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2/15

 --東部地区、外壁。


 --やぐら

 風霊ふうれいの笑み、という。

 それは今日のような日の空のことを指すのだろう。

 怪物や巨人の手を借りて組み上げたかのような白亜の城壁の上を、春一番が駆け抜ける。

 悪戯いたずら好きな風の精は壁の上を好き勝手に跳ね回り、甲冑かっちゅうを分厚く着込んだ兵士の背中を小突くように押しのけ、彼がバランスを崩すのを見てけらけらと笑った。


「うぉっ。」

「おい、気をつけろよ、新人。壁から落ちて死なれたら笑いぐさだぞ。」

 上官らしき男が、頬当てを外しながら彼に厳しい視線を向ける。


「すみません。」

「にしても、今日は風が強いな。」


 風は東の外門の上、ひときわ高いその見張り台の上に高々と収まった旗にしつこくつきまとっていた。


「春の嵐とは言うがな、旗がちぎれんばかりの風だ。ほら見ろ。」


 精霊はよほどお気に召したのか、白鷲の描かれた青旗はその生地を引っ張られ、あわれまっぷたつになってしまった。


「ほんとにちぎれましたよ。」


 上官はそれを少しの間驚きをもって見つめていたが、

「というわけだ。お前も飛ばされないように気をつけな。」

 そう言って、きびすを返す。


「ハイ。」

 青年は敬礼し、手持ちの槍を構え直した。

 先日研修期間を終え、着任したばかりの彼は眼下に広がる広大な町並みをみて興奮冷めやらぬ様子で通し口越しに壁の右へ左へと歩き回った。


「すげえなあ。」


 横目に彼が望む町並みは、この世の頂点。

 世界で最も巨大で、強く、美しく、豊かで、幸福な都市みやこ

 どんな富貴ふうきが集っても、この町には代えられぬ。


 白亜の聖宮とも呼ばれるこの都市は、まさしく天の揺り篭のよう。

 その名を、「聖都『オラシオン』」と言った。


 ひときわ大きな外門から延びる往来には人びとが、やや右曲がりに成った影を落としつつ、それを踏みあいながらせっかちに流れていた。その様子を見守りながら、赤い帽子をかぶった白壁の建造物は外門から現れる英雄を一目見ようと集まった群衆よろしく通りに沿ってぴっちりと詰めるように並んでいた。


 門外には港があって、壁から少し離して立てられた赤茶けた倉庫の先に、無数の桟橋が歯車のように並ぶ。弓なりにあった海岸の名残は埋め立てた灰色の土地の東側に、三角の磯をつくってわずかに残るばかりである。


 風は気まぐれに広途おおどおりへと躍り出た。人々の頭上を駆け抜け、背中を押しのけ、足下をすくい、困惑する表情をみてほくそ笑む。


「きゃあ。」

「あら、大変。洗濯物大丈夫かしら。」


 さる名家のお墨付きを示す垂れ幕を店の前にかけていた香草商の主人は、紐を外されて宙ぶらりんになった紫色の布を慌てて元に戻そうとはしごを取り出した。

 思い思いの反応をする人々を見下ろして、風は路上に散らばった落ち葉や塵ごみをすくってはまき散らし、人々に嫌がらせをしながら昼間から騒ぐ人の群れる裏路地に入り込んだ。


 狭い路地に沿って壁から生える、鈍色をしたきのこ頭の通気口からは真っ赤な甲殻類を焼き上げる独特の臭気が漂って、その白煙が陰った路地を曇らせる。風は匂いを嫌ってか、素早く曲がり角を吹き抜けた。


 それにあわせて古い板で作られた取り付けの悪い看板が、ねじをがたがたいわせながら甲高いかすれ声をあげて揺れる。千鳥足で歩いていた中年太りの男は、風にあおられて硬いいしだたみの上に尻餅をついた。


