第五十五話
レンが教会に入ってから暫し、俺らは暇をもて余していた
犯人だろう野郎共は縛り上げてあるし、猿轡も噛ませている。クリフトとかいう奴隷商は魔物達一人一人の状態を確認し、怪我を見つければくしゃりと顔を歪ませて抱き締めてるのを何度も見た
リムネル曰く、アイツは少なくとも売り物としか見てない奴隷商とは違うらしい。…レンも然程警戒して居らず、デューの奴もクリフトではなく縛られた男共の頭上を緩く旋回している
また、未だ子供といって差し支えない二人はクリフト達を眺め、此方の視線に気付いたのか頭を一人が下げた。つられたのかもう一人も頭を下げ、語ることもなく再びクリフトに視線を戻した
レンが警戒してないだけで、俺らはしている
あの二人はそれが分かってるのだろう。余計なことを言わず、動かず。唯一レンが居たから話が出来ただけで、居ないのだから話す内容がない。俺らだけで神父のところに行けば間違いなくアイツは拗ねるし、神父の望んだ結果でもないのでやはり拗ねるだろう
叩き起こされたときのメモにも頭を抱えたが、ざっくりとしか聞いてないが、今回はどうやら神父からの使令があったらしくレンが彼等を捕縛することらしい
俺らを動かせばとっとと捕まえられたであろうが…どうやら俺らが寝込んでるのを案じたらしく、起こすこともなかった
久しく感じる魔力不足ゆえの倦怠感。リムネルのやつも何処と無く怠そうに時おり体を伸ばしたり解している
この地は国随一の治癒に特化した特別な場所だからこの程度で済むのだろう。エルフの郷でもここまで魔力が循環させやすい場所は神域を除いてないだろう
この世のあらゆるものには、魔素が含まれている。生まれ持って魔力を持たないものが居たとしても、魔素は別だ。何せ空気にすら含まれる
魔素。読んで字のごとく魔力の素となるもの
魔素の濃度が濃い場所は魔力の回復がしやすい。…勿論、それだけでなく身体の活性化であったり、ただの布が魔素を含んだ特別な魔力布になったりと魔素の研究は日々進められている。無論濃くなればそれだけ危険があるにはなるのだが…この場所は魔素が濃いというよりは本当に循環がいい。地脈の上というのもあってか身体に例えるならば新陳代謝がよくなったようなものだ
…それはさておき、レンを呼びにいった方がいいかもしれない。このまま気まずいのは落ち着かないし、本調子ではないのでなるべく俺ら以外の監視役が欲しい
こいつら、魔力自体はそこそこ高いからな。土壇場で魔術を発現させて暴発なんてされたら堪らない
「すいませーん!!!」
と、そこへ、場違いなほど明るい声が響いた
教会から王都の街へ続く道を駆けてくるのは一人の女。街の警備兵に似た服と鎧を纏ってるので、ユア王女かガルシア殿下とやらがレンの知らせを受けて派遣してきたのかもしれない
既に捕縛した旨は連絡を出してるらしい。流石のヴォルカーノ神父も見張りが少ないことを懸念したのだろう
「すいませーん!!!あの、私ユア様の護衛をしてるものです!捕縛した、との連絡を受け引き取りに伺いました!」
「………引き取りに?共に向かうのではなく?」
「はいっ!あとは引き渡すだけですから私一人で足りるとの事です。…あぁ、私これでも近衛の中でも精鋭しか居ない直属の護衛なので実力はありますからご安心を!」
捕縛することは確かに課せられていたが、そういえば確かに尋問をするようにとは言われてないな
…ただ、いくらなんでも女一人でこの人数を連れていかせるのは無理があるだろう。レンの奴、知らせるときに人数を書かなかったのか?
「流石に手が足りないんじゃない?アタシ達もどっちにしてもヴォルカーノ神父に用があるから一緒に行くわ」
「いえ!私はこのまま王都に向かうのでお気遣いなく!…それで、捕縛なされた方はどちらに?報酬を預かってますから今渡してしまおうかと」
懐から出された巾着は相当な重さが伺えた。確かに持ち歩くのも不便そうだしこのまま教会に置いていった方がいいだろう
呼びに行こうかと教会に足を向けたとき、丁度よく扉が開いた
「……あれ?なんか増えてない?」
「あぁ、丁度いいとこ「君が捕縛してくれたんですね!」
「誰。気安く触んないで」
「おっと!失礼致しました、私は第四騎士団のルシェシラルトと申します。どうぞルシェ、とお呼び下さい。皆、そう呼ぶのです」
「……はぁ…」
「事情はユア様とガルシア殿下、それからヴォルカーノ神父様より伺っております!罪人の引き渡しは私の方で行いますので、貴女様はどうぞこのままユア様と合流してください
あ、それと私ジュエライトにも少々詳しいのですが、健康診断も兼ねて会えませんかね?」
「そうねぇ、彼女一人くらいならあの子も警戒しないだろうし、怪我を治したとはいえジュエライトに詳しい人に見せた方がいいかしら…ねぇ、レン。じゃれてないでどうなの?あの子が一番懐いてるのは貴女でしょう?」
「えっ………ぁ、…うん」
手を取り、喜びを露にしたルシェに対し、嫌悪感を露にするレン。相変わらず初対面で触られるのは苦手らしい
