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うちのお嬢様のヒミツ  作者: グラタン
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お嬢様追い出される





 それからしばらくの間、クロウェルはゾンバルト男爵家で生活した。活発で、ほがらかで、下の子の面倒をよく見てくれる。本が好き、勉強が好き、体を動かすのはもっと好き。クロウェルはこの城で水を得た魚のように生き生きと働き、ありとあらゆる技術を、瞬く間に吸収していった。


 才気さいき煥発かんぱつで公明正大、物腰にどこか気品もある、神様に選ばれたような子。


 どうしてこんな素晴らしい子が、奴隷の身分になってしまったんだろう。真相は彼の傷だらけの背中を見て想像するしかない。ダヴィトの予想では、没落貴族ゆかりの者じゃないかということだった。王位争いや内戦で国情が安定しないこの国では、爵位はあってもお金がないという貧乏貴族がごまんといるのだ。


 およそ大人の助けを必要としないしっかり者のクロウェルは、本当は寂しがりなのか、体が空けば私のそばにいたがった。私がひとりになるとふらふら近寄ってきて、いつの間にか隣に座ってる。


「愛してる……ずっと一緒にいたい」


 穏やかで満ち足りた時間を過ごすうち、クロウェルは甘い言葉をささやくようになった。


 子どもの戯言ざれごとだと一蹴いっしゅうできない真剣さはあったけれど、もちろん本気にはしなかった。愛情に飢えた子どもたちにはよくあることだ。彼等は家族というものにあこがれを抱いていて、身近にいる女性……つまり私に母性を求めている。


 私は悪法被害者の心のケアという大義名分のもと、クロウェルをうんと甘やかした。


 寂しい夜には抱き合って眠った。キスしてほしいと懇願されれば、二つ返事でしてやった。熱を出せば枕元で寝ずの看病をし、彼が好きだという水菓子や高価な新刊本をせっせと貢ぎ、乞われればどんな恥ずかしい秘密も暴露した。どうしてこんなに尽くすのかと聞かれればそれは、ときどき酷く大人びた目をする彼が心配だったから。


 子どもたちが寝静まった真夜中、手をつないで畑の間を散歩する私たちは、親子というよりは恋人同士だった。月光の下でほほ笑む彼はとても穏やかで、幸せそうで、私は治療の成果に満足していた。


 この分なら別の場所に行っても大丈夫そうだ。そう確信できたのは、クロウェルが屋敷で暮らしはじめて半年も過ぎたころだ。


「そろそろクロウェルの里親を探しましょう」


 どんなに居心地がよくても、この城は長い人生の途中にある、ただの通過駅。ちゃんとした両親のもとで、いやなことなんて全部忘れて、新しい一歩を踏み出すべき。聡明で心優しい彼はきっと、新しい家族にも愛される。


 私が提案するとダヴィトは意外そうな顔をしたけど、文句は言わなかった。


 別れはほどなく訪れた。


「ひとつ、この城の中で見聞きした事柄は決して口外しないこと」

「ひとつ、この城で得た知識や技術は独占せず、世の中に広く知らしめること」

「ひとつ、この城を出た後は可能な限り清く正しくあること。ただし自衛が最優先」


 旅立ちの朝、クロウェルは城門の前に立ち、誓いの言葉をすらすらと読み上げた。

少し離れたところに停まっている古い幌馬車に、迎えの人たちが乗っている。ダヴィトが見つけてきたのは、優しそうな老夫婦だった。


 クロウェルは彼等の屋敷で、雑用として働くことになっている。


 養子の話もいくつかあったが、クロウェルはすべて断って就職の道を選んだ。とはいえ老夫婦の屋敷には子孫こまごも使用人もいないので、クロウェルを実の子のようにかわいがってくれるだろう。


「サラ、泣かないで」


 すべての準備が整うと、クロウェルは泣き濡れる私の頬に手を伸ばした。朝からずっとめそめそしている私を、ダヴィトはあきれ半分、あきらめ半分の目で見ている。「いつもこうなんだから」


 私はたまらなくなって、クロウェルを引き寄せてその背を力の限り掻き抱いた。彼の薄い背中が、電撃が走り抜けたようにぶるぶるっと震える。


「体に気を付けるんだよ。辛かったら、いつでも帰ってきていいんだからね」

「と、お嬢様はおっしゃっているが、めったなことがない限り出戻り禁止だ」

「私がいるところが、あなたの故郷よ。世界中が敵に回っても、私はあなたの味方よ」

「毎回同じこと言いますよね、ボキャブラリーがないんだから」

「もう!水差さないでよ!」


 茶化すダヴィトをぴしゃっ!と叱りつけて、再びクロウェルに向き直る。「聞いてクロウェル」


「今はまだ平等とは呼べない世の中だけど、偏見や差別のない、全ての子どもたちが安心して暮らせる平和な時代がきっと来るわ。だからその時まで自分を信じて、どうかがんばって」

「…………」

「幸せを祈ってる。愛してるわクロウェル」


 クロウェルは私の背をぎゅーっと抱き返すと、長い、長いキスをして、名残惜しそうに旅立っていった。この出会いが後々あまたの悲劇(喜劇?)を引き起こすことになるなんて、この時の私には知る由もなかった。


 さて、ここから先は私も知らない話……


 子喰い姫の城を出た幌馬車は、周辺の森を抜けるかどうかというあたりで停車した。

 老夫が一度外に出て、幌馬車を大きな布で覆う。1、2の、3で布を取り去ってみるとあら不思議、よぼよぼの馬丁はみずみずしい紳士に、老婦はトウモロコシ人形に、みすぼらしいロバは美しい白馬に、おんぼろの幌馬車は紋章入りのキャリッジに……


