第二章14 混乱、恐怖、絶望、死の森へ
お待たせしました!!
手を伸ばせば届く距離に青い髪の君がいた。
でも、君はとても悲しい顔をしていて。
だというのに、俺をまっすぐ見つめていた。
「手短に。今回私は介入することが出来ません」
「待ってくれ! ……君は誰なんだ。コラ村でもフリーテでも俺を助けてくれたんだ。せめて名前くらい……」
名前くらい教えてほしい。
君にこの時代に来て幾度も助けられた。
せめて君について……相棒について知りたかった。
「……貴方は私を知っているはずです。だからこうして介入が成立しています」
だが求めていた返答は返ってこなかった。
「所詮今の私は彼女と違い、あなたとかつて共に過ごした存在でしかありません。できることは限られています。彼女を探してください。きっと力になってくれるはずです」
何を言いたいのかさっぱりわからない。
共に過ごしたとはどういうことなのか。
彼女とは誰なのか。
それを尋ねようとしたときには、彼女の輪郭がおぼろげなものになっていた。
「まっ……!!」
「……また、どこかで」
その声を最後に、その空間から放り出された。
…………。
……………………。
………………………………。
「…き……だ…い」
「…きて…ださい」
「うーん、起きないなぁ……。……そうだ……!」
「えーい!」
意識がまだ朦朧としている中、ドスッとお腹に重たい何かが直撃する。
グエッと腹から出た変な声が出た。
「あ!ようやく起きたー!」
聞き覚えのない明るい声が俺のすぐそばで聞こえ、声と共に頬をペシペシと叩かれる。
「大丈夫ですかー!元気ですかー!」
「……少なくとも大丈夫ではないし、元気でもない」
「返事が出来るから大丈夫そうですね!おはようございます!!」
コミュニケーションって知ってる!?
一発ぶんなぐってやろうかとも思ったが、体を起き上がらせてようやくここがリナの家ではないことに気が付き拳を諫める。
辺りは暗く何も見えないが、俺を起こした人以外にも人の気配を複数確認することが出来た。
おそらく、足場もないほど人がぎゅうぎゅうに積み込まれている。
実際身動きを取ろうとすれば、すぐそばにいる横たわっている人であろうものに当たった。
そして外からは、ガラガラと何かがまわる音が壁越しに聞こえている。
「……ここは?」
「……分かりません。私が目を覚ました時にはすでにこの状態でした」
「……そうか…………」
快と呼ばれていた少年に眠らされた後、ここに積み込まれたのだろうか?
……魔女の森でターゲットであったジャルをすぐに殺そうとした奴が、はたしてそんな回りくどいことをするのか?
いや、しないだろうな。
だとしたら、俺が今ここにいるのは奴以外の第三者の介入があった可能性が高い。
ならいったい誰が……?
「お兄さんお兄さん」
ちょいちょいっと肩を叩かれる。
「女の子を放って考え事だなんて、そんなことしてたらお目当ての子は逃げちゃいますよ」
「……すまん、存在を失念してた」
「え」
「というか、大変今更だが……どこのどなた?」
「えぇー……」
信じられないとでも言いたげな声がすぐそばで聞こえる。
「女の子に先に名乗らせるんですかー!?」
不服だ、あなたから名乗ってと狭いこの場所でその女性は騒ぐ。
別にどっちから名乗ろうがいいじゃないか。
俺はあんな起こし方をされたんだ。文句を言いたいのはこっちだよと声を大にして言いたいが……。
ここでウダウダ言い合う労力は俺にはない。
というか、それをするのも面倒だ。
これ以上揉めたくはないので、彼女の意見を尊重しよう。
「高田洋一、ひろでいい」
名前を名乗ると、彼女は少し驚いたようで珍しいと口にした。
そんなに珍しいことなのか?現に透たちも東洋から来ていたし、来ること自体は普通の事なんじゃないのか?
「あそこに住んでいるのなら、わざわざパチェリシカに来なくても良かったのではないですか?」
「……招待状をもらったんだよ」
「あぁ。なるほど!第5席の招待状をですね!それなら納得です」
……第5席?何のことだ?
けれど似たようなワードをどこかで聞いたような気はする。
それに、パチェリシカに来なくても良かったのではないかとはどういうことだ?
