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うちのお嬢様のヒミツ  作者: グラタン
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お嬢様のお仕事





「ああ、トンボ玉のこと?綺麗でしょ、アクセサリー部門の子たちに作ってもらったの」

「トンボだま?」

「んー……ビーズ。ビードロ。ガラスって言えば分かる?」

「!?ガラスだって!?」


 クロウェルはとつぜん大声を上げて、私を驚かせた。


「前の主人の屋敷で見たことがある……ガラス質は火山地帯で発見される黒曜石か、でなければ金属加工の段階で偶然に生み出されるものだと聞く。なぜこんなところに……」

「このお城で作ってるのよ。石ころを細かく砕いて、珪砂を取り出して使うの。石灰とか木灰とかを混ぜて、高温の窯でどろどろに溶かして、鋳型に流し込んで……」


 クロウェルは私の解説を、ぽかんとして聞いた。

 クロウェルが不思議がるのも無理はない。私はこの世界でガラスというものを見たことがない。窓は横板を張り付けるか、羊の皮をはりつけたものが一般的。閉じると真っ暗になってしまうから、昼間はどんなに寒くても開けっ放しが基本だ。


「ガラス……隣国の一部地域で工芸品が生産されているが、大変貴重で高価なものだ。その製造方法は極秘で、国外に持ち出されぬよう王令によって厳重に護られていると聞く。門外不出の秘法を、なぜ男爵家の使用人ごときが知っている?」


 自慢じゃないが、私は高校を卒業するまで熱心なレディスカウト団員だった。ロープ結びはもやいからエビ結びまで完璧だ。ガラス工芸もサマースクールで教わったのだが、説明したところでわかるまい。


「子喰い姫は暗黒魔術の使い手なのよ。国家機密くらい持ち出せて当然よ」

「な、なるほど。そうか……」

「興味があるなら、後で作り方を教えてあげるけど?」

「!?なに!?いいのか!?」

「もちろん。ガラスに限らず、この城で作られている作物や製品に関する技術はすべて授けてあげるわ。あなたが望めばだけど」


 私はクロウェルに懇願されて、他の子どもたちが食事をしている間、屋敷の庭を案内した。


「いざという時のために、日持ちする食材を中心に備蓄用の食料を作ってるの。こっちの畑はインゲン豆、その隣がサツマイモ。向こうのエンドウ豆はそろそろ終わりね」

「サツマ?エンドゥ?……あっちの施設はなんだ?」

「酒蔵よ。ゾンバルト男爵が開発した大型アランビックで白酒を醸してるの。これが好評で、なかなかいい値段で売れるのよ。隣の建物が衣類の製造工場。綿花を生糸にする工程から、染め付け、機織り、縫製までまかなえるのよ。でき上がったものは王都の仕立て屋に卸してるの。どっちも貴重な収入源ってわけ」


 木造の広い工場内では、クロウェルと同じ年ごろの少年少女たちが忙しく働いている。刈り取った羊毛を鍋で染色する者、糸車で毛糸を紡ぐ者、出来上がった綿布を裁断する者……


「なんだかのんびりしてるな。ここで働いているのは、本当に奴隷なのか?」

「全員じゃないけど、だいたいはね。長い子はもう3年になるわ」


 養子に出すには年齢が高すぎる子や、奴隷時代のトラウマのせいでしゃべれない子。怪我をして歩けない子、引き取り先でうまく行かず出戻ってきてしまった子……いろんな事情で里親が見つからなくて、この城から出られない子供たちだ。


「みんな生き生きしてるでしょ。あなたも好きな仕事を選んでいいのよ。農作、牧畜、洋裁師に靴職人、大工、コック、警備隊員、ろうそくづくりにチーズづくりに石鹸づくり、大発明家ゾンバルト男爵閣下の助手なんてのもあるわ」


