第四話
たっぷり甘やかされてしまうと、本当に自分が五歳の少女に戻ったかのようで恥ずかしくて堪らない。中身は少女って歳じゃないのをナオは理解してるくせに……否、もしかしたら理解してるから褒めるのかもしれないけど
親に褒められたことなど、記憶にない。褒めてくれるのはいつだってお兄ちゃんかお姉ちゃんだ
末娘として産まれ、やりたくないことはとことんやらない主義だったからか……よく上に比べられ、叩かれる事が多かった。やらないのが悪いのも分かるけど、例えテストで100点を出したとしても褒められることも頑張りを認めてくれることも無かったのだから余計やらなくなるというもの
今ぐらいの歳の時でさえ、すでに頭から血を流した。……あとから異常だと教えられるまで、面倒だから甘受してた自分も自分だけど
それを話してからか、ナオはよく褒めてくれる。
些細なことでもいっぱい褒めて、撫でてくれて……それのせいで、褒めて褒めて、とアピールする癖がついてしまったのだ。遺憾である
「そういえば、ヴォルカーノから聞いたのだけど……貴女、町へ出たことがないんですって?」
「あ、はい……教会から離れたことないです。離れたとしても、果物を取りに行ったり、ナオとお散歩したりぐらいです」
「まぁ…!……町は素敵よ?きらきらと綺麗なものが沢山あるし、貴女ぐらいの歳の子がいっぱい居るの」
ぷりぷり怒ったように眉を一瞬吊り上げるも、すぐに此方を優しく見てきた。「ヴォルカーノが出してくれないの?」と聞いてくる辺り、怒った相手は神父様らしい
問いには首を振って応え……ナオを見た
そっぽ向いて冷や汗を垂らしてるのが見える。……さては怒られるのが怖いんだな?
さっきのお返しにと素直に王妃様に伝えることにしよう。怒られてしまえ、ふふん
「実は、ナオに、んぐっ。」
「ちょっ……!レン!ごめん!ごめんって!だから母上には…!!」
がば、と口を覆い隠されてしまい、横目でナオを見ると物凄く焦っていた
焦る姿なんて珍しく思わず目を瞬かせた。おろおろしてても可愛いね
それから不意に目の前から威圧感を感じ……王妃様を見なければ良かったと心底後悔した
美人が怒ると怖い。それも物凄く。ひゅっ、と喉が鳴った気がした……さっきと同じ笑顔なのに暗雲が見える、雷もなってる気がするのはなんでだろう。可笑しいな、快晴な筈なのに
「……ナオ?どういうことかしら?」
「い、いえっ!その…!」
初めて聞くナオの上擦った声に此方にまで恐怖が伝染する。二人してガタガタ怯えながら抱き合い、立ち上がった王妃様を見上げる。威圧感、威圧感が…!!!
「ごめんなさいね、ナオが遮ってしまったようだから………詳しく、聞かせてもらえる?」
此方に気付くなり、ふわ、と優しい雰囲気に戻った…のも束の間。ナオへは未だキッと鋭い眼差しが向いていて……ちょっと悪いことをした気がする
でも後には引けない。というかぶっちゃけ私も怖い、ナオの手を離して経緯を説明した。私が悪いかと言えば全くもって悪くはないのだけど、心の中で盛大に謝罪をしておこう
「私が町へ行かないのは……ナオがいつ来るか、分からないからです。何日後くらいに来れそう、とは言われますけど……確実にその日とは限らないし、町へ降りれば何時間も帰ってこない事が、あるかもしれなくて……
なので、ナオが町へ降りないで、待っててと
神父様も普段教会から出ないので異論もなく…それに普段から手紙で連絡出来るわけではないので、一番長く会ってたいから……待ってるん、です。……あと、黒猫の子は、珍しいから注目を浴びるのが嫌だからって……」
話す度に王妃様のの暗雲がますます濃くなったような気がして、ナオへ視線を向けると……半泣きだ、半泣きになってる。可愛い。というか真正面が怖くて見れない
それでも恐る恐る視線をもう一度向ければ、天使のような微笑みを浮かべたまま、王妃様は一言
「 正 座 」
ぴしっ!!!と、背中に板でも添えたかのような綺麗な正座をするナオの動きは大変素早かった
どうすべきか悩んでいたら、「メイドたちにお菓子を新しく貰ってきてもらえる?」なんて優しい声で言われ送り出されてしまった……お説教が始まるのだろう。ごめん、ナオ。逃げるね
