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ダーク・ミルク・モラトリアム

作者: 文崎 美生

甘い香りに浮き足立っている教室で、私もそれなりに浮き足立っているつもりだった。

例えるなら、某猫型ロボットが、ミリ単位で浮いてる的なやつくらい。


「ハッピーバレンタイン!」


教室のド真ん中とも言える通路で、勢い良く押し付けた紙袋は、見事、崎代(サキシロ)くんの鳩尾を直撃し、一瞬息を詰めるような呻き声が聞こえたが、直ぐに笑顔で「ありがとう」と言う。

衝撃でずり落ちたらしい眼鏡を押し上げる崎代くんの腕には、他にも幾つか紙袋がぶら下がっていた。

私は元の位置に戻った赤い縁眼鏡と、色とりどりの紙袋を見比べて「モテモテだねぇ」と笑う。


「残念。美術部の子達からだから」

「本命の一つ二つ、混ざってるんじゃないの?」


小さく首を振った崎代くんに、私はにたぁ、と悪い笑みで顔を寄せた。

口元に手を当てて、くすくす、笑い声を上げれば崎代くんは首を傾けて「どうだろうねぇ」と、眼鏡のガラス越しに、どこか遠いところを見る。


「ただ、チョコレートをくれる、って気持ちは嬉しいし、有難いと思うけど。でも、特にそういう話はされなかったし」


ねぇ、ともう一度首を傾けて、私に同意を求めてくる崎代くんは、赤やオレンジが複雑に絡み合った、おはじきのような瞳を、糸のように細めていた。

眉尻を下げた笑みを、可愛い、なんて称する人達がいることを知っている私は「うへぇ」と背を仰け反り、少しでも距離を取る。

良いお友達なので、私には全くもって分からない感覚だ。


「俺は断るよ。(サク)ちゃんが好きだから」


今度は、ねぇ、と崎代くんは自分の席に鞄を置いて、隣の席に座っている作ちゃんを見た。

作ちゃんは先程から私達の話を聞いていただろうが、今日も文庫本を開いて無表情だ。

真っ黒な瞳を上から下へ、右から左へ動かし、並ぶ文字を咀嚼するように見ている。

丁度良いところまで読んだのか、静かに顔を上げると「丁重にお断りさせて頂きます」と直ぐに上げた顔を下げた。


私は「ぶはっ」と吹き出して笑う。

顔を上げた作ちゃんは、本を読んでいる時と変わらずの無表情で、静かに崎代くんを見上げた。

崎代くんは「えー?」と笑いながら言うが、ショックと言うよう程のものは受けていないようだ。

まぁ、いつものことだし、と私も落ち着いた笑いの代わりに、深く息を吸い込む。


毎日毎日飽きもせずに告白する崎代くんに対して、毎日毎日同じように断る作ちゃんは、ある種の名物と化している。

現に、男女共に浮き足立っていた教室も、一瞬、二人に視線が集まり、いつも通りの結果に元通りの空気。

二人はそのことを気にも止めずに「やっぱりダメ?」「駄目に決まってる」と軽い言葉をやり取りしている。


「あぁ、でも、チョコレートはあげよう」

「え、本当?」


作ちゃんはそう言って、読みかけの本を閉じる。

文庫本に掛けられたカバーが珍しい赤色で、私はそちらに視線を向けてしまう。

何となく手に取ってみれば、素材は合皮かと思ったが、ポリ塩化ビニルだ。

その上、表紙側の中央には、呆けた顔の鳩が金の線で描かれている。

その頭上には『きょうの一冊』の文字。


私が本の中身を開いたところで、作ちゃんは自分の机の中から件のチョコレートを取り出し、第二波として崎代くんの顔に押し付けた。

「はい、どーぞ」なんて平坦な声で言いながら。

顔でチョコレートを受け取る羽目になった崎代くんは、それでも「うぶっ」と衝撃を受け、次には「ありがとう!」と今日一の声を張る。


心底嬉しそうに弾んだ声。

私は本を開く手を止めて、二人を見比べる。

作ちゃんは相変わらずの無表情のまま、お礼の言葉を受けて、細い肩を竦めて見せた。


「それ、二百円もしないんだけどね」

「お金じゃないんだよ、作ちゃん。こういうのは気持ちだから。そして俺は、作ちゃんからチョコレートを貰えただけで嬉しい。とっても嬉しい。プライスレスだよ」

