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恒久の巫女   作者: 天哉
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第28話 紡ぎ、結び、ほどかれて

「登山?」

 帝と義実の突発な提案に庵は驚いた。

「ええ、登山。霊山のチヂ山と言う山に行って欲しいんです。」

「れい、ざん…?でも何で?」

「帝、それはどういう意図があるんですか?」

 チュウギも庵に続けて何故霊山に登って欲しいのか質問した。

「でもチヂ山って何?」

「霊山チヂ山。その昔、ジブノが国決めの際に神に力を借りながら行った山です。山は天に近い…つまり神の世界であるオボツカグラに近いと言う事もあって、神聖視されて霊山と呼ばれるようになりました。」

 帝の説明に「へぇ」と庵は感心した。

 だけど何故このタイミングで山を登ろうと言う事になったのかと新たな疑問が生まれたが、それを問う前に義実が答えた。

「この山は巫女に纏わる話があるから…戦いが激化する前に、いわゆる聖地巡礼みたいな物をして欲しいと言うのもあるけど、巫女就任の儀を行う際に使う『イビの榊』を採ってきて欲しいんだ。あそこは群生地だからね。」

 とにっこり怪しい笑顔で言った。

 恐らく、自分たちで採りに行くのが面倒くさいから聖地巡礼という口実で行かせるつもりだったのだろう。


「と、言う事なんだが、どうする。」

 チュウギが計画メンバーを集めて、登山計画を練ることにした。

「あの山ですか…きつい山だから誰か大人は居たほうが安心ですね。」

「チレイの言う通りだな。」

 正直なところ、チュウギは先程の話を聞いて、庵の身が心配だった。と言うのも、ニライカナイ一の山。道は険しく、子供の足では少々きついだろうと思ったからだ。

 だがそれよりも、禍人がいつ襲撃するかも分からない状態であるからだ。豊国の道中、崖から突き落とされた経験もあり、もしも庵が何らかの方法で落とされたりするかもしれないと思い、チュウギは心底心配だった。

