第五十四話
────城内にて
「さ……流石ですな、ナオ殿下!」
「いえ、私はまだまだ未熟ですよ。ノーブル侯爵。手加減されていたのでしょう?お手合わせ頂きありがとうございました」
コツ、とチェスの駒を置いて圧勝で収めた盤を見下ろす
吹っ掛けてきたわりに弱かったな…この国で普及してないから舐められてたんだろうとは思うけど
口の端を若干引き攣らせながら駒を戻す男。…サルバルフ国の侯爵家なんだとかで話し掛けて来た。…いや、勿論階級の下の者から声を掛けるなんて無礼もいいところなんだけど、第二王子…アレフ殿下と話していたものだから、紹介される形になってしまったことに内心舌打ちしたのは記憶に新しい
今だって、ユアに調査を任せた代わりに接待をやらされてるわけで…とんだ貧乏クジだ。何故かアレフ殿下は僕に接触をしたいようで、この後には昼食を共にしなくてはいけない。…あぁ、憂鬱だ
「ご謙遜を。我が国でも殿下のお話は耳にしますとも。……別の世界の記憶を持つ特別な方なのだとか。…まぁ、もっとも、それは世界中の者が知ってることではありますが…」
「初めは葛藤しましたが、私も今は隠すつもりはありませんからね」
「はは、我が国の者と違い随分と落ち着いていらっしゃる。流石の一言に尽きますな」
「確かガルシア殿下の婚約者殿が転生者だとか」
「まぁ……シアレスという小娘なのですが、いやはや、殿下とは比べ物になりませんよ。アレは」
…自国の王子の婚約者相手に随分な言いようだ。しかもアレ扱い…あの子が聞いてたら腹を立ててたことだろう
何せあの子、人を物扱いするの嫌いだから。特に女性や子供、抵抗できない者がぞんざいに扱われるのを良しとしない優しい子。…人のために泣ける可愛い子。……会いたいなぁ…
「あぁ!そういえば、今はガルシア殿下の元を離れ城下外れにある教会に居るとか!あの教会には退いた貴族の男と、なんでも薄汚い孤児が居るそうですね?あの娘に良からぬことを吹き込まねばいいのですが…」
「……あぁ、何せそちらの侍女達がまったくと言って良いほど機能していなかったからね。そちらの国では許されてたのだろうが、我が国では見逃せられない。よって、陛下とガルシア殿下判断のもと信頼できる公爵家に預けたんだ。…因みに、今のは聞き逃して上げるけど、彼は少ししたら現役に戻る公爵だから…君より位は上なんだ。後は、わかるだろう?」
僕が黙ったからか、ここぞとばかりに民の避難をしてくるとか、三流以下としか言いようがないが…君が馬鹿にしたのは僕の最愛とその身内だ。聞き逃して上げただけ優しいだろう。…何せ、あの親子ならそんな事はしない。一発アウトだ
シアレスをバカにしたかったのだろうが、元々彼女は賢い側だったのだろう。ガルシアが認めるほどなのだから。…いや、多少贔屓目に見てるかもしれないだろうが、そうだと思いたい
それに侍女達がアレで、近くにアレフ殿下のような人が居るのなら水面下で助けを求めるしかあるまい。…あの娘なりの最善を頑張ったのだから、僕とてわざわざ鞭を打つような真似はしたくない
あと何処の馬鹿だ、シアレスの所在をばらした奴。…………いや、もしかしてイクスか……?
「……それは失礼致しました。私からもきつく言っておきましょう」
「そうしてくれると助かるよ。自国なら許されるだろうが、ここは君らの国ではないからね。…あまり好き勝手されると困るんだ」
「肝に命じておきますとも!…おや、そろそろ昼の時間ですかな?」
「もうそんな時間か。…客人を待たせるわけには行かないからね。行きましょうか」
僕もノーブル侯もあくまで笑みは絶やさず、慎重に腹の探り合いを重ねる。…もう少し馬鹿だったのならさっさと証拠を上げられたのに、難しい。…イクスはこういうの得意なんだよな
僕もユアも、イクスの事を本当に尊敬している。多分、生まれもっての天才というのは彼の事だろう
でも妬ましいなんて思わないし、矢面に立ってしまったから王位を僕が継ぐこととなったって知らせたけど……アイツ、僕がレンを囲い込もうとしてるのに気付いてる。それでいて譲ってくれたのだから頭が上がらない
何時だって夢見るのは彼女との幸せな未来
いつまでも童心を忘れない、可愛い可愛いあの子。…他の誰かの手垢がつくなんて許せないけど、もしそうなってしまったら。…そう思うと恐ろしい。城下だからこの辺りはマシだけど…決してこの世界は治安がいいなんて言えないんだから
だから、そうなってしまう前にあの子の隅々まで、僕の色で染めてしまいたい。黒に混じるのではなく、黒を覆う白に
あぁ、そうだ、あの子ってば組み敷いて、押さえ付けながら揺するとイイ声を上げるんだよなぁ。指の先を絡ませて、奥の奥を優しく小突くと喉に張り付くような濡れた悲鳴で…………っと、いけない。この先は考えたら落ち着かなくなる
まぁ、神父とあのエルフ達が居るし…何よりあのフロウが居る。早々僕以外の誰かに触られるなんて事はないだろう。…あぁ、でも惚れ薬とかはなぁ……僕は対処できるけど怖いなぁ…多分あの子対処の仕方わかんないだろうし…レイルに使いっ走りさせるか…?
