1-3
無性に不快感を煽る、そんな空の隙間から、鋭い視線を向ける影が一つ。
霧氷の中に身を潜め、四方に飛びつきかき回し、雲の毛布を翻し、出てきたのは異形の翼。
「『魔人』だッ!!」
枝葉が騒ぎ、山肌が鳴く。突風と共に女の叫びのような鳴き声が耳を引っ掻いた。
馬が嘶き、前足を持ち上げて車を止める。御者の男は手綱を引き、荷台下のペダルを踏み込んで、なんとか馬を落ち着かせようとしている。
その背を鋭い鉤爪がかする。
「あぶねえっ!!」
少年は武器を取り、御者の頭上に迫る爪を弾いた。爪はそのまま荷台を襲い、幌の布地を裂いたのみにとどまらず、骨組みごと鈍い刃物でくびり切られたように裂けて崩れ落ちた。
「助かり、ました」
御者は頬を紅潮させながら、息を切らしている。
「いや、まだだ」
少年は荷台に取り付けてある矢立てから、数本矢を抜き取った。
「おっさん、こいつを借りるぜ。ちょこっと隠れててくれ」
「隠れるったって、どこへ?旦那、わたし動けないんですよ?」
眉を曲げる旅代に、彼は静かにうなづき、荷台から飛び降りる。
「ちょ、ちょっと」
御者は狼狽して手を振った。
「動くなって。大丈夫だ」
少年の強い語調に男の腕が止まる。それだけじゃない。何か根拠のある自信のような熱が、彼の身体を震わせていた。
「こう見えておれは、デビルバスターなんだ」
振り返れば、空を旋回する怪鳥の姿が見えた。太い首に広く逞しい肩まわり、大きく立派な黒銀の翼、ふわふわと空を泳ぐ妖艶な肢体を持ちながら、先は鋭い鉤爪に蹴爪。
故郷でもよく見たこの姿は、『鳥魔』。
「問題ねえ、おれが落とす!あんなの、何十匹も斬ってきたんだ」
言うが速いか、少年は飛び出した。腰に剣を刺し、弓を右手に取って。
素早くなれた手つきで構え、弓を引く。指を照準代わりにして、滑空する鳥魔に狙いを定めた。鳥のほうも気づいたか、爪を剥いて弾丸のように突っ込んでくる。
彼は口角を上げ、少し角度をずらして矢を放った。風を切る音がして、再び彼は矢をつがえる。
1本目は外れ、翼の上すれすれを抜けていった。
やはり無茶だ。デビルバスターといえ、田舎の出身だ。魔都周辺の危険度の高いものは見たことがないだろう。どうせ弱いものしか倒したことがないに違いない。御者は勝手にそう考えていた。だが。
「うーん、外したなあ。」
首を傾げ、声こそでたが、一切のブレなく親指から2本目の矢が放たれていた。それは1本目を避けようと身体を翻した鳥の脚に当たった。
さらに3本目。放たれた矢は真っすぐに鳥魔の目玉を射抜く。悲鳴とも怒声ともつかぬ声を、怪物はあげた。
鳥は暴れ、爪が岩肌を掛けた。少年は呼吸に合わせて、盾越しに、しなやかに上にすくい上げる。そして力を緩めると、服を脱ぐような身のこなしで足元を抜け出し、少年は後方に跳んだ。
「いいぞ、さあ来い、こっちに来るんだ」
彼は指笛を吹き、鳥の注意を煽る。問題なく獲物はこちらに突っ込んで羽ばたきながら、爪をかけようとしてくる。
「そうだ」
狙い澄ました一撃が、羽の付け根を貫いた。
つかれる。むずかしい。でもかきたい。
不思議と、ほかの素晴らしいみなさんの作品を読むと、書きたくなってくるのです。
まあ、書ける時の方が少ないんですが。