「う゛らぁ!なにすんじゃあ!!」


 その声に驚いたのか、風の精は白い翼だけになった濃紺のうこんの布きれを手放した。

 勢いを失った旗はゆっくりと地面に落ちていき、ひび割れだらけのうす汚れた灰色の壁と、ぶ厚い空の酒樽の間に身を落ち着ける。


「ん"ぉ?いーぃ布こじゃあねぇかぁ?」


 中年男は旗だったものを手に取り、目頭を押さえて食い入るようにじっとみつめる。


「これはあれだ。あれ。聖王軍の軍旗、だっけか。そうだな。充て布にでも使ってやろうか。」

 男がそれを懐にしまおうとしたとき、手足を震わせるような冷たい風とは違う、別の何かが彼の右足をなでた。


「あ"?」


 見れば壁の隙間から、大量に群れる羽虫みたいにわいた黒い霧が彼の周りを覆い尽くしていた。


「なんだぁ、これはっ。」

 慌てて彼は眉間にしわを寄せながら地面を踏みつける。押さえつけているかのように、その霧は彼の動きを縛り、決して逃がさなかった。


「何が、なにがあぁ、うわああ。」


 冷気が彼の足に伝い、黒い水を伝わせる。彼の腿の裏を破裂する痛みが襲った。

「助けてくれ、誰かア!」


 黒霧はその手を伸ばし続け、裏路地自体をゆっくりと包み込みはじめる。

 何人かが声を聞いて頭上を振り仰いだ。彼らは蛇のように首を持ち上げる黒霧をみて目を剥くと同時に足を止め、慌てて狭い路地の中を三方に散った。


「なんだ、なんだ!」

「火事か、みんな逃げろ!」

「もたもたすんじゃねえ、やばい。これはやばい!」

「早く、早くしてよ、どいて!」


 安寧を享受していた者たちは一瞬にして恐慌に呑まれる。その足を霧は無慈悲にも少しずつ削り、悲鳴と共に暗黒に引きずり込んでいく。そうして飲み込まれた者は力を失い、石の地面に倒れ伏す。


 その間隙に、一つの影が屋根樋といに手をかけ、飛び降りた。

 目の前の闇にもまさる漆黒の長髪を束ねたその人物は、飲み込まれた旗と同じ濃紺の外套コートを羽織って立っていた。人々をかばうように左腕を通りの端に広げると、闇に鋭い目を向ける。


「お前か。」


背中に負った大太刀が、猩々緋しょうじょうひの鞘から抜かれる一瞬、ぎらりとその身を光らせた。


「あいつの『予知』は、またしても当たったようだな。」


 一瞬影はひるんだが、蛇のごとく口をあけて威嚇した。

 両者がにらみ合う間に、足音を立てずにたおやかな歩調で若い女が現れ、長髪の隣に並び、耳の横で囁いた。


「封魔の術式、準備は整ったそうよ。」

「了解した。流石、仕事が早い。」


 影のような黒髪が、背を向けて揺れる。照り返す白刃を肩にかけ、彼女はわずかに口角を上げた。


「じゃあ、こっちも仕事しょけいといこうか。」

了解メリー。」


 足下にごとり、と音をたてて鞄が落ちる。少女が金具を外す間もなく、その中から鈍色をした騎銃が飛び出す絵本の仕掛けのように出てきて少女の手に吸い付く。少女の肩口が、服越しに淡く光った。


「いくよ。」

彼女はそれを小脇に抱えて、一発。

よく通る音が、空に響く。


「だめ、石を撃った。」

「任せろ。」


 言うが否や、黒髪の女が黒霧を裂くように刀を振り抜いた。

 触腕のように動いていた霧が、一瞬にして消える。

「まだ。」


 二の太刀。さらに、内側から抜けて足を狙った霧を散らす。続けざまに壁を伝って襲いかかる霧を切り伏せ、雷光の形を描くようにして切り抜ける。

 黒霧のほうは何もできずに壁際に退いていく。


「行きます、右に!」


 その声を聞いて女が半身になると、その腕の下をかすめるようにして弾が飛んでいった。

 銃撃は的確に霧の中を貫いた。不定形のはずの霧にできた銃痕が、白く光っている。その様子が、これがただの自然現象ではないことをはっきりと知らしめた。


 この霧は、「生きている」。

 後ろで野次馬をしている人々もそれを理解したのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 黒髪は、苦しみ腕を振り回す霧に対し、冷静に切りつけ、攻撃をはじいていく。そして壁際に追い詰めた彼女はとどめの一撃を準備していた。


 ……のだが。

 霧の中から、ナイフを四方八方にむちゃくちゃに振り回したような斬撃が飛んだ。

 とっさにかばうように黒髪は少女の前に出た。その巨大な刃を車輪のように回しながら、斬撃を弾き飛ばす。

 黒霧が動く。霧の範囲が広がった。爆発でも起きたのかと見まがうような早さで。それは一瞬で渦巻く外殻がいかくをつくり、二人を飲み込んだ。


 闇が、街を覆った。

 

(こ、ここは......?)


 36時間を越す作業の果てに、さくしゃは頭の中にぼうっとした熱を感じながら、疲労感と乾燥感を覚えながらモニターの前に座っていた。


 考えすぎて筆が進まない、1時間あたり500文字しか書けない人間は、こうして一章前半を構想し終わったのである。


 だが、次にそれを文章化する段階になって、さくしゃは戦慄した。

「何もかけねぇ......」




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