『おい』
冗談だよ。少なくともノーチェと接触するにはレンとの距離を詰めなきゃいけないんだから、だったら直接言うって
ふっ、と自然と笑ってしまった。…そのせいでノーブル候のお喋りが加速してしまったが、まぁ、適当に相槌をしてただけなので気にすることはないだろう
北の国の名物とか、別に興味ないし。気になったことはガルシアに聞いてるから同じことを言われたところで何にも響かないんだよなぁ…
まぁ、それでも建前は必要な訳で
うんざりとしながらも顔には出さず、漸くたどり着いた食堂の扉を通る。…既に豪華な料理が机を埋めつくし、北の国では貴重な蜂蜜を使ったデザートや肉がところ狭しと置かれている
野菜も勿論。果物だって贅沢に並んでいる。…こういうところでケチると我が国が舐められるので無駄な贅沢というわけではない。…手をつけなかった物は賄いに、食べ余ったものは家畜の餌や肥料にする
「お待ちしていた」
「もうお着きでしたかアレフ殿下。我が国の魔術師はいかがでしたか?」
「ふん。大した魔力もないくせによく魔術師を名乗れたものだ…と言っておこう。居なかったが宮廷魔術師とやらも大したことはなさそうだな」
「……獣人の本領域は肉弾戦ですから、ご容赦を」
僕の手前、言葉はある程度繕おうとしてるのだろうが……僕含め我が国を下に見てるこの態度
……結構僕、あんまりあの子以外の事で腹を立てることはないんだけど、……イラッとくる。我が国の魔術師団達は全員肉弾戦も得意としてるのを知らないのだろう。…いや、恐らく団長が意図的に隠したんだな
魔術師の力量は、なにも魔力の保有量だけで完結するわけではない
他者の作った術よりもオリジナルを扱う者の方を重く見て、最近では遠距離転移の魔術陣の開発も成功した。…僕が口を挟んだとはいえ、完璧に再現するのは本人達の努力の成果だし、報われない努力をしたとしても彼らは満足している
魔術師の根底は基本知りたがり
僕にすら質問攻めするほど知識欲に飢え、満たされることはない
魔術陣の開発は、魔力が少ないものでも安定して大魔術が打てるように、とのことで開発されたのだが……既に扱える時点で世界的に大発明とも言えるのに、それで満足できる連中ではなかった
僕の管轄の魔術師団なんか、特にそれが顕著で……少し………いや、結構鬱陶しい。でも国のためになるから無下にも出来ないし、僕の事を第一に考えてくれてるのであまり雑に扱えない
ノーブル侯爵はアレフ殿下を心酔してるのか、腰巾着になるばかりだし……あぁ、本当、やだなぁ、接待。父上は逃げるし
食事も、普段は美味しいはずなのに味がしない。一緒に食べる人が違うだけでだいぶ変わるなぁ……あぁ、レンと一緒にご飯が食べたい。凄く美味しそうに食べるんだよなぁ…卵焼きとか、一緒に作りたいな。僕はだし派で、あの子はお砂糖派。でもどっちも同じくらい美味しそうに食べてくれるんだ。お肉とかお寿司とか食べた時の表情がほんともう可愛くて堪らないんだよなぁ…
「そういえば、シアレスは貴方の息が掛かった貴族の所に居るとか」
「ん?…あぁ。さっきノーブル候にも話したけど、何せ侍女が酷くてね。ガルシア殿下からも話は頂いたから信頼できる公爵家に預けたよ」
「ほう?小汚ない孤児が居る教会が信頼できる、と?…あぁ、確か珍しい黒猫族の混血の娘だったか。とはいえ、公爵家の血を引くわけでもない……あの娘に余計な事や傷がついたらどう責任を取るつもりで?」
「…あの家に限ってそんなことはあり得ない、と断言しましょう。ガルシア殿下も確認しているし、何よりシアレス嬢本人が変わりたいと言ったんだ。僕はそちらを尊重したい。それに黒猫族の子も、公爵令嬢としての教育は受けてるからいい刺激になるだろう。…それとも貴方はあの子が変わるのをよしとしないのかな?」
「…………女は母のように慎ましく後ろで黙って居ればいい。黒猫の小娘は調べたところどうやら真逆の性格らしいな?殴る蹴る、しかもこの王宮でのことだとか」
「……あぁ、あの事ね。アレは陛下がお許しになったからいいんだ」
「野蛮な娘な事だ。貴方の臣下となる娘なのだろう?躾はしておいた方がいい。──あぁ、そうだ。シアレスが世話になる代わりに我が国から人員を貸し出そう。なに、痛みと花を手折れば支配など容易だ。嫁にも取ってやろう。我が国との繋がりも出来るし、王になる貴方にとっては良いことだろう?」
カチャカチャと食器が奏でる音が鬱陶しい