「そうなると早ければ早い方が良いな。大巫女の怪我の具合からすると、もう少しで治りそうだし…」

 うんうんと仁が頷いた。

 確かに、主宰は大巫女で執り行われるだろうから、庵の為にも、祉国に着いた日に早速行われる方が良いだろう。

 巫女の就任の儀とは、神々の力を授かり、自身の霊力と同調させて巫女としての霊力を高める物であり、

 そして、道中に度々禍人と出くわした。裏を返せば、禍人が追っている、魔の手が迫っているという事になる。

 だからもしもの時を予測し、登山メンバーと城内に残るメンバーで分けておいた方が良いと考えた。

「じゃあ、庵ちゃんは登山めんばぁで確定だけど、他は…そうです!」

 チレイが何か思い付いたようだ。

「チヂ山にまだ行ったこと無い人っていますか?私は、ばば様達と何度か行ってて…」

「私達も行ったことあるぞ。」

 と、テイが言い、チュウギとギユウの方を向き、頷いた。

「俺も。旅してた時に一度行ったんだ。」

 仁も行ったことがあるようだった。

 すると、信乃がすっと手を上げた。

「実は…行ったこと無いんだ。」

「じゃあ信乃さんは登山にしましょう!他は、山により詳しい人にしますか?」

「それなら俺達で良いか。な、チュウギ。お前も来い。」

 ギユウが提案した。ギユウはチュウギの身体から出る気を感じ取ったかの用に、同行するようにと促した。

「あ、ああ…」

「決まりだな。」

 ギユウはポンッとたじろぐチュウギの肩を叩いた。



 翌日。

「気を付けてな!こっちの平和は俺達に任せなさいって!」

「頼りにしてるよ、仁君?」

 どんと胸を張る仁に、信乃がちょっと弄るかのように喋った。

「じゃあ、行ってきます。」

 庵は、剣をいつものように斜めに掛けた後、残るメンバーに向け、手を振った。

 大きく手を振る庵に、チレイとテイも手を振った。

「庵ちゃん、いってらっしゃいです!」

「ああ。気を付けて。」

 まだ夜空が水彩のようにうっすらと彩る早朝。庵、チュウギ、ギユウ、信乃はチヂ山に向かって出発した。

 庵は登山がどんなものか、楽しみと不安が入り交じっていた。

 山を登る感覚はどんな感じか。

 巫女と関わる山から見える景色はどんなものか。

 そして…本当の巫女となるための準備が整っている事。

 つまり、禍国と決着を付ける日が来ている事が、庵は全て分かった。

 徐々に歩いていると街が遠ざかり、家が少なくなっていった。そして、祉国の端にある山の麓まで来た。

「ここ?」

 庵は、木々の隙間から見える山道を見た。

 鬱蒼としていて、何よりも道がガタガタしており、根っこや岩が剥き出しになっている所も見えた。

「ああ。神聖な場であるから、観光地のようにある程度歩ける様に整備されている様な場所じゃないから、気を付けろ。」

 ギユウが忠告してくれた。

 チュウギは庵の目線に合わせ、しゃがんで言った。

「取り敢えず、ギユウ達と話し合ったが、登る時は庵の速度に合わせる。だから無理はしなくて良い。」

 庵は、ハッとした。

 そもそもこの登山計画を立ち上げてくれたのも、半分は国を救う為である事もあったが、こうしてみんなが自分を思って行動しようとしている事。それを思い出し、少し心が和らいだ。

「分かった。有難うみんな。」


 先頭をギユウ、その次にチュウギ、庵と挟んで最後に信乃という列を作って、歩き始めた。言われた通り、ギユウは庵のペースに合わせるように、いつもよりゆっくり歩いて、他のメンバーもそれに合わせた。

 山道は、整備されていないと言うだけあって、石や土、根っこでかなりでこぼこしており、かなり歩きづらかった。

 だが、一方岩や木にびっしりと生える苔、踏まれても、また元気よくぴんと背が伸びる草、岩の隙間から流れ、川を作る水に木々の隙間から漏れ出る太陽の光や青空…と、自然がかなり残っていた。

「凄い…!」

 庵は、目を輝かせながら、辺りを見回しながら歩いていた。

「庵ちゃん、登山初めてだったんだっけ?」

 と、信乃。

「うん。とても綺麗…!」



 庵の後ろを歩く信乃は、庵の変化に気付いた。

 少し息が上がり、疲れているようだった。

 慣れない山道と言うのもあるが、登り始めてから時間が経っている為、無理もない。

 頭上から鳥の声が聴こえた。木の枝で一休みしている様だった。

「どう?ここらで私達も休まない?」



「ぷはっ。」

 持ってきた竹筒で出来た水筒の水を飲んだ庵は、まるで生き返った気持ちになった。

 一行はややなだらかになっている場所で休憩を取っていた。

 背にもたれている大木が作り出す木漏れ日がキラキラと煌めき、その美しさにとても心が落ち着く。

「で、今回のルート説明をすると、まず先に山頂に向かう。で、その次に榊の群生地に向かって、採ったら下山という感じ。で良いんだよね?」

 信乃は確認の為にチュウギとギユウに問いかけた。

「そうだな…だが、群生地に関してだが、実は山頂一直線に行く経路を大きく反れる。」

 チュウギは、そう言った。

「そうなの?」

「庵、信乃。大まかに言うとこうだ。」

 ギユウ曰く、榊の群生地に向かうのが後回しなのは、登山口からかなり歩かなければ、その群生地に辿り着けない。もし群生地を中継して山頂に行くとすれば、山頂に着く頃には夜になっている。その位離れているらしい。

「群生地に着いた時に日が暮れるなら、まだマシ。あの辺り全体が平地になってて野宿も可能だ。だから、日が登っている内に歩ける安全な経路にした。」

「成る程!ということは、久々の野宿になるのか〜。」

 信乃は、これまでの旅で一度野宿をした事を思い出した。それと、庵と出会った時のことも。

「にしても、庵ちゃん出会った時よりも逞しくなった気がするんだよね…」

「えっ?」

「ほら、何というかその〜…責任感というか適応力というか?」

「要するに、巫女として確実に成長していると。」

「そそ、チュウギその通り!!」

 びしっとチュウギの方へ指を指した。

「そうかな?ただ、私はね、国やフセの魂、それにタマズサを救いたいってのもあるけど、自分を必要としてくれてる人に応えたい。それに、私は一人じゃないから。梓もみんなも見てくれてるから、此処まで来れたのは私一人の成長じゃないよ。」