 そして座席のクロウェルは、高貴な美貌の青年に変身していた。


 えり足でくくられ、広い背中を滝のように流れる白銀の長髪。知性と強い意志の力を感じさせる、物静かな薄灰色の瞳。その正体はシュヴァルステン王国が第三王子、クリストハルト殿下だ。


「ずいぶん長い視察でいらっしゃいましたね、殿下」


 老夫は馬車の中に戻ると、うやうやしい調子でクロウェル……改めクリストハルト王子に声をかけた。


「出むかえご苦労。いつも面倒をかけてすまないな、ウルシャンテ」

「連絡が途絶えたので、ひやひや致しました。……それで、魔法で姿を変えてまで潜入したかいはありましたか?子喰い姫の怪談は真実でした?」


 王子はまぶたを細めて、まぶしそうに笑った。「うわさに違わず、恐ろしい女だったよ」


「だから、召し上げて妻にする」

「かしこまりました。では即刻兵を差し向けて……?なんですって、つま?」

「聞いてなかったのか?子喰い姫と結婚すると言ったんだ」

「……殿下、わけが分かりません……」


 ???とつむじから疑問符を散らすウルシャンテに、笑いをかみ殺しつつ「言葉の通りだ」と返す。


「この件に関して、これ以上の質問は許さん。……そういえば、懐かしい顔に会ったぞ。かつて兄上のお気に入りだった男だ」

「?……王太子のお気に入り?それはまさか、ダヴィト・アルタウス様のことですか?五年前の異教徒討滅作戦以来、行方不明になっている?」

「そのまさかさ。実家は嫡子ちゃくし罹患りかんで大騒ぎだというのに、のん気にオムレツなんか焼いていやがった。てっきりどこぞで野たれ死んだかと思っていたのに、残念だ」

「殿下、笑いごとではございません!ダヴィト様と言えば、ご長男様亡き後の家督相続人、つまりアルタウス家の次期当主です。第二王子派の連中に目を付けられる前に、なんとしてもこちらの味方になっていただかねば!」

「あせるなウルシャンテ。子喰い姫を妻に迎えれば、おのずとあれも付いてくる。姫の魅力にまいってるんだ」

「魅力、でございますか……」

「近衛騎士時代あらゆる美姫を袖にし、あまつさえ隣国の姫君との縁談さえ断った社交界一の難物を骨抜きにするとは、いよいよ伝説だな」

「はあ……なんだか眩暈がしてまいりました……」


 ウルシャンテはひたいに手を当て嘆いた。


「いくら美しくても、身分の低い性悪女ですよ。結婚など正気の沙汰とは思えません」

「私はいつだって本気さ。そうと決まれば、さっそく帰って剣の手入れだ」

「剣の手入れ?……まさか御前試合で優勝して、身分違いの結婚を認めさせようというのですか?」

「あと三年も待っていられるか。兄上を折伏しゃくぶくし、国王陛下に席を譲っていただくのだ」

「!?では、いよいよ……!」

「ああ。ようやく決心がついた。俺は王になる。愛する人の理想を叶えるために」



 クロウェルが旅立ち、瞬く間に1年が過ぎた。


 ゾンバルト男爵家を追い出された私は、かの地より遠く離れた王都で独身生活をしている。いろいろ疑問はおありだろうが、まずは私が子喰い姫を廃業した経緯をご説明しよう。


 簡単に言うと、病気で亡くなったはずの本物がひょっこり帰ってきてしまったのだ。


 1、長い間うつ病を患っていたザーラ姫は、ある時かかりつけの精神科医といい仲になり駆け落ちした。

 2、実家から持ち出した財産でリッチな旅を楽しんでいたが、途中でお金が底をつきると、恋人はあっさり彼女を捨てて去ってしまった。

 3、うつ病持ちの箱入り令嬢が町で仕事を見つけて自活するなんてたくましい真似ができるはずもなく、ハイソな知人や親戚の城を転々とした挙句、ほうほうの体で逃げ帰ってきた……という次第である。


 ゾンバルト男爵……お義父様は跡取り娘が男と逐電ちくでんというありがちな醜聞スキャンダルを隠し続けていたわけだ。


 せっかく戻ってきたものを追い出すわけにもいかず。私は迷惑料と口止め料をたんまりもらって、もとの住所不定無職の異世界難民に逆戻りした。正確に言えば激高したザーラ姫に叩き出された。精一杯抵抗したけど、子どもたち諸共当局に突き出すと脅されては従うしかない。

 屋敷に残された子どもたちのことは、ゾンバルト男爵が後を引き継いでくれた。心配だけど、スーパー執事もいるからたぶん大丈夫だ。ダヴィトはお母さんみたいに口うるさいけど、一度引き受けた仕事は絶対途中で投げ出さない。そして彼はたぶん子どもが三度の飯より好きだ。


 ザーラ姫にまあまあ似ている私は男爵家の近くには住めないし、そうだどうせなら都会でも見てやろうとひらめいて上京(?)したのが半年前。


 ただただ、帰る家が欲しかった。ザーラ姫にあっけなく屋敷を追い出されて思い知ったのだ。この世界には私の居場所なんて、どこにもないんだって。


 身分証がなく、まともな部屋が借りられない私は、有り金をすべて叩いて貧民窟ひんみんくつの安アパートを購入した。






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