第4話 異界、ニライカナイ
ザザーン…ザザーン…
波の音が心地良い。
ゆらゆらと優しく揺れている。
ザザーン…ザザーン…
潮風の香りがする。
ここは何処だろうと思い、庵は目を覚ました。起き上がると、体には赤いマントが掛けてあった。そして自分は今、木の小舟に乗って海の上にいた。
赤いもの…そういえば、自分は斬られてしまったのにどうして傷一つ無いのだろうか。何故船に乗っているのか、そう不思議に思っていた時だった。
「気が付いた?」
中華服にありそうな柄をした、ケープのようなものを羽織った船頭らしき人から声を掛けられた。優しい低めのアルト位の声だった。
「えっ…あっはい。あの、私一体…」
そう言いかけたが、船頭がこう遮った。
「そうだよな…混乱するよね。少し落ち着いたらどうしてこうなっているのか説明するから、ちょっと待っててね。」
「あ、そうそう。髪飾りとれてたんだけど、今預かってるから安心して。今、風が強めだから飛ばされちゃうと困るしね。」
そう言われ頭の後ろに手を伸ばすと、髪がふわふわと風になびいていた事が分かった。
庵は深呼吸をし、辺りを見渡した。
鉛色の空に薄く霧掛かった海。そのお陰であまり遠くまで見えない。
庵はこのままずっと黙っているのもどうかと思い、船頭に話し掛けた。
「あっ…あの、私どうして今こうやって動いたり、喋ったり出来るんですか?体には大きな傷が出来たはずなんです!」
「ん?ああ。つまり何で…死んだはずなのに生きているかって事か。」
「はい。私実は怪しい人に斬られて…えっ?」
船頭の口から重く出た「死んだはず」という言葉に驚いた。
「死んだ…私が?えっえ…どうし、なんでっ…」
信じられなかった。信じたくなかった。まさか死んでいたなんて。庵の頭はぐるぐる回り、混乱が生じていった。それから目からじわじわと温かい液体が溜まり、どんどん頬を伝って行った。
船頭が船を漕ぐのを止め、庵を優しく抱きしめた。
「ごめんね。こう言う時ってどう伝えて良いか分からなくって…ごめんね…」
顔を上げると船頭の顔が見えた。船頭はずっと背を向けたまま船を漕いでいたので顔が全く分からなかったので、庵はその顔を見て少々驚いた。とても綺麗で中性的な顔立ちをしていた。そして庵を見る目はまるで姉が庵の事を心配しているときに見る目と良く似ていた。
「おねぇ…ちゃん…」
それを重ねてしまいそっと庵は呟いた。
少し落ち着きを取り戻し、庵は再び船頭に此処は何処か、どうしてこうなっているのかを聞いた。
「此処はね、ニライカナイへと繋がる海なんだ。」
「ニライ…カナイ」
ふとテイが言ってた事を思い出した。「死んだ人間の魂は、海の向こうにあるこの世界へ行く。」つまり庵はニライカナイへ行く真っ最中だったのだ。
「えっ!?でもどうやって運ばれて来たの!何処から私はこっちに来たの?」
「まーまー落ち着いて。ここに運ばれるにはまずちょっとした小島があるんだけど、そこに祠みたいなものがあってさ、そこに魂が運ばれて、祠の扉が開いて中から出られたらこっちの国で生きられるような体になってるんだ。そして船に乗ってニライカナイ本土へ行くんだ。」
そうだったんだ。と関心しつつ何処か心に引っ掛かった。それはテイの言葉だった。「君は全て知る事になるから。」どうしてあんな事を言ったのだろうか。まるで予言のようだった。庵はニライカナイへ来て、そして何かしらの秘密を掴んだりするように感じた。
庵は肝心な事を忘れていた。
「あっ!自己紹介していなかった…」
「あぁ!それならこっちは君の事、知ってるよ。伏見庵ちゃんでしょ?」
「!?どうして私の名前を!!」
初対面の相手がまさか自分の名前を知っていることに驚いた。
「あーっとね、知らされてたの。とある三人組…主にチュウギって奴に。」
取り敢えず知らされていたのは分かった。だが三人組とやらが何故庵の名前を知っていたのだろうか聞きたかったが、船頭が話を進めた。
「そいつにニライカナイに庵ちゃんが来たら保護、そして守護するようにって言われて、専用の船頭よりいち早く来たって訳。あ、船頭から船を漕ぐ許可は取ってあるから!」
「そうだったんですね…私の為にありがとうございます!!」
「そりゃ、我々にとって大事な人だからね…」
ボソッと呟いたが、庵は何を言ったのか分からなかった。
「あ、そうだ名前!!えっと…斉藤信乃って言うんだ。実は君と同じ、こちら側に来た人間だ。よろしく、庵ちゃん。」
「はい!よろしくです、信乃さん!」
二人は握手を交わした。
「おや?そんな事を話している間に着いたようだね。」
そう言われて、庵は髪を濡らさない様注意しながら船から顔を出した。
前方にはとても大きく、深緑色をしたものが霧から顔を出していた。霧が徐々に薄くなり、島だと分かった。
「まさか…この島が…」
「そう。これこそニライカナイ本土だよ。」
読んで下さりありがとうございました。ようやくニライカナイへ来ました…
次回も読んで頂けると幸いです