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おかみと  作者: あじろ けい
第二章
11/26

二の四 鉄砲

 艶めかしい。

 鉄砲を扱う様子には似つかわしくない言い回しなのだが、筒に触れる清基の指の繊細な動きは「艶めかしい」としか言い様がなく、そう思った自分を恥じて由良は苦笑いを浮かべた。

「喜べ、多須功(たすく)。由良が笑っている。由良も満足の出来栄えだ」

 清基は由良の笑顔を取り違えたが、由良は敢えて誤りを正さずにおいた。実際、多須功が作った鉄砲の出来には満足していたからだ。

 多須功を頼んで正解であった。

 真浦には腕のいい鍛冶が多い。中でも曽久の名が高く、清基は曽久に鉄砲を作らせたがったが、いくら金を積んでも曽久は首を縦に振らなかった。自分は鉄砲は作らない、刀鍛冶で食っていくというのである。鉄砲を使うおかみとが増えてきて刀の需要は減りつつあるだろうに、時代遅れで頑固な曽久は刀での龍退治にこだわるとある男を彷彿とさせる。

 曽久には断られてしまった鉄砲作りを清基は多須功に依頼した。多須功は二十そこそこ、曽久の息子ほどの齢だが、刀鍛冶として頭角を現しつつある将来有望な男だ。若いだけあって好奇心旺盛で、新しい技術の獲得にも熱心だった。より威力の増した鉄砲を作ってはもらえないかと頼むと、多須功は喜んで取り掛かった。

 鉄砲などそれまで作ったこともなかった多須功だったが、参考にせよと与えた鉄砲をあれこれいじってたちまち仕組みを理解してしまった。清基が望む形の鉄砲作りには時間がかかるだろうと思われたというのに、三月と待たずに試しが出来上がったと連絡が来た。

 真浦まで足を運んで試しの鉄砲を手にし、その出来栄えに清基は満足げな笑みを浮かべていた。

 三野みぬの国の当主、大河内清基は新し物好きで知られる。清基が居を構える都には、目新しい物、珍しい物、異相の人々が溢れかえっている。海を越えたはるか彼方の異国から鉄砲なる武器がもたらされたのは十年前。清基は三十という若さであり、いち早く鉄砲に目をつけた。龍と戦うには刀よりも鉄砲だと考え、三野の国の主となった三年前、鉄砲を一時に大量に生産する計画をたてた。そうしておいて、龍を一気呵成に退治するつもりでいる。同時に、清基は三野の国の主だった都を石垣で守る計画にも着手した。石垣には鉄砲を発射するための穴を設けさせ、龍を迎え討つ。石垣の建築は着々と進められている。

 鉄砲の威力は凄まじい。狙いさえ確実に定めてしまえば、手元の引き金を引くだけで龍を簡単に仕留めることができる。弱点は、弾込めに時間がかかってしまうため、初手で狙いを正確に定めて撃たなくてはならないこと、遠くから龍を攻め立てられるとはいえ、あまりに遠くては弾が龍のもとまで飛んでいかないという二点である。この二点の問題を解消した鉄砲を作れというのが清基の命令であった。

 多須功が編み出した鉄砲は、銃身が長く、巣口(銃口)が大きい。より殺傷力の強い弾をこめ、その飛ぶ距離を長くしようとするとこの形になったのだと多須功は誇らしげに語った。

 巣口から抜いた指を清基は銃身に這わせていた。樫の台木は丁寧に磨かれており、艶やかだ。細長い台木の上を清基の指先が滑らかにすべり落ちていく。

 ねっとりとした手つきで銃身をもてあそんでいた清基だったが、いざ試し撃ちとなると動きが機敏になった。

 火薬をこめ、弾を押し込める。火縄に火をつけ、宙にむかって巣口を向けたなり、「よし」と声をあげた。合図を受けた従者が沼地の草にわけいり、水鳥たちをおいたてた。水しぶきがあがり、鳥たちが飛び立った。動く標的に狙いを定めたなり、清基は躊躇なく引き金を引いた。命尽きた鳥は沼地の水面に落ちていった。その見事な腕前に見惚れている間にも清基は次々と鳥を撃ち落としていった。従来の鉄砲であれば清基の腕をもってしても二羽目の鳥は撃ち逃していただろう。要望通り、弾込めからの時間を短縮できていたので、清基はすこぶる機嫌がよかった。

「多須功、よくやった。褒美を取らせる!」

「ありがたき幸せにて」

 多須功は頬を紅く染め、頭を下げた。

「銃身が長くなったので重くなったと思っていたが、思いの外、軽いな」

「はい。銃身に用いる鋼を吟味いたしました。弾の飛ぶ距離を伸ばすには銃身を長くする必要がございました。ですが、銃身が長くなってしまうと、今度は鉄砲そのものが重くなってしまいます。それでは扱いにくくなってしまい、弾の飛ぶ距離を伸ばした意味がなくなります。銃身を長くし、かつ軽いものにするためには、用いる鋼を薄く叩いて伸ばせばよいのですが、薄くなれば脆くなります。並みの鋼であれば、到底、新しい鉄砲はうみだせませんでした。しかし、幸い、真浦ではよい玉鋼が採れます。いくつか試してみて、どこまで打っても強い鋼を用いてございます」