ぴゅ~、と早足で丘を下り、メイドさん達を見付けた……が、他にも人が居るらしい
「おや、レン」
「神父様、お話は済みました?」
勢いのまま、いつものように広げられた両手に飛び込もうとして……国王陛下やレーヴェディアが居ることを思い出し、目の前で急停止
緩みそうだった表情をきゅ、と引き締め神父様を見上げる。……そんな寂しそうな顔をされても、人前です……
レーヴェディアがぷるぷる震えてるのはいつもの事なので無視し……というか、殴られたのに懲りてないのか
とりあえず無視して、国王陛下を見上げた。陛下はきょろきょろと辺りを伺うと不思議そうな顔をして、目の前に膝をついた
……優しいお方だ。というか本当は高位な方がそんなことしちゃいけないんだけど、止める隙もなかったな…
「フィオとナオは?」
「丘の上です。……王妃様に、ナオが怒られてるので、…お菓子を頂いておいでと送られまし、た。」
まだ国王陛下には緊張してしまう。
獅子の王。元の世界でいうならば、猫の上位互換みたいな人。本能的に萎縮してしまうというか、圧が凄いというか
優しい事は分かっていても、心臓がばくばく音を立てる……無意識のうちに神父様の足元に引っ付いた。…嬉しそうな顔をしてる場合じゃないです神父様。こっちは真正面から圧受けてるんですよ神父様
「説教……うん、フィオの説教は世界一怖いからな…その方がいい。」
へにょ、と垂れた耳と尻尾に神父様とレーヴェディアが吹き出した。……神父様がそんな笑うのも珍しいけど、レーヴェディアってほんとよく首と胴体おさらばしないよなぁ……不思議だ
「昔から陛下はよくフィオ様に怒られてましたものね」
「しかも些細な理由で。……この間も怒られてませんでした?調理場で出来たてをつまみ食いしたとかで」
「言うな、お前達…俺のかっこいいイメージが崩れるだろう」
二人を肘で小突いたところを見て、驚いた。神父様とレーヴェディアが仲良しなのは知ってたけど…国王陛下にそんな事しても大丈夫なんて
それに、なんだか大きい子供みたいな一面をみた気がする。ぱちぱち、と眼を瞬かせていれば、こそっと神父様が教えてくれた
曰く。神父様は国王陛下の師匠も少しだけやったことがあるらしく……また、レーヴェディアは国王陛下と共に旅をしたことがあるらしい
今でもレーヴェディアだけ護衛に付けて出掛けることも少なくなく……まるで兄弟の様に信頼しあっていると。国王陛下の方が数個上…とは言っても、獣人と人間じゃあ流れる速度が違うから、ほとんど同年齢みたいなものだろう
なんだか、すごく羨ましい。男の子特有の友情ってすごい。……私だってそこに交ざってはしゃぎたいが…そこに女の子が入るとろくなことがないので、自重ぐらいはできる
だから、シンプルに羨ましくて、素敵だ
「国王陛下かっこいいね、神父様。きらきらしてる」
だから、こっそり神父様に伝えれば……ちょっと拗ねた顔をされた。こんな表情を見るのも初めてで、なんだか物珍しくて瞳をぱちくりしてしまう
それでも。…そんな表情を見せてくれるのは気を許されてるのだと嬉しくなる
「んふふ、神父様もすてき。レーヴェディアも。なんだか羨ましいなぁ。……仲間って感じがするの。ね、ね。もっとお話聞きたい、どんなことしたの?寝る前にお話して」
袖を引いて、お強請りをすれば……ほんの少しだけど、だらしなく表情が崩れた
唐突なそれに目の前の二人がギョッっと眼を見開いている…神父様って普段こんな感じじゃないのかな?教会だとこんな感じなんだけど。時折ね、愛おしいって全面的に顔に出すし、そんな時はぎゅーっ!て捕まる
「はあぁ~……相変わらずいい子だ。嫁に出したくない。……やらんぞ。」
「残念だが、もううちの子と惹かれ合ってるしお前は父親じゃないからな…………お義父様と呼ばれるのは俺だ!」
勝ち誇った顔をした国王陛下へ向けて、神父様の拳が飛んだ。不敬罪じゃ…?!と慌てたがレーヴェディアが爆笑してるのでいいのだろう。…いや、本当はダメだろうけども、メイドさん達も顔を背けている。…見なきゃいいってことにしてない??
