第20話 遺された者達
・残酷表現有り
・特殊表現有り
それでも良い方はどうぞ〜
「じゃ、庵ちゃんは任せて。」
「あぁ。よろしく頼む。」
そう言い交わし、信乃は部屋の奥に消え、チュウギは大巫女のいる部屋に戻ろうと、長い廊下を歩き始めた。
ティーダの玉の反応と予言を受け、庵達は数日間この国に滞在する事にした。
決めたのはチュウギ。この決断に至るまで、心の中でとある気持ちと戦い、結果庵や大巫女達を優先した。
「チュウギくん。」
ちょいちょいと手招きしながら大巫女が部屋の前で待ち伏せていた。部屋に入り、戸を引いて、二人だけの空間になった。
「どうした。」
「その、長期滞在とまではいかんが、数日はこの国にいるからな…もし辛いと思ったらすぐに吐き出しても良い。アレは…この国にはお主が心から良いと思えるものが掻き消される位のものだったからな。」
大巫女は優しく諭した。
「大巫女…それは…」
「大丈夫だ。きっと疎ましく思われん。誰しも一つや二つ、大きく辛い出来事はあるからな。一人で抱え込むよりは軽くなるだろう。」
そう肩を優しく叩き、チュウギを諭した。
大巫女の家はとても広く、そして大きい。幾つも部屋があり、まるで旅館のような造りだった。
仁とチュウギは二人が寝泊まりする部屋の中にいた。チュウギは先程大巫女に言われた事を思い出し、気持ちを堪えていた。あの言葉のお陰で、この国に来た時から感じていたものが一気に溢れ出そうになっていたからだった。
「チュウギ?大丈夫か、顔色悪いぞ?」
「え?いや別に…」
「いやいや、それ絶対大丈夫じゃない時の言い訳だろ。こんな顔色した奴が大丈夫なわけあるか!」
真っ直ぐチュウギを見つめながら、そう言ってきた。
「…布団を敷いたら話をしても良いか…?すまないが、その話をしている間、灯りは消してくれないか?」
布団を敷き、チュウギの話を聴くことになった。灯りを消した途端、柔らかい月の光が部屋を照らした。
「…どうした。ゆっくりで良いから話してみ?」
仁がゆっくりと声を掛ける。
「実はな…玉の導きだから…仕方が無いと感じていたが…どうしても…耐えられなくてな…」
か細い声でチュウギが一言一言、ポツリと言い出した。
そして一呼吸置き、また話し始めた。
だが、その言葉は、
「…ごめん…やっぱり…すま…ん…荷が重すぎる…話だから…いい…」
と取り消す言葉だった。
そして仁を気付かい、謝罪した。だがその声はかすかに震えていた。
「…いや、良いんだ。また、話せる時で良い。」
そのチュウギ言葉を聞いて、仁はどう声を掛けて良いか分からなかった。だが頭を下にし、背中を丸めて、座るチュウギを見て、優しく背中を撫でる事しか出来なかった。
ただ、その晩、チュウギが眼からほろほろと落ちるものを知るのは暗い月夜だけだった。
滲む視界、瞳にひとつだけ、その奥底に映るのは過去の記憶だった。
白くもうもうとした霧が立つ朝。チュウギは外を見つめていた。
「どーしたんだ。こんな朝早くに。」
「仁。起こしてしまったか?」
髪をくしゃくしゃと掻き乱しながら、仁がやって来た。
「いんや。ただ早く目が覚めたって訳よ。」
「ん。なら良いか。」
遠くをじっと見つめるチュウギに、仁は思い切って話しかけた。
「あのさーチュウギさんよ。」
「何だ。」
「お前さ、辛く…ないのか?この国に来た事。昨日の夜俺に話そうとしてくれた事思い出して…」
「…否定したら嘘になる。」
「…だよな。ごめん、変な事聞いてさ。」
「別に謝る事じゃない。気にするな。頭を上げてくれ。俺の事情だしな。」
頭を下げる仁を気付かい、そう促した。
心の奥底で仁はチュウギが話そうとしてくれた出来事に対し、こう思っていた。
「絶対何か心に大きな傷を負っている。」と。
昨晩、あそこまで項垂れたチュウギは初めて見たから、そう確信していた。
清々しい程晴れ渡る空。雲一つないとても爽やかな朝。
そんな中、庵の心はどんよりと重いものが募っていた。それは昨日見た豊国襲撃の予知を思い出し、心の底から恐怖を覚えていたからだ。
あの後大巫女とチュウギには庵が見たものを全て伝え、後2人が仁と信乃、そしてチレイ姉妹にも伝えておくと言うと、庵はどこか安心したのか、黒髪黒目のいつもの姿に戻り、眠ってしまったのだ。
だが、目が覚めると一変。昨日の出来事を思い出し、今のような感情に至る。
