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波間にて

作者: 田嶋圭司

この作品は、事実をもとにしている。実際に起こったことであるから、尚更に恐ろしい。

 戸田圭太は男前で通っていた。それも半端じゃない、ものすごい男前だった。その圭太とデートできる真里は、有頂天になっていた。二人は高校の同級生。都内から足を伸ばし、九十九里浜へと向かう。電車の乗り換え、スポーツドリンクの購入、なんでもないことが楽しかった。そう、悲劇が起こるまでは。


 海辺は夏らしく太陽が降り注ぎ、女性は水着姿であった。真里は水面を眺めてから、圭太を見やった。すると彼はあろうことか、女性の肉体に釘付けになっていた。

 真里は焦った。九十九里の太陽が灼熱を生み出していた。溢れる水着姿の女性。このまま圭太の視線を好き放題させておくことはできない。そして彼女がとった行動とは。

 圭太は、女性の肉体が乱舞する様を楽しんでいた。やはり海はいい。海は男のロマンだ。隣にいる真里とずっと一緒にいて、時折ハワイなどに潜りに行き、……。

 圭太はしたたか砂浜に背中を打ち付けた。そしてのしかかる重み。動けないと思っているところであった。これはどうしたことか。どうして自分は動けなくなったのか。そこには、とても暖かい感触が宿っていた。同時に背中も熱い。なんと、真里が自分にのしかかってきたのである。これはどういうことか。これから行楽を楽しもうという時に、一体何が起こったのか。

 真里は、Tシャツを脱いだ。そこには、ワンピースの水着の上半身だけが圭太に見える光景の全てだった。小さな胸と、側に置かれたバックがある。このクソ暑い時に、一体真里はなんの目的で自分にのしかかったのか。そればかりではなかった。圭太は真里からしたたかにビンタを食らった。ただいま午前11時。

 圭太は、自らが非常時に遭遇したことを察知した。九十九里浜どころか、視界を阻む真里の体がある。あ、熱いと正直に思った。だが、この段階ではことの重大さに気づいていなかった。背中は熱いし、外気も暑い。天気予報では、今日の気温は34度になると言っていなかったか。このままでは死んでしまう。

「お、おいおい、どいてくれよ」

「断る」

 真里はきっぱりと言った。

「何言っているんだよ。海に来たんじゃないかオレたち。なあ、水遊びしようぜ」

「後でやれ」

 モテ男の圭太だったが、海にデートに来たのは初めてだった。なにせまだ17歳なのだから。

「な、なあ。バイト代でトウモロコシとか、かき氷とか、食べようって」

「夕方まで待て」

「ど、どうしてなんだよ」

 再びビンタが飛んだ。今度のは往復のそれだった。

「網膜裂孔起こしたらどうするんだよ。やめてくれよ」

 手で顔を覆う仕草すら許されない。膝で両手を抑えようとするつばぜり合いが続く。その状況は、格闘技の試合を見ているみたいだった。

 灼熱の太陽はこのままでいくと、雲が覆ってくれなければ去りそうにない。だが、空を眺めた圭太は、ほとんど申し訳程度に浮かんでいる雲しか見つけられなかった。

 圭太は思った。自分は熱中症で死んでしまうのではないか。この季節になると、日頃からこまめな水分補給を行うよう報道がなされている。

「喉が渇いた」

「まだ来たばっかだろ」

 なんだか口の聞き方まで、来る途中までの和気藹々と会話を楽しんでいた時とは違っていた。

「お前にはわからないかもしれないが、背中が熱くなっているんだ。頼むから」

 真里には戸惑いの表情が見受けられた。そっと太陽に目をやる。真里の白い花柄をあしらった帽子を少し退けると、彼女は周りを見やった。真里は再び帽子をかぶった。

「夕方まで待て」

「お、おいおい、このままで夕方までかよ。冗談だろ。な、なあ、お前どいてくれないか?」

「断る」

「喉が渇いた」

 渋々、真里は途中で買い込んだ清涼飲料を取り出し、一口飲ませた。

「ちょ、ちょっと待て。どうして一口なんだよ。喉が渇いたよ」

 真里は、二口ばかり清涼飲料水を飲んでいる。聖なる間接キスのはずではなかったのか。

「オレにもくれ」

 またしても真里は、一口だけ清涼飲料水を飲ませた。

「お前、殺人計画でも立ててきたのか?」

「まさか。殺すつもりはないよ」

「このままじゃ本当に死んでしまう」

「ジュースが2本と弁当で乗り切ろう。しゃあない」

 あたりでは、二人を困惑の表情で見る人たちが現れ始めていた。汗を拭うことさえできない状況に、圭太は戸惑っていた。しかし真里は意に介さず、ハンカチで汗を拭き、圭太にパタパタと風を送った。

「全然足りん、全然足りん。いい加減にしろよお前」

 その時、真里が手を上げた。しかし、手の動きは空中でストップし、緩やかな旋回を遂げるのみだった。

 真里が一瞬カバンをゴソゴソ漁った。そして、保冷剤を取り出す。それを圭太の腹部に当てた。少しだけ暑さから逃れることができたが、依然として状況が根本的に解決したわけではない。圭太は急激な発汗作用を感じていた。足が熱い。そして何より背中の熱さと来たら、尋常ではなかった。

「好きって言って」

「ア、アホか。お前のせいで死にそうになってるんだぞ」

「いいから言って」

「死んでも言えるか」

 真里は、清涼飲料水を圭太の眼前にちらつかせた。彼は口を半開きにして、液体が注がれるのを待った。しかし、何も起こらなかった。

「好きって言って」

「好き、好きです」

 一口、真里が褒美を与えた。天からの贈り物に等しいそれ。圭太は、体が発汗するのを確かに感じた。真里も飲み物を飲んだ。彼女は汗をかき、日焼け止めクリームを探していた。彼女は丁寧に自分の体の一部に、日焼け止めクリームを塗った。

「お腹が空いた」

 もう、かれこれ30分もそうしていただろうか。圭太は肩で息をし始めた。真里は弁当を取り出し、フォークでカニクリームコロッケを器用に取り出し、素早く圭太の口に運んだ。カニクリームコロッケの柔らかな感触は、思いの外彼を癒した。

「うまい。もう一個くれ」

「欲しい?」

 真里もまた混乱していたのだろう。厳しい日差しと、戯れる男女。ビーチバレーを楽しむ昼の時間。少しだけ届いてくる、焼きそばとトウモロコシの香りが食欲をそそる。

「焼きそばを買ってきてくれ。金ならオレの財布に入ってる。かき氷も頼む」

「夕方まで我慢しな」

「頼む、夏休みを満喫したいんだ」

「まだ夏は終わっていない。そんなことより、食べな」

 真里は器用に海苔で包んである小さなおにぎりを、圭太の口に押し込んだ。モグモグと必死で噛むが、少しずつ焦りのようなものが見え始めているところであった。

「海が見たい」

「見るな」

 圭太は圧倒的な暑さを回避するために、尽力していた。灼熱の太陽が昇っていく。次第に気が遠くなる。そうだ。気を失う振りをしよう。真里とて驚くはずだ。

 圭太は、失神した振りをした。真里は辺りを見回している。そして圭太に振り返ると、顔が強張った。

「ちょっと、ちょっと。しっかりして」

「どいてくれ、今すぐどいてくれ」

「なんだ。芝居かよ」

 二人の夏が続く。毎年のようにこんな夏が、やってくる。

いかがだったでしょうか。楽しんでいただけたでしょうか。女性差別ではないのです。実際のお話なのですよ。ええ、本当に。僕が保証しますよ。

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