第38話 楽園の在処②
「何があったか、今は深くは聞かぬから安心しなさい。わらわはそう疑い深い者では無いからな。取り敢えず、落ち着く事を優先して欲しい。」
ゼヒはあの後女性の家に運ばれ、そのまま治療を施してもらった。
当の本人は、運ばれている最中に、安心したからか、気を失ってしまった為、気が付いた時には身体のあちこちは包帯だらけで、特に腫れ等が酷い所には冷罨法を行ってもらった。
「有難うございます…あの、お名前は…?」
「わらわはハタネ。皆からは大巫女と呼ばれている。」
「えっと…ではハタネ様…私、ゼヒと言います。ここは何処でしょうか?私が元いた国では無さそうですし」
ゼヒは女の人…ハタネに問いかけた。
ゼヒの国にも、かつて大巫女と呼ばれる者はいたが、ハタネはゼヒの国の大巫女ではない。
「ここは豊国じゃ。安心せい。ここにいればお主を襲った者は来ないじゃろ。何せ、わらわがいる最中に襲ったとなれば、皆バチが当たると信じているからの。」
と、少し笑い話の様な言い方をして、ゼヒの緊張を解こうとした。
「まあ、でも驚いた。あんな人気のない森にいたからの。あそこは良くわらわが洗濯をしに出入りする所だからの。」
「洗濯…?」
そう言えば、ハタネはあの時大きな布を持っていたのを思い出した。
「まっまさか洗濯物を…私!?」
血等で更に汚してしまったのかと、慌てた。
「そう騒ぐでない!傷に触れるだろう?安心せい。アレはそんなに汚れてないぞ。」
と言われて、ゼヒはほんの少しほっとした。
「ゼヒ、今は眠りにつけ。そう色々気にすると、良くならないぞ?」
ゼヒを宥めるように、ハタネは優しく声をかけた。
その時、幼い頃に母があやしてくれた事を思い出した。大巫女であった母は、家族にも、そして国の民からにも好かれる、穏やかで優しい性格をしていたと。
一度、母は、禍国の内情を知ろうと一人、旅立ったが、帰って来たものはかつて母だったものであった。
母、そして大巫女が居なくなった為、姉は母の立場を継ごうと、ひとり修行をしに出ていった。それっきり一度も戻ってこなかった。
「大巫女様〜目覚めましたか?」
戸の向こう側から、声が聞こえた。
戸が引かれると、一人の女性がいた。ゼヒは、向こうから現れた女性に対して、目を丸くした。
「えっ、お、お姉様!?」
「あー久しぶり。ゼヒ。」
やあ。という感じに、従者もといゼヒの姉は、手を軽く振った。大巫女も、この二人が姉妹だと思わなかったようで、「おや」と一言こぼした。
「久しぶりですね。まさかこんな所で…」
ゼヒの前に行き、そして布団の隅っこに座った。
「そ。あの後、ここ豊国に大巫女様がいるって知って、従者兼弟子になっているの。」
「ということは、二人は知り合い…というか姉妹だったのか。」
大巫女は、二人の会話を聞き一体どういう事なのか、聞いてきた。
「はい。ゼヒは私の妹になりますよ。」
「二人は姉妹だが、面影は多少あるが…あまり似てないな。どっちがどっち似なんだ?」
「私が父似。で、こっちは母似なんですよ。」
ゼヒの姉はそれぞれ指を指して説明した。
「成る程。」
「で、ゼヒ。大丈夫…な訳ないか。でも安心して。ここは私達以外誰も住んでいない。だからね、その…」
ゼヒはすっと姉の手を取った。
「有難うお姉様。」
ゼヒはにっこりと微笑んだ。
するとその時、ぐうーっとゼヒの腹から音がした。
自分が空腹である事が分からなかったようだったが、大きな音が出る程だったのかと思い、顔が火照った。
「そうだ、もうお昼だし大巫女様、ご飯でも用意したほうがいいんじゃないですかね?」
姉がフォローするように、大巫女に慌てて提案した。大巫女は、くすりと笑い一呼吸ついた。
「そうだな。じゃあ、容態を見た感じ、粥の方が良さそうかな?」
ちらりとゼヒの顔を見て、聞いた。
