第二章13 深く、深く、沈んでいく
大変お待たせしました!!
エイリー・プーペと名乗った女性の後に続き、大通りといくつかの細道を抜けると、ある建物にたどり着いた。
……古い。
活気のあるこの街に似つかわしくないほど古い。
パチェリシカが歴史のある国であったとしても、ここまで古い建物を見過ごしておくのだろうか。
それとも、フリーテと同様に貧富の差が激しい街なのだろうか。
……ここで考えてもわからないか。
エイリーさんはためらいもせずその建物に入っていった。
馬鹿面鳥の手綱を建物の入り口付近の棒のようなものに巻き付けて、後に続き建物に足を踏み入れる。
中は人が長い間出入りしていなかったのか埃がうっすらと積もっていて、右手側には2階へと続く階段、手前にはいくつかのテーブルと座席、奥にはカウンターのようなものが備え付けてあった。
「ここは……」
「……ここは…………リナの家よ」
「え?」
耳を疑う。
ここがリナの家?
こんな……長い間、人の出入りがないような家が?
「……2階にリナの部屋があるわ。落ち着かせるためにも、何より泣きつかれて君の腕の中で寝ているのだから、布団で休ませてあげて」
エイリーさんは住み慣れた実家のような振る舞いで、奥にあるカウンターの方へと歩みを進めていった。
人の気配がないからなのか、それとも別の原因があるのか、それは俺には分からなかったけれど。
この家は、何かがぽっかりと抜け落ちてしまっているような気がした。
それが何かわからないまま言われた通りに階段を上がり、すぐ手前の扉を開けた。
「………………」
「………………」
「……リナの部屋なら廊下突き当りの一番奥の部屋だぞ」
「……あ、そうなんだ。ありがとう、銀狼」
「おう」
開いた扉を閉めかけて、いや待てと思いとどまりもう一度扉を開いた。
「なんだ?忘れものか?」
再び扉を開けて部屋に入ってきた俺を見て、銀狼はフリーテの時と変わらない笑顔を見せた。
言いたい事が沢山あった。
だがそれを聞こうとする前に、銀狼は右手で人差し指を立て口に当て、俺の背中を指さした。
「リナは疲れて寝てるんだろ?まずは寝かせてやりな。そのために上がって来たんだろ?」
銀狼の言う通りだ。
リナを寝かせるために上がって来たんだから、まずはリナの部屋に行くの優先した方が良いだろう。
銀狼に言われた通りに廊下突き当りに向かい扉を開ける。
埃がかなり舞っていた。
だいぶ長い間使用していないと分かるほど、積もった埃が扉を開けたことで廊下の方にも流れ出る。
こんな部屋がリナの部屋だなんて信じたくはない。
だけど、銀狼にもここだと教えてもらったし……。
………………あれ?
……銀狼とリナって面識あったっけ?
いや、ないはずだ。
リナが俺たちと行動を共にしだしたのは、銀狼が去った次の日のはずだ。
それなのに、銀狼はリナの名前を口にした。
ありえない。
すぐに踵を返し、銀狼がいた部屋の扉を開ける。
だがそこにはすでに銀狼の姿はなかった。
……どういうことだ…………?
なぜ、銀狼はリナの事を知っていたんだ?
……分からない。
ひとまずリナをこの部屋に寝かせよう。
あんな埃だらけの部屋に寝かせるわけにはいかないし。
リナの部屋だと言われた部屋よりも整えられているベットにリナを寝かし、静かに扉を閉めてから1階へと戻る。
1階ではエイリーさんが全員にお茶を出しており、俺が戻るまでの間何かしら話をしていたらしい。
「あ、ようやく降りて来た。遅いよひろ。……もしかして、女の子の部屋に入るのにドギマギしててこずった?」
「んなわけあるか」
春香からのからかいを左から右へと受け流し、俺も空いていた席に座り用意されたお茶を口にする。
さて……2階で起こった出来事を正直に話すこともできるが……。
銀狼の話をしても、エイリーさんや透たちは話についていくことが出来ないだろう。
ただ混乱を招くだけだ。この話をするのはやめておこう。
「さて、全員そろったことですし、私が何者なのか改めて話していきましょうか」
エイリーさんは俺が座席に着いたことを確認し、改めて身の上について話しだした。
と言っても、ここに来る前に話してくれた身分と所属についての簡単なお話だけだった。
「それで君たちは観光……ではなさそうね」
「はい!東洋からフリーテにドールナーの入学試験を受けに来ました!!」
「……元気でよろしい」
透の食い気味な明るい声に、エイリーさんは引きつった笑顔で応じる。
どうやら明るいタイプは苦手らしい。
いや、あれは透がぐいぐい押しているだけか……?