「……あぁ、そう」


片手でチョコレートを抱き締めながら、もう片方の手で作ちゃんの手を掴んだ崎代くんに、私はオイ、オイオイ、と足を踏む。

その手を離せ、と。

私は崎代くんは友人として好ましく思うが、作ちゃんは幼馴染で何なら私が男だったらプロポーズする程に好きなので、これは駄目だ。

ゲシゲシ、ゲシッ、それでも、崎代くんは作ちゃんの小さな手を握り締めている。

撫で回さないだけマシではあるが。


足元で行われる攻防を見た作ちゃんが、何してるんだか、とでも言うように首を振る。

長い前髪が大きく揺れた。

「まぁ、でも」長い前髪の隙間から覗く瞳が、緩慢な瞬きをして、長い睫毛が小さく震えるように揺れ、前髪と絡み合う。


「それは、崎代くんにピッタリだと思う」


作ちゃんの言葉に、私は足を止めて、崎代くんの抱いているチョコレートを見た。

手の平よりも少し大きなパッケージは、見覚えがある。

長方形の頭の角を取った形のパッケージの中には、色鉛筆を模したチョコレートが四つ、お行儀良く収まっていた。


「ペンシルチョコだ!」私は勢い良く、崎代くんがチョコレートを持つ手を叩く。

足の時には言わなかったのに、腕は「痛い痛い」と言う。

作ちゃんが崎代くんに贈ったのは、懐かしのペンシルチョコだった。

私も小さな頃は良く食べた記憶がある。

そして、作ちゃんの『崎代くんにピッタリだと思う』という言葉には納得だ。


「崎代くん、これで絵描いてよ」

「めちゃくちゃ言うね、MIOちゃん。本物じゃないので無理です。チョコレートで描くのも、それ、食べ物だし良くないと思うよ」

「つまーんなーい。でも、作ちゃんの言い分は確かだから、作ちゃんはグッジョブ」


崎代くんに体当たりしつつ、作ちゃんに右手の親指を見せる。

作ちゃんが崎代くんに掴まれている手ごと持ち上げて、適当に左右に揺らす。

薄く口元に笑みが浮かんで見えて、私は歯を見せて笑い掛けた。


「俺、作ちゃんが俺のことを考えて選んでくれたのが嬉しい」

「それは良かった。じゃあ、ボク、ちょっと部室行ってくるね。避難してる二人いるし」


崎代くんの手を解き、作ちゃんはゆっくりと立ち上がる。

椅子を引いた時、ガタリ、と音を立てた。


「避難って何?」

「MIOちゃんは、特に気にせずに贈り物を受け取るけど、(アヤ)ちゃんやオミくんは違うんだよ」


首を振って見せた作ちゃんに、崎代くんは机の上に鞄だけ置かれて誰もいない二つの席を見た。

「早く来ると、贈り物が少ないんだって」私は言って、私の机を見る。

来る途中と来た後にも続々貰う友チョコと呼ばれる代物が多く、ピンクや赤の可愛いラッピングが光り輝いて見えた。


地に足の着けた二人には、合わない行事か。

作ちゃんと同じ幼馴染として、付き合いの長さには自信があるので、良く分かる。

文ちゃんは後輩から貰うことが多いのだろうが、その純朴さに断れないのが面倒で避難していた。

オミくんは女の子から貰うことこそが嫌なのだ。

普段の生活では気に止めない好意を、形作って押し付けられるのが面倒なのだろう。

二人共、真面目で面倒臭がりだ。


「もっと気軽に楽しめば良いのにね」

「ボクはパス。他人の手作りって、何だか怖いし」

「作ちゃんはそうだよね」

「作ちゃんはそうだと思うよ」


作ちゃんは膝を覆い隠すプリーツスカートを翻し、ほっそりとした手を揺らして、教室を出て行った。

作ちゃんの返答に深く頷いた私と崎代くんは残されて、私は静かに身を引く。

そんな私を見る崎代くんは、柔らかそうな線の細い髪を、光色のチラチラと輝かせながら「MIOちゃんさ」と、私の顔を覗き込む。


目と目が合う。

アーモンドみたい、と言われた私の目の中に、アーモンドよりも鮮やかで美味しそうな瞳が映る。

例えば、今日の贈り物の中に、そんな色のキャンディーがあれば、私はバリバリ食べるだろう。

私は「なぁに?」と笑って問い掛ける。


