第3話 刀の音
月曜日。その日はたんまりと本が積んであった。図書委員の仕事としてこの行事に当たった年の四年生は一番大変と言われていたが、まさかこんなにあると思っていなかった。
ゴールデンウィーク前に、庵達の通う小学校は長期間連休の特別ルール「一人最大5冊まで貸し出し可能」が発動した。ゴールデンウィークが開けた木曜日から本を返しに来る児童が大勢いた。本を棚に戻す作業は主に上級生の図書委員の仕事だったが、六年生は修学旅行、五年生は林間学校に当たり、残った四年生が主体となって棚に戻すのだが、庵だけ黙々と一人作業をしていた。
何故庵だけなのか。事の発端は20分前にさかのぼる。
他の図書委員の四年生メンバーは先生に呼び出され、返却された本の半分程棚に戻すように言われたのだが、作業中面倒くさくなったのか、段々お喋りが増えていった。ただひとり、庵だけを除いて。
それを見た他の図書委員は早く下校したいと思い、「家の用事で」「急用を思い出した」等と何かと言い訳をして庵だけに任せて帰って行ってしまったのだ。
トントンと扉を叩く音がした。
「失礼しまーす…って庵!?何で一人なの?」
「え?あ、アズ!!どうしたの?」
「いや…何か委員会の仕事にしてはかなり遅いから時間かかってるのかなーって思って来たけど…他の人は?」
「えーっと、用事だーとか急用でーとかみんな思い出して帰っちゃったんだ。」
梓はこれを聞いて少々…あきれた。庵一人に仕事を押し付ける同級生と、嘘にあっさり騙される庵に。
「ンッツーああーっ!!!庵!!さっさとここ片付けるよ!!」
「えっ!?あ、うん!!」
梓の手伝いのお陰でなんとか全ての本を棚に戻すことが出来た。なので二人は急いで家に帰る為、夕日に染まる校舎内を駆け、玄関で靴を履き替え、学校を後にした。
帰り道の途中梓は立ち止まって庵に話し掛けた。
「あのさ庵、あんたは本当に優しい子だよ。」
「え?何急に…」
「まーまー。最後まで聞いてよ。今日だって、嘘かどうかも分からない状態でみんなの仕事引き受けてたりさ。でもね優しいからその反面、酷い目に遭うかもしれない。だから少しは人の行動や言葉に気を付けて欲しいんだ。」
「…うん、分かった。心配してくれてありがとアズ。」
そう言うと庵は優しく梓の手を握った。
二人が歩いていると前方のT字路から黒いパーカーとズボンにサングラスといういかにも怪しげな格好をした人物が歩いて来た。
その者の手には牛蒡位に長い木の棒を持っていた。そして…こちらに体を向け、木の棒を両手で持ち、それを二つに分けた。中から長く光るものが顔を出した。それは紛れもなくこれだった。
日本刀だ。
そしてその者は、庵達に向かって走って来たのだ。逃げようとしても足が上手く動かない。
「…!!いっいお…逃げっ!!走って!!」
「あ…あ…アズ!!!!」
梓が引っ張ってくれたお陰でようやく走り出せた。
信じたくなかった。時代劇でしか見たことないものが目の前にあったらだ。そして自分が置かれている状況は絶望そのものだ。
もっと速く走ってまこうとして二人は後で取りに行けば良いと思い、ランドセルを捨てた。
ずっと走ってるから息が切れそうになる。足がじんじん痛い。髪留めもゆるくなり、髪が乱れて行く。だがそんなことを気にする余裕は無かった。後ろには日本刀を持って追いかける者がいるのだから。
ふと周りを見ると二つの点に気が付いた。まず、梓が何処にもいない。無我夢中で走ってたからか、はぐれた事が分からなかった。
そして目の前に聳え立つコンクリートの壁。もう無理だ。「私は助からない。」そう実感した。
後ろからドタドタと駆ける足音と空中を斬る音も聞こえたからだ。
「見つけた。」
妙に聞き覚えのある声の様だと思った時には、シャキンと切れの良い音がし、赤い液体が宙に舞い、それをただ見ている黒い服装をした者が瞳に写った。
もう、どうしてこうなったのか訳が分からなかった。
庵は視界が歪み夕焼けか自分の血液か分からない空を仰ぎゆっくり意識を失い息を止めた。
『こんばんは。きょう一日のニュースを振り替える、「おやすみニッポン」の時間です』
『では安藤さん、今日は痛いニュースが入って来ましたね。』
『はい、そうですね…今日夕方未明XX県〇〇市にて小学生二人が殺害され、誘拐されした。』
『殺害されたのは伏見庵ちゃん、誘拐されたのは玉川梓ちゃんです。』
『庵ちゃんは何者かに刃物で斬られ、その後死亡した模様です。一方梓ちゃんは遅くなっても家に帰ってこない事から母親が警察に連絡、そして庵ちゃんの犯人を調べている際に防犯カメラに梓ちゃんの誘拐が発覚し、現在も調査が行われているようです。』
『二人は同じ市内にある同じ小学校に通う児童であり、警察は同一人物またはグループ犯による犯行と見ています。』
『そして、庵ちゃんを斬った刃物は日本刀である可能性があり、銃刀法違反と殺人、そして誘拐の容疑で調査を進め、近隣住民に厳重注意を呼び掛け、明日から学生の登下校時には警察による見守りが行われるそうです。』
見つけた。潮の香りがする小さな小さな島。そこに少女は倒れていた。秋津洲から魂を送る祠が扉を開いていた。恐らく、ついさっきここに運ばれたのだろうか。
まじまじと見ると、きしゃな体つきにもちもちしてそうな頬。どう考えても幼い子供だ。
こんな子供に全てを背負わせる世界はなんて残酷なのだろうか、と思った。
私はあいつが持たせてくれた赤いマントを少女の体にくるませて運ぼうとした。その時、ぽとん。と何かが落ちた。
綺麗な赤い色をした青い玉が特徴的な組み紐。黒い髪が私の腕からさらさらと流れる。髪留めか。
私は紐を拾い、少女を抱え、乗ってきた船へ戻った。