「なぁ、来なくても良かったっていったいどういう……」
その時ドンっ、と外から内側に向かって突き上げるような衝撃で体が一瞬宙に浮く。
すぐに地面に足がついたものの、先程までとは異なり床が何度も跳ねる。
「な、何だ!?」
「え!?何!?」
「何だよ!ここ!!」
俺たち以外にも眠っていた人々が、先程の衝撃で一気に目を覚ます。
寝起きかつ見慣れない場所、訳の分からない事態ということもあり、ほとんどの人がパニック状態に陥っていた。
これじゃぁ動くにも動けない。
どうすればいいか周囲を見渡していると、右手前の壁がひらひらと動き、そこから光が差し込んだ。
そして一瞬だけできたスキマから、人の背中が見えた……気がした。
混乱の最中、跳ねるように動く人が密集したせいで足場の少ない地面を針を縫うように抜けてその壁を、光の通さないほどに厚い布を掴んで、勢いよく開いた。
日の眩しさに目を覆う。
その時、温かく何か重たいものがぬちゃっと音をたてながら俺の膝に寄り掛かった。
手で目を覆い、徐々に光に目を慣らし周囲を確認する。
すぐに視界に飛び込んできたものは、4匹の馬と古びた手綱。
今まで部屋だと思い込んでいた場所は、どうやらかなり大きめの馬車らしい。
どうして馬車に?どうしてこんな人数が?
分からない。
……にしても膝に当たったものはなんだ?
馬から視線を膝に落とす。
「…………は?」
そこにあったのはかつて人であったもの。
首から上がなく未だ血が流れているそれは、かつて奥深くにしまった残忍な記憶を呼び覚ますほどに強烈なものだった。
死体が目に入ったのか、奥にいる人々さらなる混乱状態へ陥る。
悲鳴、怒号、死への恐怖。
声にならない音が飛び交う。
だが、今はそれに対応している場合じゃない。
「ひろさん!!まだ近くに何かがいます!!」
先程俺を叩き起こした声が、警鐘を鳴らす。
そうだ。
首から血が流れているということは、まだ近くにこれを実行した何かがいる!!
ドンッと地面が揺れる。
聞いたことのある咆哮が、すぐそばを走っている。
そちらを見たくなかった。
見たら、自分の中にある何かが壊れそうで……。
でも、見るしかなかった。
「……冗談はこの馬車だけにしてくれよ…………」
馬車の横を並走していたのは……。
頭は獣、頭とは不釣り合いな大きな身体、そしてその尾はまるでもう一つの意思を持つかのように顔を持ち動く魔物。
それは、フリーテでやっとの思いで倒すことのできたキマイラだった。
「何ボーっとしてるんですか!!」
先程の声の彼女が、馬車の荷台から人ごみを抜けて血だまりになっている御者席へ飛び込んできた。
俺に対しての粗暴な行動とは裏腹に、彼女は驚くほどに美人だった。
「……吊り橋効果で胸キュンですか?」
「こんな状況でよくそんなセリフ出てくるね君!?」
状況と全くかみ合わないことを言いながら、彼女は二へらと顔を崩した。
ひとまず、悪い人間ではなさそうだ。
「名前は!?」
「セリナです!まずは距離を取ります!!どうにかして距離を詰めさせないでください!!」
「どうにかしてって言われても……っ!!」
あの時はみんながいたから何とか活路を見出すことが出来た。
だが今回は違う。
馬車の中に俺の知る人は、誰一人としていなかった。
そして、高く高く登っていくことが出来る木や壁が周囲にあるわけでもない。
あっても5mを越えないほどの低木ばかりだ。
あの戦術は使えない。
でも、どうにかするしかない!!
「……失敗しても文句言うなよ!?」
「保険をかけるくらいなら不安になるので、言わないで胸に抑えてキリキリ動いてくださいね♪」
「辛辣ぅ!!」
「ほら、馬鹿なこと言ってないで!来ますよ!!」
セリナの警告と共に並走していたキマイラは徐々に馬車との距離を詰めると、炎のブレスも吐くことができる尻尾でこちらの首を食いちぎろうとしてきた。
「んなろっ!!」
それを納刀した状態で下からたたき上げ、怯んだところで刀を鞘から一気に引き抜いた。
「頭義流抜刀術!!三の型!!弧月昇!!」
弧を描くように下位置から上に向かって切り上げる技、弧月昇。
集団戦において非常に無駄が多く、範囲も上下方向にしか対応しておらず、何より右肩を壊してから使う事すら躊躇っていた技。
イチかバチかで実行してみたものの、これが案外うまくいった。
キマイラの尻尾は俺の刀がもろに直撃したこともあり、しっぽについていた頭は真っ二つに切り裂かれ、本来果たすべき機能を失いクタッと垂れていた。
斬りつけたことで、攻撃を受けたキマイラが怒号のような咆哮をあげる。
その目は赤色に光り輝き、獲物としてではなく敵として排除しようとする獣の本性むき出しの顔。
背筋が凍るような緊張が走る。
状況は未だ理解できない。
どうしてこうなっているのか、そもそもなぜこんなにも人をのせた馬車がこんなところを走っているのか。
いずれにせよ、まずは目の前のキマイラだ。
「セリナ!手綱は任せた!」
「言われずとも!お任せください!」
その掛け声と共に、俺はもう一度刀を強く握りしめた。