「庵ちゃん?どうしたの?」
「あっチレイちゃん。ちょっと昨日の事思い出して…」
「やっぱり例の予知の?」
「うん。やっぱり、ちょっと怖くて。」
すると、チレイが思い切ってこう言った。
ぐっと抑えていた気持ちを爆発させるかのように。
「庵ちゃん、私も力になります!私もこの国、いやニライカナイの危機…例え力が目覚めなくても、救いたいんです!この場所を!!」
「チレイちゃん…」
チレイはふんわりと物腰の柔らかい容姿と言動をするいい子だと思っていたが、その言葉を聞いて、見た目に反し、実は芯が強く、そして覚悟が硬く、自分にも力になろうと自ら進んでやるという娘であった事を知った。
「ありがとう、チレイちゃん。じゃあよろしくお願いします!!」
チレイの意思を尊重し、庵は頭を下げた。
「そういう時は頭を下げるんじゃなくて、握手ですよー。」
と言い、庵の手を取った。
「うん!」
庵もチレイの手を握り返した後、思いっ切り抱きしめた。
「庵ちゃ〜ん。わぷぷ…そんなに嬉しいですか〜?」
「そうだよ!ありがとう!」
鬱蒼とした森、勢い良く流れる水の音を背景に、霊力を高める為に大巫女は禊を行っていた。
「ばばさま、信乃様を連れてきました。」
「アサケ、ありがとうな。」
「あは、おはようございます…て何でアタシだけ呼び出したんですか!?」
何故か、唐突に信乃だけ呼び出された事に対し、驚きをあらわにした。
「ちょっとチュウギくんの事についてね。わらわから話したい事がある。あまり大人数に聞かれたくないものでな。おそらく、男同士腹割って仁くんには話しているだろうと思ってるが…あの子の事だ。一応話していない事を想定して伝えておこうと思ってな。この国で起こって事…」
「…!」
「だが、少し待っててくれ。」
身体を拭き、着替えをしながらそう言った。
「チュウギの母はごく普通の島人だ。だが父は島人ではなく禍人であるという事は知っているだろう?」
「もちろん、本人の口から聞いたよ。仁が加わった夜に。」
あの日、混血と知り、大いに驚いたが、少女に対し、切り捨てるような言い方をしたのも妙に納得した。
「それは話が早い。では、その前に起こった出来事と母の話をしよう。」
チュウギの母親は、何処にでもいるような普通の島人だった。
だが、父親は禍人であった。何故この異なる者の間に生まれたのか。
チュウギの母が愛した者は禍人だったが、二人相思相愛そのものだった。だが、対立関係にある島人と禍人の両種族は二人の感情を許さなかった。
母であるゼヒは、ある日愛人の禍人に「国に招待したい」と呼び出された。ゼヒはその誘いに乗り、禍国に行った。
実は、愛人の誘いではなく、その者の兄によるものだった。
島人を愛した穢らわしい存在として、愛人はその穢れを祓う為、既に殺害されていた。どうして、このような事が起こったのか分からなかった。長い歴史から脈々と継がれた罪を負ってしまった自分が悪いのか、愛した者が禍人だったからいけなかったのか、ただ混乱するだけだった。そう心を乱され、いつしか気を失くした。
目が覚めると、禍国より遠い森の中に放り出されていた。それと同時に、身体の節々から鈍痛があり、そして…重い、と感じた。
ゼヒはあの時、気を失っている中何が起こったのか、察したという。
その日、森の中に倒れている所を大巫女が発見した。
「お主、大丈夫か!?」
「うっ…だ、大丈夫ですよ…」
「大丈夫じゃなかろう!その身体の傷はどうした!…かなり殴られているらしいな…わらわの家に着くまで耐えろ!」
そして、大巫女の家で傷を癒す事と身の安全の確保の為、共に暮らす事になった。
何故この様な姿で森に放り出されていたのか、頑なにゼヒは話そうとしなかった。
ある日を堺に、ゼヒは嘔吐する事が多くなった。そして体調を崩したと言って部屋に籠もることも多くなった。それを気にかけた大巫女が様子を見に、ゼヒの部屋へ入った。
「ゼヒ…主は…」
「!!ちっ…違うわ!私は…私は!!」
「落ち着け。そうやって暴れると、腹の子も驚くだろう。」
「だからっ…!!私の子供は禍人との子供じゃないわ!」
「ゼヒ?どういう事だ…?」
「ハッ!!」
「大丈夫だ、主の安全確保の為に誰にも言わん。それにわらわも母である身。子が産まれるなら手助けをしよう。」
