第十四話
ずーん、と重い空気を漂わせながら教会の端に座り込むレーヴェディア
でもまだムカムカするので触れてやらない。そのまま暫く反省してればいいと思う
「落ち着いたか。……この書簡を冒険者ギルドに持っていきなさい。アンに渡せば伝わる」
「分かった。…フロウは連れていかない方がいい?」
「いや、誰かに何かを聞かれたら先程のようにお前さんのだと示せばよい。……それから、これを着けておこう」
暖かいミルクでようやく精神を安定させて、今はフロウを抱えて神父様のお膝の上。そしてくるりとフロウの首に巻かれたこの教会の十字架が縫われた白いスカーフ。金色の体毛と縫い糸が同色でとても可愛らしい
こう、パシャっと出来るものが手元にあればいいんだけど……あるにはあるらしいけどめちゃくちゃ高級品なんだとか…魔道具だもんね……
でもこのスカーフ、フロウサイズだし……もしかして神父様が夜更けに用意してくれたのだろうか?
「これで大丈夫な筈だ。ギルドの場所は分かるな?」
「うん、門を出て道なりに。大きな噴水を右手、でしょ?」
「よろしい。分からなくなったら、警備の者に訪ねるか、看板を見るといい」
「分かった」
「私は書類の整備と教会内の確認があるから共には行けないが…もし、一人で行くのが辛くなったり迷子になったら帰ってきなさい。明日、共に行こう」
「もう。神父様は心配性なんだから…お使いぐらい一人で行ける!」
ショルダーバッグの様な皮の鞄に書簡を入れ、それから喉が乾いたりとかお腹が空いたりしたとき用にとお金を少し。……近場のお使いだからそんなに厳重にしなくても、と思うが……初めて子をお使いに出す親なら心配で堪らないのだろう。多分。子供いたことないから分かんないけど
因みに神父様はこれから書類とかの他にレーヴェティアのお説教があるから着いてこれない。いい機会だし一人でも出来るってことを証明してみせよう
バキバキと拳を鳴らしてる神父様に顔が引き攣るが……うん、見なかったし聞かなかったことにしようと思う
「じゃあ、いってきます」
「気を付けてな」
扉を閉ざした途端、何やらレーヴェティアの悲鳴が聞こえた気もするが……うん。聞こえない。何も聞いてない。だって神父様に聴覚鈍くしてもらったし
教会近辺以外に出るのは初めてだ。もう慣れた小さな歩幅でゆったりと進む
見渡す限りの木、木、木。三つ合わさって森
教会にも咲いていた花もあれば、見たことのない花や果実。…知らないものに触れるとろくでもない事にしかならないのを知っているのでスルー
小さい歩幅に合わせて歩いてくれるフロウの毛並みをたまに撫でながらある程度進めば、大きな門が見えてきた
昨日は馬車で通ったから気付かなかったけど……随分大きな門だなぁ
「おや……お嬢さん。少しいいかな」
入ろうとしたら、警備の人に止められた。視線はフロウに向いている。……素直に入れないだろうなぁ、とは思っていた。うん、だって私が門兵でもそうするし
「魔物は基本街へ入れないんだ……従魔かい?」
「はい、私の従魔ですよ」
フロウに魔力を少し渡して、印を見せれば感心したように頷かれた。やんわりとした物腰といい笑った顔といい、大変信頼感のあるおじさまだ。此方も頬が緩くなってしまうというもの
「アースフォクスとはまた珍しい。それにこのスカーフ……君は神父様の所の子だね?妻が以前君のことを話して居たよ、可愛らしい黒猫族のお嬢さんがいるとね。…嗚呼、そうだ。これを持っていくといい。誰かに聞かれても、認可が降りている証明になるから」
兵士さんが、何やらミサンガの様なものを手に付けてくれた。話が早くて助かる。この人はいい人だ
頭を下げて通れば……多くの人にフロウが固まった。元々森に居たから、びっくりしちゃったのかもしれない
落ち着くまで門の近くの壁に佇み…よしよしと背中を撫でてやる。わりと復活が早くて彼方此方に興味を示すから、事前に実は約束をしていた
約束はこうだ
・私の傍から離れちゃダメ
・知らない人についていくのも、何かを貰うのもダメ
・私が呼んでるって、他の人に言われても信じちゃダメ
覚えているのかぴとりと足元を離れないフロウを褒めて、ギルドへと向かう
時折物言いたげな視線が突き刺さるが、この人混みの中では小さな身体なんてすぐに紛れてしまう
見失ったのか興味を無くしたのか、視線も誰も何を言うでもなく……順調にギルドに迎えている
─────筈だった
噴水の広場に辿り着き、少し休憩をと思って噴水の縁に座ってフロウを膝に乗せた
………そこまでは良かった
ギルドに向かうまであと少しだとぼんやりしていたのに、耳を覆いたくなる声が響いた。…実際すぐ塞いだ。フロウも休んでいたのを飛び起きて、人のお腹に頭を突っ込むように寄せててくるし……地味に痛かったが、フロウも耳がいいんだろう。仕方ないなぁ、なんてついつい口許を緩めながら上体を曲げて覆うように耳を塞いであげた。多分痛いっていうよりかはびっくりしちゃったんだろうな
何事かと辺りを見回し……泣きじゃくってる金髪の……一言で言うならば、正統派美少女と目があった
周りの人も何か声を掛け、美少女も幾つか返すが…大人が首を振れば美少女の高い泣き声が上がる
とりあえず誰か、泣き止まして上げて。他人に放り出しながらズキズキと痛む頭を抑えた。偏頭痛並に痛い
とっとと離れてギルドに行こう、そう思ってフロウを抱き上げて逃げ出そうとしたら……何故か美少女が駆け寄ってきた。何で?
