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第三十八話




ぽちゃん、と水の音がする


揺蕩う心地はアレに似てる……そう、お祈りをするときのアレに




「レンっ…!!」



「う、わっ……!……ノーチェ、びっくりした。転んだ」




タックルばりの勢いになんとか耐え……きれず、出現されてた大きなクッションに凭れた。そのまま飛び込んできた女神様を抱き止める。……ノーチェって毎回勢いあるよね。テンション上がったりとかさ

私より身長はるかに高いのに、体を縮こまらせ…離れないようにと抱きついてくる。大きな子供か、全く……




「全然会いにこないと思ったら何やら熱心に学んでますし…もう……もうっ!少しは自分の身は大切にしてくださいっ!」



「ごめ…ん……?」



「いいですか!貴方の世界の言葉を使うならば、『七歳までは神のうち』…此方の世界とて、幼児が無くなることは珍しくありません!魔術の暴発、飢饉、暴行……理由は様々ですが、いくら治癒魔術があるといえど、それは大人向け。子供に使えるものは極僅かで難しいんです!先程の怪我!下手をすれば貴女が先に出血で倒れていたんですからね!


子供は無条件で護られ、愛されるのが当然!……ですから、此方の世界に生きる“レン”として…お願いですから、ご自愛をしてください…無用な怪我はよして下さい、肝が冷えますから……」




キッ!と眉を吊り上げていたのに、最後の方はポロポロと泣き出したノーチェに呆気に取られた

でも、心配してくれてるのはしっかり伝わってきたので、静かに泣きじゃくるノーチェを撫でる。……命に関わるようなことでは無かったと思うんだけど、ノーチェの涙腺のポイントがいまいち分からないな…


ぽちゃん、ぽちゃんと水面に波紋が広がる……最初聞こえたのも、もしかしたらノーチェが泣いてたのかもしれない




「大丈夫、ノーチェ……死に行きはしないよ。ナオと暮らすんだから」



「そういう意味ではなくて!……もしや…レン、前世の親御さんのことが体に染み付いてるのですね?貴女がなんでも一人で済まそうとするその癖は」




聞いているのに確信を持った言い方に、手が止まった


言われてみればそうな気もしないし、けど先祖返りのせいなのだと言われてしまえばそうなのかもしれない。……まぁ、結果レーヴェディアにも心配かけるなって怒られたばかりなんだけど




「……分からない。判断に困る。先祖返りで暴走したんじゃないかとも取れるし、前世のせいかもしれないし、なんとも言えない。でも、命の危機に晒されたわけでもなければちゃんと神父様達には説明をした上でやった。……ちょっとやりすぎた節はあるけど」



「レン、レン。先祖返りでも、そうでなかったとしても……いいですか。いつも一人で何とかしようとする貴女は心配されることに慣れていないんです。それをまず自覚してください。この際殴る蹴るの暴行は……正当防衛みたいな所がありますから咎めませんし…


そもそも貴女がここまで心配されるのに慣れてないのは、子供が受けるべき親の愛情が足りてないからです。今世ではなく前世で」




いつになく真面目に言うノーチェに何度も瞬き、とりあえずゆっくり思い返してみる


うちは母子家庭だった。出来のいい兄と姉と比べると自分はできない子だったのだろう


比べられては殴る叩くは当たり前。物で殴られることも少なくなく、頭から二度、小学生の頃には流血した。……頭から血が出るとさ、少量だと自分じゃ気付かないもんなんだよね、なんかふわふわする感覚と汗でもかいてるのかなって心地しかしなかったから


そして中学の頃、母が病んだ。元々その気はあったから、ショックではなかった


まだ軽度だったのもあり、意見に反抗したらやはり殴られたりはした。真っ暗な部屋でぼーっとしたり、近所が悪口を言ってるんじゃないかとヒステリックになるのを見ていると、此方も病みそうで苦しかった


