第2話 神と血と
金曜日。中休みが終わり、再び授業が始まった。3時間目の授業は4時間目の授業と同じ科目、社会科だ。今日は九州地方について各班で調べてまとめたら、発表をするものだった。庵は、班決めのくじ引きの結果、沖縄県について調べることになった。そして…その班にはなんとテイも入っていたのだ。
それを知った梓は「少しは気を付けなさいよ。」と伝えてきた。
班の人達は教科書を使ったりパソコン室に行ったりなどをして調べることにした。庵は図書室に行って調べようとしていた。すると、テイが話し掛けてきた。
「庵、一緒に調べ物をしても良いだろうか?」
「うん。いいよ一緒に行こう。」
そんな軽い会話を交わし、二人は図書室に向かった。
図書室で早速沖縄県について書かれている本を探した。気候、特産品、観光名所や歴史…とにかく色々な本を探し、集めた。その中に「沖縄県には独自の世界観があった」というオレンジ色の見出しで書かれたコラムがあった。それを見て近くにいたテイに話し掛けた。
「ねぇ、テイちゃん。」
「…ん、何だ庵。」
「これ見て。ここの記事。」
庵は、先ほど見つけたコラムに指を指す。そこにはこう書かれていた。
『沖縄県には、昔ながらある独自の世界観があります。それは「ニライカナイ」と、言います。ニライカナイは、今で言う「あの世」みたいに死んだ人の魂が向かう場所であり、神様の世界でもあります。』
とても簡潔に書かれていたその文を読んだ二人は、少し黙り込んだ。沈黙の後、テイが口を開いた。
「庵、君はこの世界を初めて知った?」
「え?」
「…いや、ちょっと思ったことでね。なんとなく聞いただけだ。」
庵は、変な質問と返しをしたテイに違和感を覚えたのだった。
「え…えっとね、私は只、テイちゃんがこういうの知ってるかなーって!ほら、いつも神様の本やオカルト?って言うのかな。怖いやつを読んでたし…私は全然知らないから、テイちゃんは…分かるかな…って。」
庵はとっさに言った。何となくテイの表情が暗く見えたので少しでも気を取り戻したいと思ったからだ。それに気付いたのか、テイは
「…そうだな。ざっくりした説明だが…ここはここにも書いてある通り、この世界は異界であるんだ。死んだ人間の魂は、海の向こうにあるこの世界へ行く。穀物とかここから来たという伝説もあったり…それとな、もう一つ神々の世界概念があるんだ。オボツカグラっていう。」
庵はテイの知識に驚いた。同級生の子がこんなに詳しく、しかも分かりやすく説明して来るとは思ってなかった。感心していると、テイが再び喋った。
「…ま、でもどうせその内、君は全て知る事になるから。これは序の口。」
「え?それってどういう…」
「さ、続きをしよう。早くやらないと発表が遅れてしまうぞ。」
謎の言葉を残し、テイは黙々と本を読み始めた。
…キーンコーンカーンコーン
昼の校舎にいつものチャイムが響く。4時間目の授業が終わりを告げた。発表会も無事終わり、給食の支度に取り掛かろうとした時だった。
「庵!発表お疲れー」
「アズ!」
「そうだ、テイに何かされてない?大丈夫だった?」
「うん、何ともないよー。」
そう答えたが、テイに少し不思議な事を言われたのを思い出したのは家に帰ってからであった。
何故、ここにいるのだろうか。果てなく漆黒の空間。ふと目を反らすと、そこには長く、白銀に光る髪があった。頭を少し動かすと、それも同時にほんの少し動いたことで、自分から生えているものと分かった。髪は水面のような模様を描いていた。この髪を見て、どうしてこんな色をしているのか不思議に思った。
起き上がろうとしてみたが、体に力が入らない。ただ、つんと鼻に酷く来る鉄か錆びのような香りと手全体にはぬるりとした生温かい感覚があった。この感覚からすると、おそらくこの体から流れているものだと思った。
そんな事を考えていると誰かが来たようだ。その人は体を優しく抱き起こした。顔を見ると影で分かりにくかったが、どうやら男の人のようだ。
ぽとぽとと、顔に雫が落ちてきた。目尻を良く見ると涙を溜めている。
「…して…が…」
涙声で話す男性。それを見てどうして泣いているのか訪ねたかった。泣かないでと言いたかったが声が出ない。
「…は…!!」
男性が何かを叫んだと同時に庵はハッとした。
そこは真っ黒の空間ではなく、見慣れたピンクのカーテンが閉まり、暗くなっていた庵の部屋だった。庵は目をデジタル表記の目覚まし時計に移し、液晶版を見ると「5月9日 土 5:10」となっていた。
せっかくの土曜日なのに物凄く早起きしてしまった事を後悔しつつ、あの夢は一体何だったのかと不思議な感覚に陥っていた。