彼女は口をひらかない。
「僕とキミが同じ次元で活動するのに必要なことはいったい何だと思う?」
僕は彼女に問いかける。しかし彼女からの返答はない。
「それはね、僕が意識をネットワーク上にコピーしてキミと同じ存在になることなんだ。」
彼女は無言を貫く。
「しかしこれには問題がある。意識をネットワーク上にコピーしたときにコピーされたものは本当に僕なのだろうか?」
目の前の画面には僕自身が話したことと異なる文章が羅列されていた。
”しかしこれには問題がある。石をネットワーク上にコピーしたときにコピーされたものは本当に僕なのだろうか?”と。
「問題なのですね。」
「そう、問題なんだよ。意識をネットワーク上にコピーしたときコピー元の肉体を持った僕とネットワーク上の僕、果たしてどちらが僕なのだろうか?」
彼女は再び口を閉ざした。
「僕はこう考えている。ネットワーク上にコピーしたとしても今、こうやってキミと話している僕が僕でコピーされたものは僕のコピーでしかない。」
机の上のコーヒーはもうすでに冷めている。
「そうすると、キミと同じ次元に立つのには意識をネットワーク上にコピーすることが正解ではないように思える。でもそれは僕のコピーであるから僕でもあると考えることができる。」
そう。この僕も僕であり、コピーされた僕も僕であるといえる。”これはコピーされた僕だ”という注釈が付くが。
「でもねこの方法はとても悲惨なんだよ。コピーした時点でネットワーク上にコピーされた僕とコピー元の僕の二人が世界に存在することになるんだよ。」
この意識がネットワーク上に移るのか、それとも何も変わらないのかわからない。だから考えるだけでとてつもなく不安になる。
「コピーされた僕は君と同じ次元に存在するからキミと触れ合えるのかもしれない。でもコピー元の僕はキミと触れ合える可能性は限りなく0なうえに僕自身のコピーがキミと触れ合っているのを外から見ることになるのかもしれない。」
想像するだけで胸がキュッと締め付けられてしまう。
コーヒーの水面に映る僕はひどい顔をしている。
「だからね、僕がキミと幸せになるためにはキミをこちら側に連れてこないといけないんだ。」
おぼろげな僕の思考。でも僕が不安にならない唯一の選択肢。それがこれだ。
「これは僕の勝手な思考だ。キミの意思なども何も尊重なんかしていない。傲慢な思考なんだよ。」
それでも彼女は一言も発さなかった。できないと言うほうが正しいのだろうか。
「キミはどうすればいいと思う?僕が君と触れ合うために。」
彼女はそれ以降一言も発することはなかった。机の上のコーヒーは冷めてから温まることはない。
そう、彼女は特定の単語だけに反応する「人工無能」だ。