「君たちは?彼と同じ理由なの?」
透の圧から逃れるように、エイリーさんは俺たちに話題をそらす。
だが、結局林太や翔斗の圧も透同様に凄かったため、その思いを聞いてエイリーさんはずっとタジタジしていた。
第一印象はしっかりした厳格な人だったけれど、案外そうでもないらしい。
ここはひとつ助け船を用意したほうがよさそうだ。
「そう言えばエイリーさんは、リナとはどういった関係なんですか?」
今気になっていることも交えつつ、透たちに囲まれているエイリーさんに話題を投げる。
すると、ぐいぐい迫ってきていた透たちから逃げるように俺の話に食いついた。
それでいいのか教師よ。
「ええっと……リナとの関係だったかしら?」
「はい、まだ簡単にしか聞いていないのでしっかりと説明をしてほしいです」
「それは……もしも、があってはいけないからかしら?」
「…………」
言おうとしていたことを先取りされてしまった。
「そこは安心していいわよ。リナと私はお友達。正確にはあの子の母親と私は交流があったのだけれど……」
「10年前に行方不明になって、それっきり。ですか?」
「…………………………えぇ、そうよ」
「では、リナのお父さんのことも知っているんですか?」
「………………えぇ、知っているわ」
「……どこまで?」
「…………どこまでだと思う?」
その時だった。
先程からやけに静かだった春香が、椅子から崩れ落ちる形で地面に倒れた。
それに続くように、透たちも次々と電池が切れた人形のように倒れていく。
それなのに、俺以外に倒れた全員を見て、エイリーさんはケタケタ笑っていた。
状況が飲み込めない。
それを理解しようとするが、突如として睡魔に襲われる。
「あぁ……だめですよ。何かもわからない飲み物を飲むだなんて……。間抜けとしか言いようがないよなぁ!!」
落ち着いた口調から一変し、エイリーさんの顔が崩れる。
崩れた顔の中からあらわになったのは、かつてジャルを殺そうとしたあいつだった。
「おいおいおいおいおいおい!!!!無防備にもほどがあるんじゃねぇかよ!!おい!!少しは楽しませてくれねぇと、殺すのがつまらなくなるじゃねぇかよ!!」
銀狼に快と呼ばれていた彼は君の悪い笑顔で俺に近づいてくると、思いっきり俺を椅子ごと蹴とばした。
大きな音をたてて別のテーブルに突っ込んだが、何の痛みも感じない。
どうにかしなければと焦燥感ばかり募っていくが、睡魔がそれに覆いかぶさって視界を、思考を塞いでいく。
風華や水連を呼び出そうにも、もう声を出す力も残っていない。
また、何もなせないまま、俺の意識は沈んで行った。
…………。
……………………。
………………………………。
……声が聞こえる……………………。
「手配は済んだの?」
「……あぁ、大丈夫なはずだ。彼なら必ずここに戻ってくる」
「大丈夫。俺たちが認めたチビ助だ」
「……でも、簡単に騙されて死にそうだったじゃない」
「その件は彼女に感謝するしかない。彼女がいなければ、また救うことが出来なかった」
「あぁ……。ルークの二の舞に、チビ助らがなっちゃぁいけねぇからな」
「なら尚更……どうして引き込むのよ。こちら側の方が危険じゃない」
「少なくとも野垂れ死ぬよりはましな選択、というやつさ」
「右も左も、どこ行っても死ぬだけなら、1%でも生き残れる可能性がある場所にいた方が良いだろ?」
「はぁ……、まぁいいわ。じゃぁ出すわよ」
「あぁ、よろしく頼む」
「……生きて帰って来いよ、狐っこ」
どこか懐かしい声だった。
でも、それが誰なのかまでは分からなかった。
ただただ、瞼をあげるのがつらくて……。
一度浮上しかけた意識は、再び闇へと沈んで行った。