「…ありがとうございます。でも、少しだけ。何でこんな事になったか大巫女様だけに話しますわ。」
そして月日は流れ、ゼヒは母となった。大巫女は、誰にもゼヒとその子供、チュウギの事情については何も話さなかった。二人は仲睦まじい親子だった。ゼヒは、チュウギを「私とあの人の兄の子だけど、結局は兄弟ですもの。あの人と血が繋がってると思えているし、それと私の我が子です。だから私はこの子を愛しているわ」と、それにチュウギは大巫女にも良く懐いていた。
だがしかし、平穏な日々は突如終わりを迎えた。
ある日を堺に、10年前に禍人と心を通わせた女がいると国内外で噂になった。
実はあの日以降、禍国付近の国から徐々に噂が流れつつあった。そして現在、それが豊国まで来たという訳だ。しかも豊国国長が禍人を大いに忌み嫌う者だった為、国中の人々に対し、禍人と通じた女を匿ってないか。それとも、正体を隠しているのではないか、と調べ始めた。
次々と人々は国長に家庭を調べられた。勿論、大巫女も例外ではなかった。
国長の使いが来た時には、二人を部屋の奥や天井裏に身を隠させたりして、なんとか調査の目を免れようとした。
その目を逸らそうと何とかやり繰りしていた。大巫女が留守の間を狙うまでは。
「何だ、これは!?」
家に帰ると、かなり荒らされていた。すると、
「大巫女様、実は…」
と、留守番をしていた従者が、ぼろぼろの姿で出て来た。
どうやら、大巫女の家に他の人物の気配がすると勘づいた者がいた。
それに霊力が高く、国の命運を見る力を持つ『大巫女』という国長とほぼ同等の強い立場の者がいない事を理由に家に入ったという。
そして、留守の間を狙い、家に入って隅々まで詮索した。そしてついに、床下の部屋に隠れているのを見つけられた。従者を脅し、強制的に霊力を調べられ、国長の元へ連れ去られたという事だった。国長は「我等の大巫女様の家に侵入した薄汚れた忌まわしき親子」と、思っていたのが不幸中の幸いだったが。
その晩、大巫女は二人を許して貰えないか取り合ってみることに国長の屋敷へ出向こうとしたが、もし、自分自身にも身内の者にも何かしらの被害があるかもしれないと一瞬強く感じてしまった。
だがあの親子は、ようやく幸せを見いだせたと思えると、やはり助けなければと感じた。
次の日、何やら人々が騒がしいと従者が告げてくれたので、街に出てみると、立て看板が設置されていた。その内容は『今晩、ゼヒとチュウギの公開処刑を行う』というお触れだった。
大巫女は、晩までにこれを取り下げなければいけないと強く思い、屋敷へ向かったが、処刑の支度中であり、しかも「既に決まった事」の一点張りで取り合って貰えなかった。「ならば今晩こちらも出向こう」と大巫女も準備を始めた。
そして、ついにその時が訪れた。親子は後ろで両手を縛られ、後ろには、大男が構え、逃げ出せないようになっていた。親子の目の前ではゴウゴウと炎が舞い、武装した者が矢を構え、人々は親子を取り囲むように見物したり、罵声を浴びせていた。
先に処される事になったのは、ゼヒ。すると、大男に
「少し…息子とお話ししても良いかしら?」
と問い掛けた。
「構わんが、早くしろ。」
「ありがとう。」
チュウギに目線を合わせるようにゆっくりとしゃがんで、泣きじゃくるチュウギに話し掛けた。
「チュウギ。」
「…母様…?」
「母は…これから遠い場所へ旅立ちます。けれど、どうか覚えていて。貴方には、愛していた人がいた事を。それを忘れなければ愛していた人に想いは届くと。希望を忘れないで下さい。そして…」
「…そして?」
耳元に口を寄せ、ゆっくりと
「生きて下さい。」
「え?」
にっこりと微笑むと、大男に向かい、
「話は終わりました。どうか私を好きにしてくださるかしら。」
と言い放った。
油をたっぷり浴びせられ、炎の中に飛び込んだ。
ゴウゴウ…燃える炎に肉が焼ける嫌な臭いが徐々に漂う。そしてゼヒに向かい次々と矢が飛ぶ。ザクザクと無数に刺さるその矢はまるで人を針刺しのようにしていく。
「あ…ああ…あああああ!!母ッ…母様!!」
それを見て暴れ狂っている者がいた。チュウギだった。後ろにいた大男が彼の頭をガシッと掴んだ後、地面に叩き付けた。
「うるせぇ!黙ってろこのガキ!!」