 庵は、静かに、柔らかな表情で語った。

「後ね。」

 また、庵は語り始めた。だが、「やっぱ何でもない!」と、誤魔化した。

 本当は、チュウギについて言いたかった。

 ずっと気に掛けてくてたり、一人にしないと言ってくれた者の一人であるので、とても心強くなったのは確かだが、心の奥底で、チュウギに対するある感情があったからだ。

 自分を大切にして欲しい。

 そして、許して欲しいと。

 幾度と、自分を犠牲にしてまで何とかしようとしたり、心を閉ざしているかのように見える事があった。

 だから、庵はせめて自分だけでも心を許せる相手だと思って欲しい。

 私にもその想いを背負わせて欲しい。

 そう想っていた。


 だが、いざ本人を目の前にして、と言うのもあるが、ギユウや信乃の前で言うのも可笑しいし、恥ずかしくて言えなくなってしまった。

 それに、そうさせている原因は何なのか分からないのに、これを言っても良いのかと言う思いがあったからだ。

 何かを重く受け止めているチュウギに対し、自分はそれを背負えるのか、無責任な事になってないのかと、考えていた。



 休憩を終え、再び山道を歩いている途中、この世界の山についてチュウギとギユウから教わった。

「霊山と呼ばれる山は、禍国にもある。」

「それって、どんな山なの?」

「禍国の神と呼ばれる者が住まう地底『クブンカナタ』に繋がる場所らしい。此処よりかなりなだらかでやや低めな山らしいが、『霊山であり神の国と繋がるから』と言う根拠の無い理由でオボツカグラに繋がる可能性もあるかもしれないが、俺は禍国に行ったことが無いから真相は不明だ。」

 へぇ、と庵は関心した。

 禍国にも、神という概念があったのかと知った。しかもオボツカグラとは別の世界に住む神。

 もしかしたら、今後何かしら影響を及ぼす存在になるかもしれない。そう思うと、何処か身が引き締まる様だった。


 その後も、歩き続けた。

 ずっと同じ様な長く、険しく、やや急勾配な道が続き、足がの感覚がおかしくなりそうだった。その時。

「きゃ!?」

 足が縺れ、庵は道から足を踏み外してしまい、ズルっと落ちた。

 しかもこの道は崖のようになっていた。下の地面がかなり遠くにあるように感じる場所だった為「もしかしたら」と庵は一瞬感じた。

「庵!!」

 ガシッ!!

「チュウギ…!」

 間一髪の所でチュウギが庵の腕を掴み、宙ぶらりんの状態で何とか助かった。

 山道に庵を引き上げ、何処も怪我をしていない事が分かったのか、ほっとした表情を見せた。

「良かった〜…びっくりしたよ。」

「庵、気を付けろ。」

 と、一安心した表情の信乃とギユウも言った。

「みんな…ごめんね、心配掛けちゃって。」

 庵は、まだバクバク鼓動を上げる心臓を抑えながら、三人の顔を見た。

「焦らないで良いからな。」

 チュウギは、庵を見てそう言ってくれた。

「うん、有難う。」



 かなり歩いた。

 途中、休憩を入れながら歩き続け、ついに山頂付近まで来た。

 森が開け、光が一気に目に飛び込んだ。そして、光の白いベールが剥がされたと同時に青い空に、ニライカナイの緑やジオラマのように小さくなった街、水平線を描きながらも広大に広がる海が映った。