「何か、怒ってる?」


私は笑顔を引っ込め、唇を尖らせた。

目を細めて、崎代くんを上目遣いに睨む。

崎代くんはやっと紙袋など全部の荷物を机の上に置いて、私を見ながら不思議そうに首を傾げた。

おはじきの目がパチパチ。


「怒ってる、と言うよりは、ズルいと思う」


私は作ちゃんが『返して』と言わなかった本を開く。

中身を確認する訳でもなく、最初から最後までをパラパラ漫画でも見るように捲っていけば、新しい本らしい髪とインクの匂いが鼻腔を擽った。

本好きの作ちゃん曰く『本は出版社によっても匂いが違うよ』とのこと。


私には違いが分からず、鼻を一つ鳴らして、一番最初のページをひらいた。

出版社に、著者名、それから、翻訳者の名前も載っている。

タイトルは『椿姫』で、海外の作品だから、翻訳者の名前もあるのだ。


「そう?これ、MIOちゃんの、手作りだよね」


私の渡した紙袋を覗いて言う崎代くんに、私は本を閉じて頷いた。


「そう。作ちゃんと文ちゃんと、オミくんと一緒」

「嬉しいな。それにこれ、三人と作ったんでしょ」

「……良く分かったね。無理矢理誘って、手伝わせたとも言うんだけど」


バレンタイン前にある休日を思い出す。

本を片手にキッチンに立つ作ちゃんと、その本をレシピ本にすり替える文ちゃんと、気怠そうにボウルを回していたオミくん。

本当に無理矢理だったが、最終的にはワイワイガヤガヤと頭を突合せて完成させた。


「まぁ!四人で作ったメインは四人で食べたけどね!!それ、メインは私だから!!!」

「うん。嬉しい」


高笑いと共に胸を張ったのだが、崎代くんはニッコリと笑い、素直に喜ぶので肩透かしを食らう。

私は直ぐに笑いを引っ込め、本をもう一度手持ち無沙汰に捲り、栞が挟まれていないことに気付いた。

本に付いたスピンも使われていない。


「やだなぁ、崎代くん。友達としては好きだけど」

「俺もMIOちゃんのことは、友達として好きだよ」

「まぁ、友達じゃなかったら多分大っ嫌いなんだけど」

「え、何それ怖い」


話しながら栞を探すと、あろうことか、ブックカバーの折り目に栞が挟まれていた。

カバーを引っ掛けるのに必要な折り目には、栞を入れるためらしい切り込みまで入っている作りだ。

私は感心しつつ、カバーと同じ呆けた鳩を睨め付ける。


私は鳩から目を逸らすように、乾いた音を立てて本を閉じ、崎代くんの胸へと押し付けた。

「うげっ」突然の衝撃に呻く崎代くんは、反射で受け取った本を受け取り、中身を覗く。


「これ、前にも作ちゃんが読んでたやつだ」

「うん。まぁ、それ、崎代くんのだけど」


本を押し付けた私は、身を翻し、部室へ行こうと決めた。

どうせ時間を潰すために、部室にあるトランプやオセロを広げてゲームに興じているだろう。

ならば、私もその輪に混ざりたい。


「後、机の中身も見た方が良いよ」

「え?」

「じゃ、私も部室行ってくるねぇ」


ひらり、手を振る。

バリバリ食べちゃいたいおはじきキャンディーの目を見開き、あぁ、とか、うん、とか曖昧に頷く崎代くん。

私は膝上のスカートを翻し「崎代くん」振り返って、歯を見せて笑う。


「私達、友達じゃなかったらライバルだよね」


言ったもん勝ち。

それから、逃げるが勝ち。

教室も廊下も走らない、という校則を全力で破り、全速力で走り出す。

背後に「MIOちゃんって、作ちゃんに似てるよね」という言葉を聞いたが、私は作ちゃんに似たかったわけじゃない。


好きだから似てしまっただけである。


「精々、本命だ義理だ友だ、と悩め!!!!」


真っ直ぐに廊下を駆け抜け、咆哮する。

次いで「絵崎(エザキ)!走るな!!」と、生活指導の教師から怒鳴られたが、知ったことか。

私は地に足を付けているんだ。

結局、地に足付けて走った方が速いんだからな!

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