それに次いで一瞬、レンが俺達の方を見たが、フロウがじゃれついて視線は下がる。気が抜けたのか、暫く構って貰えなかったからか、珍しく人前でしつこくじゃれついて居るが…それもレンが優しく撫で、見詰め合うと収まった。従魔と術者同士で軽く意識の疎通でもしたんだろう
「んと、今はルノーと二人きりにさせたいから無理。それに体調も問題ない筈。……引き渡しはユア様達に私がするから、あなたも着いてきて」
「いえ!そんな訳には行きません!罪人を姫様の前に出すなど言語道断!何をするか分かりません!…それにルノーというのは彼らのの連れなのでしょう?ならばジュエライトと共にさせるのは危険です!」
「……………分かった。ジュエライトを連れてくるから、大人しくしてて。それに捕縛して連れてくまでが私の仕事だからそこは引けない。文句があるなら先に帰って報告でもしてて」
「し、しかし…!危険ですよ!私も着いて「煩い」
レンが女に厳しいのは珍しい。だが今回は確かにレンにとっては神父から課せられた大事な仕事でもあるから、ミスは出来ないのだろう
「レン、一人で抱えることはないんだぞ。協力するのも大事だ」
「…アヴィリオの事は好きだし、尊敬してる。リムネルも勿論。でも私のやり方でやるから邪魔は怒る。失敗しそうになったらちゃんと言うから」
「まぁ、ヴォルカーノ神父が信頼して任せてる訳だしね…分かったわ。アタシ達は指示に従うから…ルシェ、アンタも聞いておきなさい」
「………はい」
「フロウ、残ってて。見張りをお願いね」
服が汚れるのも厭わず、膝を着けてフロウを抱き締めながらそう告げるレン。さりげなく毛並みを堪能してるのだろう、抱き締めてる時間が些か長い
再びレンが消えたことで落ちる沈黙。それを遮るように再び明るい声が響いた
「いやぁ、しっかりした子ですね!」
「そりゃあヴォルカーノ神父仕込みの子だもの。」
「それはそれはなんとも…ところで、ジュエライトの事を知ってるのは此処に居る方とあの子だけですか?なるべく、知ってる方は保護したいのですけど…」
「俺らだけだろう……クリフト、お前誰かに話したか?」
「………」
「おい、クリフト?」
何故かじっとルシェの事を見詰め、返答がないクリフト。見惚れでもしたか?
そう思っていたら、何故か抜刀し、それぞれが構えた
「おい!!」
「……俺はこれでも商人の端くれなんでな。人の癖は見てる」
「お二方は気付いてないんですね……ネル、お前は?」
「俺は多分同じ様に見えてる。でも兄貴やお前が警戒してたからしただけだ」
「上出来だ」
「おやぁ、そこの三人は捕縛してなかったのですか……駄目ですよ!罪人はすぐ付け上がるんですから!
お二人は庇わないで下さいね?罪人の仲間だと思われたくはないでしょう。ささっ、私の後ろに!」
真っ直ぐ、俺らを越えてルシェただ一人を睨む三人に対し、子供がするように胸を張るルシェ。直ぐ様剣を構え、三人を見詰めた
彼女の言う通りまだ部外者の俺らが庇えば罪人と思われても仕方ない。詳しい事情が分からない以上彼女もそう思うだろうし、レンが許してるから俺らも捕縛してないだけだ
「──なんだ。気付いてるの私だけかと思ってどうするか考えてたのに」
「レン!…って、アンタその短刀どうしたのよ!」
「…こうする」
二本の短刀を手で遊びながら出てきたレン。クリフトに視線を向け、ルシェを視界に捉えると……彼女目掛けて、短刀を投げ付けた
「っと、貴女も罪人の仲間でしたか!!!」
「そんなわけ無いでしょう。そんなに叫ばないでよ、煩いな。ネル、ハイト、アシストして。クリフト、合わせて」
「おい!!何してんだっ…!っ……てめ、フロウ!!邪魔すんな!」
止めに行こうとすれば脚が土で固められてることに気付いた。リムネルも殴って瓦解しようとしてるが、全力で固められてるのだろう、破壊できてないし、俺も動かせやしない
ならば俺が魔術でフロウではなくレンを止めればいいだけの話
あの三人に絆されたのか、理由は分からないが少なくとも悪いことをしてる。そうに決まってる。冗談を言ってる場合じゃないのは分かってるはずだろうに
………あれ、なんで俺決めつけてるのだろう。…いや、事実、レンはユア王女が寄越した兵を攻撃してるんだから当然だ。頭に靄が掛かった心地がするが、レンを止めるのが優先だ。何かルシェが言う度にレンを止めなくてはいけないという気持ちが膨れる
「レン!!!いい加減にしろっ!!」
「っ……アヴィリオは黙ってて!!」
横から水をぶつけるも、それだけで止まる筈がなく。クリフトと共に接戦を続けている。若干だが二人を相手にしてるせいで圧し負けて居るように見えた。…なら、レンを戦闘不能にせねば。……そうだ、アイツはしぶといから手加減なしで
「アヴィリオ!!!駄目!!」
「しまっ、」
リムネルのつんざくような悲鳴に我に返った。手加減のない火球。そんなもの弟子にぶつけるなんて有り得ない。だがもう遅い
一瞬でレンの間近まで迫った火球。クリフトを押し退かし、防ごうとしたのだろう。…だが間に合わず、驚き、瞳を大きく見開いたレンと……その奥で薄らと笑うルシェが見えた