「じゃあ…お粥でお願いします。」
顔の火照りが収まらない状態で、しぶしぶ答えた。
「分かった。じゃあ、暫し待っててくれ。」
大巫女は立ち上がり、戸の向こうへと歩いた。
「大巫女様、私も!」
姉も大巫女に続いていき、大巫女と姉は部屋を後にした。
「まだ、伝えられそうにもありませんね…」
ゼヒの姉は、厳しい顔つきで、大巫女に聞いた。
「ああ。あの時…チル、お主も治療する為に気付いただろう。」
ゼヒを運び、治療をしようと着ていた服を脱がせた時の事。脚から伝う血を見て、姉は驚きのあまりに、声を上げそうになった。
「信じられないですが…妹に聞けそうに無いですよね。」
「そうだな…残念だが、様子を見ておこう。」
やりきれない気持ちの大巫女は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「親切な方…」
ゼヒは二人が去った部屋をぼーっと眺めた。
ここに来るまで、役半日ほど。
本当に長い間優しさも、何も触れられない地獄を味わっていた。
でも、大巫女の事だから、もしかして気付いているのだろうか。あの一連の流れを、そして自分の身に起こった事を。こうして治療を施してもらって、家に匿って貰っているような状態だから、何れはここを出なければいけないと思う。
行く当ても無く、頼れる人なんて今この家にいる二人だけしかいない。
「私に…居場所なんて…」
ゼヒは布団に顔をうつ伏せて、籠った声で呟いた。
「有難うございます…!とても美味しかったです。」
「そうか、良かった。」
出されたお粥を食べ終わったゼヒを見て、大巫女は満足そうな顔をした。
大巫女は、そのほほ笑みを何とか切り替え、渋い顔付きになり、一言言った。
「ゼヒ、お主は帰れる場所があるのか?」
唐突に大巫女が聞いてきた。
「えっ…?」
ゼヒはこの安息の時間がいつまで続くのかという事を空腹を満たした満足感で忘れかけていた。
「いえ…無い、です。」
ゼヒは、苦し紛れに言った。
現実を再び見るから辛くなるという反面、姉がいるから、本当は言いたくなかった。
「何で!?」
やっぱり、驚かれてしまった。
「お姉様、私ねお父様に追い出されたの。だから…」
「はァ!?父様が!!」
姉が怒りを交えながら声を出した。
その怒りは父に向かうものか、はたまたゼヒに向けられたものか、姉本人の心からも、ゼヒから見ても分からなかった。
「本当よ。でも、私が悪いから帰っても責めないでくださいね…」
ゼヒはそう言って、俯きながら言った。
「そんなっ…でも、何で追い出されたの?」
「それは…」
言えない。
ミマツ…禍人と恋仲になり、それが許せない父にバレて追い出された。
一見簡単な事だが、肝心なのは『禍人と恋仲になった事』。もしかしたら姉も父のように憤慨するかもしれない。
そして、故郷でも噂になっているから、こうして私を匿ってくれている別の国の人で、重要な立ち位置にある大巫女にも何らかの影響があるかもしれない。
果たして、打ち上げても良いのか。
「まあまあ、落ち着け二人とも。取り敢えず、話そうと思った時が来るまで待とうじゃないかの?」
「そ、そうですか…」
大巫女にそう諭されて、姉はおずおずと口を慎んだ。
「ごめんなさい、二人とも…」
「ゼヒ、そう気にするな。別にわらわはしんなに急いでいないし、な。」
と、言いながら、ゼヒの背を優しく擦った。
「ううん。私こそ悪かったよゼヒ。」
「お姉様…」
「ゼヒ、チル。話を戻しても良いか?」
どうぞと言う代わりに、二人は頷いた。
「じゃあ、ゼヒ、お主の身の安全の為にこの家に置く。それで良いか?」
「ハタネ…様…」
ゼヒは迷った。
本当に、私はここに居ても良いのか。分からないけど、この二人がそれで良いなら、私はここに身を置こう。
たった一つの秘密を隠しながらでも。