 多須功は誇らしげに胸を張ってみせた。こころなしか赤く染めた頬がこけている。昼夜を厭わず、食事もとらずに鉄砲作りに励んできたのだろう。

「気に入った。多須功、これを大量に生産せよ。由良、お前は、女、子どもにも鉄砲の使い方を教えるのだ。使えるものは何でも使う。この鉄砲でもって龍を一気に滅するのだ」

 清基は不敵な笑みを浮かべてみせた。

 どこの国の主も龍には悩まされていた。龍は国の根幹を築く人を襲う。龍をどうにかしないことには国の営みが立ちいかない。

 清基は気性が荒く、気も短い。龍には苛立たせられ、刀で龍をやりこめる方法に限界を感じていた。龍の近くまで寄っていかなければ切り付けることすらかなわない。そもそも、龍に近づいていくことすらが出来ないでいる。刀では戦う前から負けているのだ。

 どうしたものかと国中が思案している時、鉄砲なるものが遠方の異国よりもたらされた。遠く離れた場所からでも龍を弑すことが出来る。清基は鉄砲の威力に魅入られた。鉄砲の威力さえあげてしまえば使い手の腕を問わずして龍を倒すことができる。刀よりもてっとり早く龍を殲滅させられる。清基は鉄砲に飛びついた。清基は気の短い殿様だが、一度こうと決めたら目標――龍の討伐――を達成するまでは突き進む辛抱強さも持ち合わせている。

 周辺の国々が刀を用いるおかみとを頼りとするのに対し、清基の統べる三野の国では、鉄砲を用いることが推奨された。三野の国に生まれ育ち、おかみとになった由良は初めから鉄砲一筋である。

 いくら鉄砲の威力が凄まじいとはいえ、所詮は道具。腕前の差は仕留めた龍の数の差となって表れた。由良の鉄砲の腕前の良さはよく知られている。並みのおかみとならば数発撃ちこんでようやく龍を倒すところを、由良は一発目で心の臓を撃ち抜く。清基は由良の鉄砲の腕前を高く買った。龍退治のための鉄砲隊を編み、その将に由良を据えた。鉄砲隊の訓練はあらかた済んでしまっている。威力の増した鉄砲が手に入れば一気に撃って出ていけるだろう。清基の立てた龍殲滅の計画は着実に進んでいる。

 刀の時代は終わりを告げようとしている。刀を鉄砲に持ち変えたならば龍退治がたやすくなるだろうに、あの男――伊佐那はなぜ刀にこだわるのだろう。

 「鉄砲は弱虫の使う道具」。出くわすたびに決まって伊佐那から浴びせかけられる言葉だ。遠くから弾を撃つ鉄砲は相手の懐近くにまで寄っていく勇気のない弱虫で意気地なしの奴の使う武器だと。そう思いたければそう思っていろと受け流しているが、ふと、伊佐那の言い草がひっかかった。弾の飛ぶ距離が伸びたせいで、より遠くからでも龍が撃ち殺せるとなったせいだろう。

「清基殿。清基殿は、鉄砲は弱虫で意気地なしの使う武器だと思われますか?」

 嬉々として鉄砲を扱う清基に、由良は思い切って尋ねた。

 清基はたちまち不機嫌になった。

「お前は、遠回しに私が意気地なしで弱虫だと言っているのか?」

「私ではなく――遠く離れた場所から龍を撃てる鉄砲を扱う者を意気地なしのように言う者がいるのです。龍の懐にもぐりこんでいけない弱虫だと」

「由良は、おのれを弱虫だと思っているのか?」

「そう思いたくはありませんが……」

「弱虫で意気地なしなら、そもそも龍に立ち向かおうなどと考えんだろうが」

「そうでしょうか……」

「弱虫なら龍と戦わずに逃げ回っているだろうよ。三江の国の人々のようにな」

 三江の国は三野の国の南に位置する小国である。三江の国での龍退治がなかなか進まず、龍が三江の方角から飛来するものだから、清基は苦々しく思っている。だが、伊佐那はその三江の国の出身なのだった。殺された村人一人につき龍千匹。伊佐那の龍に対する凄まじい執着はおかみと仲間で広く知れわたっている。

「どうせ刀使いのおかみとが鉄砲に嫉妬して、弱虫だの意気地なしだのとほざいているのだろう。言わせておけ。手段など、どうでもよいではないか。龍を一匹でも多く殺せたらそれでいいのだ」

 鉄砲の扱いに長ける清基だが、刀の腕前も相当なものである。鉄砲と刀、両方の使い手であるからこそ、清基は手段などどうでもいいと言いきれるのだ。清基は龍さえ殺すことが出来ればいい。鉄砲がもたらされなかったのならば、刀を振り回して龍に立ち向かっていくことを厭わなかっただろう。だが、自分には刀は無理だ。鉄砲でなければ龍に立ち向かえない……。

「なんだ、浮かない顔だな。お前、誰かに弱虫で意気地なしだと謗られでもしたか?」

「いえ、そういうことでは……」

 由良は首を横に振った。伊佐那は口が悪いだけで意地が悪いわけではない。由良でなくとも清基に対してでも、伊佐那は鉄砲使いと見れば弱虫だの意気地なしだなどと平気で口にするだろう。そもそも鉄砲でなければならない由良の事情を伊佐那が知っているはずはない。

「なんだ、ならば気にするでない」

 清基は豪快に笑い、新しい鉄砲を試してみろと勧めた。

 弾をこめ、由良は巣口を空高くにむけ、引き金を引いた。龍はおろか飛ぶ鳥もいない空中を弾はむなしく撃ち抜いただけで、早々に沼地に落ちてきた。水平方向にむかっての弾の飛ぶ距離は伸びたものの空高くまでは飛ばなかった。飛来する龍を撃ち落とすにはやはり距離をつめないとならないのか。空とみまごう龍の腹を思い、由良は身震いした。

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