 なにしろ頼りが私の貧しい知識だけなので、どの工程もまだまだ試行錯誤の段階だ。とはいえ、我々には無尽蔵の資金がある。ダヴィトがどこかから引っ張ってきた各方面の専門家の皆さまにご協力いただき、教えを乞いつつ、どうにかやっている。


「…………」

「子供たちにはこの城にいる間に、できるだけたくさんの知識を身につけてもらうの。独りぽっちでもたくましく生きていけるようにね。少ないけど、売り上げの中からお給料も出るのよ。社会に出たとききっと役に立つわ」


 クロウェルと私がしゃべっていると、会話の切れ目を狙って、17、8歳の少女たちが近寄ってきた。羊毛の染色を担当しているベスと、毛糸編み担当のマルシアだ。「サラ様ー」


「わ、すっごぉい」


 2人は出来上がったばかりのニットケープを誇らしげに広げて見せた。隣のクロウェルがほう、と感嘆する。


「なんて鮮やかな紫だ……王都でもこれほど美しい発色は見たことがない」

「羊毛を白礬はくばんで媒染してから染色したんです」

「それにこの緻密な模様……いったいどれだけの時間をかければ、これほどのものが出来上がるんだ?」

「3か月と20日かかりました!」


 ちなみにこの見事なニットケープは、おそろいの帽子と手袋とあわせて、然る子爵夫人の手に渡ることが決まっている。


「マルシアは王都の洋裁店に就職が決まったのよ、四月堂っていう貴族御用達の有名店。ベスはもうすぐデカ様似のイケメンと結婚して大店の女将さんになるの」


 それもこれも優秀過ぎる営業部長……もといイケメン執事の手柄だが、私は我が事のように威張った。


 あれはなんだ、これはなんだとうるさかったクロウェルは、工場を出る頃にはすっかり静かになってしまった。牧場や温室を案内する私の後を、黙りこくってついてくる。やっと言葉を発したのは、終点である食堂にたどり着いた時だった。


「……まるで国だ……」


 クロウェルのぼんやりした呟きを、豆の筋取りに忙しいダヴィトが律儀に拾った。


「この城の庭は、もとは美しい薔薇園だったのさ。春になると大輪のツルバラがいっせいに咲き乱れ、屋敷中が甘酸っぱい香りに包まれて……先代のころには、庭師がなんと30人もいたんだと。それが今やお嬢様のけったいな趣味のためにこのありさまさ」

「だって。薔薇なんて食べられないし、ほとんど年に1度しか咲かないのよ。せっかくこんな広い敷地があるんだもの。ちゃんと活用しないともったいないじゃない」


 ぽかんとするクロウェルに、私は首をすくめて見せる。


「本当はみんな助けてあげられたらいいんだけど、残念ながら私にはこの小さな箱庭を護るのが精一杯。理想はこの城だけで自給自足ができるようになることなの。王宮は王位争いで荒れていると聞くし、この辺りは国境も近い。いつ非常事態に陥るとも限らないわ。どんな災いが襲ってきても子どもたちを護れるように、準備だけはしておかなくちゃ」

「そんな物騒なことを日常的に考えているのは世界広しといえどあなた様くらいですよ。貴族のご令嬢は普通、恋やおしゃれに悩むものです。それをお嬢様ときたら、同年代のレディがダンスの練習に励むなか汚泥(おでい)にまみれて牛を追い、芸術をたしなむ代わりに腐った黄金豆や魚のミイラを生産してよろこんでるんですから」

「魚のミイラじゃなくて、かつお節よ」

「はいはい、わかってますよ。憎い相手を撲殺するのに使うんでしょ。あんな鈍器みたいな干し魚、食べられるわけないじゃないですか。……あな口惜しや、身だしなみさえ整えれば、お嬢様の美しさに敵う女性などおりませんでしょうに。どこで育て方を間違えたのやら」