「や…嫌だああああ!!母様ッ!!母…ははさまああああ!!ああっ…うわあああああああああ!!!!!」
子供の悲痛な叫びが空に響いたその時、禍国特有の刺繍が施された衣をひらりと翻しながらやってきた者が三人も来た。顔はベールに包まれて、誰か判別がつかなかった。
「我は禍国の使いなり。その童を我によこせ、愚民ども。」
「誰だこいつ!?邪魔すんじゃねえ!」
そう言いながら、チュウギを抑えていた大男が、とっさに禍国の使いと名乗る者にの襲いかかった。すると、軽々と大男を投げ飛ばした。
「なぬっ…やれ!やれお前ら!禍人だぞ!殺せッ!そいつ等を今すぐ殺せ!!」
刑の邪魔をさせまいと、国長が禍人を殺すようにと命令を言い放った。次々と国長の部下は使いの者に襲い掛かったが、殴り蹴られるばかりだった。
その隙をついてチュウギを使いの者の一人が抱き抱えながら連れ出した。
国境付近の森まで辿り着き、チュウギは解放された。
「ありがとうございます…貴方は誰ですか?」
「我か…」
使いの者はベールを外した。
「大巫女様…!」
顔を隠す事で、正体を隠せるという点、それと禍人特有の赤い瞳では無い事も隠せるからという点もあったからだ。
「大急ぎで禍国の着物を模して作った。しかも夜中。正体を隠すのには最適だった。今も従者とわらわの娘が応戦しているから心配ない。…だが…すまなかった…本当に…すまなかった…!!」
謝罪をし、チュウギを抱きしめた。
「えっ…うあ、ああ…!」
大巫女の胸に抱かれながら、声にならない声で泣いた。
「チュウギ…ここはそなたが生きやすい国ではない。明日の朝、共にこの国を出るか?」
それを聞いて、チュウギはひとしきり泣いた後、「俺は、自分の足でここを出ます。大巫女様はこれからも…どうか民とこの国をお守り下さい。」と言い残し、豊国を去っていった。
一年後、琉球に暮らす友人の巫女が「ニライカナイにて子供を拾った」と知らせてくれた。
どうやら現在、その子供は友の娘と良い友であり、従者という関係を築けているという。
「そんな事が…」
「ああ。だが、紛れもなく全て事実だ。ちなみにチュウギ君のその後の一年間もそれほど友も詳しく聞けなかったそうだが、拾った時の状態から、きっと良い扱いを受けていなかっただろう。それと当時の国長はその十日後に死んださ。彼女の思念が何か及ぼしたんじゃないか、とわらわは考えているが。」
少女に、先に異物としての目を向けたと言ったのは、おそらく母の事だろう。それと、他国に行ってもというのは、もしかしたら豊国を去った一年間、一時期禍国にいたのかもしれない。
ふと信乃は、ニライカナイに来た日、チュウギとギユウの会話を思い出した。
二人が庵をこの地に送るかどうか話していた、その事を。チュウギはその時、「まだ幼い」、「まだ幸せに暮らしていた方が良い」と言っていた。その理由は、人間と島人の寿命という観点もあるはずだが、もう一つ理由がありそうな気がした。
「ねえ、チュウギがこの国を出た時の年齢っていくつか覚えていますか?」
「…九つ、いや十か?庵ちゃんとほぼ変わらない歳だったはずだが。」
「!!」
庵に対し、強い感情を持つのは、幼い日に幸せも、家族も全て失った自分自身の経験から来ている面もある、そう強く確信した。
それと、今回話を聞いて思ったことが一つ。「他者に迷惑をかけたくない」と感じている節が絶対ある、と。
国を出ようとする提案を断ったり、計画に巻き込んだ事を謝罪したり、禍国の少女によって怪我を負ったあの日も、自身が禍人と島人の混血という事以外何も話さなかった。きっと、他者の幸せに自分の感情を入りこませたら、その幸福を壊しかねないと感じているからではないか。
誰も、失いたくない。
誰にも甘えを見せず、大事な者を幸せにしたい。
このように思っているチュウギの性格を節々と感じていたが、全て繋がった。そう信乃は思った。
「ウオオオオーーン!!」
「何だっ!?」
犬の遠吠えが響いた。
狼のように耳を劈く遠吠え。それを聞いて、予知を思い出した。
「この声の方向ってまさか祭祀場!?」
「信乃!行くぞ!あそこを越えると不味い!国に入るつもりだ!」
「分かりました。アサケさん!庵ちゃん達にも、祭祀場へ来るように伝えといて下さい!!」
「はい、分かりました!」
禍国の少女と大犬が襲撃する
その予知が当たった。