食事をしながら、さも当然と言うこの男の神経を疑った
花を手折る…即ち、強姦を、何てことは無いように。我が国民を、臣下を、僕の最愛を。…怒りのあまり吐き気を覚えたが、水で無理矢理流し込む
北の国では女性の扱いは軽い。王城に近ければ近いほど、女性の尊厳は失われる。…日常的にあるのだろう。性暴力が。そりゃあ獣人が居着かなくなる訳だ。あまりにも酷すぎる…ガルシアの奴、それを知って無茶な改革を……アレフ殿下だけでなく、黙ってる家臣らも同罪だろう、コレは
「…内政干渉になるので、そちらの国のことは言いませんが、我が国では犯罪です」
「バレなければよかろう。…貴方も邪魔な要因は消して起きたいのではないか?先代に認められた公爵など、力を持ちすぎて厄介だ。…それに我が国との繋がりは大きなパイプになるだろう。私も貴方に協力したいのだ、兄君を蹴落とし、玉座を手に入れた貴方に
───私ももう直に、そこに座るのでな」
……あぁ、分かった。この男が僕に接触したがる理由
僕の事を、同族だと見てるんだ。この人
僕はイクスを蹴落とした訳ではないし、そもそも継承権はあるものの順位は決まってないというのに…僕が王になるから、蹴落としたと勝手に思ってるんだ
──ふつふつと、怒りで頭が沸騰しそうだった
殴ってしまいたいのを堪え、テーブルの下で手を強く握る。…爪を立てなきゃ、無理矢理繕った笑みが崩れそうで、給仕の視線に気にするなと柔く尾を振るう
あぁ、尻尾をコントロールする術を身に付けていて良かった。獣人の素直さは時に厄介だ
僕と結託して、ガルシアを蹴落とすのに協力させる気なのだろう。ガルシアとの繋がりはガルシアの父君以外で北の国で知る人は居ないのだから
「悪い話ではあるまい。返事は後日に」
「……聞かなかった、事とします。国として抗議してもいいですが、私も貴方も暇ではないでしょう
ただ、一つ言っておきましょう」
抗議してもいいが、揉み消される可能性も高く、それにこの場にいた給仕達の身が危なくなる可能性がある
顔色が悪い女性達も居る。アレフ殿下をこの場に居させたくないが……あの子を、僕のレンを、慰み者にしてしまえといった事、逃しはしない
食事を終え、立ち去ろうとしたアレフ殿下とノーブル候は僕の言葉に足を止め、少しだけ体を此方に向けた
「僕の世界にも猫って居たんです。小さくて可愛らしい
でも、猫は祟りますし、小さく愛らしくとも狩る生き物です。甘く見てると手酷い目に合うことでしょう。…それでも手を出すと言うのなら、ご自由に。だが私の国で好き勝手は許さない。ここは私の国だ」
「…………ふん。そんな爪にやられる軟弱者は家臣に居らん。それに貴方の世界の猫の話だろう?黒猫族といえどただの女だ」
吐き捨てるように、それだけ言って自室に戻っていった二人。扉が閉ざされて、漸く力を抜けた
あぁ、給仕の彼らもよく頑張って耐えてくれた。獣人として、聞くに耐えなかったろう。…女性達も、僕が居るから懸命に給仕に徹しようとして、怯えるのを隠して立っている
震える手も、泣きそうな顔も、申し訳なくて近くに居た一人を手招く
「此処に居るものは一先ず今日はもう休み。よく耐えてくれたね。…明日以降はアレフ殿下と会わないように給仕を外してあげて。母上には言っておくから、女性は母上の給仕と入れ替わり、男性は父上の方と入れ替わりで
他言は無用だよ、君らの身が危なくなる。明日は休んでもいいから……ごめんね」
「いえ、どんな話であれど、私共は顔に、態度に出してはいけない立場。主人の顔に泥を塗ってしまうことになり申し訳ありません」
「いや、こんな場所でする話じゃなかった。護衛たちと君らは違うんだから怯えたり驚くのは当然だ」
「…殿下のお心遣いに深く感謝を申し上げます」
老齢の彼は、確か孫娘が結婚適齢期だったか。…想像して腹立たしかったのだろう。白い手袋は若干爪が覗き…その手には所々赤いシミが広がっている
このまま残るわけにはいかず、僕も自室の道を行く。控えてた者達に父上と母上の元へ伝言を、それからアレフ殿下の周りの警備を見直すよう頼み、久し振りに一人の時間ができた
「…あの子の爪は鋭いよ。なにせ僕と同じ世界の子なのだから」
ベッドに倒れながら一人溢し、逆さになった窓を眺める。…今日の空も蒼く、よく澄んでいる
きっとあの子の反撃は、そろそろ狼煙を上げるのだろう。どうか、あの子が怪我など負わず物事が落ち着けばいいのだけれどね…




