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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

爆笑の禍

作者: たなか

 18歳でお笑い芸人になると決心し、親の反対を押しきり上京してからもう10年。現実は想像していたよりも遥かに厳しく、深夜のコンビニバイトでなんとか生活費を稼ぎながら、週に一度潰れかけの小さな劇場で、ほとんど罵倒に等しいヤジを飛ばす四、五人の客に対してネタを披露する日々が続いている。


 オーディションに落ちてやけ酒を飲むまでがルーティーン。乗り過ごした駅のホームでひとしきり胃の中のものをぶちまけ、ふらつく足を引きずりながら、あてどなく夜道を徘徊していると、大暴れする視界の端にボロボロの祠のようなものが映った。


 中に祀られている古びた像は、仏とも神ともつかない珍妙な風貌で、大きな口を開けて笑っているように見える。決して信心深いとはいえない俺が、なぜそのとき手を合わせて祈りを捧げようと思ったのか、今でも全く説明できない。


(人を笑わせたい……腹がよじれて涙が出るくらい……日本中を爆笑させるような才能が欲しい……)


 確かそんなことを大真面目に願った気がする。数秒後にはバカバカしさと恥ずかしさと惨めさで居たたまれなくなり、その場を離れた。




 翌日、隅々までアルコールに侵され爆発しそうな頭の痛みに耐えつつ、いつもの薄汚れた舞台に立つ。しばらくして異変に気付いた。いつまで経っても暴言が聴こえてこない。普段は刺激しないよう視線を外していた観客の方を向くと、うずくまり肩を震わせ床を叩き「ひぃ……ひぃ……」と呻いている。あまりにも異様な光景に、彼らが爆笑しているのだと脳が理解するまで時間が掛かってしまった。


 不審に思い駆け付けてきた劇場の支配人も、すぐに彼らの仲間入りをした。あの謎の像の御利益……そうとしか考えられない。自分の実力でないことは悔しかったが、それでも今まで頭の中で描いてきた夢が目の前に広がっている。ネタを中断して叫び出しそうなくらい嬉しかった。


 閑散としていた劇場に客が溢れ返り、SNSでも全国的な話題になり、大手芸能事務所のマネージャーが名刺を持って挨拶にくるまで、たった半月。まさに幸せの絶頂ともいえる状況だったが、心は人生で最も深く暗く淀んでいた。


 たとえ、不思議な力がきっかけだとしても、観客は()()()()で笑っているはず。それを確かめるため、一週間前にある実験をした。なけなしの勇気を振り絞り、舞台の上でただひたすらにしょうもないダジャレを連発したのだ。結果は俺の心を徹底的に打ちのめした。


 それからは渇望していたはずの彼らの笑い声が酷く耳障りに、恐ろしくすら感じるようになっていた。事務所との契約が済み、初のテレビ出演が決まった次の日、俺は舞台上で突然激しい腹痛に襲われ気絶し、救急車で運ばれた。


 検査の結果、重度の胃潰瘍とのことだった。俺は正直安心していた。せっかくのデビューは台無しになってしまったが、これが心機一転やり直すチャンスだと思った。幸い簡単な手術で治療できるらしい。退院したら真っ先にあの像を探し出し、願いを取り消すことを決意していた。


 どれだけ時間が掛かるとしても、今度こそ実力だけで観客を爆笑させてみせる。覚悟が決まった俺は、久々に安らかな気分になっていた。




~手術室にて~


「よし、穿孔部位の閉鎖完了。引き続き、脂肪組織による被覆を……」


 順調に進んでいたオペの最中、本来自発呼吸すらできないはずの患者が突然うわ言を口にした。


「……もう……食べられない……」


「ぶふっ……あはっ……はははははっ! あっ、しまった! あははっ!」


「先生っ! 出血がっ! あはっ! 血っ! 止まらなひっ! ひひっ!」


「血圧低下ぁ! あはははっ! 60のほっ! 45ほほっ!」


「「「あははっ! はははははっ! あははははっ!」」」


 手術室には、それからしばらくの間、狂ったような笑い声と心電図のアラーム音が鳴り響いていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖っ ホントに神様なん?と思ったんですが、そういえば神様にしてみれば人間の事なんて良くわかんないだろうし、むしろボロい祠で久しくお参りしてくれる人も無く超レアな参拝者(すごく真剣)に張り切…
[良い点] 最後がブラックでよかったです。 生き延びて何話しても笑われる生き地獄エンドだったらどうしよう…と思ってたので。 [一言] 昭和より令和の方が若者のリアルとして切実さがあるかもしれないですね…
[良い点] お笑い芸人ワナビーも業の深い世界らしいですが、芸人になりたかったけれどなれなかった人達の無念がこごって祟り神になった予感しか>< 怖い怖いです><
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