第七話
先日初めてブックマークと評価を頂きました。
感涙です。
温かな光に包まれる。何か、大きな優しさに呑み込まれて行くような感覚だ。
言うなれば冬の朝方、布団の中の聖域。ぬくぬくとした世界に、俺は起きることを躊躇ってしまう。
「……さん……モヤさん……トモヤさん!」
「うおぁ!」
慌てて身体を起こす。辺りを見渡すとそこは見知らぬ裏路地ような場所だった。
俺は何でこんな所で寝ているんだ?寝惚けた頭をフル回転させる。
そうだ……ティファと街を歩いていて、チンピラと戦って……刺された。
左腹部を見ると、買ったばかりの洋服にポッカリと穴が開いている。だが俺の身体から血は出ていない。
同様に左肩の傷も無くなっているようだ。どうしてだ?
いや、さっきの温かさ……つい昨日も似たような感覚を受けたはず……
「ティファが治してくれたのか?」
「はい、私が回復魔法を唱えました……」
「そうか、回復魔法が使えるんだな。助かったよ」
「驚かないのですか?」
驚く?回復魔法が使えるのは凄いと思ったが、生憎昨日も体験してしまっている。もしも初体験ならそのファンタジー感に感動した事だろう。
「別に、魔法が使えて良いなあって思うくらいかな」
「トモヤさん、魔法の事もご存知無いんですね。当たり前ですよね、まだこちらに来たばかりなんですから……」
ざわざわと声が聞こえる。騒ぎを聞き付けて衛兵がこの裏路地に来るようだ。
襲ってきた大柄のチンピラは泡を吹いて倒れている。死んでなければ良いのだが……
「奴隷が中流市民を攻撃したとなれば、例え正当防衛であっても認められません。行きましょう、トモヤさん!ライトヒール!」
ティファの手から放たれた光が大柄男を包む。
よく見ると奴は後ろ手に縛られていた。ティファがやったようだ。
「はぁっはぁっ、ここまで来ればきっと大丈夫でしょう」
俺達はバザーの人混みの中まで戻ってきた。ティファが息を整えている。
「改めて、助けて下さって本当にありがとうございます」
「いやいや、気にしないでよ」
「私の不注意で絡まれて、しかも大怪我を負わせてしまって……お世話係失格です……」
彼女はそう言いながら肩を落とす。
「せめて何かお礼をさせて下さい!」
「あー、いいよ、俺が勝手に飛び出して勝手に刺されただけがらさ。回復魔法だけでお釣りが来るよ。」
彼女の顔は明らかに納得していない。そして何か閃いたような顔をして……
「じゃあお昼!お昼ご飯をご馳走します!」
「本当に良いってば!」
女の子に奢られるというのは何だか歯痒い気持ちになる。女性経験は少ないけども、俺はちっぽけなプライドを守りたかった。
ーーぎゅううう
腹が鳴った。ベタか。
「まあでも、遅くなったけどご飯は食べようか。お聞きの通り腹は減ってるから」
結局当初の予定通り、ティファのおすすめの店に行くことになった。他の店はこれ見よがしに『奴隷お断り!』の貼り紙がされていたらしく、入ろうとしたらティファに止められた。
お洒落なカフェという感じで、店内には如何にもな観葉植物が置かれ、カウンターにはマスターがいる。ウェイトレスは一人。
SNS映えを狙う女性達が、オーガニックを全面に押し出した料理をスマホで撮っていそうな店だ。
俺はティファのお勧めでサンドイッチっぽい料理を頼み食べることにした。
野菜と一緒に挟まっている肉に臭みや癖は無いが、豚や牛とも違う不思議な味で、とても旨かった。
「へえ~、つまり魔法ってのは一種の才能なんだ」
食事を終え、魔法について教えてもらう。
ティファが言うには、魔法というのは物凄く稀少なものらしい。先天的に使える場合と、何らかの訓練により発現する場合があるが、大半は先天性の物なのだそうだ。
ちなみにパッシブスキルとしての名称は『~魔法適正』らしい。
大昔は魔女だ悪魔だと畏れられたが、今ではその有用性が認められ、回復魔法なら医者、攻撃魔法なら軍で出世街道なんだとか。
絶対数が少なく、扱える者は国に管理されることになるのだが、それを恐れ隠す者達もいるのだ。
「昨日のじいさん医者……そんなに凄い奴だったんだなあ……」
「恐らく、トモヤさんを治療した方は魔術医療の第一人者、サイモン=ウッド様です。王国魔術医師として活動されています」
「そんなのがいるなら怪我をしても、即死じゃなきゃ何とかなるな」
「確かに回復魔法の効果は凄いんですが、医療費が物凄く高いんです」
「具体的には?」
「銀貨50枚です。トモヤさんの服が値引き前で銅貨30枚、ここのご飯が1食大体銅貨20枚、宿はランクによりますが銀貨1枚で食事つきですかね」
なるほど……っておい待て、所持金足りないんだが!?
「あ、食事代は私が出すので気にしないでください!」
謀ったな。この金髪メイドさんめ。
「いつか払います……」
「いえ、お礼ですから!話を戻しますね。銀貨50枚を銅貨換算すると5000枚ですね」
5000枚!銀貨1枚は銅貨100枚って事か。食事が高くて二千円と考えて、銅貨1枚が100円くらいってすると、一度の治療費で50万円か……確かに高いが……
「どんな大怪我でも命が助かるなら良くないか?」
「はい、確かに上流や中流の方にとってはそれで問題ないのですが、下流市民の方々にとって銀貨50枚は半年の生活費以上になるんです。私はそういう人達を助けたくて、お屋敷で召使いをやりながら下層の医者をやってます。もちろん国には秘密で」
「闇医者ってことか。それをルドガーの奴は許しているのか?」
「はい、ご主人様は応援して下さっています。下層に治療院も建てて下さいました」
「そんな立派な奴には見えないけどな。典型的な貴族って感じで……」
「違うんです!」
ティファが机に身を乗り出して言葉を荒げる。
「……大きい声を出してすみません。あの方は元々、奴隷を所有などする人では無くて……ここ一ヶ月、急に人が変わったようになり、屋敷の者にも厳しくなられました……」
ふうん、楽しそうに俺を鞭で打ってくれたけどな。よくある展開なら洗脳か何かか?少なくとも裏がありそうだ。
「今のご主人様は、私の回復魔法についてもご存知ないかのようなご様子で……だから私、世話係に立候補したんです。トモヤさんに付き添って頂ければ、また下層の人達を治療に行けるので……利用してごめんなさい……」
彼女は悲しそうに頭を下げる。
「そんなことは別にいいよ、今日も行くのか?」
「いえ、看護師をしてくれているアルミナという女性がいるのですが、彼女から連絡がないので今は患者さんが居ないみたいです」
「そうか、いつでも付き合うから、試合中じゃなければ声をかけてくれ」
そう言うと彼女の顔がぱあああっと明るくなる。分かりやすい子だな。
「あ、ありがとうございます!」
カウンターの向こうからマスターが笑顔でこちらを見ている。後で聞いた話では、この店のマスター達はティファの活動を知っているそうだ。
俺は食事代を立て替えてもらい店を出た。ご馳走さま、必ずお返しします。