漂うだけの的を外したりなんてしない
「風よ、全てを切り裂け!」
エア・ブレイドの上位互換に当たるソニック・ラッシュ。初級の数倍の威力向上に加え同時に三連、風の刃が相手を襲う。…同時に三つも安定させて発生させるのは苦労した。あっちこっち飛んでくし、お陰で森の一部が開拓された……安定させてしまえばそう難しくない魔術で比較的扱う者も多い魔術だけど、やっぱり上級なだけあっけ威力が段違いだ
ソニック・ラッシュの更に上位に、追尾する風の魔術があるのでそれを頑張って覚えたい。上級の中でもやっぱりさらに上とかあるんだから魔術って奥深いし色々役に立つ筈だ。……と、話が逸れた
流石に防ぐのは無理と判断したのだろう、水刃を打つこともなく逃げようと鰭を翻すも…風の魔術は水や火の魔術よりも速い。避けきれず胴体に直撃し、墜落。勿論即座にフロウが土壁を高く立て、水の中へ逃れるのも防いでくれた
直ぐ様私も強化して土壁の上へ上がり、上位種の元へ。……かなり深く傷が入ったらしい。魔術を打つこともなく、瞳に警戒を灯して見てくる。…殺意ではないのは、抗う術がないのを理解してるからだろう。それほどまでに賢い
手を翳せば、観念したように瞳を閉ざしてしまった。……命を刈り取られるとでも思ってそうだ
けれどその方が契約はしやすい。敵意むき出しの魔物は契約しづらいらしいし、好都合だ。ペイル・ウィングの時同様、魔力を繋いで契約を結ぶ。……ちょっと抵抗されたけど、強き者に従うのが自然の理。諦めたような、悔しがるような感情が伝わってきた
感情の伝達。それは契約がなされたことの証
▼ おめでとう ! ちょっと生意気そうな リュエールの上位種 が 仲間になった !
…いや、ふざけてる場合じゃなかった。ポシェットを漁り、回復薬を上位種の傷口にぶっかける。フロウとの訓練の時は必ず持参してるのが役に立った。魔物や魔獣専用の回復薬。私はこの子達の傷をあまり治して上げれないから……そういうのは専門に頼った方がいい
リムネル特製の回復薬を浴びれば、たちまち全快…とまではいかずともそれでも傷は塞がった。あとは魔力を渡して、起き上がらない身体を抱える。……うわ、物凄くひんやりしてる。流石水辺の魔物。気持ちいい
「とりあえず、君はそのまま休んでて。傷、結構酷いでしょう。……あと、君の仲間。契約の為に倒したとはいえ、ごめんね」
悔しがるような感情は、仲間を殺した者に屈するなんて、という感情だった。…なんとも仲間想いの個体だ
それに従魔になったとはいえ、仲間を殺したのとは話が別だろう。…それでも、じっと見てきた上位種はとりあえず謝罪を受け入れてくれたようで……今度は仕方ない、なんて感情と共に身体を預けてくれた
弱いから負けた、そういう感情。…自然界はやっぱり厳しいなぁ
こんなに早く感情伝達が出来るなんて水辺の魔物ともしかしたら相性いいのかも。……フロウが拗ねそうだけど
とりあえず時間経過で崩れるとはいえずっと土壁を立ててるわけにもいかず、瓦解しながら降りれば直ぐ様フロウが足場を作ってくれた。…全く足元濡れてないけど、今思えば意外に水深あるんじゃないかと水面を覗き込むと……なんか、水草がうごうごしてて怖かった。引きずり込むタイプのホラーを思い出す
「おめでとう!ソニードも仲間にするなんて凄いなぁ!」
「…ありがとう」
すっかり金色の人を忘れてた。あとそういえばリュエールの上位種ってソニードっていうのも忘れてた。……いやだって、戦闘中にそんなこと気にしてらんないし。上位種って分かれば良かったし
一旦湖を出ようという事になり、フロウに乗って陸へ戻る。ちゃんと腕にはソニードが居るし、上空からペイルウィング達も気遣うように降りてきてくれた。…肩に乗ったクォーツの羽はふわふわなのにひんやりしててびっくりした。何これ、虜になりそう。あと意外と爪食い込まないなって思ったらクォーツが自分の魔力で爪を覆ってた、食い込まないようにしてくれてるなんていい子すぎる…なんて思ってたらフロウから不満げな鳴き声が聞こえた。一番のお気に入りな手触りはお日様を浴びたあとのフロウだから安心して欲しい
フロウのご機嫌が戻ったところで陸に足をつけ…降りた途端、衝撃に後ろに倒れかけた。尻尾で支えてくれたフロウには感謝しかない
「あぁ!良かった!無事だね?!どこも折ったりしてないかい?!魔力切れの症状は?!」
「ぅ…ヴェセル、くび、首、締まる」
豊満な胸に顔面から強制ダイブさせられ、体格差から程よく首を絞められる。柔らかいけど痛い、物凄く。確実に痛めた。あとちゃんとソニードはとっさにフロウの背へ投げた私を誉めて欲しい
姉御肌のヴェセルにとって見てるのは気が気じゃなかったのかもしれない…うん、撤退不可の状況になるとは私も思わなかったもん。……あの、後ろで涙ぐんでたり安堵したりしてる君達、助けてくれないんですか…?
「ヴェセル、絞め殺す気かい?一旦落ち着きなよ」
「…おっと、悪かったね。大事ないかい?」
「首、首痛い……あ、ひんやりしてきもちい…」
一通り満足したのか漸く離れてくれたヴェセル。ぐってりとフロウの毛皮に俯せに倒れ込めば首に程よい重さとひんやり感。ふわふわというよりぴったりと張り付くような…鱗の感覚。視界の横端で長く綺麗な鰭が舞う
ソニード、……名前、あれにしよう
「ありがと…デュー」
湖の、透き通る雫のような鰭。美しい鰭から名付ければぴたん、と柔く顔を尾鰭に打たれた…気に入ったんですね?可愛い子め
多少濡れていたフロウの身体も陽射しでよく乾き、ふかふか。首には心地いいひんやり感。……物凄く、眠い
名付けと同時に魔力をごっそり持っていかれたのもある……一匹でペイルウイング五羽分くらい持っていかなかった?クォーツでもそんな持ってかなかったよ?……あ、だめだ、起き上がれない
ずるずる引き摺られる眠気に抗う手段はなく、諦めた。寝付く最速記録を更新した。……面倒なことは後で考えよう…




