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2-3

今回から聖都の暗部に入っていきます。

やっぱり毎日投稿される方はすごいです。

 

「そうだけど」


 エイルはぶっきらぼうに答える。


「おれもそうなんだ」


 そう言って、自慢げに背中の剣を見せた。


「でさ、やっぱり配属志望はゼルクヴィード聖騎士団だろ。かっこいいしさ。出世すれば王様とも知り合いになれるんだぜ」

「いいよな。外征もないし、安全だからな」

「やっぱ、そうだよな。そもそも成り立ちからかっこよくね?勇者に随行した騎士が、って話」


 エイルも知っている。ゼルクヴィード聖騎士団は、かつて勇者ビルギットと共に旅をしていたホーンバルドの騎士ゼルクヴィードが聖王の下に忠誠を誓い創設した近衛部隊が元になっている。団の基本方針は専守防衛とされているが、現状防衛力としては有り余るほどの戦力を持つといわれ、批判されることもある。


「その点、元になったビルギット勇者団は表だった活動もないよな。あれ、一体何をやってんだろうな」


 かつて国の垣根を越えて大陸中にはびこった悪性を討ち滅ぼし、さらには世界を滅ぼさんとする強大な悪しき者を葬ったとされる世界一有名な部隊であり、未だに世界でも随一の武装集団と呼ばれるビルギット勇者団だが、ゼルクヴィード聖騎士団、ルシリュース導師会の分派を産んだ『解体』から二百年の時が経ち、今でもそれが存在しているとは知られていても、もはや何をしているのか知るものはいない。


 勇者に関わる史跡の保護をもっぱら行っているという話や、『白塔』の管理に専念しているとか、または行政の中に組み込まれたという見方をする者もいる。ともかく謎が多く、未だに詳しいことを知っている人間はいないとされている。


「おれは思うけど、実はもうないんじゃないか。平和な時代が続いたことだし」

「そうかもな」


 そうだ、と少年は切り出した。エイルの剣についた鉱石を見て、目を光らせる。


「ちょっと剣、見せてくれよ。その宝石みたいなの、何なんだ?」

「これか。『葉枯れ石』とかいうんだってさ。鍛冶屋の親父が剣につけてくれた」


 葉枯れ石、と聞いて少年の頬が伸びる。


「マジかよ。やばいじゃん。ちょっと持ってみていいか?」


 エイルは少し考えて、顎に手を添えた。そして少年の背に目を向けて言った。


「あんたのも強そうだな」

「だろ?ちゃんとしたやつだぜ。ベルグ鋼製の。なんなら、持ってみていいぜ。代わりにそっち貸してくれよ。すぐ返すからさ」


 頼む。両手を合わせて彼は上目遣いにこちらを見た。エイルは頭をかいて断る。


「ごめん、無理なんだ。」

「そっか……それ、大事なものなんだな。恩人から貰ったやつとか」


 エイルが頷くと、少年は破顔する。


「なるほどな。大事にしろよ。じゃ、おれは先に行くから」


 そう言って少年は駆け出した。その手にはエイルの剣を持って。彼は刀身の長さが同じように作られた剣の鞘に葉枯れ石の剣をしまった。そのまま人のごった返す町並みの中に消えていく。


「おい、待てよ。剣返せ!」


 エイルは少年を追った。叫ぶ声も人混みは気にすることなく動かない。人波を腕でかき分け、身体をねじりながら大通りを急ぐ。


「どいてくれ、泥棒が!」


そう言うと壁は割れる。少年はエイルを振り返るなり剣の鞘を抱くようにして逃げる。もうそろそろ奴の後ろをつかめる、そう思ってエイルが踏み出すと、目の前に、角から曲がってきた恰幅のいい男が立ち塞がった。分厚い脂肪の壁に、彼は頬をぶつけ、足を止められる。


「痛ってぇ。何すんだこのガキ」


上から怒鳴り声がやかましく聞こえた。その次の瞬間、軽く高い音が石畳の足下からした。男はしゃがみ込み、確かめるようにして何かを拾う。エイルは軽く頭を下げた。


「すみません。先を急いでますので」


「あ、待てお前。お前だよ、お前。」


男はエイルを呼びつけるようにして道を塞ぎ、乱暴な口調で話した。


「人にぶつかっといてそれか?謝り方をしらんのか。え?」


「おれの剣を、泥棒が盗みやがったんですよ。だから急いでるので」


「知るか。どうせそこら辺に置いておいたんだろう。お前のせいで、こっちは懐中時計がダメになりかけたんだぞ、おい。待てこの野郎!」


襟首を掴もうとする男の腕をくぐり、エイルは人の壁の向こう、視界の隅で曲がる盗人を追った。狭い路地に入ろうとしている。


曲がり角でも待つことなく相手は左右に伸びる路地に入りこんだ。少年は似たような路地をネズミのように縦横無尽に走る。ついには古い看板が鳴いている酒場の角で見失ってしまった。


「くそ、はめられた。」


 あんなでかいものを、いつすり替えられたのか気がつかなかった。おそらく相手は相当できる奴だ。エイルは麺をすすりあげるように息を吸いて、深く吐いた。


「油断したなあ。」


 なんとなく怪しいと思ったから気をつけたつもりが、まんまとしてやられた。エイルは拳を固く握りしめ、光のあるほうに戻る。聖騎士団の衛士に相談したところで剣は戻らないと言われるに違いないが、絶対に取り戻してやる。


「あいつ、次会ったら絶対許さないからな」


 ラッカシブ酒場、と書かれた正面の酒場からはエビを焼いた匂いが流れてくる。それに空腹をあおられ、彼の腹が鳴った。腹ごしらえする余裕がないのが無性に腹が立ってくる。


 探すのに残された時間は半日。エイルは表通りに戻ることにした。



葉枯れ石……丈夫な鉱石。何かの材料になる。強力な「木」の力を有する。大陸西方の鉱山から金より多く産出するも、純度の高いものは珍しく、エイルの持っているものはかなりの上物だと考えられる。

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