「これが、ニライカナイ…」

 庵はあまりの広大さに言葉を失いつつあった。ぐるりと頂上から見渡し、何処までも続く地と海に見惚れた。

 今までに訪れた国やまだ一回も訪れていない国。地平線に隠れて、よく見えない地域もあった。

 すると、気になる場所を見つけた。

「ねぇ、あれって一体何の国?」

 信乃が質問した。

 言われてみれば、天の橋立のように離れ気味になっている西側には赤紫色で染まった空にどす黒い地が広がっていた。

「あれが禍国だ。」

 と、チュウギが教えた。

「禍国!?」

 おどろおどろしい雰囲気を保つ禍国は、この世の物とは思えない異形なオーラを放っているかのようだった。

「ねぇねぇ、あそこの小島って祠があった所だよね?」

 庵は小島に向かって指を指した。信乃もそれに続いて同様の反応を見せた。

「そうだね。こう見ると結構歩いたね!」

 だが、庵はふと気付いた。

 丁度向こう側、祉国にある大きな半円が形度られた山の裏側に工国があった。

「あれが工国で豊国…ん?でも祉国に行く道ってこっちのほうが早かったんじゃ…」

「えっ!?」

「ほら、あそこだよ信乃ちゃん。祉国の街が少し小島に近いよ。」

 工国の左端。大きく弧を描く様に、地形が凹んでいるように見える場所がある。


 工国の森を挟んだ場所に波止場と点々とした街が見えた。流石ニライカナイ一の大国。と言ったところだが、小島は工国より遠い場所にあるように感じる。

 でも、よく見ると、地形が工国、豊国の二国分凹んでいるので、街や城に近かった。

「すまない…騙すわけではなかった。」

「でも、仲間集めも兼ねてだったから仕方ないよ。謝らないでよチュウギ。」

「アタシも庵ちゃんと同じだ。」

 とチュウギの目を見て、庵と信乃はフォローした。

 その時、チュウギは庵の異変に気付いた。

「庵?その目の色…」

「えっ?」

 庵は鏡を持っていなかった為、今自分がどんな目の色をしているか分からなかった。

「金色になっている。」

「本当だ!」

 ギユウと信乃も庵の目を見て驚いた。

 金色の目。普段は力を解放していない時は黒色の筈。なのに何故瞳だけ色が変わったのか。

『それは我の存在が近くにあり、力が封印されていようとも、我の力、存在が感じられる場であるからだ。』

「だっ、誰!?」

 庵は突然空から降ってきた声に困惑した。

 でも心の中で、何処かで聞いたことがあると、想った。


  覚醒セヨ、フセノ力ヲ持ツ巫女ヨ…


 ニライカナイに来たあの日に聞いた声とよく似ていた。


 マチヌシュラウヤサメーの事を教えてくれた声とも同じ。


 それに、周りを見ても、人はチュウギ、ギユウ、信乃以外いない。それどころか、庵の先程の発言に対し、何がどうなっているか戸惑っていた。

「もしかして!」

『そう、我はビンヌスゥイ…よく来たな、我の残した者の転生者、庵よ。』

「…!ビンヌスゥイ。」

 ビンヌスゥイ。その名前を聞いて、庵の状況を何となく三人は掴んだ。

「じゃあ、庵は今…」

「ビンヌスゥイと交信していると言う訳ね。」



『フセが祉国に残した物、それは我に関わる物。』

 そうだ、元々祉国に来た理由の一つに、フセが計画のために鍵となる物を遺したからだ。

「と、言うと…何か、最終手段みたいな物ですか?」

 うむと、ビンヌスゥイは頷いた。

『そうとも言い切れる程、妥当な物であるのは確かである。』

「そんなに!?」

『ああ、我はこの通り、自らが陽となり、世を照らしている。』

『その物を使役すれば、我は地へ降り立ち、必ずやそなたら計画の力となろう…』