……高校の頃、躁鬱という母の病が悪化した


気が昂ってる時は怒鳴られたり、無理矢理高校を止めさせられそうになったりした。逆に気が落ちてる時は泣きながら謝罪されたり、心中を謀られたりと散々だった


入退院を繰り返しては、甘言だけ言う男に何度も騙されて、自分の子供にお金を借りる始末


…………そんな母が、好きではなかった


好きではなかったけど、何かあったら心配するし、死んだら悲しいと泣く。……かもしれない。分からない、関わりたくはなかったとは思う


……世間一般に言えば、私は“可哀想な子”なのだろう


でも、態々家庭事情を他人に話す必要もなく、ただそんな色んな事を経験したから……思考回路が大人びてるとよく言われた。そうしなきゃ生きていけなかったり必死なだけだったのに

大人びてる。そう言われても私にとっての当たり前で、なんで大人びてるのか分からない。それが少なくとも貶してるわけじゃないことしか私には分からなかった。……性格的な面で大人びてる、なんて言われても褒め言葉にはならないんだと思ってる。せめて落ち着いてるとかなら嬉しいのに


何も知らないくせにそういわれるのが嫌で…出来ることは全部一人でやるようになった。別にそれって当然だと思うけどな。出来ないこともなんとかなるし……




「……あ」




小さい頃に怪我が堪えなかったから、此方でも大丈夫だと思ってた

ナオは前世の事を知ってるし、この程度の怪我で死なないのも分かってるだろう


それでも、しなくていい怪我をしてるのに気付いた。初めてあの男と会った時もアヴィリオに泣きつくのが子供として正しい行動だろう、それで咎めがあったとしても事実確認は入るだろうから




「自己責任、という言葉は子供に必要ないんですよ。子供が迷惑かけたら親が謝り、それを見て子供は学んで、いずれ親になる。そうして自分の子供に同じことをして…そうして、同量あるいはそれ以上の愛情を注ぐ。そうやって生きるものは存在し続ける……だから、レン。聞いてください


勿論記憶がある中で完全に幼子に戻れ、何て言いません。でも、貴女は“月嶺蓮”であり、“レン”でもあるのです。甘えてはいけない、なんて無意識に枷をつけるのはお止めなさい」



「充分……甘えてる気がするけど…人に頼らないと生きていけないの知ってるし。でもほら、自分で殴った方がスカッとするじゃん…」




「なんでそれが分かってて、大事な場面で頼らないのか不思議なんですが…というかブレませんね貴女……」




呆れたようなノーチェの笑顔につられて、なんだか肩の力が抜けた


今回のことも、よくよく考えてみれば証拠を地道に集めて、煽ったりしなければ傷を増やすことは無かった。ただしそれには王様達を頼らなきゃいけないから即却下したんだけど……




「そっか、頼っていいのか…」



「えぇ、いいんですよ。だって貴女は子供なんですから。甘えて当然なんです。あの騎士も心配してましたでしょう?……もっと誰かに助けてと声を上げていいんです。その一歩がまだ怖くとも」




包み込まれるように抱き締められ、なんだかふわふわしてくる。優しく響くノーチェの声が子守唄みたいで安心する

ノーチェも心配してくれて、ナオも、神父様達も心配してくれて……申し訳ない気持ちが勝ってはしまうけど、そうも想ってくれていることに少なからず安心した私も居る




「ふふ、私……愛されてるんだなぁ…」



「えぇ、ええ!そうですよ、貴女は愛されてるんです!……だから、今はゆっくり休んで、起きたらちゃんとごめんなさいとありがとうを言うのですよ。彼等が欲しいのはその言葉なんですから!」




ふざけて言ったら、ノーチェもクスクス笑って頷いてくれた


そうか、ナオ以外にも愛されてるのか、私


擽ったくて、優しくて、涙が出そうになるのを我慢するために目を閉じた

夢の中で眠るなんて不思議な感覚だし、なんでノーチェが居るのか分からないけど……優しい女神様の腕の中で眠るなんて、贅沢だなぁ




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