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うちのお嬢様のヒミツ  作者: グラタン
9/18

お嬢様サーカスへ行く





「とにかく、お姉さま方に後れを取るわけにはいかないのよ!ここはもういいわ!お前はダヴィト様の情報を集めていらっしゃい!」


 というテレサ姫の命で、私は裏口脇に突っ立ってあくびをかみ殺しているダヴィトに会いに行った。私の姿を見るなり、日に焼けた薄い頬が綻ぶ。


「かわいいメイドさんがきた」


 そんな嬉しそうな顔するなよー。


「ごきげんよう、ダヴィト様」


 私が淑女がやるみたいに膝をちょんと折ってあいさつすると、ダヴィトは頬を赤らめておろおろした。


「お嬢様っ……いったいなんの遊びをはじめたんですか?」

「だって、みんなそう呼ぶんだもの。雑用係の私が呼び捨てするわけいかないじゃない」


 4人の娘たちはもちろん、ベルセリウス伯爵さえもダヴィトを様付けで呼ぶ。イケメンはどこの世界でも特別扱いされるものなのだ。


「同じ使用人なんですから、気にすることないですよ」

「だったらダヴィトもサラって呼んでよ。そもそも私お嬢じゃないんだし」

「はあ、まそのうち……それより、俺になにか用があるんでしょ」

「そうだった。ちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたいことですか?俺に?」


 私はダヴィトを質問攻めにした。


「じゃーまず、好きな色は?」

「特にないですけど……冬はあったかそうな色がいいですね。赤とか、黄色とか」

「好きな食べ物は?」

「そうですねぇ……嫌いな食べ物なら腐った黄金豆なんですが」

「それは知ってる。好きな動物は?好きな季節は?好きなお酒は?好きなキノコ……」

「ちょっ、ちょちょちょっ」


 ダヴィトは質問には答えず、怪訝顔をした。「どうしたんですか?急に」


「なんの悪だくみですか?お嬢様が俺の嗜好しこうを気にするなんて」

「私じゃないわよ。テレサ姫に頼まれたの。好きな人の好みを知りたいんですってよ」


 この、色男!

 脇腹をひじでうりうりする。ダヴィトは私の下世話なおばちゃん顔をめんどうそうに睨んだ。


「残念ですが、俺には心に決めた娘がいますから」


 ダヴィトの告白に、私はがらにもなく動揺した。「へ、へーっ、恋人がいたなんて初耳……」


「どんな人?」

「どんなか……一言でいうと、手がかかる子ですね。俺がそばに付いてないと何をしでかすかわからないんですよ。目を離すとすぐ迷子になるし、お小づかい渡せばその日のうちに使っちゃうし、ドレスはやぶくわ宝石はなくすわ……自生してるキノコ食べてお腹を壊したり、ヌシを釣るとか言って沼に落ちたり、煙突のてっぺんから下りられなくなった彼女を一晩中さがし回ったこともありました」

「…………」

「ちなみに黒髪で顔はブニャヌニャに似てます」


 私はにやにやするダヴィトのみぞおちをグーパンした。「もうっ!」


「俺はお嬢様のお世話が忙しくて恋人を作ってる暇なんてありませんから。不憫だと思うならせめて人間らしくしててくださいよ。猿を主人に持った覚えはありませんからね」


 腰をかがめて、私の鼻頭を指先でちょん!とつつく。


「むきーっ!」

「あははははっ!」


 それからしばらくの間、私とダヴィトは貧民窟と一等居住区……別名貴族街を往復した。がっつり使用人待遇の私と違い、ダヴィトのベルセリウス伯爵家での主な仕事は、4人のお姫様たちの遊び相手だった。


 馬車に押し込まれて連れて行かれる先は、だいたい歓楽街。


 ボーリング、ダンスホール、酒場にカジノ、ビリヤード、ポロ、競馬、闘鶏や闘犬、戦車競走、スケート、下町のバザール、オペラにバレエに反社会的音楽のリサイタル、大衆劇場の男性ストリップ、血気盛んな若者の主張大会、志高き芸術家の集い、官能小説朗読会、エトセトラ、エトセトラ……


 水たばこを吸いながらお酒を飲んでギャンブルに興じる不良姫たちを、なだめすかして屋敷に連れ戻す。ダヴィトは連日朝まで夜遊びに付き合わされて、日に日に元気を失っていった。