「あ、あのっ……!」
「待って、これ以上寄らないで。……あー……貴女の声が、高すぎて私には痛いので」
思わず突き放す言い方をしてしまったがすぐにうりゅ、と潤みだした碧眼に慌てて理由を説明する。少し離れてようがこの距離で泣かれたら頭痛で死ぬ、鼻血出そうになるから嫌だ
幸い分かってくれたのか歩を止め……泣くのを我慢してくれた。偉い。いい子
私より幾つか歳上だろうか……ナオと同い年かな。多分
絹のような光沢ある金の髪に、ふわふわの可愛らしいお洋服。どこぞの令嬢だろうか
そんなお嬢様が何のようだろうか?
令嬢が欲しがるような知識なんて多分持ってないと……
「あのっ、姉様……アウリル姉様を、知りませんか…?!」
持ってた。しかも最近知り合った人だ
姉様ってことは……妹さんだろうか。……確かに、アウリルさんの髪を伸ばして、ふわふわのお洋服着せたら…似てる……か?
黙ってしまったからか、また涙を貯める姿に性格は似てないなどと思いつつ、泣かれるのは堪らないと手を取った
「たぶん、ギルドに居る筈。……私もいくから、一緒に」
言葉がぎこちなくなるのは頭が痛いから。一回痛くなると収まらないんだよなぁ……フロウはびっくりしただけだからか回復してる。ズルい
嬉しそうに表情を輝かせた美少女……繋いだ手を見て慌て出した。…知らない人に手を握られるの嫌だよな、咄嗟とはいえ申し訳ないことをしてしまった……
手を離して先を少し進んで着いてきて、と示す
離した手を握ったり離したりしてた。……消毒とか、見てないところでされそうだなぁ…まぁ、貴族ってそういう人とか居そうだもん
特に話すこともなく、ある程度進んではちゃんと着いてきてるか確認して、また進む
彼女の声は女の子らしくて可愛いんだけど……上擦ったり、泣くとなると耳が痛くなるので会話がないのは助かる
気まずくなりはするが、ギルドがそう遠くないのが助かった。…中に入れば、溢れんばかりの笑い声と好奇の視線が向けられる。此方は此方で頭が痛くなる……さっさとアンさんのところに行かなくては
視線も揶揄う声も完全無視。美少女は戸惑っていたけど、相手にするだけ無意味だし時間の無駄だ。見つけたアンさんの所へ足早に駆け寄って何やら後ろを向いていたのでバンバンとカウンターを叩いて主張した。…勿論背伸びも忘れず
「急かさずとも仕事はするって……あれ、なんだ。お嬢ちゃんか。…それにノエルも。どうした?」
「私はお使い、です。あの子は…」
「あ、あの!アウリル姉様は…!!」
「ちょっと待って。……よし、二人とも中においで。お嬢ちゃんは少し横になった方が良さそうだしな」
持っていたファイルを仕舞って、カウンターから出てきたアンさんに着いていく。……顔色、悪かったのだろうか
この間来たところと同じ部屋に通され…アンさんにひょい、と抱えられたと思ったらソファに寝そべさせられた。普通に座ろうとしたら「横になってなさい、温かい飲みものを持ってくる」と軽くお叱りを受けてしまった……アンさんも過保護だ
ふわふわの掛けてくれた毛布に包まり、乗り上げてきたフロウも一緒に横になる。フロウからとてもいい匂いがするのは今日沢山お日様を浴びたからかな
なんだかぽかぽかしてきて……自分の手足が冷えてる事に気付いた。多分それに気付いたのだろう。……やっぱり早く音に慣れなくてはいけないなぁ
「ノエル…!何故ここに?!」
「アウリル姉様!」
不意に扉が開いたと思ったら美少女と美女の再会。アウリルさんが心配そうに膝をついて美少女を見ると、次に此方に視線が向いた
「レン嬢……!」
「う…ぅん、レンで大丈夫…です…」
新たな呼び方にちょっと毛が逆立った
皆お嬢とか、お嬢ちゃんとか呼びたがるけど……普通にレンでいい。慣れてなさすぎて鳥肌たちそう
不安げに覗き込んできた二人……顔がよくて目がチカチカする、どうしよ。離れて欲しくて毛布に縮こまると気を使ってくれたのか離れてくれた
兎も角、何の理由があって彼女がアウリルさんに会いに来たのか知らないが……アンさんに休めと怒られてしまうので、話し込む二人を他所にフロウを抱き締めて目を閉ざした
眠るつもりは無かったのだけど……倦怠感が酷くて、気付けば意識を手放していた