 言い終えた途端、ビンヌスゥイはすううっと空に引き込まれる様に声が消えていった。それと同時に、庵の目の色もいつもの黒色に戻っていった。

「あっ、待って!」

 庵の静止も虚しく、ビンヌスゥイは何処か遠くへ行ってしまった。

「行ってしまったのか。」

 と、チュウギが話しかけた。

「うん。でも、これで分かった事があるの。」

 庵は、先程ビンヌスゥイに告げられた鍵の事を話した。




「フセからも聞いたこと無かったな。ビンヌスゥイが、地上降臨する為の道具だとは。」

 ギユウも、鍵についてあらかたフセから聞いていたようだ。

 だが、その概要は一切話されていなかったらしい。きっと、フセが八宝玉計画を練っている際に秘密裏に動いていた事の一つだったからだろうか。

「でも地上降臨なんて。」

「信乃の言う通りだな…」

 伝説上、ビンヌスゥイは自ら太陽となり、地を照らす存在となった。

 だから、本来あり得ない事である、地上降臨させ、力として加勢させる事は、本当に最終手段として使うべきやり方だと全員認識した。

「もし下手をすれば…」

 ボソッとつぶやき、庵は考えた。

 もし地上降臨させたは良いが、力を上手く使役出来ずにいれば…


 誰が、この世を照らすのか。

 また、闇に包まれた世界が広がってしまう。


 そう考えた。



 頂上を降りながら、四人は再び並びながら話し始めた。

「私ね、ビンヌスゥイのあの伝説…ちょっと素敵だなぁって思ってたの。」

「庵ちゃん、どういう事?」

 庵のつぶやきに信乃が反応した。

 ビンヌスゥイは、大切な者と離れ離れになってしまったが、空にある太陽そのものと、力を通してその存在を感じ取り、遠くへ行っても互いを想う心をいつまでも保ち続けた。

「だからね、そこまで大切に想える人がいたのって素敵だなぁって。」

「成る程ね、確かにロマンティックだよね!」

 うんうんと信乃が頷いた。

 庵自身、梓と夢の中で邂逅した。そう言った経験もした為、誰かがきっと近くにいて、遠く離れても見守ってくれている。そう想える事で、自分は一人じゃないと、心強くなれる気がしたからだ。

 そして、庵はこの話を一度チュウギに言った。

 まだあの世界で生きていた時。遠く離れていた時からニライカナイで一番自分の事を大切に想ってくれた人だから、それに応えたい。だからずっと頑張ってきたが、あの夢を見た時に心が折れそうだった。だから、庵は質問した。離れていても近くで繫がっているよね、と。そして、その答えは、


 「あぁ、側にいる。…決して一人にしない。」


 だった。

 絶対、チュウギは自分を最後の最後まで、側にいてくれる人だ。

 


 私を一人にしないと約束してくれたなら、

 私をずっと出会う前、最初から想ってくれた人だから。


 そして、鋭いけど、あの何処か悲しみを帯びた目をした人だから。絶対一人で何かを抱えている人だから。


 私もあの人の側にいたい。

 私の業を共に背負う人ならば、私もその悲しみを共に背負いたい。






 一方。チュウギはその話を聞いて、この間の夜の事を思い出した。


「ずっと側で、例え遠く離れていてもすぐ近くで繋がってるって信じているよね…?」


 あの一言だ。

 庵は、この伝説に想う所があったのかと、意味を理解した。

 そして、自分は庵から必要とされている人間であるのかもしれないと思ったが、心の中でそれはただの好都合の妄想だと否定した。

 庵はああいう風に言ってくれたが、計画のメンバーは自分以外にもおり、一人一人が必要不可欠で、大切な仲間である為、庵はきっとあの時自分以外だとしても同じ質問をしていただろうと、決めつけた。