 ダヴィトが大真面目に言って、私は居心地が悪くなった。


 ちまたでは類い稀な美貌とか言われてるらしい私の容姿は、めっちゃ普通だ。

 性格と同じで薄ぼんやりした目鼻立ちに、ふたまた大根みたいなメリハリのないボディ。緑がかった天然の黒髪はワカメのようで、肌は鶏肉の脂身より黄色い。いつだったかデリカシーのない生物の教師に、「アジア人の標本みたいな骨格だね」と言われたことがある。


 対して、こちらの世界の住人は小股が切れ上がった美人ばかりだ。この怒りんぼ執事(ダヴィト)でさえ、黙っていれば外国人俳優みたいにかっこいい。


「べつにいいの。どうせ結婚相手は決まってるんだから、着飾る必要なんてナシ」

「はあ……おかわいそうなエリク様。お家存続のためとはいえこんなキチガイ娘を嫁にもらわにゃならないなんて」


 私たちが食堂で遅い食事をとっていると、板木ばんぎを打ち付ける鋭い音が響いてきた。見れば物見ものみの少年が高い石塀の上で、けんめいに手を掻いている。


「伝令!伝令!」

「どうしたのっ?」

「大変だ!エミディオ閣下が森の入り口に!」


 私は残りのなんちゃってシャケ茶漬けを口の中に流し込むと、いの一番に食堂を飛び出した。その後に、心得た風のダヴィトとククルが続く。少し遅れてクロウェルも付いてきた。


「エミディオ閣下って!?」


 廊下をばたばた走りながら最後尾のクロウェルがたずね、ダヴィトが答える。「隣の領地を治めている伯爵様だ!」


「エミディオ閣下は階級差別主義者で、奴隷制度推進派の幹部なんだ!そしてこの辺りの地所を治めている領主のほとんどがエミディオ閣下のシンパ!残虐非道の子喰い姫が実は奴隷を保護して逃がしていると分かれば、どんないやがらせをされるかわからない。そして言わまくもゆゆしきことだが、閣下は残酷無慈悲な子喰い姫に首ったけなんだ!」


 バンッ!と扉を開いた先におっぱい丸出しの私がいたため、クロウェルは真っ赤になって背を向けた。「す、すまない……!」


「はやく、コルセット締めて!」

「はいはい、ただいま。いきますよ、せーのっ!」


 ダヴィトとククルの助けを借りて豪華なドレスをまとい、髪をセットして紅を引く。かかった時間はなんと2分弱。美少女戦士顔負けの鮮やかな早着替えだ。


 支度が済むと、私とククルとダヴィトの3人が、いっせいに窓から屋外へ飛び出す。「「「とやっ!」」」クロウェルもおろおろと後に続く。


 ぼたんの花びらみたいなうっとうしいスカートを抱え、がに股で全力疾走して向かった先は、ご先祖様が作った地下トンネルだ。城の真下を迷路のように走るこのトンネルは森の向こうの町まで続いていて、有事の際は逃げられるようになっている。便利だけど下水道も兼ねているため、湿っぽくてたまらなく臭い。


「みんな、準備はいい!?」


 私がトンネルの闇に向かって声をかけると、「いつでもどうぞ!」という元気な返事が響いてきた。


 ダヴィドがエミディオ閣下をむかえに行き、私はククルとクロウェルを連れてトンネルの奥へ進む。

 突き当りに牢獄があり、中には無慮むりょ十数人の(比較的に細めな)子ども達が押し込められている。みんな半裸だったり、見すぼらしい格好だったり、いかにも奴隷ですって感じだ。よしよし。


 ククルが中に入って、みんなの足首に、囚人がつけるような足かせと、大きな鉄球を取り付けた。実はこの鉄球、中が空洞の木で作られていて、子供でも容易に持てるくらい軽い。


「サラ様抱っこー」

「はい、はい、後でね」

「サラ様くさーい」

「エミディオ閣下が帰るまでのがまんよ」

「サラ様でーぶ」

「なんだとぉ!?」






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