「ダヴィト、大丈夫?なんだか疲れてるみたいよ」

「お嬢様……すみません、気を使わせて。ご心配にはおよびませんよ、少し寝不足なだけですから」

「でも、ぜんぜん平気そうじゃないわ。お姫様たちのお相手ってそんなに大変なの?」

「はあ……身体はどうということはないのですが、精神が少し……でもお嬢様の顔を見ていれば、すぐに元気になりますから」


 ダヴィトは私の頬を両手で挟んで、なにが楽しいんだか、飽きずに眺める。あんまりじろじろ見つめないでよ、照れるじゃないの……


「お嬢様こそ、ひとりで大丈夫ですか?俺が帰れなくても、ちゃんと食べて寝てくださいね」

「…………」

「戸締りを忘れないこと。変な人にふらふら付いて行かないこと」


 そう言うダヴィトの目の下は、うっすら黒ずんでいる。私は彼の腕を引っ張って、茂みの中に連れ込んだ。


「私が見張ってるから。しばらく休んでていいわよ」

「お嬢様……」

「どうせみんなまだ寝てるんだもの、馬鹿正直に仕事なんかすることないわ」


 ダヴィトは少し考えて、「それもそうですね」と言うと、私の体を巻き込んで芝の上に倒れこんだ。「きゃっ!」


「こんなところにちょうどいい抱き枕があった」

「ちょっと!放してよ!」

「お嬢様もいっしょに昼寝しましょう。共犯になってください」


 ダヴィトは身じろぐ私の背を、赤ん坊をあやすように、とん、とん、とん、と優しく叩く。ダヴィトの胸の中は温かくて、お日様のいい匂いがして、ダメだと思うのに眠気が……


「ところでお嬢様、オペラはお好きですか?」

「……観たことない……からわかんない」

「今度いっしょに行きましょう。お嬢様は物語がお好きだから、きっと気に入ります。お衣装はエリク様の誕生パーティの時に着た、あのブルーのドレスがいいですね。きれいにお化粧して、髪も結い上げて……道行く男性がみんな振り返りますよ」

「ん……」

「春になったら新年祭があるし、夏はゴンドラで川下りもいいですね。連れて行きたいところが……見せたいものがたくさんあるんです。ぜんぶ俺が案内しますから、楽しみにしててください」

「…………」

「?……お嬢様、聞いてますか?約束ですよ。ねぇ、お嬢様」


 その後、2人してぐーぐー寝こけているところをテレサ姫に見つかって、めちゃ怒られた(なんで私だけ!)。


 こんな事件があった、翌日のことだ。


「私もいっしょにですか?」


 リネンを洗っているところをテレサ姫につかまり、外出の同行を申し付けられた。


「お前は荷物持ちよ。もちろん、その後のお楽しみにも連れて行ってあげる。どう、うれしいでしょう?」


 お楽しみっていったいなんなのか……見当もつかないが、新人メイドに拒否権などあるはずもなく。私は4姉妹+ダヴィトと一緒に遊びに出かけることになった。


 午前中に生地屋と帽子屋とレース屋と宝石店、ランジェリーショップをめぐった。テレサ姫はずっとダヴィトの左隣をキープし、彼の腕にしがみついている。私を誘った理由はつまり、ラブラブなところを見せつけたかったという……16歳かっわいー!


 パーラーで昼食を済ませた後、楽器店でピアノ(っぽいなにか)の楽譜を調達して帰路につくのかと思いきや……


 連れて行かれた先は、郊外の空地にはられた巨大な紅白幕のテントだ。


「ここは……」

「冬の間だけ興行にきているサーカスよ。田舎者のお前は観たこともないでしょう?」


 サーカスって、あれ?空中ブランコとか、バイクに乗って火の輪くぐりとかするやつ?


 お城のようなテントの周囲では、馬車が大渋滞を起こしている。みんなこのめずらしい出し物に興味津々のようだ。かくいう私も、人生初のサーカス見物に興奮した。


 明らかに舞い上がっている私を、ダヴィトが微笑ましそうに見てる。いそいそと入り口を入ろうとしたその時。


「お前はここまでよ」


 テレサ姫に止められてしまった。


「だってチケットは5枚しかないんだもの」

「そんなぁ」


 ここまできてそりゃないよ。がっかりする私に、感心な執事は自分の分のチケットを譲ってくれようとした。「では、私の席をどうぞ」


「あら、ダメよ。ダヴィト様のお席は私の隣」

「しかし……」

「私たちが座るのは貴賓きひん席なのよ。連れて入ったら、かえってかわいそうだわ」


 たしかに、ドレス姿の貴婦人たちの中に、メイド服の使用人がいたら目立つわ。私はつつしんで辞退した。「外で待ってまーす」


「すみません、お嬢様……」


 ダヴィトの小声の謝罪に肩をすくめて見せ、私はひとり馬車へと戻った。御者ぎょしゃの男はすでにいなかった。どこかでビールでも引っかけているんだろう。


 サーカスがはじまって30分、テントの中からは心おどる音楽や、観客の笑い声や、獣の咆哮ほうこうが響いてくる。とっても楽しそうだ。


 つまんないなー……


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