 庵を守り、戦って、そして庵の為なら命なんて惜しくない。第一、フセを守りきれなかったから、庵の側にいるなんて資格は無い。

 だが、あの時口から出た答えは、「側にいる」だった。何故ああ答えたのか、また心の中でつっかえていた物が蘇った。







「けっ、結構遠くにあるって本当だったんだね…」

「な、言っただろう。」

「ギユウ、あんたの考えたルートで行って正解だよ。」

 若干息切れしながら、信乃は辺りを見渡した。

 空は鮮やかな朱色に染まっていた。

 その色を写し出している小さな湖は、キラキラと乱反射していた。

「でも、綺麗な所だね。」

 庵は、その美しさに惚れ、湖をうっとりと眺めていた。

「後もう少しだ。湖の反対側にある。行けそうか?」

 チュウギは庵と信乃、二人に聞いた。

「ああ、アタシは大丈夫!」

 信乃は、すぐに反応し、先程の息切れは何処へやら、元気よく答えた。

「私も。」

 庵も大丈夫そうだったので、湖の反対側へ行く事になった。


 昨日、イビの榊がどの様な物か、義実が説明してくれた。

 各家庭にある神棚に置き、榊に神の力を宿らせ家を守らせる力を授けて貰う為、依り代として使われる植物。

 そして巫女就任の際に使う植物でもある。

 普通の榊と違い、葉の色が玉虫のように虹色掛かった緑色をしているらしい。

 就任の儀での使い方は、少し特殊であり、神力を授ける鏡に、神がオボツカグラから力を直接届ける時に、その目印として鏡の両サイドに置くそうだ。

 ちなみにその後、神力が宿った鏡に触れ、力を授けて貰い、巫女の素の力と混じる事で、初めて正式な巫女となるそうだ。



「ここが群生地!」

 庵はあっと声を上げた。

 虹色がキラキラと輝き、その奥にある深緑に吸い寄せられそうだった。

「じゃあ、言われた通り花束一本分ぐらい採っていこうか。」

「信乃、このハサミを使え。」

 ギユウは手持ちの袋からハサミを取り出した。

「有難うギユウ。じゃ、ささっと採っちゃいますか!」

 ギユウは、庵とチュウギにもハサミを渡し、四人で榊を採った。



 鏡の両サイドに置くので、ある程度の量を採った後、花束の様に信乃は丁寧に紙で包んだ。

「これだけあれば大丈夫だな。…それにしても綺麗だ。」

 信乃の手元を見たチュウギは、榊を見て、庵にも見せて欲しいと、促した。

「おおお、何か凄く豪華なものに見えるよ!」

「ね。良いよねこれ!!」

 虹色がそれぞれ反射して、葉は個々で輝きを放っていたが、それがまた美しいものだった。

 しかも葉のみというのに、まるで花が咲いているかの様にも見えた。


 群生地から着いた時にいた地点に戻ると、太陽が更に傾き、夕暮れの空に徐々に紺色が混ざっている事に気が付いた。

「薪代わりになりそうな枝でも採って来よう。」

 ギユウは、そう言って枝を探しに行った。

「じゃあ、私も行こうかな。」

 と信乃もついて行った。



 徐々に紺色が広がった空の下、庵はチュウギと二人きりになった。

 庵は、木の下に置かれた荷物の一つ、榊をずっと見つめた。

 これで、巫女に正式になれる。

 そう想い、気が引き締まったのか、何か心にずっしりと来るものがあった。

「庵、どうした?」

「あっ、えっとね何か気持ちがきゅーっとなるなって。」

「巫女として正式に任命されるからか。」

「うん。」

「そんなに気を重くするな、庵。今まで通りいつものままで大丈夫だ。それに、庵は庵としてどう言う巫女になりたいのか考えているんだろう。なら、別にそう心配しなくて良い。」

 これまでの旅の中で、庵はずっとフセの魂、それに禍国の民とタマズサを、この世界を救済する。しなければいけないとずっと想っていた。

「チュウギ…分かった。」

 庵は、自分の想いに間違いは無いと確信した。

 なら進もう。

 相手が想う正義や願いをぶつけるなら、自分も、自分なりの正義や願いを突き通すまで。




「あのさ、ギユウ。」

「何だ。」

 枝を拾いながら信乃は話し掛けた。

「あんたらに再会してから思ったんだけどさ、ヤツってどんな人なのよ。」

 四人目の従者だったが、今現在禍国サイドに付いている女、ヤツ。

「何故裏切ったの。あんたらを。」

「何が言いたい、ハッキリ言え。」

「あいつ、アタシは直接会ってないけど、どうやら仁とチュウギが言うにはあいつフセというか庵ちゃん、それとチュウギに異常に執着心があるらしいんだけど、その原因って何なのさ。」