きらっきらのいい笑顔の頬に拳がめり込むのを諦めて微笑ましい気持ちで見ていた………だって、関わったら面倒な気配がしたんだもん。それに威力があるわけじゃない。…はずだよね?怪我させたらマズいと思う
でも、国王陛下がナオとの関係を認めてくれてるのが嬉しくて、立った尻尾を抱き締めた
普通は反対する。私でもそうする。……それなのに、最初から国王陛下や王妃様は駄目だなんて言わなかった。それが堪らなく嬉しくて、舞い上がりそうで……何やらずっと生暖かい視線を送ってくるレーヴェディアを睨んで我慢した
「いやぁ、相変わらずお嬢さんは見てていいなぁ。気持ちが全面に出てる」
「だから、そのお嬢さんってやめて。そんなキャラじゃないし……ちゃんと名前がある」
「膨れても可愛いなぁ」
「聞いてってば!」
威嚇してもこの男にはなんのその。全部可愛いで押し通してくるので付き合う方が面倒で折れた
何故かずっと、お嬢さん呼びなのだ。なんだか認められてない様で嫌なんだけど……面と向かって言うのは恥ずかしいし、調子に乗るから絶対言わない
いやまぁ?別に?からかわれてるのは分かってるし、わざとなのも分かってますけど?…何だかこう、不貞腐れたくなる
「馬鹿弟子。何故呼んでやらないんだ。私と話すときはベラベラとよく呼ぶだろうに」
「え」
それはそれで恥ずかしいから嫌だし初耳なんですけど。キッと睨むように見上げれば……にまー、と緩んだ顔
「いやだって、呼んで欲しそうな顔をするのに、絶対自分から理由を言わず……ツンってした後に悲しそうな顔をするんですよ?それがまた可愛くて可愛くて……」
その言葉に一気に顔まで熱が灯り……視界が若干潤む。掌の上でころころされてたと。…恥ずかしくて堪らない。分かってて揶揄われたのなら一層
未だにまにまと笑うレーヴェディアを再度睨み……脛へ向かって、渾身の蹴りを入れた
お子ちゃまの蹴りと言うなかれ。それなりに痛いんだぞう
「ぐっ……!」
「馬鹿レーべ!!」
今まで愛称で呼ぶことは無かったし、その権利もなかったので呼んでなかったが…長々しくていつも噛みそうだったのでこの際呼び捨てにしてやる
尻尾を膨らませて威嚇をし続けて居れば神父様に宥めるよう抱き上げられ、国王陛下が震えて笑っていた
「賢く静かな子だと思ったが…くく、なるほど。子供らしくて可愛らしいところもある」
「うちの子は何時だって可愛い。……さて、レン。そろそろ殿下達の元へいこうか。あの馬鹿は置いていくからな」
優しく撫でられると威嚇する勢いが削がれていく、いつの間に持っていたのかマカロンを口元に当てられ、…そのままぱくり
ラズベリーだろうか、甘酸っぱくておいしい。神父様を見上げて、口を開いてもうひとつ催促……おいしい
「………雛鳥と親鳥だよなぁ。」
「私とこの子は親子だからな。」
満足そうに言った神父様。……本当は“お父さん”って呼ばれたがってるのを知ってるけど……その決心はまだつかないから、心の中で練習しておこう
ゆっくり丘を行けば、まだナオが正座してる姿が見えた。…ずっとお説教されてたのか……
後ろから走ってくるレーヴェディアの足音と、午後を報せ鐘が静かな丘に響いた
…さくさくふんわりのマカロン、おいしいなぁ