「聞くか?だが、アイツは偵察要員と言うのを隠していたから、もしかしたらアイツの創作部分もあるかもしれないが。」

「構わないわ。」


 ギユウは昔、ヤツの事情を聞いたことがあった。

 ギユウの聞いた範囲の話によればこうだ。


 ヤツは禍国の出身であり、ヤツとフセとの出会いは、チュウギとフセの出会いに良く似ていた。

 元々身体が弱かった為に家族に捨てられ、他国に行けば禍人であるが故に大怪我を負い、瀕死状態でフセに助けられたという。

 そこからフセの四人目の従者として仲間に加わった。

 ヤツはそれからフセを慕っていった。

 サポートもしっかりとこなし、フセの行く場所は何処へでも付いて行った。

 そして自分もあの人に追いつきたいと、身体を鍛え、かつての病弱な身体は何処へ行ったと思わせる程、逞しくなった。

「だがヤツはフセに少しか振り向いて貰えなかったと想ったらしい。」

 フセはチュウギに想いを寄せていたと、分かったそうだ。

 だから、チュウギを敵視した。



 フセに振り向いて貰えるのが羨ましい。

 人として、一番に愛情を注げて貰えるのが羨ましい。


 そして、何より

 フセの最期を下す実権を握った事が羨ましかった。

 フセは「好きな者の手によって落命すれば後悔は無い。」そう言ったからだ。



「創作部分とすれば出身のあれこれが一番かもしれないわね。でも壮絶すぎてちょっと…」

 と、信乃は作り笑顔で、ははっと失笑した。

「そうだな。だがこれは言えるな。」

「うん。アタシもそう思った。」


 どうしても好きで、振り向いて欲しかった想いが執着と化し、やがてヤツの心は禍国へ寝返る程完全に大きな復讐心と化していると。







 夜になり、一行は焚き火を囲んで持ってきた食料を食べ終えた。眠る前のほんの少しの自由時間の様な時。

 庵はふと空を見上げ、一面に広がる星を眺めていた。

「凄く、綺麗だね。」

「そうだねー。庵ちゃんの言う通りだよ!」

 信乃も庵に便乗し、空を見上げた。

 ずっと八宝玉計画に念を取られ、旅をしていても星を眺める事なんて出来なかった。それに、生前に住んでた場所は住宅地の電灯により、こんなに細かく、煌びやかな星を眺めると言う事自体、凄く久々だった。

 すると、庵は何か思い付いたかのように立ち上がり、チュウギのもとへ歩み寄っていった。

「ねえねえ、チュウギ、こっち来て欲しいな。」

 庵はしゃがんで、木の根元に座っていたチュウギの手を引っ張り、星を観ようと誘った。

「おっ、庵どうした?」

 チュウギは立ち上がり、庵に手を握られ、引っ張られてそのまま連れられた。


「仲良しだねぇ。」

「そうだな。」

 と遺された二人は、奥へと進むチュウギと庵を微笑ましく思いながら見つめていた。


 こっちだよ、と庵はチュウギを引っ張った。

 庵が連れてきた場所は、大分開けた所だった。

 そこは、すぐ近くが崖になっており、お陰で木々が開かれ空がよく見える場所だった。

「凄く綺麗だね。」

「ああ。」

 庵は、チュウギを連れだした理由について少し語った。

「何となく、一緒に見たくなっちゃってね。こう言うこと出来るの滅多に無いからね。」

 と、言ったが、もう一つの理由があった。

 庵は心の奥でチュウギは常日頃気を張った状態であると言うのを何となく察し、その緊張が解れるようにしたいと思ったからだ。

 庵の緊張を和らげてくれたので、その恩返しのつもりでもあった。

 この理由を言ってもチュウギは恐らく『自分の為にやってくれた』とかいう事を『有り難いけど、俺より庵自身の為に時間を使え』とか言いそうだと何となく言いそうだったから、あえて言わなかった。

 別にチュウギの事を一切信用していないと言う訳では無いが、先の経験上、そしてフセとしてあった頃の記憶が『言わないほうが良い』と言っているような気がしたからだ。

「そうか。」

 二人は静かにその場所に立ち、空を眺めていた。










「見、つ、け、た。」





 不気味な男の声が聞こえた。

 二人は、ばっと素早く後ろを振り向いた。だがしかし、振り向いたと同時に、何か黒い影が庵の細い腕をがっちり掴んで崖近くまで飛び去って行った。

「うぐっ…!」

 庵は着地の際に身体を強く打ち付けられ、身動きが上手く取れなかった。

 相手の顔を見ると、赤い目がこちらを大きな目で見ていた。睨みつけられたかのような感覚に陥った。それに、どうやら相手は大きな黒猫だった。

「庵っ!」

 奥からチュウギが物凄い勢いで突っ走って来た。すると、そのまま勢いを止めること無く、ダンッ!!と思いっ切り大猫に体当たりした。



 だが、それが落ちる瞬間、チュウギは着地したのも束の間。大猫に強引に引っ張られた。


 すぐそこは崖で、落ちたら大怪我をしてしまうかもしれない。

 庵は身体を何とか動かし、走って無謀と分かりながらも、崖に手を伸ばしたが、既にチュウギは大猫にがっちりと掴まれ、腕を伸ばせない状態だった。

 そのまま、大きく広がる下の闇に二人は姿を消した。


「っー!!チュウギーーーーー!!!!!」



 庵の声は、星が輝く夜に響いた。だが、叫んだ名の者は闇の奥深くへと沈んでいった。














「うっ…」

 ここは、何処だ。

 チュウギは起き上がって辺りを見渡した。

 そうだ。先程、大猫に引っ張られて、崖から共に落ちたんだと、思い出した。しかし、あんなに高い所から落ちたのに、何故無傷なのだろうか。

「せっかく、オイラが衝撃吸収材になってやったのに、礼一つ無しかよー。」

「誰だっ!?」

 何処からか、声が聞こえた。

 しかし、声の主は影一つ見えなかった。試しに辺りをぐるりと見てみたものの、やはり何処にも見当たら無い。

「何処だっ!隠れてないで出て来い!!」

 大声出して呼んでも、姿を見せない。


 何処だ…何処にいる。

 何が目的だ…!


 チュウギは焦りと苛立が募り、試しに力を解放させ、相手の反応を伺い事にした。

「オールー・フィバナ!!」

 チュウギはボウッと青い炎を立たせると同時に、それを投げた。

 すると、一瞬だが木の上に何者かがいることが分かった。

「バレたか。」

 と、声が聞こえた。

 だが、その声はすぐそこにある様に聞こえた。

 まさか、庵を襲った時と同じく、一瞬で移動したのかとピリついた緊張感が走った。

「どこ見てんだ?」

「っ!」

 チュウギはその声を聞いた瞬間、聞こえた方向を向きながら後ろへ素早く下がった。



 だが、相手はチュウギより速く動けた。ニヤリと不気味に笑う顔がこちらを離さずに見ていた。確実に狙われている。

 後ろへ下がったものの、その速度についていけなかった。確実に殺されると思った瞬間。強引に何か口伝えで突っ込まれた。種ぐらいの大きさの様だった。

 チュウギは相手の横腹を思いっ切り無理やり殴って突き放した。相手は殴られた衝撃でふらつきながらも、何とか立ち上がった。

 一方チュウギは入れられた物を何とか吐き出そうとしたが、何をやってもその物は出て来なかった。

「オイラはアカ。無駄だぜ?それ、一度飲み込んだら出て来ないから。」

 と、悪戯そうな顔でアカはチュウギに淡々と喋った。

「は…?何だと…」

 チュウギはアカに青い炎を放とうと構えたが、急に身体中に力が入らなくなり、地面に倒れた。

 すると突然、身体が熱くなった。焼けるような熱さで、意識が遠退きそうだった。しかも意識が遠くなる原因は、それだけでは無かった。禍人としての力を使う際に目覚める、あの奇妙な感覚が普段の数倍で襲って来たのだ。

「お、前っ…!な…にを!!」

「何をって?ああ、複製品の子にやったことと同じだよ。」

 チュウギはアカの一言に肝が冷えた。


『梓にやった事と同じ…!?』


 チュウギはそれを聞いて、最悪の事を想定した。絶対に避けたい。やりたくない。だから、意識を何とか保ちながらアカに尋ねた。

 徐々に身体は熱を増し、しかも自身の身体から煙が出て、己を包んでいった。

 すると、チュウギは煙から出る気を感じた。

 ただの煙じゃない。幻覚作用と洗脳作用がある煙だ。



 確信した。

 梓と同じく洗脳されていると。



「お前は…何がしたい!何が目的だ…!!」

 ギロリと睨んだ。

「それはイミの種だ。苗床となった者に幻覚と洗脳を施す術を掛けるんだ。…なぁそんな目で見るなよ。ムツキの弟さん。力を見た感じ若干劣るけどやれそうだな…お遊び、我らが姫巫女様の為、それと…大きな声じゃあ言えないけどさ。オイラはあの犬への復讐って意味も込めてる。」

 そしてアカはさっきより、笑顔でチュウギハッキリ言った。




「だからさ、付き合ってよ。あの巫女を殺すのをさ。」




「…っ!!」






 チュウギは、息を飲んだ。

 いや、息をしているのか分からないという程の状態になった。

 思考回路が、完全にどうにかなりそうだった。




「…嫌だ。」

 一言ポロリと本音がこぼれた。



 嫌だ嫌だ嫌だ!!

 こんなの御免だ。絶対に手放したくない!

 折角また出会えたのに、また繰り返したくない、させたくない!!


 やめてくれ、やめてくれ。





「っ…!!やめろおおおおおおおおお!!!!」

 薄れ行く意識の中、叫んだ本音は闇夜に紛れていった。

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